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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
烈風機士編
36/117

飛来したもの

遅れてすみません。

次回も、多分……いや、きっと遅れます。




 太陽の沈んだテラスは、幻想的な雰囲気を曝け出していた。

 光源は室内のライトが窓から放射する光のみの世界。しかし、窓枠から少し離れた場所で丁寧に刈り込まれた草木が、影となって世界を驚かせる。

 例えば、そこにある騎士の彫像。馬にまたがり、剣を構えて名乗りを上げる勇ましい姿の彫像だが、そこに影が映り込むと、騎士はたちまち髑髏へと姿を変える。

 馬の首が消え、白骨の肉体を持つ騎士は、勇姿ではなく災厄をもたらす死神としての姿を表している。そのような仕掛けが、あちらこちらに仕掛けてあるのだ。


「お父様も仕方ない人だわ。おめでたい場だというのに、喧嘩なんかしてしまって」


 しかし、スーにはこのテラスの光景は何でも無いものに映っているらしい。そういった姿を変える彫刻を一切無視して、設置されたベンチに腰掛けている。

 鮫介は苦笑して、その隣に並んだ。スーは特に文句を言わず、髪の毛のアクセサリーを外して、髪の毛を乱れさせている。


「おい、いいのか」

「構わないわ。お父様の趣味で、身を整えるために付けていただけだもの」


 髪の毛を元に戻したスーは、前髪の長いボブカットだった。前髪は顎ほどまである。邪魔じゃないのだろうか?

 そんなスーは腰帯をごそごそ探ると、そこから人形を取り出した。露店などで何処にでも売っている、フェルトで作られた簡素な二頭身の人形だった。

 鮫介が横で眺めている中、スーは右手に何かを持っていた。それは同じく腰帯から取り出した――釘だ。驚く鮫介の目の前で釘を人形の胸に刺し、左手で持った何か――腰帯にあった金槌――を叩きつける。

 ドシュゥ、というような音と共に釘が人形の胸元に刺さる。鮫介は目を丸くしてそれを見ていた。正確にはスーの一連の動きが予備動作など無しにスラスラ流れるように行われたので、口を挟む暇がなかったというべきか。

 ぐるっとスーの首元が曲がり、青い瞳が鮫介の顔をじっと見つめる。その見透かすような大きな瞳は光がない。鮫介はごくりと唾を飲み込んだ。


「引かないのかしら」

「へ?」

「これを見た皆は、ドン引きしていたわ」


 そりゃ引くだろう。鮫介が引かなかったのはスーの動きが素早くて反応出来なかったのと、もう一つ、


「それ、日本の丑の刻参りだろ。藁人形じゃないみたいだけど……」

「まぁ、知っているのね。流石平行世界の日本からやって来ただけはあるわ」

「まぁね。一回だけ、僕もやったことがあるし……」


 郷愁の念を感じたからだ。

 中学三年生の夏、密かに恋い焦がれていたお姉さんが響太郎のことが好きだと発覚したとき。鮫介は今まで分の憎悪と共に怒りに任せて丑の刻参りをし、響太郎を象った藁人形に五寸釘を突き刺したのである。

 その時はまったく効果が無く、響太郎は元気いっぱいだったのを見てむくれて止めてしまったが……まさかこんなところで、丑の刻参りを見ることになるとは思わなかった。


「……へぇ。やったことあるの」


 その時、スーの瞳がギラリと輝いて、鮫介は一瞬息が詰まった。

 この少女は見た目こそ人形のように可愛らしいものの、眼力が異様に強い。先程は目に光が灯っていないことに驚いたが、今は輝きが止まらないことに吃驚だ。


「私の丑の刻参りは、何か間違っていたのかしら?」

「人形が藁人形じゃないし、服装も違う。大体、今の時間は丑の刻じゃないよ」

「ええ、そうね。その通りだわ」


 少女が機械のような動きでこちらを見、にこりと笑顔を浮かべた。

 その動きに、鮫介はビクリと肩を強張らせるも、同じようににこりと笑顔を返す。

 多分……この少女は趣味が特殊で、友達がいないんじゃないか……と思うのだ。いや、勝手な想像だが……

 彼女の『引かないのかしら』という台詞には、引いてほしくない、同じ話題で盛り上がれる友達が欲しい……という感情が見え隠れしている……気がする。その後の『……へぇ。やったことあるの』も、仲間を見つけた喜びが溢れている……気がする。

