爆焔再誕
お待たせしました!
時空機士クロノウス第2章、『烈風機士』編です。
目を覚ます。
暗闇が広がっている。大地の深淵にも似たこの火口の中、脇に広がっていた少空間に転がり落ちていたらしい。
起き上がる。全身が痛い。
びし、ばき、と悲鳴を上げる肉体。何故、これほどのダメージを。
思い出す。
この■■に■る前の姿を。思い出を。
私は……そう。バラゲッター火山近隣に来ていた。
数々の騎兵たちの協力のもと、ついにこの周辺まで土地をイニミクスより奪い返したのだ。
当然、火山の付近に人は住めない。しかし、火山を依り代として大型イニミクスの存在がいるのではないか……と不安になり、こうして火山まで確認に来たのである。
総勢は私を含めて四名。私自身が選出した、例え大型イニミクスが出現しても生きて逃げられる者達だ。
一人はスタリア・テルブ・テト・レッサイア。女性的な口調が特徴的な、二十五歳の男性。オフェンス担当で、巨大な電動ノコギリにもなる大型の盾を所持している。
一人はハルフィナ・マガシャタ・テト・ティゼッタ。寡黙な一匹狼で、二十七歳の男性。索敵担当の斥候で、誰よりも早く敵の動きに気付くことが出来る。
一人はセバンス・トホ・テト・アラクマ。己より他人を立てる、二十三歳の女性。後方からの銃撃支援担当で、狙った獲物は必ず仕留める。
最後が私。ルーニ・テルブ・ネア・シュヴェル。三十一歳の男。爆焔機士ヴォルケニオンに搭乗を認められし、炎を操る赤の大神官だ。
私達は火山をゆっくりと登っていた。ここまで敵の襲撃はない。あとは火口を覗いてイニミクスの姿が無ければ、お役御免だ。
火山灰が降り積もるこの地では農作業は出来ないだろうが、温泉やワイナリー……やれる作業はいくらでもある。
「暑いわねぇ……わたしの機体にも、冷房装置が欲しいわ」
「我慢してくれ、レッサイア。暑いのは私も同じなんだ」
「隊長の機体は冷房常備されてるじゃない。ずるいわ」
「ヴォルケニオンは炎を操るからね。自分で生み出した炎で熱中症にでもなったら大変だし、冷房類はしっかりしてるよ」
苦笑して答える。
私の使う流派……双刃輝炎流は手に持った二本の刀に炎を纏わせる剣技だ。斬る・焼くを同時に行うことが出来るが、刀を構えている間は炎の熱気がコクピットにまで伝わって、とにかく暑い。
そのため、ヴォルケニオンは冷房が完備されている。戦闘中に涼しい風がゴーッと流れているのは、少し気が削げるけども。
「静かにしろ、レッサイア。我慢すれば良いだけの話だ」
「そうですよ、レッサイアさん」
「まぁ! ティゼッタはともかく、アラクマちゃんは自前で冷房を購入して機体に付けてるじゃないの!」
「こ、これは……貴方に言われるまでもなく、事前準備はしっかりと、という話で……」
「どうせシュヴェル様とお揃いだー、なんて嬉しそうに買ったんでしょ」
「ち、ち、ちが、違います! もう、レッサイアさんってば何を言って……!」
「しっ! 静かに」
突然前を歩いていたティゼッタがハンドサインで私たちを押し留め、腰を落として警戒する。
その手の動きは、「静寂」、「待機」、「ゆっくり進行」を示している。私達は即座に手の動きに従った。
ハンドサインは戦争の中で廃れた技術で、使用者はもうティゼッタくらいしかいないだろう。何故なら、普通の戦争ならば無線を盗聴されることを警戒しなければならないが、相手はイニミクス。こちらの会話を読み取られる心配が無いからである。
ともかく、ティゼッタは前線で火口を覗いていた。その手が再び「ゆっくり進行」の合図を出したので、それに従う。
ひょこっと頭を出して火口を覗くと、マグマが視界の中に広がる。全てを溶かし尽くす赤い湖に目を奪われていると、ティゼッタの手の指が下方に向けられた。
そちらを見ると――いた。小型イニミクスが2体と、中型イニミクスが一体。
こちらに気付いた様子もなく、ゆったりと寛いでいる。
「……アラクマ、小型を射撃。中型は私が相手をする」
『了解』
「レッサイアとティゼッタはアラクマを援護。では、行くぞ」
