婚活会、もとい祝勝会
「おお、勇者様! お会いできて光栄です! 私はイハルミ・ダロン・フェサ・タルマルと申します。ダロン領にて林業を営んでおり、それなりの報酬を得て過ごしているものです」
「コースケ様。イハルミ家はダロン領で一、ニを争う富豪の家系です」
「そ、そうですか……オトナシ・ニーガタ・ネア・コースケです。本日は……その、お日柄も良く……」
「コースケ様。現在日没ですので、次からそのネタは使えなくなります」
「グググ……」
「いやぁ、かのカオカーン潰しを討滅した勇者殿に会えるとは光栄ですな。それも初めての戦闘だというでしょう、恐怖は無かったのですか?」
「恐怖、は、ありませんでしたが……」
「素晴らしい! まさに勇者の名に相応しい勇気をお持ちの方のようだ……えー、それでですね、私は娘がいるのですが、どうでしょう。ちょっと会ってみるというのは……」
「いえいえ、すみませんが時間が押していますので、そのような余裕は……」
「ちょっとだけで良いのです! 娘の……ほら、ベルミッドです。挨拶なさい」
「只今ご紹介に預かりました、イハルミ・ダロン・バカラン・ベルミッドです。始めまして、勇者様」
「うっ……オトナシ・ニーガタ・ネア・コースケです……」
「ネームドを倒して、フェグラー領をやがて訪れるであろう災禍から救ったとか。勇敢なんですね」
「いや、仲間がいたおかげです。僕……ごほん、私一人の実力ではありませんよ」
「それでも、トドメを刺したのは貴方でしょう? 素敵だわ……まるでこの領の英雄、トホのように勇壮で雄々しくあらせられるのですね」
「トドメを刺したのは小春も一緒……」
「ねえ、もっと詳しくお話を聞かせてくださるかしら。勇者様がテレポートで戦場に乗り込み、フィオーネ様の危機を救ったのは本当の話なのですか?」
「ちょっと、話聞いて……」
「勇者様は恋人はいらっしゃいます? いないのでしたら、是非、私を……」
「ト、トイレに行ってきます! 失礼!」
「ああ……コースケ様、禁断のトイレ休憩をここで使用するなんて……そんなに緊張するものですか。もしやベルミッド様のおっぱいが大きかったから……」
「うるせー! おっぱいは関係ないわい!」
長い廊下を抜け、男女共用のトイレに入り、近かった最初の個室――は使用中だったので、その隣の個室に駆け込む。
便器(ちゃんと水洗の洋式だ!)にまたがり、ため息を一つ。
予想はしていたが、まさかここまでとは思わなかった。
まさかネームド撃滅の祝勝会が……婚活会になっているなんて!
トホ領で先のカオカーン潰し討伐祝勝会が行われることを知ったのは、アルキウスさんが屋敷に様子を見に来たときのことだった。
もはや一人では満足に歩けないほどに弱りきったアルキウスさんは屋敷に到着するなり、手紙を鮫介に見せた。それはカオカーン潰し討滅を祝い、勝利に貢献した虹の七騎士を祝うパーティ開催の知らせであった。
アルキウスさんはフィオーネさんを代理として送り、その他ナレッシュやグンナル老、ディンケインさんも祝勝会に参加するらしい。
鮫介は、参加するかどうかを尋ねられ――はい、と答えるのだった。
「そうかい。それは……可哀相にねぇ……」
「え、駄目だったんですか!?」
「いや、経験に繋がると思うよ。とりあえず行ってみるといいさ……私は絶対に近寄らないけどね」
「何があったんです!?」
なんでもないよー、と笑ってアルキウスさんは護衛の人に連れられて屋敷を去っていった。怪しい……
鮫介が訝しんでいると、ゴードンがさて、とアルキウスから預かった手紙を片手に、
「参加するというのなら、コースケ様には学んでいただきたいことが二つございます」
