決闘
ぐあーやっぱ遅れたー!!!
申し訳ありません、そして次回もきっと遅れるでしょう……
ハッチから出てきたのは、間違いなくクヤ・ガムルド・ネア・コハル……虹の七騎士を操りし大神官であるネアの称号を与えられた、九夜小春の姿だった。
元の黒色となった髪を夜風になびかせ、こちらと視線を合わせようとせず、不機嫌そうに眉根を寄せて立ち尽くしている。
果たして、何をしに来たのか。
警備を担当している機体たちが慌てて近づいてきて銃口を向けるが、相手は虹の七騎士の大神官だ。しかも、乗り手が現れていないとされているトールディオのパイロット。銃口はふらふらとあちこちを彷徨って小春を狙わず、ついに降ろされてしまう。
「小春! またトールディオを盗んで……何がしたいんだ!?」
「……」
「答えろ、小春! お前には屋敷で待機を命じていたはずだぞ!」
「うるさい! あたしが何処で何をしようと……あたしの勝手だ!」
鮫介が大声で問いかけると、小春もまた大声で反論する。
鮫介は愕然とした。
小春には小春の意思がある。それを、自分の意思で潰してしまっていたのではないか。RPGのキャラクターのように無下に扱ってしまったのではないか。だから……反抗された?
鮫介が蒼白な顔で押し黙ると、小春は何か言いたげに両手を前に翳し、「あ、やべえ」といった顔を見せるが――しかし手をぎゅっと握って何も言わず、表情も不機嫌そうなものをもう一度形作る。
鮫介の脇では、展開についていけてないスーが黙って推移を見守っていたが、鮫介が青白い顔で俯いたのを確認すると同時に例の機械のような目になって、鮫介の服の裾を引っ張った。
「よろしいの? 私には事情はわからないけど、彼女が何か勝手をしているのは伝わるわ」
「僕には……何も言えない。彼女には彼女のやりたいことがあって、それを僕の事情で妨げることは……出来ない」
「だけど……!」
「僕は待機を命じた。だけど、彼女のやりたいことがそれに反対することなら、僕には……どうすることも出来ないし、何も言うべきでは……ないんだよ」
「……そう……」
沈んだ鮫介の顔を見やり、ハッチに立ち尽くす小春を睨みつけるスー。
そうこうしている間に、テラスの異変に気付いた客が何組か飛び出してきた。トールディオとコクピットハッチに鎮座する小春を指差し、何事か騒いでいる。きっとトールディオのパイロットが見つかったとか、そういう話だろう。
「これは、どういうことだ?」
その時、一人の青年が野次馬状態のおっさんたちの中から姿を現した。見目麗しい顔立ちに、鍛え抜かれた肉体。タキシードに身を包んでいるものの、間違いなく軍人であろう青年だ。
青年はトールディオを見上げて驚愕の表情を浮かべ、そのハッチに佇む小春を胡乱げに見渡し、両手を広げて尋ねる。
「その方は何者か? 何故トールディオに乗っている?」
「あたしは……先代勇者・十六夜冬萌……いや、九夜勝利の娘、九夜小春! トールディオには、乗れるから乗っているだけだ」
「先代勇者の……! 成程、この祝勝会の主賓か。確かに、来る資格はあるようだが……」
ババッとポーズを変更し、複雑怪奇に両腕を組み合わせて唸り声を上げる青年。あれ、このポーズどこかで見た覚えが……
「それで……トールディオに乗っている理由を、詳しくお聞かせ願いたいのだが……?」
「……あたしのママはマホマニテの夫の隠し子だ。そいつはマホマニテと従兄弟だったらしいな。だから、あたしはトールディオに乗れる」
突如ガムルド領の醜聞が明かされ、話を聞いていた周囲の面々が俄に騒がしくなる。
だが青年は眉間に皺を深く刻みつつ、またもやポーズを変更し、低い声で呟く。
「成程、成程……トールディオは今まで、大神官が見つかっていなかった虹の七騎士。その乗り手が見つかったというなら喜ばしくはある」
「そうだろう」
「しかし……トールディオは我がガムルド領の宝だ。そして君は、マホマニテ様のご子息を殺害した先代勇者の娘だという。果たして、その事実を受け入れていいものか……」
「受け入れてよいはずがありません!」
突如、二人に割り込む声。群衆を掻き分けて老婆が一人、青年の隣へと姿を現す。
鮫介は、その姿に見覚えがあった。祝勝会の開催を告げる挨拶をこの領の領主レオースが行っている中、鮫介は主賓として壇上に上がらされていたのだが、その時同じく壇上でこちらを観察していた老婆。