私は交信で三人に指令を出し、火口からジャンプして中型イニミクスへと迫った。
鞘から刀を引き抜き、炎を纏わせる。敵との相対距離が遠い場合はこれだ。
「双刃輝炎流……炎溶剣!」
刀から炎が伸び、相手に突き刺さる。
物理的な斬撃を伴った炎は敵中型イニミクスを焦がし、焼き、切断まではいかないものの大きな斬撃を与える。距離が離れている故に大きなダメージは期待出来ないものの、初激としてはまずまずの成果だろう。
地面に着地して、眼前で悶える中型イニミクス相手に刀を構える。ここからは真剣勝負だ。
「双刃輝炎流……踵焦!」
まず、足を狙う。
刀を地面に突き刺す。刀の炎が地面の中を潜り、相手の足元で噴火する。脚部を焼かれて、中型イニミクスは足元に注意が向いている。その隙を付いて、両腕を水平に真横へ向けて飛びかかる。
「炎月輪!」
自らを風車に見立て、焔の台風と化して回転しながら斬りかかる。イニミクスの胴体を切り裂き、同時に炎によって肉を焼く。続け様、刀を逆手に持ち、勢いよく敵に突き刺した。
「灼火両乱!」
黒い毛皮の奥にある肉を灼熱の炎の燃やし尽くし、イニミクスは命を断った。双刃輝炎流の技を四つも並べる、対イニミクス必殺のコンビネーションだ。
イニミクスは黒い毛皮を持っているが、あの毛皮は剃ってもすぐに生え変わるし、何かに使おうにもイニミクスから離れた瞬間から腐敗して灰のような何かになってしまうという。
イニミクスの死骸は腐るほどあちこちに転がっているので有効利用出来ればいいのだが、そうそう美味い話はないものだ。
隣を見れば、小型イニミクスも殲滅が完了していた。アラクマの射撃で一匹が死亡、残った一匹が反撃したけれどレッサイアの盾で阻まれ、ティゼッタがその隙に相手に飛び乗って短剣で首筋を突き刺し、葬り去った……といったところか。
「ご苦労。負傷は?」
「いえ、ありません」
「そうか」
言葉少なに、周囲を警戒する。
周囲に動く者……なし。ほっと一息ついて、状況を確認する。
「さて、火口を降りてきてしまったけど……君たち、ちゃんと登れるかい?」
「心配無用。既に帰還のルートは発見済みだ」
「そうかい、なら良かった」
現在地は足元も不安定な火山内部。マグマに浸かってしまえば、流石に機体は勿論、ヴォルケニオンも保ちはしない。
帰還出来るルートがあるというのならば、それに越したことはないだろう。
「では内部の敵も掃討したことだし、戻ろうか」
「了解」
「暑くて参るわぁ。私もエアコン購入しようかしら、シュヴェル様と同じやつ」
「な……何故、シュヴェル様と同じものを……」
「あら、シュヴェル様と同じものを使うのは自分だけでいいって嫉妬かしら?」
「違いますってば! ふざけないでください!」
「おぉ、怖い怖い。シュヴェル様、アラクマちゃんもお嫁さんにしてあげたら? フランメルちゃんも大きくなったし」
「レッサリアさん!!」
「ははは……悪いけど、メルグリーゼは裏切れなくてね。それにフランメルは十一歳になったけど、最近は男が寄ってきてて、気が気じゃないかな……」
メルグリーゼは私の妻の名前、フランメルは子供の名前だ。
妻子共に健康で、メルグリーゼは口数こそ少ないが嫉妬深く、私が女性にモテる度に私の背後に居座っては服の裾を引っ張っている、とてもチャーミングな女性だ。
フランメルは元気いっぱいな女の子で、真面目で実直な性格だ。双刃輝炎流も収めており、最近はナロニ領在住の女の子と仲が良いはずだが……
「フェグラー領領主の子、ラヴァンね。年齢は十一歳で、フランメルちゃんと同い年。差し詰め、お姫様を助けに来た王子様ってところかしら」
「フ、フランメルは確かにお姫様のように可憐で美しいが、別に閉じ込めているわけではない。王子様の到来を待ち望んでは……」
「女の子にとってはどうかしら? 父親から訓練ばかりつけられてる日々に、突然遊びに誘いをかける男の子が現れたら、コロッと行っちゃうんじゃないかしら」
ほ、本当にそうなんだろうか?