「……礼儀とか?」
「ダンスと、婚約の断り方です」
真面目な顔で、そう言った。
曰く――そういうパーティには貴族や金持ちがたくさん集まり、自身の娘を用いた政略結婚が横行しているらしい。
この時代に何を――と言いたいところだが、それが鮫介が庶民だからだ。現代でも貴族――政治的権力の強い家系は政略結婚で自分の地位や権力を不動のものにしている――らしい。
「コースケ様はネームドを討滅した英雄、いわば主賓です。召喚された勇者ということも相まって、『とりあえず娘と婚約させておくか』と考える人は大多数でしょう」
「そんな適当でいいのか……?」
「私は貴族に詳しくありませんが……『とりあえず縁を結んでおいて』、『普段はその恩恵に預かり』、『いざというときは切り捨てる』。そういうものでしょう?」
「そうかな……?」
「まぁ、とにかく」
ぴしゃりと疑問を打ち切り、ゴードンは宣言する。
「そんな訳で、コースケ様が祝勝会に行かれると、そのようにして娘との婚約を迫ろうという貴族たちがわんさか迫ってきます。コースケ様にはこれらへの対処法、即ち娘の紹介を未然に防ぎ、紹介されたとしても華麗に会話の流れでお断りする。そんな方法を学んでいただきます」
「学ばなくちゃ……駄目か?」
「勿論、全ての女性陣と婚約としたいというなら話は別ですが。好色勇者として歴史書に名前が残るでしょうね、ええ」
「お願いします」
直ぐ様頭を下げた。
好色勇者だなんて冗談じゃない。しかも歴史書に名前が残るとか!
末代までの恥というレベルではない。
「了解しました。もう一つのダンスは、勿論、祝勝会でこれはと決めた女性と演じるダンスです。コースケ様は主賓ですので、無論、各貴族から注目の的でしょう。そこで失敗しないように、そして選んだ女性といいムードになれるように、ダンスの練習をする必要があるのです」
「……これと決めた女性がいない場合は?」
「その時はフィオーネ様でも誘えば宜しいでしょう」
うっ、フィオーネさんか……と、鮫介は唾を飲み込む。
フィオーネさんは裸体主義だったと知って以降、フィオーネさんの顔を見るとどうしても緊張し、固まってしまう日々を送っている。ここで重要なのは固まる原因はエロいことを考えてしまうからではなく、意味不明すぎて怖いから、なのである。
フィオーネさんには随分と世話になった。クロノウス起動実験の際やカオカーン潰しとの戦闘。熊との戦いでは脳内にて『もう一度会いたい人』として登場させてしまった。音無鮫介にとって、フィオーネさんは信頼出来る仲間であり、いざというときは頼ってしまう大人だったのだ。
それが……裸体主義者だった。いや裸体主義自体は悪法でなし、こっそり隠れて行う分には何の問題もないと思うが……何故、バラしたし。
おかげでなんか怖い人、というイメージが付き纏ってしまって、真面目に顔を見ることが出来ない。意味のわからないもの、理屈のわからないものは恐怖の対象なのである。
「……あたしを誘えばいいだろ」
「小春……反省が足りんようだな」
「チッ……」
部屋の片隅にて今まで黙して語らずにいた小春が小さく自己主張するが、鮫介に睨まれてすごすご引き下がる。
トールディオ強奪事件の尾を引いて鮫介から無視をされているのだ。幸いにしてアルキウスがひたすら頭を下げた結果、トールディオをガムルド領に返却することでどうにか戦争は回避出来たものの、その時の反省として鮫介は小春に『勝手をしないこと』を命じていた。
そのため、小春は今まで鮫介の婚約の話をされても黙って耐えていたのである。鮫介の喜びそうな(実際、内心喜んでいる)メイド服を着て、部屋の片隅でいじけている小春を見るのは色々な意味で辛いが、小春にやったことの大きさを知ってもらうために我慢してもらっている。