 そう、つまり彼女は……ぼっちなのだ。多分。さっきから眼力の強さには驚いてばかりだが、出来る限り、彼女には寄り添わなくてはならない……気がするのだ。

 あくまで『気がする』程度だが、『そうに違いない』と思って行動してやるのが『善意』だと思う。そして鮫介は、出来る限り善側の人間でありたいと思うのだ。


「人形は藁人形じゃないし、服装は違うわ。でも、時刻の違いは解消されると思うの。この人形のお腹に書いてある文字、何だか分かるかしら?」


 胸部を釘で突き刺さた人形のお腹には、確かに何か書かれていた。

 人形に黒い糸で縫ったように見えるそれは、下の部分がない四角のように見えた。左上の角だけが少しだけ伸びている。鮫介はああ、と頷き、


「ルーン文字だな。野牛を意味するウルのルーンで、力、不屈の精神、そしてスピードの魔力が込められている」

「まぁ! あなた、ルーン文字が分かるのね!」


 スーの反応は劇的だった。

 こちらの顔を伺うその瞳は熱烈に輝き、表情にも笑顔が溢れ出している。『同じ趣味の人間を見つけた!』というような歓喜が、こちらにまで伝わってくるようだ。

 やはり鮫介の考えは当たっていたようだ。彼女は自分の持つ知識が特殊なものであると理解していて、その知識を共有できる存在を探していたようだ。

 ちなみに鮫介がルーン文字のことを知っていたのは中学二年生の夏、謎の万能感に包まれて小説を書き始めたのが切っ掛けだった。世界に散らばる神話や伝承などを調べまくり、それを小説上で再現しようとしたのだ。主人公は織田信長の生まれ変わりであり、ルーン文字を携えてジークフリートやブリュンヒルデ、貂蝉やギルガメッシュの生まれ変わりを仲間に、円卓の騎士入りを目指してバトルの限りを尽くす……という内容だった。

 その小説はPCに保存していたのだが響太郎が勝手に(そう、勝手に!)読んだ挙げ句、「うーん……ちょっと意味分からない」と困った風に言ったことで、ネット上での掲載は無くなった。ただ、響太郎に対する憎しみは増加するのであったのだが……


「凄いわ凄いわ、各国の貴重な神話をこうも知り尽くしているなんて!」

「知り尽くしているわけではないけど……そうか、千八百年代からイニミクスのせいで世界は混乱しているし、その間ムー大陸は姿を隠していたって話だから……ぞういった神話の翻訳本とか、入りにくかったのか」

「ねぇ、もっとお話を聞かせてくださる? 神々の黄昏(ラグナロク)は私の知っているもので正しいの? クー・フーリンは? ギルガメッシュ王はどんな冒険を繰り広げたのかしら?」


 問われれば、しょうがない。鮫介は北欧神話やケルト神話、メソポタミア神話などを語って聞かせた。

 スーはふんふんと、興味深げに聞いている。特にメソポタミア神話については鮫介の世界においても完全に解読出来たわけではないが、この世界では更にくさび型文字の解読に手こずっていたらしく、翻訳した物語としては大分(あいだ)が抜けているものが多かったようだ。

 鮫介は楽しかった。元の世界の知識を披露する機会が初めて訪れたからだ。スーは興奮気味の顔で、ふんふん頷いている。


「凄いわね。この世界じゃそういった本は貴重なものなのよ。両親や教師なんかは、そんなものを学ぶよりこの大陸の神話を学べって言ってくるの」

「この大陸の神話も、僕にとって興味深いものだけど……まぁ、海外の神話よりも優先すべきものか」

「鮫介の世界はイニミクスの襲撃が無かった世界だから、様々な神話の本が翻訳されて街角の本屋で売られているのね……ねぇ、なんでこの世界に来たの? 元の世界に帰りたいと思わないのかしら?」

「うーん、困ったな」


 鮫介は苦笑する。ラヴァン君のように悪意と共に言われたのならともかく、彼女のように純粋な疑問と共に尋ねられたのは初めてだ。


「なんて言ったらいいのかな……元の世界に帰りたいかと問われれば、そりゃ帰りたいさ。あっちの世界には父さんと母さんがいるしね。でも、あっちの世界で永遠に暮らしたいかと問われれば、それは……違う気がするな」

「どうして?」

「上手く言えないけど……あっちの世界の僕は、生きていなかったから……かな」


 隣に響太郎がいる世界。

 響太郎が主人公であり、僕にスポットライトが当たらない世界。

 そんな世界には、戻りたくない。


「それに、こっちの世界に召喚されたのはほぼ無理矢理だったし……元の世界への帰還方法を尋ねるのを、忘れていたらかね」

「ええっ!?」

「あはは、今は聞いているよ……この世界を救ったら、か。先代勇者が、確か……五年ほどこの世界にいたんだっけか」


 先代勇者……九夜勝利は各地を巡ってはイニミクスを滅ぼす生活を送り、妻子を授かったがやがて殺害された。

 五年もの長きに渡って、見知らぬ土地で生活していた九夜勝利。しかし……鮫介は顎に手を添え、悩む。

 この世界に召喚される特徴として、強い念動力を持っていることともう一つ、元の世界に居たくない者が選ばれるという。

 初代勇者の飛鷹藤平、先代勇者の九夜勝利も、元の世界に未練は無かったのだろうか……?


