時空機士編IF・救われた少女の救われない戦い
こんにちは。今回は時空機士編のIFシナリオとなります。
IFシナリオは名前の通り、何かの要素があって本来の物語とは別の(IF)物語が発生したシナリオをちょびっとだけ展開しています。
今回でいえば、「カオカーン潰しを撃破した後、ディザーディがサイコ・バリア・ビットを使用しなかったら(存在を思い出さなかったら)」というものになっております。
果たして、鮫介たちはどういうIFシナリオを辿ることになるのでしょうか!?
――カオカーン潰しの撃破から、ニヶ月が経過した。
カオカーン潰し撃破の立役者にして、新たに召喚された『勇者』オトナシ・コースケ殿は……
……まだ、目覚めていない。
そもそも、あの時の悲劇は……
カオカーン潰しを時空機士クロノウスが拳を飛ばして撃破したのはいいものの……
その後、空中を飛来するクロノウスを誰も助けなかったことに由来する。
結果的に、クロノウスはそのまま落下。
衝撃で中のパイロット――大神官オトナシ・コースケ殿は意識を消失させ、未だ意識を取り戻していない。
ただ、一人だけ。
クロノウスに同乗していた先代勇者の娘、クヤ・コハルだけは、コースケ殿が最後の力を振り絞り、時空の念動力で安全に地上に降ろしていたらしく――
七機士たちが見たのは、泣きじゃくりながらクロノウスに縋るクヤ・コハルの姿だったという。
……こうして、カオカーン潰し襲撃事件は一旦の幕を下ろした。
その場にいた虹の七機士の大神官たちはどうにも後味が悪い感じを引っ張ったまま――特に万雷機士ガルヴァニアスの大神官、フィオーネは重度の疲労困憊といった様子だったという――コハルを連れてフェグラー領主の元に向かい。
そして、フェグラー領主アルキウスは召喚したばかりの『勇者』の訃報を聞き、その場にぺたんと腰を落としてしまったと伝えられている。
さて。
オトナシ・コースケ殿はあれから目覚めていないのは前述の通りだ。
アルキウス様はメイドたちを引き払うことなく、いつか目覚めてくれると信じてコースケ様のお世話を続投するよう命じている。配下の執事やメイドもまた、その命令に答えて不満一つ吐くことなく、眠るコースケ殿の世話をしている。
いつかまた、『勇者』として目覚める日を待っているのだろうか。取材してみようと思ったが、屋敷への訪問はノーを告げられてしまった。
勇者殿が起きていれば、このような事態にはならなかったかもしれないが……私は歯噛みしつつ、別方向からの取材を考えてみた。
……オトナシ・コースケがカオカーン潰しと相打ちになって数日後。
屋敷の広場に置いてある倉庫に、近づく影があった。
クヤ・コハルである。
コハルを屋敷に連れ帰ると約束していた勇者の願いはしっかりと果たされ、コハルはこうして、屋敷に滞在していたのだ。
「コースケ……お前、なんであたしを庇ったんだよ……」
傷心のコハルは、クロノウスの胸部にあるコクピット部分に触れ、小さく呟く。
あの時。
コースケ殿は、コハル殿に念動力を使用した。別れの瞬間、コースケ殿はコハル殿に小さく微笑んだらしい。
――必ず、お前に生きて再会するから。
そう、約束された気がしたそうだ。彼女の妄想かもしれない。それでも、コハル殿は想うのだ。
コースケ殿がある日突然起き上がり、コハル殿ににっこりと微笑んでくれる日を。
そうして俯き、コースケ殿との思い出に浸っていると……それを見越していたかのように、クロノウスのハッチが開いた。
早く来い。そう命じるかのように。
そして――
――皆さんお馴染みの時空機士の新たな大神官、クヤ・コハルが誕生した。
時空機士に乗ったコハル殿は、大戦果を上げていた。
元々、素質はあったのだ。父親が先代の時空の『勇者』であり、その素質を受け継いだその身体は、時空の機体を動かすのに十分な素養を所持していた。
数々の戦場に乗り込み、イミニクスを屠る毎日。護衛以来などは決して受けず、イミニクス討伐の依頼ばかり日々。