ジン隊長は「せっかく虹の七騎士が見つかったのに!」と訓練を付けたがっていたが、ガムルド領はトールディオの搭乗者が見つかったことを公表していないようだし、見なかったことにしてもらっていた。
「まぁ、そういうわけです。小春様は謹慎中? ですので、ダンスの相手はカルディアに頼もうかと」
「カルディアか……分かった、お願いするよ」
「こちらこそ、宜しくお願いします、コースケ様」
鮫介の背後で礼儀正しく静寂を守っていたカルディアが微笑みながら頭を下げ、ようやく日程が決まった。
祝勝会の開催まであと一週間。ジン隊長に頼んでトレーニングの時間を減らしてもらい、鮫介はダンスの練習と婚約を断る訓練に明け暮れることになった。
「はい、ワン、ツー、ワン、ツー。コースケ様、ステップが一テンポ遅れておりますよ!」
「くっ……!」
「はう、そこでターン……カルディア、しっかりやってください! これはコースケ様のための訓練であって、あなたのためにやっているわけではありません!」
「も、申し訳ございません!」
ゴードンの指導はとんでもなく厳しかった。
普段指示とか命令とか出してる分、ここで厳しくしてるんじゃないか? と思わせるくらい、ハードな訓練のメニューに涙目になりながらも、鮫介は必死になってやり遂げた。
「はい、ステップ、ステップ、ワン、ツー。いい動きですよ、コースケ様!」
「よぅし!」
「はい、ワン、ツー、ここで接近……ちょっとカルディア、また足を躓かせて……コースケ様に接近出来るからってわざとは良くない」
「わ、わざとではありません!」
「なぁ……ゴードン? そろそろ交代しても……」
「申し訳ありません、コハル様。私はあくまでもコースケ様の執事ですので……」
ちょいちょいカルディアと入れ替わろうとする小春を軽くあしらい、ゴードンの指導は続く。
また、ダンスだけやっているわけにもいかず、娘の紹介を断る会話術も学ばなければならない。紹介する貴族役をゴードン、紹介された娘役をカルディアに見立て、レッスンは続く。
「娘を紹介したいのですが」
「いや、僕は別に……」
「言葉尻ははっきりと! 明確に断っていない、と付け狙われますよ。はい、娘のカルディアです」
「こんにちは、娘のカルディアです。突然ですが好きです、付き合ってください」
「!?」
「カルディア、展開が早い! 出会ってすぐにそのように告白する女子はおりませんよ!」
「……申し訳ありません」
「まぁ、そうやって告白に近い発言をされたと想定しましょう。ではコースケ様、断ってください」
「え、いや……その、すみませんが僕は……」
「そんな……私のことが嫌いなのですか!? 一生懸命貴方に尽くしますから、どうかお情けを……!」
「うわっ……ちょ……ゴ、ゴードン!」
「カルディア、無闇におっぱいを押し付けない! コースケ様が発情されたらどうするのです!」
「しないよ!?」
「申し訳ありません、ただ、こういうアクティブな女性も中にはいるものかと」
「アクティブすぎるわ!」
「宜しい。では、続きをやりましょう」
「やるの!? あの、女性側を小春に変更しない? そのほうが断りやすいし」
「ど……どういう意味だよ、それは!?」
ゴードンの指導はこちらでも厳しく、投げ出しそうになったこともあったが、娘役を小春とカルディアで交代制にしたことも幸いして続けることが出来た。
小春は鮫介への深い愛を示し、カルディアが身体で鮫介を誘う悪徳娘を演じて、二通りのタイプの訓練を行えたのだ……発情はしてないよ? 本当だよ?
