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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
時空転移編
27/117

カオカーン潰し




『地下……じゃとぉ!?』

『……地下』

『それは……おかしくないですか? この広い丘には無数に木々が生えています。その根っこを避けて、地下に広がるのは……』

『そうじゃ、それにこの陰険眼鏡が地下にイニミクスを埋めたばかりじゃないかのぅ』

『師匠! 陰険眼鏡ってなんですか!?』


 フィオーネさんの発言は、様々な紛糾を呼んだようであった。

 しかしフィオーネさんは確信があるようで、手をぎゅっと握って声高に叫ぶ。


「しかし! 私は確かに見たのです、黒い甲殻類……蟹のような鋏を。あれが足元から生えていた以上、地下に潜伏しているとか思えません」

『だが、地下といっても……』

『到底信じられないな……』

「すみません、ちょっといいですか」


 話の途中で割り込む。

 途端、聞こえてきた老人らしき声が歓声を上げた。


『おお、そなたが勇者か! なかなか立派な声をしている!』

「ええと、あなたは……?」

『儂の名はルーニ・テルブ・ネア・グンナル! 爆焔機士ヴォルケニオンの大神官代理である!』

「僕は音無鮫介……オトナシ・ニーガタ・ネア・コースケです。クロノウスに乗ってます」


 互いに挨拶を返す。

 爆焔機士……11歳の女の子が大神官だと聞いていたけど、この人はどういう関係なんだろう。祖父とかそんな感じなんだろうか。


「それで、地下にネームドがいるかどうかという話ですが、僕は普通に存在すると思います」

『何故そう言い切れるんだ? 地下がネームドにより空洞になってるとでも言うつもりかな?』

「……あなたは?」

『陰険眼鏡と覚えておけばええ』

『師匠! それはあまりにも!』


 声の主は一度荒ぶった声を上げた後、テンションを落として、


『ごほん! 私はイリカ・ナロニ・ネア・ディンケイン。砂煙機士ディザーディの大神官だ』

「イリカ……確か、領主と同じ……」

『ナロニ領のイリカ家といえば連綿と連なる貴族の家系だ。私も、そういう扱いを望むよ』

『陰険眼鏡と覚えておけばええ』

『師匠ぉ!!!』


 ああ……成程、そういうキャラか。

 顔は交信(テレパス)だと見えないが、きっと眼鏡をかけて陰険な様子なのだろう。それを師匠であるグンナルさんにいじられているに違いない。


「……宜しいですか? 地下にネームドがいるという話ですが、ネームドがもしも体型を自在に変化出来るのならば、可能だと思います」

『ほぅ? どういう意味かね?』

「だから……紙のような体型になるんですよ。そうすれば地下に広がっていても問題ないんじゃないですか?」

『紙?』

『紙……か』

「そんなことが可能なのでしょうか?」

『大型イニミクス、ネームドは基本、なんでもありじゃ。身体を紙のように出来るのなら地面を空洞化せずに済むじゃろうし、地面から不意打ち出来たのも納得出来るな』


 その場の皆が鮫介の意見を検討していることに、安堵のため息を漏らす。

 良かった。一笑に付されたら立ち直れないところだった。


『……ディンケイン。地下にネームドがいると仮定して……引っ張り出せるかの?』

『誰に向かって言ってるんですか? 任せてください』


 そうして、ディンケインの念動力で引っ張り出すことが決まった。

 フィオーネさんは襲いかかる小型イニミクスを手刀で叩き潰す傍ら、鮫介にそっと告げる。


「トドメは任せます。あなたと小春がネームドを撃破出来るようにしてください」

「英雄になれるように、ですね」

「……別に、なれなくていいのに」

