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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
時空転移編
29/117

後始末




 後始末は、粛々と進んでいた。

 カオカーン潰しレ・カオカーン・ヴォルンの遺骸は、その場で放置されるらしい。引き取る余裕は無いというのと、放置していてもすぐに何らかの植物が生えるとのことだ。

 数カ月後には、この丘の名物になっていることだろう。

 他のイミニクスたちの死骸も同様だ。腐らなくて済むのは良いことだが、生態系の常識とか……まぁ異世界だし文句は言うまい。


『では、我々はゼゥ・ガマルの街へ向かい、この者たちを送り届けるのと、避難警報が解除されたことを伝えてきます』

「勇者様ー! えらい迷惑かけましたー!」

「コハルをお願いしますね!」

「リリムとニニスの死体は後日回収に来ます。勇者様、お疲れ様でした……!」


 小屋に残っていた『ディエル』の面々も、帰宅することになった。

 反政府組織は解散したことだし、これからは一市民として平和に毎日を過ごしてくれることを期待したい。

 ところで元『ディエル』の中でも、ヒューインはジン隊長から熱心な勧誘を受けていた。

 どうもヒューインの使用していた機体(ナーカル)、『クラヴェナ』は皆の乗ってる最新型の機体(ナーカル)から第一世代も第二世代も劣っている骨董品だったらしく、それを使って皆に劣らない動きをしていたヒューインは、埋もれた逸材という話らしい。

 そして、ヒューインはオトナシ近衛部隊に厄介になることにした。

 これはヒューインがオトナシ近衛部隊に入ることを了承したわけではなく、屋敷の仲間になる予定の小春の近衛兵になるためだ。

 ジン隊長は非常に残念がっていたが、これは仕方がないだろう。ヒューインは鮫介の護衛兵よりも小春の従者として付き従う姿のほうが似合う。ルネッタさんも笑顔で喜んでいた。ヒューインは照れていた。


『では、儂らはそろそろ行くかの』

『はっ』

『グンナルさん、ディンケイン様。本日はネームド討伐にご協力頂き、誠にありがとうございました」

「ありがとうございました」

『なに、勇者様にも挨拶出来たしな。フィオーネ嬢、今度デートでもしてくれたらこの礼はチャラに……』

『師匠!』

『ん、ごほん。それではな、フィオーネ殿、勇者様! 孫が目覚めたときは、息子さんと宜しくな!』

『また会いましょう、フィオーネ様。勇者殿は、もうあんな戦い方はしないようにな』

『陰険眼鏡が何を言うか』

『師匠っ!?』


 グンナル老とディンケインさんは、そんな漫才コンビみたいなやり取りをしながらベールキドの丘を去っていった。

 いつか、どこかでまた会う機会もあるだろう。その時は、ディンケインさんに呆れられないような戦術で戦わなければならない。

 何せ、彼の奥の手であるサイコ・バリア発生ビットは全て落下の衝撃で叩き壊してしまった。幸い完全に壊れてはいないようだったが、もう少しスマートに敵を倒さないといけないだろう。あのとき自分自身に念動力を発動出来ていれば、それで済んだ話なのだから。


『隊長……先代勇者の娘暗殺は……』

『撤退だ……! 我らの手で、ガムルド領とフェグラー領の戦端を開くわけにはいかん……!』

『しかし、マホマニテ殿には『必ずやり遂げよ』と厳命を受けていまして……!』

『こんな事態が想像出来るか! とにかく一旦領地に戻って、フェグラー領が先代勇者の娘を保護したと伝えなければ……!』

『しかし、マホマニテ殿の『必ずやり遂げよ』は『成功するまで帰ってくるな』と同義で……!』

『領地剥奪もあり得ますぞ!』

『うぐぐぐぐ……だから暗殺なんて非人道的な真似はしたくなかったのだ……』


 小春を暗殺しに来た面々は、これからどうするかを三人で延々と相談している。

 ゼゥ・ガマルの街に何人か歩兵を残してきたらしいのでそいつらと合流すればいいのに……と考えてしまうが、そんなものは後回しなくらい、危急な相談なのだろう。

 漏れ聞こえる声を揃えれば、彼女たちも暗殺をしたくてここに来たわけじゃないことは十分分かる。


 ちなみに彼女たちの暗殺対象である小春は、クロノウスから降りて鮫介の隣に立っていた……なんでずっと左腕に抱きついたままなのか、分からないのですが!