ここまでで色々苦労しているというのに、時間は短くなったものの筋トレタイムはやってくる。
ランニングマシーンとか、そういう筋トレ用の機材はないので、基本的には走ったり跳んだりして筋力をつける、以上! の面倒臭い訓練だ。
今日は瞬発力を鍛えるとかで反復横跳びを延々繰り返した。疲労困憊で地面に倒れ伏したヒューインを横目で見ながら、鮫介はジン隊長に問いかける。
「……明日もダンスの練習あるんで、筋トレは軽めでお願いしたい……」
「何を言うのですか! 筋トレは一日休んだら取り戻すのに三日かかるのですよ!」
「それ筋トレの話だっけ……? 大体、その話信憑性が無いって聞いたことあるんだけど」
「筋トレを休まず続けるための魔法の言葉ですよ! なので筋トレは続けます」
「そうまでして僕に筋肉をつけさせてどうするんだ……僕はジン隊長みたくゴツい身体に……うん?」
自分の発言で気付く。
ジン隊長は筋肉盛り盛りのマッチョマンだが、ボディビルダーのようなどこを見ても筋肉! みたいな体型ではない。
プロボクサーのような痩せ型体型のナレッシュと比べれば太って見えるものの、どちらかと言えば陸上競技を行う選手のような体格だ。
「あんまり……ゴツくないな。ムー大陸人がアジア系列の人種だからか……?」
「筋肉があまり付かない、ということもありますが、これ以上筋肉を増やしては行動の邪魔という意味合いもありますね。そもそも私は騎兵……機体に乗って戦う軍人ですので筋肉はいらないといえばいらないのですが、護衛隊長ですし、機体を降りて行動することもまああるでしょう」
「そう……だね」
「降りて行動しているとき、筋肉が重くて行動が阻害されては無意味ですからね。凶弾がコースケ殿を狙っている、敵の場所も掴めた。でも筋肉が重くて何もすることが出来ない……となったら、私は一生悔やむことになるでしょうからね」
「成程な」
そんなことは滅多にないと思うが、万が一という可能性も存在する。
ジン隊長はその万が一に備えて筋力を最大限維持出来るように必要最小限で絞っているらしかった。ところで筋肉ってどうやって絞るんだろう? 経験か何かで掴んでるんだろうか。
「納得していただけたなら、訓練を続けましょう。ヒューイン、起きなさい」
「ちょ、ちょっと待ってください。下半身に力が入らなくて……」
「情けないぞ、ヒューイン。それでも小春の護衛兵か?」
「下半身プルプルさせてるお前に言われたくねーよ!」
「バ、バカ! せっかく余裕っぽい雰囲気醸し出していたのに!」
「はっはっは! お二人とも、次は上半身のトレーニングですよ! 吐くまで、いや吐いても続けますのでお覚悟願います!」
「「ひぃ~!!!!」」
筋トレは終了時間まで続いた。時間が短くなっても苦しさは変わらんね!
そんなわけで、鮫介は祝勝会が行われるまでの間、ダンスと会話術、それと筋トレを続けることになったのである。
吐きそうなほどの(主に心労で)辛い経験を乗り越え、鮫介は進化を果たした。ダンスを極め、会話術で婚約を避け、筋トレで男を磨く。鮫介はグレート鮫介となって祝勝会に臨んでのである――!
で、現在。
鮫介は男女共用のトイレに引きこもり、ハンカチで額の汗を拭っていた。
(あ~。たった三人……三組の親子と会話しただけでこれか。緊張するってもんじゃないな……)
こちとら普通の――響太郎のせいで普通じゃない生活を送ってきていたが、今回ばかりは普通の――人間である。
婚約を断るのは勇気が入る行為だと、初めて知った。更に、婚約するという女の子が傷付いたような表情を見せ、それを隠すような笑顔を浮かべられた日には――
(あぁ~もう! 僕にどうしろって言うんだ!)
頭を抱える。
カルディアや小春を相手にいるときは、これは演技だという安心感があった。だが、本番はそれがない。本気の真剣勝負なのだ。
大きなため息を漏らす。何故自分と婚約したがるのか。こういうのは響太郎の役目だろうに!