セララ・ガムルド・ヴァナン・マホマニテ。鋭い目付きで周囲を睥睨する、ガムルド領において何十年とその地位を譲らない領主その人だ。
何十年と領主が変わらないということは、ガムルド領においてそれだけの支持を得ているということだ。実際、彼女の政策は評判が良いらしいが、さて。
「コハル……我がガムルド領からトールディオを盗み出したのは、これで二度目ですね」
「……最初は、あんたも許可を出しただろうが」
「トールディオの大神官になれるかもしれない逸材を発見したと、アルキウスに打診されたからです。まさか、その人物があなたとは思いませんでした」
マホマニテの声は低く、冷ややかだ。小春がトールディオのコクピットハッチに立っていることが我慢ならぬといった圧を感じる。
しかし、今は聴衆の門前であるため、ギリギリの立ち位置でそれを抑えている……といった様子だ。
「トールディオはガムルド領の宝物。ガムルド領主に乗り手と認められ、採択を受けた者が搭乗を許されます。私は、あなたの搭乗を許した覚えはありませんが……?」
「……だけど、トールディオに乗り手はいなかったんだろ? いいじゃないか、あたしがトールディオに選ばれたんだ。それを自由に扱っても……」
「自由に! 扱えると! 思ってもらっては困ります!」
途端、マホマニテが激昂した。手にした杖を苛立たしげに地面に叩きつけながら、憤怒を込めて激情を顕にする。
しかしその場で叫んだだけで行動に移さないところを見ると、まだ憎悪を耐えているようだ。隣にいた青年が「落ち着いてください」と老婆の肩を優しく撫でる。先程の台詞を聞くに、どうやら彼はガムルド領の軍人らしい。
「……私の息子は、あなたの父親……先代勇者に殺害されたのですよ」
ギリギリと歯ぎしりをしながら、怨嗟の籠もった声を吐き続けるマホマニテ。小春は申し訳無さそうに視線を逸らし、
「それは……パパのやったことだ。悪いとは思うし、必要なら頭も下げよう。だけど……それがなんだと言うんだ?」
「……なんですって?」
「あたしは……実際、トールディオに乗り手として認められた。虹の七騎士を操縦出来る人間が、一人増えたということだ。だが、お前はお前の私欲……我儘で、虹の七騎士の乗り手を消そうとしている。そんなことが、許されていいのか!」
大声を上げ、小春がマホマニテを一喝する。その瞳は力強く、周囲の観衆からも「そうだそうだ」という声が続く。
しかし……小春はこうまでマホマニテを煽って、何がしたいんだろうか? いや、したいことは今までの発言から察せられるが、こうまで煽る必要性はない。
ああほら、マホマニテさんの額に青筋がビキビキと……
「ふむ。事情は、理解した」
その時、青年がマホマニテの肩を数度叩いた後、髪を掻き上げながら前に出た。しかしイケメンだな。美丈夫というんだろうか。
顔の良い青年は直様キレキレのポーズを取ると、小春に向かって宣言する。
「確かに、マホマニテ殿の私怨は根強い。冷静に君を判断することなど、まず不可能であろう」
「だったら……」
「しかし。しかしだ。我々も訓練を重ねてきた。いつかガムルドの誇るトールディオの大神官となる者、その者の近衛兵となるために……」
瞬間、青年の気配が変わる。
鮫介はぞくり、と背筋を震わせた。眼前の青年から、激しい怒りと、強い殺意を感じたのだ。小春も同じものを感じたのか、警戒したように身を竦める。
青年は強い情念をその身に纏ったまま、両手を広く掲げて、大きく叫んだ。
「私の名は、カシア・ガムルド・テト・ドランガ。ガムルド領にて、栄誉ある騎兵団長の地位を承っている……俗な言い方をすれば、ガムルド領の騎兵で一番偉い人間ということだ」
ドランガ……! 強そうだ。名前が。ヒューインとは大違いだな。名前的な意味で。
しかし、騎兵団長……騎兵(機体に乗って戦う人間全般のこと)を統括する人間か。やはり軍人だったらしい。しかも祝勝会に参加を要請されるほどのエリートだ。
イケメンでエリート軍人とか出来すぎだろう。ほら、観衆の娘さんたちがワーキャー言ってるし。
って、カシア? その名字は……ああ、思い出した。ゼランガナンさんと同じなんだ。成程、あの意味不明なポーズは遺伝だったのか。