アルキウス様たちも心配しているようだったが、今のコハル様には何も聞こえていないようだった。
ただ、殺す。
イミニクスたちを、皆殺しにする。
その熱意だけが、コハル様の後押しをしているようであった。
彼女を支えているのはその熱意、そして彼女を守護する元・オトナシ近衛部隊の面々。
今はクヤ近衛部隊とでも言うのか。そう問いかけると、彼女はいつもより低い声で答えた。
「彼らは借りているだけだ。間違えるな、あいつらはオトナシ近衛部隊。あくまでもコースケの部下たちだ」
そう言って俯き顔で睨みつける小春殿の冷酷な顔を、記者は一生忘れることはないだろう。
多少の人員が辞めたオトナシ近衛部隊は、その後も健気にコハル殿に付き従い、その生命を守っている。
オトナシ近衛部隊隊長のジンは、記者のインタビューに対し、疲労感の濃い表情で答えた。
「……コハル殿は、コースケ殿の『代わり』を勤め上げようと躍起になっているだけなのです。ただ……その方法が、憎きイミニクスを討伐することで凝り固まっている。私たちはただ、アルキウス様の命令通り……そんなコハル様を守護するだけです」
果たして、クヤ・コハルとは何者なのか。
新たな勇者なのか、それともイミニクスを屠るためだけに存在する哀れな存在なのか。
彼女に助けられた人物は数多く存在する。彼らは、彼女を勇者と称え、その存在を肯定する。
コハル殿は決して人々を見捨てない。戦場で倒れた兵士たちを必ず救い出し、その生命を繋ぐ姿は、確かに勇者と呼べるだろう。
逆に、コハル殿を悪魔と口さがなく呼ぶ連中も存在する。
コハル殿は本当に困っている人間、例えば怪我で動けない兵士やイミニクスの瞳に射竦められてしまった民衆などは助けるが、それ以外の弱者――戦闘中の、イミニクスの猛攻にやられている騎兵などは一切救おうとしないからだ。
コハル殿は彼らを無視して、敵の大将首だけを狙う。その動きが、危機に陥っている騎兵たちからは不評らしい。
それに対し、「足を引っ張るな。強くなれ」というのがコハル殿の談。あまりにも突き放した言い方は、確かに悪魔と諳んじられても仕方のないところだろう。
しかし。しかしだ。
これを読んでいる読者諸君はもう既に分かっているだろうが、それでも、私はコハル殿の真実を伝えたい。
コハル殿は確かに厳しく、冷たいところも持ち合わせている。時にはそれが、凶悪な姿勢に見えることであろう。
でも、コハル殿はそれでも『勇者』を目指す女性なのだ。
それが、弱者であるならば。戦う力を一切持っていない弱者ならば、彼女はきっと、何を捨ててでも助けに来てくれることだろう。
それを思えば、「強くなれ」というコハル殿の言葉は、文字通り彼女からの激励なのだろう。
お前は、戦う力を持っているじゃないか、と。
戦う力があるならば、それを振るって弱者を守れ。そして弱者は、文字通りの弱者なのだから自分が救わねばならないと、そういう意味なのだろう。
彼女は迷わない。
そうして弱者を救い、彼女が信じるところの強者に弱者を任せ、自分は敵大将のイミニクスを全力で狩る。
それこそが、彼女信じる『勇者』としての道なのだろう――
――フルペ・フェグラー・メヘレ・シャープ、新聞社の記事にて記す――
……その部屋は、昼間だというのに暗闇に満ちていた。
時間が止まっているかのような静寂。部屋には埃なども積もっていなく、放置されているのではなく、その状態が長く保たれていることを示している。
今日も予定通り、時空機士クロノウスの大神官九夜小春は、部屋の主である音無鮫介の元を訪れていた。
最初は遠慮がちだったものの、もう幾度となく訪れた現在、そう遠慮することもなくなった。
小春はベッドで眠る鮫介の姿を見る。
穏やかな顔。
眠る姿は、何を思っているのだろうか。
平和な、彼の元居た世界のこと?
それとも、召喚されたこの世界のこと?