 鮫介はちゃんと説明していた。お前のその感情は紛い物だ。一緒に死んで欲しいというのは言葉の通りの意味で他意はまったくない。屋敷に招いたのは暗殺を避けるため。そう、ちゃんと説明したはずなのにこれである。

 曰く……私が抱いた感情は本物だ。言葉は不要、行動で私の心を掴んだ。例えお前が私のことを嫌いでも、いつか必ず好きにさせてみせる……本当にちょろいなこいつ。

 そんなんで鮫介の左腕に絡みついてる小春だが、振り払わない理由は一つ。鮫介が以前の世界で、ここまでモテたことなど無かったからである。

 何せ鮫介の周囲にいた美少女といえば、一人残らず必ず響太郎に惚れていたのだから。


 そんなわけで、鮫介は他者からの好意というものに慣れていなかったのである。小春の向ける真っ直ぐな好意が嬉しく、照れくさく、さりとてどう反応していいのか分からない。

 結果的に無視のような形になってしまっているが、小春は何も言わず、鮫介の左腕をぎゅっと抱きしめている。その感触が柔らかく、暖かく、何か……大切にしなくちゃという気分にさせるのだ。

 小春のことが好きなのだろうか?

 それは本当に分からない。好きという感情がどういうものなのか、理解が追いつかないのだ。

 とりあえず言えるのは、鮫介は今まで巨乳好きの派閥であった。それが今では「ちっぱいも、まぁ、いいんじゃないかな」なんて感情が心の隅に生まれていることだ。

 たまに左腕が柔らかく気持ち良い感触を与えて何だと思っていたら、小春はブラジャーをしていないという話だった。つまりノーブラ……おぉぅ……

 熊を倒したあと小春の胸に飛び込んだけどノーブラだったんかこいつ……なんて考えながら、鮫介は眩しそうに太陽の光に目を細めるのだった。


『では……フィオーネ様。俺は……カオカーンに……戻ります』

『協力感謝します、ナレッシュ。でも、ラヴァンを連れ歩いたことは忘れてませんからね』

『……はい、申し訳ありませんでした……』


 ナレッシュも帰還の報告をしに、鮫介たちの前に姿を現していた。

 彼には随分と世話になった。鮫介も一歩前へ出る。


「お世話になりました」

『勇者様も……クロノウスに乗れて……良かったな』

「はい、あの……後日で宜しいのですが、訓練に付き合っては貰えないでしょうか?」

『…その心は?』

「あなたは、僕の元の世界の友人に似ていて……超えたいのです。過去を払拭したい。どうか、宜しくお願いします!」


 頭を下げる。

 この身に焼き付いた、旭響太郎という大きすぎる男の呪いを解くために。

 小春は鮫介とグレイサードをきょろきょろ見渡した後、慌てて頭を下げた。


『……『払拭』……その友人は……君にとって悪い者……なのか』

「どうだろう……彼は優しかったけど……僕にとって……いや」


 この言い方は違う。

 間違っている。

 勇者は最初に勇気を出す者。そして鮫介は、勇者なのだ。

 首を振り、胸を張って答える。


「ああ、嫌いだ。大嫌いだ、あんな奴! 僕の欲しかったものは全て奪い去って! いっぺんぶん殴らなきゃ気が済まない!」

『…………そいつが……俺に似ている……と?』

「似てるのは天才的な技術とかです。あいつ……一緒に訓練受けてたのに、自分だけとっとと習得して上に行きやがって……!」

「こ、鮫介、顔が怖いぞ……?」


 おっと。

 元の世界にいる間、ずっと耐えてきた怒りや憎悪が噴出していたらしい。

 勿論、響太郎にはそれだけじゃなくて友情や感謝もあるが、ここで表に出すようなことじゃない。

 今は、悪意が一番である。ここは元の世界ではない。溜め込んできた悪意を開放するは、今しかないのだ!