「酷い話だわっ! 帰還の方法は、最初に明示しておくべきでしょうに!」

「アルキウスさんにも、それは謝られたよ。まぁ、あの頃の僕はやる気のないイエスマンに見えていただろうし……ラヴァン君とのごちゃごちゃもあったからね」

「……ラヴァン? ああ、フェグラー領主の息子ですし、そりゃ遭遇しますか……」

「ラヴァン君を知っているのか?」

「それは! ……えぇ、はい」


 突然自分の口元を袖で抑えたスーが、何故か恥ずかしげにぽつりぽつりと回答する。


「同じ十一歳ですし……テルブ領のフランメルと一緒に、よく遊んでいましたわ」

「そうなのか」

「で、でも! ラヴァンはフランメルとよく絡んでいて、私とは、特に何も……!」

「お、おう……?」


 手元をばたばたして、自分はラヴァン君とは関係ないとばかりに勢いよく叫ぶスー。鮫介は目をぱちくりさせて、それを受け入れる。

 その時、何者かが屋敷からテラスへと赴く足音が響いた。鮫介が何とは無しにそちらを見ていると、やがて足音は人影を形作り、子供と同じ大きさになる。


「ラヴァン君?」

「む……コースケか」


 それはフルディカ・フェグラー・スタル・ラヴァン。今まさに話題にしていた、アルキウスの息子だった。

 ラヴァン君は不機嫌そうな表情を隠そうともせず、こちらに近づいてくる。


「まったく、勘弁してほしいな。お前の活躍を知りたい連中ばかりか、ここは!」

「素直に答えてくれたのかい?」

「くっ……当たり前だ! ムー大陸人は虚言で他人の活躍を奪いはしない、事実は事実でしっかりと……おや?」


 言葉を止め、ラヴァンが鮫介の隣をしげしげと見やる。

 そちらは影となっており、ラヴァンの方向からは暗闇でスーの姿は覆い隠されているようだった。


「どなたかいらっしゃるのかな? 僕はフェグラー領主の息子、ラヴァン。お嬢さん、こんな異世界人の側にいると……」

「…………久しぶりね、ラヴァン」

「げげぇ!? スーじゃないか!!」


 影の正体に気付いた瞬間、ラヴァンが思い切り飛び上がって後退した。

 そのままガクガクと震えながら、座ったままのスーに終始怯えている……何に怯えているんだろう?


「お、お前も来ていたのか!?」

「そりゃ……そうでしょう。私はナロニ領のイリカ家よ、来ないわけがないじゃない」

「コースケの隣にいるってことは……お前、今度はコースケに迷惑かけてるんじゃ……」

「ば、バカ言いなさい! 私は彼の神話知識に驚嘆と感激を覚えているだけよ!」

「『だけ』!? 『だけ』って言ったか!? お前、俺にどんだけ迷惑かけたと……!」

「……(スッ)」

「うっ……!?」


 スーが、例の機械のような目になる……と、ラヴァンは身構えて後ずさった。

 ……なんだろう。そんなラヴァン君のビビりな様子が、気になってしょうがない。

 その怯えっぷりが、まるで未来の僕を暗示しているかのような……


「わ、わかった。ここは引こうじゃないか……おい、コースケ!」

「へ?」

「その女はきけ……いや、大切にしろよ! じゃなきゃスト……とにかく、そういうことだから!」

「おい、どういうことだよ!?」


 結局、ラヴァン君は早足で屋敷の内部に戻ってしまい、テラスに静寂が舞い戻った。

 スーちゃんを見れば、相変わらずきらきらした瞳でこちらを見つめている。

 何がなんなのか。鮫介には事情がさっぱり掴めないが、なんとなく、この熱い瞳でこちらを見つめてくる少女は、ひょっとして危ないのでは……? という気分になってくる。


「えっと、スーちゃん?」

「はい。なんでしょうか」

「いや、ラヴァン君の怯え用は尋常じゃなかったんだけど、君は……おや?」


 言っている最中に、キィィィ……ンと飛行音が耳に届いた。

 何かが、空中を飛来している。そして、この世界に飛行機というものは存在しない。

 鮫介は空を見上げながら、とても嫌な予感を感じていた。そして……その予感は、的中していた。


「トールディオ……!」


 夜空を切り裂いてトールディオが空中から参上し、鮫介の前に到着したのである。

 呆然と見つめる鮫介の目の前でハッチが開き、中から出現したのは、予想通りの人物。


「小春!」


 法衣に身を包んだ緑髪の九夜小春が、不機嫌そうな表情で立っていたのである。





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