……そして、あたしのことを考えてくれているのなら……とても、嬉しい。
小春はそんなことを考えながら、鮫介を起き上がらせて背中側に腰を下ろす。
眠っている人間に施すマッサージは、毎日行わないと筋肉が固まって、弱ってしまう。
だから、小春はこうして一日のうちの4~5時間、暇なときは必ず鮫介の部屋に通い詰めて作業を行っていた。
任務で屋敷を離れるときはカルディアにお願いしているものの、小春としては他人の手に鮫介を譲ることは耐え難かった。
これは責任の問題だ。
鮫介がこうなってしまったのは、小春のせい。
だから、小春が眠っている鮫介の世話をしっかりとしないといけない。
そんな零に等しい強制力で、小春は働いていた。
右腕、続いて左腕。決して筋肉を衰えさせないよう、血の巡りを良くし、関節を滑らかに動かす。
かつてクラムロロが戦場で動けなくなった自分の父親を介護するときに、やっていたという介護法だ。小春は丹念に、その時聞いた方法を思い出して鮫介の筋肉の動きを補助する。
奉仕作業は得意分野だ。特に、己が好意を向ける相手であれば。
「……まったく。いつまであたしみたいな美少女に世話させてんだよ。まったく約得だな、鮫介」
小さく微笑む。
こうして小さな部屋で二人切りとなったとき、小春はいつも鮫介に話しかけていた。
話すことは別段重要なものはない。
自分が向かった任務の話、街中で見かけた面白い芸人、野原で見つけた草花など、ありとあらゆる話題を鮫介に提供してきた。
どれか一つでも、鮫介が食いつく話があるかもしれない。
それを願って、小春は今日も鮫介に話しかける。今までの話題は鮫介の興味を引くものは無かったみたいだが、今回はどうであろうか。
「そうそう、美少女と言えばさ。お前知っているか? 知らないだろうなー、この前ミス・フェグラーを決めるだかいうイベントがあってな。優勝者は森林に囲まれた湖畔の町ザガフィエに住まうパン屋の一人娘、ナフィアさんに決まったんだ。あたしはその日、作戦に参加していて、最期のほうの結果しか見れなかったんだけど、いやぁ、あたしが参加してればどこまで行けたんだろうな!」
鮫介は大方の予想通り、何の反応も返さない。
軽い諦観の念。まぁ、美女の話題に食いついたらそれはそれで嫌だけど。
「で、そんなあたしはいつも通り、イミニクスを狩る任務についてる。イミニクスはお前の仇だからな、それを討伐することは苦でもなんでもないさ。それには他の虹の七機士の大神官たちも協力してくれている。『凍結』のナレッシュや、『万雷』のフィオーネさんなんかが……」
ぴくり、と。
その名前を聞いた瞬間、鮫介の瞳が僅かに痙攣した。
小春は目を見張る。そしてそのまま、泣き出しそうな顔で鮫介の身体に抱きついた。
「お前は……お前は、いつもそうだ。今のは、虹の七機士たちが無事なのかどうかを確認したかっただけなのか? それとも……フィオーネさんのことが心配なのか……?」
鮫介はもう答えない。
ただ、静かに口を閉じ、安らかな寝息を立てているだけだ。
「なぁ……鮫介……目を覚まして……あたしを見てくれよ……あたしに微笑んで……あのときの約束を果たしてくれよ…………」
小春の、涙に濡れた嘆願も。その耳に届いているのかどうか。
鮫介は表情を変えないまま。ただ、小春の泣き声だけが部屋に響いた。
夏の暑さも届かぬ、時の止まった世界。
ただ、少女の涙だけが、時間を動かしていく。
後に『鮮血の勇者』『復讐の戦乙女』と謳われる小春とクロノウスは、今日も戦い続ける。
いつか、鮫介が失った『時間』が戻る日を信じて……
というわけで、IFシナリオでした。
小春はこれから時空機士クロノウスの新たな勇者として、フェグラー領に名前を残していくことになります。やったね!
こんな感じで、次回以降もIFシナリオを投稿していきたいと思います。決してヘ○ダーソン氏の○音をのパクリではない(笑)