フランメルはまだ十一歳だが、幼児性愛者という者がこの世にいるらしい。そのラヴァンがそいつに脅されて手下をやっていて、フランメルを攫うことが目的だったら……!
「あの、シュヴェル隊長? 話がズレているような」
「ズレてなどいない! フランメルは我が宝、他の男の入り込む余地など――!」
テンション高く右腕を振り上げて、叫ぶ。
レッサリアは呆れていて、ティゼッタはもはや話を聞いていなかった。アラクマは……俯いている。
アラクマの好意は知っていた。知っていたが、それを受け入れることは出来なかった。メルクリーゼは嫉妬深いし、私はそんな彼女を愛していたから。
彼女には、きっと私の存在なんか忘れてしまうほどいい出会いがあることを期待したい。それよりフランメルだ。ラヴァンという少年、一度会ってどういう目的かを尋ね――
「危ない、シュヴェル様!」
突然、ティゼッタが警告を促す。
だが――その警告は、一足遅かったようだ。
突如、火山の外壁から腕が飛び出し、何かする暇もなく両手でヴォルケニオンを鷲掴みにする。もがき暴れるが、ビクともしない。
ミシミシと、圧迫されてヴォルケニオンが悲鳴を上げている。この大きさは――大型イニミクス。ネームドのご登場らしい。
「シュヴェル様!」
「こちらは心配しなくていい、お前らは脱出しろ!」
「駄目だ、撤退のルートを防がれた……!」
ティゼッタの悔しそうな声。
この火山の外壁内部に隠れていた大型イニミクスに、道を遮られているらしい。
大型イニミクスを相手に出来るのは、複数の虹の七騎士のみ。
彼らの機体では、太刀打ちが出来ない。私は部隊を率いる者の務めとして、彼らを逃さなければならない……!
「ぐっ……おおぉ……!」
力を込めるが、両腕はぴくりとも動かない。
ならば、仕方ない。自分自身にもダメージが入ることを覚悟して、私は別の念動力を行使する。
「炎熱……融鎧……!」
ヴォルケニオンの装甲の隙間から炎が吹き出し、それは手や足、頭部に至るまでその身を包み込む灼熱の鎧と化す。
自らの外装として炎を纏う超能力だ。技名の通り、装甲がどろりと溶け始めるのほどの熱量を放出し、ヴォルケニオンは一つの真っ赤な炎となる。ヴォルケニオンにもダメージが行くが、掴んでいる両腕にはそれ以上のダメージを与えるはず……!