元の世界で一度だってモテたことのない鮫介は悩む。わざと無遠慮なところを見せれば婚約破棄になるのでは……とちょっと思いかけるが、そんなことで諦める親御さんではあるまい。
とにかく、優先順位の一位は婚約をしないこと。例え相手を傷付けることになっても、それで己の心が痛んだとしても、婚約さえしなければどうとでもなる。
「……こんなに大変だとは、思わなかったな」
「……………そこにいるのはひょっとして、コースケさんですか?」
「わひゃい!?」
突然女性の声が響き渡り、鮫介は驚いて周囲を見渡す。
壁だ。ここはトイレの個室の中なのだから。そして、ここが男女共用のトイレだということを思い出す。
パーティの会場はトホ領にある古めかしい屋敷『レ・グラネウス・ディエル』。まだムー大陸語に不慣れな鮫介だったが、レが英語で言うTheと同じ意味なのはなんとなく察せられる。そしてディエルは太陽、もしくは狭義の意味だと太陽神のことらしい。
であれば、グラネウスは『称える』だとか『称賛する』みたいな意味か。『太陽を称賛する場所』という意味……だと思う。確認は取れていないが。
で。とにかく、この会場は何百年も昔に建築された屋敷なのだという。トイレが水洗になるくらいの近代改修をされているようだが、とにかくところどころで歴史ある資料がいくつか残っている。
そのうちの一つがこの男女共用のトイレだ。何百年も昔、建築された当時のムー大陸ではトイレは男女で別れていなかったようだ。
「コースケさん、ですよね?」
「その声……フィオーネさんですか?」
「そうです。トイレットペーパーがそちらに余っていませんか? 汗を拭きたいのですが」
そういえば、出入り口に一番近い個室の鍵はかかっていたので、その隣の個室を使用したのだった。
そちらにはフィオーネが居たのだろう。鮫介は便器の裏にある棚を調べてトイレットペーパーの予備を見つけ、上部の隙間から投げ入れた。
上部の隙間はギリギリトイレットペーパーが入るくらい狭く、覗くことは出来ない……いや、覗く気はないけどね?
「助かりました」
「いえ……冷房が弱いのか、暑いですから、この屋敷」
「ええ。汗が出てしょうがありません」
五月とはいえ、ここは日本ではなくムー大陸。
日本より赤道に近い位置関係のせいで気温が高いが、湿度が低いので快適に過ごすことが出来る。
とはいえ気温が高いことには変わらず、しかもレ・グラネウス・ディエル自体が天井の大窓から太陽を取り込む形式に関わらず熱を排出する機能が貧弱なので、室内の気温は異様に高かった。冷房もっと頑張れ、といった感じだ。
「こう暑いと、ドレスが邪魔に感じますね。邪魔に思いません? そのタキシード」
「ンン! ……そういうこと、他の方にも言ってるんですか?」
また裸体主義の話か!
ちなみに現在の服装はタキシード。アルキウスさんがこの日のために用意してくれた貴族的な服だ。
「言いませんよ。私の秘密を知っているのはアルキウスと私の近衛兵の二人、それからコースケさん、ただ四人だけです」
「そうなんですか」
「私は露出狂ではありませんからね。裸になることは特に恥とは思いませんが、それによってアルキウスの評判まで落ちることは避けたい」
「成程」
露出狂ではないと申したか! なんかいちいち裸体主義の話を話題に出してくる人が!
しかし……そういえばさっき、秘密を知っているのはアルキウスさんと近衛兵、それから僕の四人だけだと言っていた。
アルキウスさんが今までの会話の流れから察するに、フィオーネさんの裸体主義には反対の立場らしい。近衛兵の二人も、立場を考えれば反対するに決まっている。
つまり……フィオーネさんは裸体主義の仲間が欲しいのか? それで僕を誘っている?
ノー! 僕は裸体主義に興味はない。フィオーネさんと夜中の大森林の中を全裸でわーきゃーと……いいかもしれない……!