「そういうこと言うなよ」

「じゃあ、鮫介は英雄になりたいのか?」

「……なれるものなら、なってみたいな。王様みたいな扱いされて、美人のメイドさんがたくさん傅いてくれるなら……」

「メ……メイド?」

「僕的服飾好感度ナンバーワンの職業だ」

「そ、そうか……結構俗物だな、お前」

「俗物だよ」


 ぶつくさふてくされてる小春を叱咤し、鮫介はネームド出現を待つ。

 やがて、遠方から大きな力の波を感じた。誰かが、強力な念動力を使っていることが、わかる。


『ぬぅぅ……! 私の実力を思い知るがよい……! 地割れ(グラウンドクラック)!』

『誰と戦ってるんじゃ、お主は』


 呆れたグンナル老の声は無視して、ディンケインが大掛かりな念動力を発動する。

 地面にいくつもの亀裂が走り、そして噴出する。地面に中に何物が潜んでいようとも、ディザーディを前にして顔を表さずにいることは出来ない。


『お、おぉぉ……!』

『来る……!』

『各自、構えろ! ネームドが来るぞ!』


 亀裂に線が走り、一本の筋となる。

 その筋から、ぶわっと。黒い毛皮が姿を現す。

 イミニクスの証たる黒い毛皮をたなびかせ、まさしく紙のような体型が外に晒される。何処に内蔵が配置されているのやら、そんな疑問を抱かせるほどに長く、大きい巨体。

 一般的な機体(ナーカル)が十五メートル、虹の七機士が三十メートル超。ならばこのネームドは、如何ほどの全長なのか。


「シャアアアアアァァァァ!!!」


 咆哮。

 紙のような胴体に、蛇のような頭部が一つ。それと、蟹によく似た碗部が二つ。

 地面に隠れていないからか、胴体は地上に出た瞬間から、みるみる内に太っていく。どういう原理かは分からないが、体型を元に戻しているらしい。

 そうして、カオカーン潰しレ・カオカーン・ヴォルンはその全身を晒した。大きい、という感想以外鮫介には持てなかった。全長100メートルは間違いない。


『我が孫の仇、取らせてもらう! 双刃輝焔流(そうじんきえんりゅう)炎月輪えんげつりん!!!』

『負けませんよ、師匠! 喰らえっ、鉱石飛ばし(クリスタル・ミサイル)!』

『……覚悟!』

「行きます! 雷撃掌サンダーボルト・クラッシュ!!」


 鮫介がその異様にまごついている間に、四つの影がカオカーン潰しレ・カオカーン・ヴォルンを襲っていた。

 ヴォルケニオンがその双刀に焔を纏わせ、叩き切る。ディザーディがたった今開けた穴から鉱石を発掘し、それをミサイルのように発射する。

 グレイサードが大薙刀で斬撃を放ち、ガルヴァニアスが帯電した手刀を放つ。

 まさに一撃必殺。小型や中型のイニミクスだったのなら、生き残っている個体は存在していないだろう。

 だが。


『こ、こいつ、まだ……!』

『……回復してる……?』

『おのれ! こうなれば体力が尽きるまで斬り尽くしてやるわい!』

「待ってください、イニミクスが集まって……!」


 大型イニミクスは、まるでダメージが無いとばかりに平然としている。

 傷は瞬時に癒え、黒い毛皮を斬った側から斬っていないかのように怪我一つない毛皮を見せる。

 鮮血は飛び散ったまま、鮮血の噴出孔が塞がっているのだ。グンナルは露骨にうんざりした表情を見せる。


『ったく、何度も何度も斬っているが、これは……流石に堪えるわい』

『師匠、どうしたんですか、いつもの無駄な元気は!?』

『かーっ! お前、いつもの元気を無駄と思っとったのか!』


 ヴォルケニオンは幾度となく斬りつけているものの、その傷は瞬間的に回復してしまう。

 鮫介は集まってきた小型イニミクスを空間圧縮しつつ、右手を顎に添えて考え出した。


(どう考えても異常だ。なんとかしてからくりを探さないと、こちら側の体力を失ってしまう……!)

