セナンダスとゼランガナン
8月1日より仕事を新しくしたのですが、肉体労働が大変すぎて泣きそうです。
投稿ペースがちょっと遅れるかもしれません。
そうしてしばらく、会話をしては婚約談義を破談する無意味な会話が続けられた。
鮫介は――しばらくの間平坦な感情のまま、婚約者と紹介された美人さんたちをお断りし続けた。自分でも、好意らしきものを抱いてくれる女性をフッているのに心が傷まないのが不思議だった。
先程のフィオーネさんとのやり取りが脳を痺れさせ、鮫介を『婚約絶対受け付けないマン』に仕立て上げたのであろうか。まさか先刻のやり取りはわざと……って、そんなわけがない。
とにかく、鮫介が躊躇や遠慮なしに婚約談義を吹き飛ばしていると、知り合いが近づいてきた。鮫介は目を見張り、すぐさま頭を下げる。
「グンナルさん、お久しぶりです」
「おお、勇者殿。久しいな、カオカーン潰し戦以来か」
グンナル老だ。年若い女の人を連れて、にこやかに微笑んでいる。
グンナル老やディンケインさんは後片付けしているときにちらっと顔を見た程度だが、隣にいる若い女性が、噂で聞いたグンナル老四人目の妻、ビルビーテさんだろう。こちらの視線に気付くと、ゆっくりと頭を下げて挨拶してくれる。少し影のある、優しそうな人だった。
「なんか……機嫌いいですね?」
「お、分かるか? まぁ、事実確認が出来るまで内緒にしろと言われとるんじゃがな? 実は、死んだと思ってた息子が帰ってきてな?」
「え……シュヴェル様、でしたっけ」
「そうそう、そのシュヴェルじゃ。傷だらけで現在療養中じゃが、傷が治ったらそなたにも紹介出来ようて」
グンナル老は快活に笑いながらその場を離れていった。大分気分が良さそうだ。
そうか……息子さんが生きて戻ってきたのか。これでお孫さんの……フランメル、だったか。その子の意識が戻れば、ルーニ家は安泰だな。
そう思いながら周囲を見渡すと、知り合いがあちこちで変な動きをしている。
右前方にディンケインさんがいるが、気の強そうな女性を……あれは、必死に口説いている、のか?
言葉巧みに愛を語らっているようだが、件の女性は興味無さそうだ。哀れ、ディンケイン……
左前方では、ナレッシュがおじさん軍団と何やら談笑している。
おじさん軍団は娘を連れているものの婚約者として紹介するでもなく、むしろ自分から様々な話題を提供して、ナレッシュを……あれは、慰めている、のか?
状況がよく掴めないが、雰囲気的に近寄るのも憚られる。
おじさんに囲まれるナレッシュ……まさかそういう趣味が!? って、この大陸じゃ同性愛は歓迎されないんだったな。とりあえず無視しとこ。
背後では、フィオーネさんが年若い貴族らしき子の求婚をすげなく断っていた。
よくよく見れば、フィオーネさんの周囲には若い男がたくさん群がっている。なんで……と思ったが、ふとアルキウスさんの言葉を思い出した。
『私の寿命は後一年程度と言われてるがね。その前に恋人を作っても、許す、と。私は言ったんだよ』
それは……僕は知らないけれど、きっと貴族たちに公布したんだろう。
フィオーネさんは美人である。子供を生んだとは思えないほど若く靭やかな肉体に、万雷騎士ガルヴァニアスの大神官。結婚して得られるものは非常に大きい。中には領主であるアルキウスさんから奪ってやろう、と考える領主憎しで動く者もいるだろう。
そうなると、後はフィオーネさんの気持ち次第なのだが……フィオーネさんはアルキウスさんに殉じる覚悟のようだ。まぁ、普通の夫婦ならそれが当たり前だろう。余人が入り込む余地は、ない。
……なんで僕は、ちょっと精神的ダメージを受けているんだろう。落ち着け、深呼吸。すー、はー。
「やぁ、勇者様。楽しんでいますかな?」
そんなことをやっていると、シルクハットを取っておじさんが一人、鮫介の側までやってきた。
気の弱そうな、疲れた中年サラリーマンといった見た目のおじさんだ。娘さんを連れているが……これ、は……
「イリカ・ナロニ・ギルダ・セナンダス。ナロニ領のイリカ家ですね」
背中側に控えていたゴードンが、そっと耳に呟く。このおじさんはディンケインさんと同じく、イリカ家のご子息らしい。
