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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
時空転移編
3/115

さよなら、響太郎



 白と黒。二つの時空が、混ざり合って浮かんでいた。

 そこには天も地もなく、重力に阻まれる心配もない。ただ風に舞う枝葉のように揺蕩い、世界を移ろって行くことだけが、水泡のように再転する二人には相応しいような気がしていた。

 二人。

 自分の側には、もう一人いた。

 顔色は見えない。それどころか、気配というものが感じられない。ひょっとしたら、そこにいないかもしれないけれど――でも、必ず側にいると分かっていた。

 全身真っ黒になったであろう手を見つめながら、全身真っ白になったであろう君に問いかける。

 これは夢? それとも現実?

 答えはない。誰もいないかのように静寂だけが帰ってくる。

 困った風に身を竦めて、ただ、背中合わせに寄り添い合う。

 背中は暖かくならないけれど、体温はきっと伝わるだろう。

 そうして、幾分か時が過ぎる。

 それは一瞬の出来事であり、はたまた一週間後の顛末でもあった。急に幾筋もの光が堰を切ったように駆け抜けたと思うと、急流がぐんと伸びを見せる。どうやら、そろそろ目的地のようだ。

 顔を反対側に向けたまま、ただ一人、君に言葉を贈ろう。

 君は一人は生きていく。だけど忘れないで。側には必ず、■がいることを。

 言葉が正確に伝わったかは分からない。でも、言うべきところだと感じられた。

 二人がそっと離れる。

 流れは二人を分断し、別々の方向へと出口の扉を開いていた。

 

 出口に辿り着く直前、傍らの君に最後の言葉を述べよう。


 いつか、また。

 どこか、星々の瞬く庭園で。






 ソレら(・・・)は、未知なる来訪者がこの地に足を踏み入れたことを、本能的に察した。

 あれは、脅威だ。

 あれは、我らを駆逐する。

 備えが必要だ。

 情報を。

 偵察を。

 不意に、遠くの場所から言葉が発せられる。

 探れ。探れ。探れ。

 近くにいる十体を差し向ける。

 一体は必ず生き残れ。

 残りの九体は、可能であれば殺せ。

 声ではなく、鳴き声も上げず、ただ、彼らは何かしらを受信する。

 そして、黒い何かがゆっくりとした足取りで、歩き出した。


 瓦礫の山脈を越え。

 巨大な機械の残骸を背に。

 無残にも破壊の限りを尽くされ、夥しい死者の山々を積み上げた、カオカーン砦を後にして。






「探せ! 必ずやこの領内に、勇者様をおられるはずだ!」


 神殿内に、アルキウスの焦燥混じりの怒声が轟く。

 祭礼の集結と共に、勇者の召喚には成功した。

 そのはずだ。

 なのに、勇者は現れず――それどころか、この神殿で祀られていた御神体が、突如として姿を消したのだという。


「勇者と『時空』は一心同体……間違いなく二人は同じところにいる。絶対に、勇者様をお迎え……ごほっ、ごほっ!」

「アルキウス様!」


 急に咳き込んだアルキウスを、隣にいた神官たちが慌てて支える。

 その顔色は、明らかに健常者の者とは違う。体中の色素が失われ、手足は痩せ細り、元より不足気味だった生気が更に枯渇してしまったかのようだ。

 勇者召喚に係る代償は大きい。

 だが、それすら覚悟の上で勇者をこの世界に呼び寄せたのだ。失敗では許されない。


「アルキウス様! 不自然な土煙を発見せりとの報告が!」

「場所は!?」

「フェグラー領北北西……テ、テルブとの国境沿いです!」

「なっ……!?」


 神官全てが、その報告に凍りついた。

 その場所は、先の戦いで壊滅的な打撃を受け、放置されていた未開の地。

 そして――つい数日前、イミニクスの襲撃を受けたテルブのカオカーン砦の近隣だ。


「動かせる兵士は!?」

「ほ、歩兵なら。しかし、機兵はフィオルグニスに既に輸送済みで……」

「くっ……!」


 アルキウスが奥歯を噛みしめる。

 一体全体、何が起こったのか。

 わからない。わからないが、召喚した勇者が危機に陥っている、ということだけは判断出来た。


「とにかく、移動可能な兵士は全て向かわせろ! それと、妻にも連絡し、真っ直ぐ目標地点に急行するよう伝えてくれ!」

「はっ!」


 神官たちがバタバタと動き出す。

 神殿脇のベッドに腰掛けながら、アルキウスはやつれた顔でひたすら勇者の無事を祈り続けるのだった。 






「――響太郎ッ!」


 輝ける星に伸ばした手は、しかし銀河を掴むことなく空を切った。

 鮫介は唖然として、しばらくその手を戻すことが出来ずに放心する。

 心は空虚で、まるであって当然の半身を永遠に失ってしまったかのような錯覚に囚われた。

 響太郎。

 何故僕を助けた。

 助かるべきは、お前の方だっただろうに――


「…………ここは?」


 しばらくそのままの姿勢で顔を覆っていた鮫介だったが、周囲の様子が変貌していることに気付き、胡乱げに辺りを見渡す。

 そこは狭い空間だった。2、3メートル前後の金属で出来た立方体の内部。薄ぼんやりした光が微かに明滅する中、いつの間にか椅子状の何かに腰を下ろして佇んでいる。少なくとも、教室の中ではないことは確実だろう。静寂が世界を包み込む中、眼前の機械に見たこともない文字が表示されているのがどうにか見て取れる。

 なんだこれは。意味がわからない。

 鮫介の脳裏を、疑問符が浮かんでは消えていく。僕はどうしてここにいる? 響太郎はどうなった? クラス内でかなりざわめいてしまったが、他のテロリストが様子を見に来たりはしないだろうか?