「ぐぁぁ……くぅっ……燃え……上がれ……っ!」
焔と一体となったヴォルケニオンを掴める者などそうはいない。拘束していた両腕の力が緩み、シュヴェルはヴォルケニオンを操作してその場を脱出する。
直ぐ様、炎熱融鎧を解除。猛り盛っていた炎が消え去り、融解した装甲が顕になる。コクピットの気温は上昇を続けて現在五十度を超えている。エアコン完備で助かった。
「シュヴェル様!」
「シュヴェル様、ご無事ですか!?」
「問題ない。撤退ルートはまだ塞がれてるのかい?」
「残念ながら……」
「ふむ……どうやら、あの大型イニミクスをどかすしかないようだな……!」
振り向き、ようやくその異様を目の当たりにする。
見た目は……そう、恐竜に似ていた。爬虫類の思わせる胴体や頭部など、人間のように脊椎を成長させた恐竜……といったところか。そこから黒い毛皮があちこちに生えている。
大型イニミクス――こいつにも、いつかネームドとして名前が付くのであろう――は両手を火傷したようで、苦痛の声を上げている。その声は他のイニミクスのものと同じく、甲高い鳴き声だった。
「行くぞ、皆!」
「はっ!」
「承知しております!」
「……行く!」
私達四人は困難な状況を覆そうと、四人力を合わせて■い――
いや?
果たして、本当に■ったのか? 機体は大型イニミクスには勝てぬと、私は■がそうとはしなかったのか?
分からない。
覚えているのは、最後の瞬間。
どういう指示を与えたのか覚えていないが、三機の機体が叩き潰されてスクラップと化している脇で、ヴォルケニオンが敵に捕まっている。
もはや味方もおらず、交信も通じず、絶体絶命の危機。
「レッサリア、応答しろ……ティゼッタ……アラクマ……」
ギリギリと。
最初のころのように両腕でヴォルケニオンが押し潰されそうになっている中、私は独り言のように仲間たちの名前を叫ぶ。
しかし、スクラップになった機体は何の反応も返さない。
死んだ。
殺した。
こんな任務に連れてこなければ……
「ぐぁぁぁ!!!」
ヴォルケニオンが危機を現すブザーを鳴らし続けている。ヴォルケニオンをイニミクスに渡すわけにはいかない。しかし……
私は限界だった。妻と子の顔が頭に思う浮かぶ。
そうだ。
私はまだ死ねない。屋敷に戻り、妻を抱きしめ、娘の成長を見守り、彼女が結婚するまでは――
足元のレバーを引くと、ハッチが開いた。大型イニミクスが掴んでいなかった開閉自由な場所。シュヴェルはフラフラと幽鬼のような歩き方で、ハッチの外に出る。
中空から落下し、ボロボロになったヴォルケニオンの瞳を眺めながら――いや。
本当にそうだったか?
現状――火山内部の小空間にいることを鑑みるに、ヴォルケニオンから脱出したことは確かなようだが……
私は、どうなったのだろう?
■ったのか? それとも■けたのか? ヴォ■ケニ■ンはどうなった? ■に■われてしまったのか?
メ■■リー■……■ラン■ル……
そうだ、■■が■っている。
■ってでも、■を■ってでも、■らなくては……
「おや■や。■が■■不■になるのはまだ■の■なんだ■どね。■■に■■してしま■た■」
な、なんだ……?
耳に、ノイズが走る。誰かが話しているようだが……
「まぁ■■や。■め■と■、■は■■れ■■■んだ。■ら■ニ■■スの■■と■てね」
ノイズが、五月蝿い。
話し声もガーガー騒がしく、意識が集中出来ない。
痛い――
苦しい――
闇が広がっていく。瞼が閉じかけているのだ。
レッサリア。
ティゼッタ。
アラクマ。
メルクリーゼ。
フランメル。
大事な名前が、頭から消えていく。
メルクリ……
フラン……
意識を失う、直前、眼前に見えたのは。
■を■らして■ち■びる、■■■ク■の■い■――
再生完了。
この■■に■る前の『私』を思い出す。
行かなければ。
妻と、娘が待つ■■■■、■の屋敷へと行かなければ。
小空間を抜け出し、火山内部の様子を見る。
敵はいない。■■は■■■……
足を踏み出す。
さぁ、行こう。
みんなが、待っている……