つまり、こんな見た目でもスーパーエリートというわけだ。鮫介は少々緊張しつつ、真向かいに相対して丁寧にお辞儀をする。
「こんに……こんばんは。知らない人ばかりで、緊張してしまいますね」
「ええ、そうでしょうね。ここにいるのは迷い込んだウサギを狩り、仕留めようとする狼たちばかり。勇者様も、娘と婚約しろと何度もせっつかれましたでしょう?」
「それはもう。僕はこの世界に来たばかりで、誰とも付き合う気はないのですが」
「そうですか。私も娘がいるのですが、この通り、年齢が低く勇者様とは釣り合いそうになくてね」
セナンダスさんが背中を叩くと、娘さんが前に出て、お辞儀をする。
言われた通り、年齢は婚約者になるにはずいぶんと低い。おそらくラヴァン君と同じで十、十一歳くらいだろう。髪をひっつめてアクセサリーをじゃらじゃら飾り、目は……逸らされている。何故自分をこの屋敷に連れてきたのか、という不満が見て取れた。
「イリカ・ナロニ・スタル・スーと申します、勇者様」
「オトナシ・ニーガタ・ネア・コースケだ」
にっこり笑いかけるが、スーは興味無さそうに小さく頷いただけだった。人によっては無礼な行いと呼ばれても仕方ないだろう。
しかし、鮫介の好感度はぐぐっと上昇する。作り笑いや追従の言葉ばかり多くて、このような素直な反応――『婚約したくない』という本音を隠してない様子の少女に初めて出会ったのだ。
セナンダスさんがこら、とたしなめるが、スーは謝罪する気配も見せない。鮫介はニヤニヤする表情を止められなかった。彼女は将来、大物になるに違いない。
「セナンダス! 娘の躾がなってないんじゃないかい!?」
その時、横合いから声がかかる。
そちらに視線をやれば、いかにも貴族然とした成り立ちのおっさんが妙なポーズを決めて立っていた。いわゆるジョ○ョ立ちに近い。この世界に荒木○呂彦はいないだろうけど。
「ゼランガナン……」
「勇者様、始めまして。私はカシア・ガムルド・バル・ゼランガナン。ガムルド領で秘書なんぞをやっております」
「コースケ様、ゼランガナン様はマホマニテ様の秘書。実質、ガムルド領のナンバーツーの位置にいる方です」
「そっ……オ、オトナシ・ニーガタ・ネア・コースケです。お会いできて光栄です……」
「こちらこそ、初出撃にて大型イニミクスを撃破した英雄に会えて嬉しいよ。こちらは……おいネルフィー、挨拶なさい」
「はーい」
ゼランガナンさんが指をパチッと鳴らすと、遠くから女性がお尻を降るような動作で近づいてくる。
うっ……これは……ギャルだ。
日本のものとは違うのだろうが、肌は日に焼けて黒く、顔は化粧ベタ塗りで、露出過多なこの感じは、『ギャル』という言葉がお似合いだろう。
美女ではあるが、ギャルは苦手だ。昔、告白詐欺で酷い目にあった記憶が……くっ、頭が痛い。
「カシア・ガムルド・バラカン・ネルフィーです。よろしくお願いするわね、勇者様?」
「オトナシ・ニーガタ・ネア・コースケです。こちらこそ、宜しく……」
ネルフィーさんが意外にも(と言っては失礼だが)礼儀正しくお辞儀した。頭の角度も分度器で測ったかのようにピタリ三十度。『敬礼』と呼ばれるお客様や目上の人に挨拶するお辞儀の仕方だ。
しかしそうやって顔を上げてからは、視線がフラフラと周囲を彷徨っている。あちこちにいるイケメンに目移りしているようだ。
間違いなく、この子と結婚したら浮気される。鮫介は戦慄した。スーの無礼な態度にはこちらへの害位は無かったが、この子は「お前より他のイケメンのほうがいい」と害位剥き出しなのだから。
「他にこの子の兄、我が息子がいるんだが……今は外しているようだ。紹介出来なくて済まないね」
「いえ……今度、いずれ紹介を貰います」
「私は秘書をしているのだが、一週間前のマホマニテ様はそりゃもうお怒りでね。戦争開始かってレベルで発狂……ごほん、怒り心頭って感じだったけど、何か理由は知っているかい?」
珍妙なポーズをいくつも取りながら尋ねるゼランガナンさん。その動きはなんだ。