「僕は強くなりたい。そのために訓練したいし、その相手は『天才』と称されるあなたにお願いしたい。どうか、宜しく頼む……!」

『……まぁ……構わないよ……時間が出来た時に……お相手しようか……』

「ありがとうございます!」

「あ、ありがとうございます!」


 鮫介が、次いで小春が礼と共に頭を下げる。

 別に小春は頭を下げる必要は無いのだが、こうして付き合ってくれることに申し訳無さを、そして若干の嬉しさや喜びを感じてしまう。

 鮫介は内心思う。僕ってちょろいのかもしれない、と。

 美人局には注意しないといけない。メイド服を着た巨乳のお姉さんに来られたら、ほいほい臨みを叶えてしまうかもしれん。


『では……失礼します……』


 最後まで低血圧のような喋り方で、ナレッシュはカオカーンへの帰路に付いた。

 鮫介はずっと頭を下げたままそれを見送り、グレイサードの姿が見えなくなったあたりで顔を上げ、隣で同じように礼をしている小春に感謝の言葉を述べる。


「すまないな小春、ずっと付き合わせて」

「構わないよ、お前のためだからな」


 こ、小春……! なんて人をドキッとさせる奴なんだ。

 付き合いたくなったどうするんだ。付き合うのか。そうか。


『フィオーネ様。我らも……その、ガムルド領に帰ろうと思います』

『宜しいのですか?』

『宜しいも何も……先代勇者の娘がネームドを撃墜する瞬間の目撃者になってしまいましたから』


 暗殺集団の皆様方も、相談の結果が出たようだった。

 バツが悪そうに、フィオーネさんに対して下手に出ている。一方小春は眉根を寄せて暗殺集団を睨んでいた。

 暗殺すると言われたのだから、しょうがないだろう。


『その……勇者様。改めて確認しますが、勇者様が拳を発射してネームドにトドメを刺す時に、先代勇者の娘……』

「小春だ! 九夜小春!」

『え、ええ、コハルさん。その、コハルさんの力も籠もっていたというのは、本当の話なのですか?』

「ああ、確かに小春のサイコキネシスが込められていた。あれだけの破壊力を出せたのは小春のおかげだ」


 嘘である。

 機体(ナーカル)や虹の七騎士は言うなれば念動力増強装置だ。普段は使い物にならない念動力を倍増する効果を持っている。

 例えばテレキネシスが得意な人間がいるとして、普段の生活で使おうにも少しだけ物を動かすだけで精一杯。それが機体(ナーカル)に搭乗するだけで鋼鉄の塊を操ることが出来る……というわけだ。

 小春のサイコキネシスは、確かにクロノウスの左腕に宿った。それ事態は確かな現実だ。

 しかし、込められたのは極僅かな力だろう。全体の総量で言えば百分の一にも届いていないはずだ。

 だが、小春の力が込められたこと事態は、事実なのである。

 だから、それを強調する形だ。コクピットの中身は確認されていないから、クロノウスはひょっとしたら二人で操縦したのかもしれない。小春は先代勇者の子、操縦可能かどうかと問われれば可能性は十分にあり得る。