ごほん。とんかく、はやくトイレを出よう。フィオーネさんと二人きりだと、どんな説得を受けるか分からない。
「僕はもう出ます。フィオーネさんはごゆっくり」
「はい。私も……ん、ちょ、ちょっと待ってください」
なんだろう、と鮫介がトイレのドアを開き、フィオーネの入っている個室の前で待つこと十秒。
フィオーネが、申し訳無さそうに鮫介へと声をかける。
「背中のジッパーが閉じません。宜しければ、引っ張って頂けたらと……」
「なんですと?」
鮫介は目を見開く。
背中のジッパーを閉じる。それは鮫介の元の世界において、漫画の中でしか存在しないとされていた幻のストーリーなのでは?。
確か屋敷の門前でフィオーネさんと出会ったとき、フィオーネさんは際どい格好のドレスをしていた。首筋に何もなく、胸元が大きくがっつり開いた黄色いドレスだ。あまりじっくり見れず、鮫介は視線を足元まで下げて会話していたのだが……
それの、ジッパーを、閉じろ、と。ほう。
「わ……わか、りました。トイレの鍵を開けてくれたら、中に入りますので……」
「開けたら、すぐ中に入ってください。誰がトイレを利用するか分かりませので」
ほう。個室で、二人きりになれと!
脳がくらくらしてくる。自分は巨大ロボットで怪物と戦う世界に来たのであって、ちょっとエッチなラブコメ世界に来たんじゃない、ということを再確認。
大丈夫。大丈夫だってば。
「では、失礼します」
鮫介は鍵が開いた瞬間、足元だけを見て個室の内部に入り、直ぐ様ドアを閉めた。
顔を上げる。
背中をこちらに向けたフィオーネがいる。そして……
(乳が! 背中から見えとるー!!!)
唖然とする。
フィオーネさんのHカップぐらいある(正式なサイズなんて知らん!)大きなおっぱいが、背中からはみ出てこちら側からも見えるのだ。
前は片腕で隠しているので残念ながら乳首は見えないものの、鮫介はその大きさに動きを止めた。身体も、思考も。
「……コースケさん?」
「…………あ、ああ。ジッパーを上げればいいんですね……」
もはや、何か会話をする前に脱出しなくてはならない。
コースケはふしだらなことが頭に思い浮かぶ前に腰を手を当て、ジッパーを上げた。
「んっ……」
(エロい声を上げるなーっ!)
聞こえない。何も聞いていない。
ジッパーが上まで閉まる。鮫介が両手を離すと、フィオーネがドレスの様子を確認して振り向いた。
ドレスは胸元までしかないが、しっかり乳首を隠している。鮫介はその姿を残念がる……こともなく、無心でその場を離れる。
「すみませんでした」
「いえ……」
「他の方……例えばグンナルさんにはこんなことを頼めませんし、鮫介さんにはご迷惑をかけてしまいましたね」
迷惑ってわかっているなら、僕を巻き込むのを止めてほしいな!
フィオーネさんはいちいちエロいし、いい匂いもするし、なんか……変な気持ちになるんだ!
「早く出ましょう。ゴードンたちを……待たせすぎるわけにはいかない」
「そうですね。行きましょう」
そして、僕たちは同時にトイレを出た。
トイレの入り口にはゴードンと、フィオーネさんの近衛兵らしき姉妹――同じ顔をしているし双子かな――がいた。談笑しているフィオーネさんを置いて、ゴードンを連れて先に会場に戻る。
「コースケ様、どうかなさったんですか。そんなに急いで……トイレの中でフィオーネ様と何か?」
「何でも無い」
「しかし、何やら顔が赤く……」
「何でも無いったら!」
ああ畜生。私は貝になりたい。
フィオーネさんはアルキウスさんの嫁だということを忘れそうになる。
鮫介はもう二度と、フィオーネと二人きりにならないよう注意することを硬く誓うのだった。