 ――あれこれ悩んでも仕方ない。


 内心の動揺を隠し、鮫介は一つ深呼吸をした。こういう時は落ち着いて、冷静に――まずは自分の座っている部分を確認する。これは――シートのようだ。なかなか腰が柔らかく、柔軟性を感じられる。自分を締め付ける――もとい、安全に拘束するためのベルトも存在した。幸い、ロックは掛からず放置されているようだ。また、肘掛けの部分には紫色の宝珠のようなものがそれぞれ二つ、掌の部分に重なるように半分ほど埋没しているが、これには何の意味があるのだろう。触れてみても、まったく反応が帰ってこなかった。

 次に、自分の眼前にあるものについて考える。一秒、二秒。答えはまったく浮かばない。適当に機械の装置であることはなんとなく理解出来るのだが、釦やらレバーやら、何のために付いているのはさっぱりわからない。これが真横にまで伸びており、全部シートに座ったまま手の届く範囲。試しにいくつか触れてみたが、ディプレイの表示は変更されないまま無為に時間だけで過ぎていく。

 その奥は、ガラスのような透明なもので作られているようだ。ただし、何か機械的なもので封鎖されており、外の様子を窺い知ることは出来ない。立ち上がり、手を伸ばせばどうにか届く距離だったが、生憎と動かすことは不可能である。

 足元は、ペダルが三つ置かれている。恐る恐る踏んでみるが、どうやら主電源が切られているらしく、一切の反応は見せなかった。

 背中を向けば、そこには壁。隅々まで指を這わせてみたものの、うんともすんとも言わないようだ。


「ふぅ……」


 探索が完了すると同時にどっかりとシートに座り込み、鮫介はしばし口元に手を当てて思案する。

 この形状には、何処か見覚えがあった。休日の日曜、帰宅してテレビを付ければ毎週やっていたアニメーション。機動戦士なアレとは細部は違えど、大本は変わらない。


「ロボット……の、コクピットだよな、これ」


 というか、それ以外の何者にも見えない。

 無論、まだ戦闘機の操縦席といった選択肢も残されていたものの、十中八九間違いないだろう。しかし、それならば尚の事疑問が残る。即ち、何故このような場所に閉じ込められているのか、だ。

 考えられるとしたら、三つ。

 一つ目は、狙撃の演習。敵がコクピットから生身の姿を晒した瞬間、遠距離から狙い撃つ訓練だ。その場合、鮫介は順当に死を迎えることとなる。

 二つ目は、能力の解明。理由は知らないがテロリストたちは鮫介に脱出ゲームを与えており、徒歩ないしこのロボット――外見が不明瞭だが、仮にロボットと呼称しておく――で定められたミッションをこなせというものだ。運が良ければ生き残れるかもしれない。

 三つ目は、それ以外の特殊な状況。気を失う前にちらりと見かけた、白い世界の黒い腕。あれが夢や妄想の類ではなく現実に起こったことならば、何か『ありえない環境』に身を置いていたとしても不思議ではあるまい。


「…………」


 鮫介は十秒ほど熟考した後、手を伸ばして座席の基底部分を探る。すぐにそれは見つかった。コクピットの出入り口を開放するためのレバー。その形状を確認して、一秒の躊躇も無しに手前側へと力強く引っ張り上げた。

 ガコン、という機械のロックが外れる音。前方のハッチがゆっくりと上下に開放されていく。


(……どうでもいいか)


 心中にあるのは、虚無。

 生きようが死んでしまおうが、もうどうでもいい。

 テロリストが銃を構えたあの時、鮫介は死を受け入れた。

 だから、構わない。

 例え、響太郎が己の生を願ったのだとしても――そもそも、()()()()()()()()()()()()()()なのだから。

 ハッチの隙間から太陽光が差し込み、目を細める。

 外から漂ってくる清浄な空気の匂い。

 果たして、そこに飛び込んだ光景は――


「――――――」


 ――()()()()()()()

 見渡す限りの荒野。眼下には土と泥で出来た平原が広がり、名も知らぬ植物が各所に点在しながら生い茂る。巨大な赤い岩山は城塞のごとく佇み、人間はおろか、動物の一匹たりとも見当たらない。


「なん……だ、これ……」


 唖然としてたたらを踏み、鮫介はその場に尻もちを突いた。

 一体全体、何が起こったのか。

 わからない。論理立てた推究を全力で拒否する異常事態。狼狽する脳髄を糾すことなく、鮫介はただただ呆然と、外の景観を遠望していた。

 皮肉なことに、天気は快晴。涼やかな風が、荒廃した大海原を行き交っている。

 



 この日、音無鮫介は異世界に転移した。



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