しかし一週間前といえば、トールディオ強奪事件……まさか本当に戦争をしようとしていたとは。
鮫介は小春の考えなしに対する怒りを募らせつつ、『知らない』と答えた。事情を知っていることで深入りするような事態は避けたい。
「そうですか。知らない……ねえ」
ポーズを変更しながらゼランガナンさんがニヤリと笑う。これは……小春のせいだと知っているな。まぁ、マホマニテさんの秘書なら当時の現場にいてもおかしくないか。
しかし……どうやら、相手は鮫介がトールディオ強奪に何かしら関与していると疑っているらしい。鮫介がトールディオを奪うよう指示をしたとか、そんなところだろうか。
冗談じゃない、と鮫介は鼻息を荒くする。あれは小春のミスだ。鮫介のせいじゃない。
「少々失礼ではないかね、ゼランガナン」
その時、セナンダスさんが脇から救いの手を差し伸べてくれる。
ゼランガナンさんはじろりとセナンダスさんを睨む。瞳と瞳の間で火花がバチバチを散っているような感覚……この二人、ライバル関係とかそういうのなんだろうか。
「セナンダス。今勇者様と話しているのだ、少し口を謹んでくれないかね?」
「口を慎むのは君のほうだと思うよ、ゼランガナン。何の話をしているのかいまいち分からないが、勇者様を無用の罪に問う行為は不敬ではないのかね?」
「チッ! ……あー、話は変わるがセナンダス。君の奥さんは何処にいるのかな? あの身長百九十センチ超えの奥さんは……」
「妻なら元気だよ、今日はちょっと体調を崩して休んでいるだけさ。それより君のほうは、離婚調停は進んでいるのかい?」
「心配してくれなくても順調だよっ! それより君の奥さんが元気で良かったよ。てっきり別れてしまったと思ったんだがね?」
「ははは。そちらこそ心配しなくても、赤子の妊娠が発覚してね。家は毎日大騒ぎさ」
「ほぉ? それはめでたいことだ。しかしイリカ家の噂を聞いたら、果たしてめでたいと言っていいものかどうか」
「……何を、言っているんだ」
「イリカ家の君が知らないはずはないだろう? その赤子は、果たして君の子かどうかという話さ!」
「っ! そ、それは……」
「そうそう、君の娘のスー嬢、美しく育ったものだ。まるで……君に似ないで良かったねぇ」
「ぐっ! 女遊びが多すぎて離婚された奴に言われたくないわっ!」
「自分がモテないからって僻むなよセナンダス!」
「君は大変そうだな、子供がその二人以外に何人もいて、慰謝料を請求されてるそうじゃないか!」
「やかましい、口を慎みたまえよセナンダス!」
「慎むのは貴様だ、ゼランガナン!」
最初は余裕そうに会話を交わしていた二人だったが、次第にヒートアップして声を荒げ始めた。今や周囲の客がざわざわするくらいに相手の服を掴み、言葉で詰り合う喧嘩一歩手前の状況に陥っている。
困った。周囲を見渡してみると、ネルフィーさんは我関せずと父親を無視してイケメン探しに没頭している。ていうか僕を無視してゴードンに笑顔を向けるの、止めて欲しいんだけどなっ!
と――袖を引く感覚。視線を向けると、スーが僕のタキシードの袖をくいくい引いている。
「スー……ちゃん?」
「スーで結構よ、勇者様。お父様ったら話し合いに夢中みたいだし、こっちはこっちでテラスで話し合わない?」
「……こっちもコースケで構わない。分かった、付き合うよ」
「ありがとう。私たち、仲良く慣れるといいわね、コースケ」
スーはくすりと笑い、僕を誘ってテラスへと向かった。
名前呼び捨てか……まぁ、構わないけど。
僕はその後ろを歩みかけ、ふと思い立って背後のゴードンに告げる。
「ゴードン、僕はテラスへ行く。何かあったら呼んでくれ」
「はっ? 私も行きますが」
「お前は、ネルフィーさんの相手をしていろ」
「まぁ! 勇者様、ありがとうございます。さぁゴードン様、楽しくおしゃべり致しましょう」
「えっ……ちょっ……コースケ様、冗談ですよね……コースケ様ぁ!」
すまないゴードン。君に恨みはないが、君の出した訓練が予想以上に厳しかったのがいけなかったのだよ。
なんて、ちょっとした意趣返しをしつつ、鮫介はスーの向かうテラスへと足取り軽く付いて行くのだった。