 そして、鮫介は召喚されたばかりの新米勇者。一人では操縦出来ず、小春の力を借りてようやくクロノウスを動かせたのではないか? ――という疑惑を深めた形の嘘である。


『そう……ですか』

「何だよ、疑ってんのか?」

『い、いえ。勇者様も申すなら、それが真実なのでしょう。その旨、マホマニテ殿に報告致します』

「もう暗殺になんか来るなよ」

『はい。私も、そう願っています……』


 総員皆小春に頭を下げ、暗殺組も丘を降りていった。

 ゼゥ・ガマルの街で残りのメンバーと合流して、ガムルド領に戻るのだろう。そして、マホマニテに報告した後は、降格……だろうなぁ。

 煤けたように見える背中を眺めていると、さて、とフィオーネさんが小屋を見て、


『ラヴァン! 出てきなさい!』

「は、はい!」


 一喝すると、慌てた様子でラヴァン君がお供と共に飛び出してくる。

 今回の戦いで、ラヴァン君は本当に何もしていない。フィオーネさんに陣地である小屋に運ばれ、勇者である鮫介に母を助けられたことを感謝した。それだけだ。

 それだけに、現在のラヴァン君の表情には耐え難い屈辱が見え隠れしている。

 彼にかける言葉を、鮫介は何も持ち合わせていない。

 クロノウスを操縦出来る鮫介が、何を言っても嫌味にしか聞こえないだろう。

 後、数年。

 数年待てば、きっと機体(ナーカル)を……いや、彼の両親を考えれば虹の七騎士を操ることも可能になるかもしれない。

 だけど、今はまだ無理なのだ。

 その幼い身体と精神に、機体(ナーカル)が答えることは無いだろう。それを受け入れない限り……彼は成長出来ない。


『……説教はもうしたので、もう一度するのは止めておきます。ちゃんと成長することを期待していますよ』

「はい、分かっています」


 お付きの子供たちと頭を下げるその一瞬。

 一瞬、鮫介を射殺さんとする視線の鋭さに気付いたが、鮫介は真っ直ぐにそれを受け止めた。

 今まで、人に恨まれるような行為は出来るだけ避けてきたつもりだが、これからの生き方次第では、恨み辛みを買うこともあるだろう。

 例え鮫介本人が悪くなかったとしても、その恨みを受け止める。

 そして、その恨みを解消出来る人間になりたい。

 だから鮫介は、ラヴァンにじっと強い意志を込めた視線を送る。ラヴァン本人がそれに気付き、己の悪徳に耐えられなくてそっと視線を外すくらいに。


『ふぅ。では、私達も帰りましょうか、コースケさん』

「そうですね。クロノウス、起動します」


 長い後始末を終え、ようやく帰還の命令がフィオーネさんから出る。

 屋敷に帰れるのだ。新しい住人として小春を連れて行くが、どうゴードンに説明したものか。恋人? 馬鹿な。

 うだうだ考えながらカオカーン潰しレ・カオカーン・ヴォルンに開けられた風穴からコクピット席に入り、倒れたままのクロノウスを起動させる。

 今度はフェグラー氏が出てくることなく起動完了、胸元の風通しが良いまま上半身を上げる。

 機体(ナーカル)と違い、虹の七騎士は使われている装甲の素材により自動修復機能がある。三日もすれば穴は塞がり、完全復活するだろう。

 

「あのネームドの回復能力は……イニミクスとしての能力だったのでしょうか。それとも念動力……?」

『……現時点では不明です。その辺りも纏めて、アルキウスに報告します』


 カオカーン潰しレ・カオカーン・ヴォルンの所持していた、大地から生命力を吸収して自分の身体を治癒する能力。

 あれは、大型イニミクス固有の能力だったのか。

 あるいは、念動力を使ったものだったのか。

 もしも後者であれば……イニミクスが念動力を操ったという新たなる驚異の実例だ。更に言えばこれから先、中型イニミクスも、小型イニミクスでさえ念動力を操る時代が来るかもしれないのだ。


「……っ!」


 急に嫌な感覚が背筋を包み、鮫介はきょろきょろと周囲を見渡した。

 おかしな気配がしたのだ。この世のありとあらゆる恨みや辛みを煮込んだような負の感情の視線が、こちら側へ突き刺さって来るような感覚。


『……どうしました?』

「いえ……何でもありません」


 しばらく観察したが、気配は見当たらない。

 気の所為だったのだろうか。

 鮫介は首を捻る。ひょっとしたら、初めての実戦を経験して気が立っているのかもしれない。

 ラヴァン君のことを笑えないな――あの感覚は、ラヴァン君の視線よりも凶悪で遥かに禍々しかったが。


『では、ジン隊長。我々も帰還します』

『はっ! 承知しました』

『帰還したらアルキウスに報告、コースケさんとコハルは英雄として大々的に取り上げられます。宜しいですね?』

「……今更、断れないだろ」

「英雄扱いはされたことがないから、正直緊張はしますけどね」


 やっぱり、街中でサインとか求められたりするのだろうか。

 そういう扱いは響太郎のものであって僕はされたことがないから、あんまり想像は出来ない。


「じゃあ、瞬間移動(テレポート)で一足先に戻っています。コハル、手に」

「はいよー」


 コハルがクロノウスの手に乗ったのを確認して、精神を集中する。

 クロノウスの姿がやがて半透明になり、徐々に景色の中に薄れていき、やがて瞬間移動(テレポート)の発動と共に姿を掻き消した。




 こうして――密かに侵入していたネームド・カオカーン潰しレ・カオカーン・ヴォルンは撃退され、ベールキドの丘に平和が戻った。

 鮫介はクロノウスの正式な登場者となり、鮫介の暮らす屋敷には新たな住人、九夜小春が住み着くことになる。

 鮫介が正式な勇者となったことと、小春の入居記念を合わせてその晩、祝勝パーティが屋敷で行われることになった。

 また、ジンたちの暮らすオトナシ近衛部隊の寮にヒューインという新人も加わり、オトナシ近衛部隊はますます勢いづくことになる。


 大型イミニクスがベールキドの丘に侵入していたというニュースはフェグラー領内の各街に流布され、大変な衝撃を与えた。、

 虹の七騎士が集まって撃退したこと――特にトドメをクロノウスに乗る新たな勇者と先代勇者の娘が刺したことは大きな話題を呼んだが、彼らは表へ出てこなかったので、民衆は彼ら――特に先代勇者勇者の娘を想像し、あらゆる噂を書き立てた。


 残党狩りを行っていたカオカーンの戦いも終結を迎え、グレイサードはトホ領へ戻ることに。

 また、ヴォルケニオンはディザーディを時に厳しく、時に優しく訓練をつけながら、テルブ領各地のイニミクスを殲滅しているという。


 かくして、ベールキドの丘を舞台にした戦いは終わり、鮫介たちのもとに平和が呼び戻された。

 ――その戦いを見届ける、悪意の塊に気付かないままに。




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