「私には夢があった。いつかトールディオの大神官が現れた時、その者の下について共に戦うという夢が……そしてそれは、我が騎兵団全ての人間の願いだった。だが……クヤコハル。お前を……トールディオの大神官として認めるわけにはいかん!」
「……それも、私怨じゃないのか?」
「私怨、結構! 自覚したまえ、君の態度は我がガムルド領の全ての騎兵を敵に回していることを!」
「――っ!!」
ドランガから立ち昇る圧力に、気圧されたかのように小春は一歩、後ろへ下がる。
だがそこで踏みとどまり、真正面からドランガを睨み付けた。
「なんと言われようと……あたしがトールディオの乗り手として選ばれたのは変えようのない事実! そこに文句をつけられる筋合いはない!」
「いいや、君はトールディオの乗り手として、相応しくない! これは我らガムルド領の総意である。そして……これ以上のやり取りは水掛け論にしかならない。そこで……」
ドランガは聴衆にもよく見えるよう、左手を中空に掲げた。白手袋を嵌めた左手は何も持っているようには見えないが……
「かつて、ヨーロッパ諸国では決闘の際、手袋を相手の足元にぶつけるか、その顔を手袋でぶつことで決闘を開始したというが……私はそんな無粋な真似はしない」
手袋を外し、放り投げる。白手袋は寸分の間違いなく、小春の足元にひらりと舞い落ちた。
「拾い給え、クヤコハル。それをもって、我らガムルド領騎兵団と君との決闘を宣言する!」
「な、なに!?」
決闘!?
小春が驚いた顔をしているが、こっちだって吃驚だ。端のほうで事態を見守っているだけで、事態がどんどん進んでいく!
鮫介は隣で口を開いたまま呆然としてるスーを背後に隠して、ドランガに近づいた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「何か? ……ああ、勇者様」
「決闘って……その、何も知らずに申し訳ないが、虹の七騎士とただの機体では戦力差がありすぎるのでは?」
「当然、存じております。そこで、コハル殿には我がガムルド領に伝わる『ジェレの腕輪』を付けていただきます」
「『ジェレの腕輪』……?」
「我らが祖、ガムルド様が修行に使用された伝説の残るアイテムです。装備した者の念動力をニ~三割程度目減りさせ、機体操作も若干覚束なくなる……と言われております」
「ふむ……」
たったそれだけで、虹の七騎士と機体の如何ともし難い差を埋められるとは思えないが……というかやっぱりあるんだな、そんなマジックアイテム。
「そして、我らガムルド領チームは総勢十五人で挑ませて頂きます」
「それって、一体十五ってことか……?」
「十人までなら、コハル殿も近衛兵を取り揃えるのは可能ですよ。彼女に十人も近衛兵がいれば……ですけどね」
「ぐっ……」
小春の近衛兵はヒューインただ一人のみだ。いくら虹の七騎士といえど、ハンデ付きで機体十五機に同時に襲われては……
やはりこの決闘はやめるべきだ。そう小春に言おうと顔を上げた瞬間、小春が足元の手袋を拾い上げるのを見てしまった。
「決闘、か。ああ、構わねえさ。あたしが迫る十五機、全部ぶっ潰せばいいだけの話なんだろ!?」
「やめろ、小春!」
「やめない! あたしはトールディオに選ばれたんだ! この決闘の申し出……九夜小春が受諾した!」
投げ付けられた手袋を拾い上げ、小春が堂々と宣言する。
鮫介は止めようとした手をゆるゆると下ろし、ぐぐっと握りしめる。
これは、小春の決めたことだ。勝っても負けても、僕には関係のないことなんだから……
背後のスーが同情的な視線を送ってくる。やめてくれ、僕は無関係だ。
「ほ、ほほほ……聞きましたか、皆様方! 決闘に応じると、コハルは答えました! これにて、我らガムルド騎兵団対クヤコハルの決闘を受諾致します!」
今までドランガに会話を任せていたマホマニテが観衆に向かって声を張り上げると、観衆も喜んで大きな声を上げる。
こうして、決闘は受諾された。
十五対一。小春が自らの力量を世に示すための、格好の地獄の舞台が――
「私達ガムルド領チームが勝利した暁には、クヤコハル、あなたにはガムルド領に移籍してもらいます。礼儀というものを叩き込ませてもらいますよ……!」
「あたしが勝ったら、お前にはパパの墓の前で謝ってもらうからな!」
……大丈夫かなぁ、本当に……