「鮫介、右!」

「くっ……!」


 小春の言葉に意識を取り戻し、右手側に空間圧縮。イニミクスはキューブ状に圧縮されて転がった。

 考える時間がない。小型イニミクスがどんどん襲ってくる。


「左から二匹来るぞ!」

「またか!」


 次は左手で空間圧縮し、キューブが二つ転がる。

 今のは危なかった。小春の進言が無ければ、どうなっていたか。


「すまないな小春」

「頼りにしとけよ!」


 礼を言うと、小春が親指を立てて嬉しそうに答える。

 そこでふと思い立って、鮫介小春に現況を尋ねてみた。


「小春はこの状況、どう思う?」

「ん? ネームドが出てきてんだろ? 叩き潰せばいいと思う!」

「ふむ……」


 鮫介は眼前のカオカーン潰しレ・カオカーン・ヴォルンに対し右手を掲げ、叫ぶ。


「空間切断……ディメンション・スラッシュ!」


 右手を振り下ろす。

 眼前の空間を裂き、あらゆる物質を切断する必殺の刃。しかし眼前の大型イニミクスはまったく切断されずに、僅かに線状の傷を残す程度だった。


「ああくそっ! 効かないもんなぁ!」

「どういう仕組みか分からないけど、大型イニミクスは空間に干渉出来て、こちらの攻撃を無効化……いや、軽減していると見るべきか」


 悩む。攻略法は何処にある?

 怪我をしても回復しているのが当面の問題だ。それさえ無くなれば、必殺技を喰らわすことが可能となるのだが……

 こちらが悩んでいる間も、敵の攻撃は続く。カオカーン潰しレ・カオカーン・ヴォルンが両腕を地面に突き刺した。すると……


『くわっ!?』

『師匠!?』


 突然、グンナル老からの交信(テレパス)が途絶える。

 カメラ映像が無いのは、こういうときに不便だ。何が起きているのはわかりゃしない。

 フィオーネさんが、グンナル老の傍らにいたらしいディンケインに問いかける。


「ディンケイン! 一体何が!?」

『し、師匠が……地面から生えた敵の鋏に捕らえられて……!』

「何ですって!?」

「ディンケインさん、正確にお願いします! 見たままを報告してください!」

『……敵に攻撃中の師匠の足元に、突然黒い鋏が現れた……次の瞬間、鋏が飛び出して、師匠のヴォルケニオンを飲み込んでしまった! 鋏は中空に待機したまま、動か……む?』

『……ぇぇぇえええい!!!』


 突如、グンナル老の交信(テレパス)が絶叫と共に戻る。


『師匠! し、師匠が鋏を切り裂いて、中から出現した……!』

『はんっ、この程度で儂を封じたつもりなら、甘い甘い!』

「待ってください、鋏を切り裂いた……? 回復はしなかったんですか?」

『む? そう言えば、鋏は治っておらんな』

「ふむ……」


 再び顎に手を添え、鮫介は再び深く悩みだす。

 治らなかった鋏。何が違ったのか。そういえば、先程の空間切断でつけた傷は――

 鮫介は顔を上げ、その傷を確認する。上空から下方に向けて放った空間切断は、下方の毛皮は既に完治しているものの、上空に存在するものは――傷が微かにだが残っている!


「高さか!」


 鮫介は叫んだ。

 理屈も原理も分からないが、敵の弱点が判明したのだ。歓喜と共にその意を伝える。


「高所は! 傷の治りが遅い、または回復しないと推察出来ます! 高所を攻撃してください!」

『高所? 高いところか、了解!』


 グンナル老が即応し、ジャンプして出来るだけ上部を狙って剣を振るう。

 刃が毛皮を貫き、血が吹き出る。その傷は――治癒されない。


『おお! 回復せんぞ、此奴!』

『まったく、どういう原理なんだか……鉱石飛ばし(クリスタル・ミサイル)! 奴の上部を狙え!』

『……凍気で、階段を作り……高所を直接叩く……!』

雷突撃サンダーボルト・チャージで高所に向かいます!」

(帯電して突撃するアレ、そんな名前の技だったんだ……)


 残る三人も鮫介の言を受けて、カオカーン潰しレ・カオカーン・ヴォルンの高所を狙って動き出した。

 ディザーディが鉱物の弾丸を浴びせ、グレイサードは氷の階段を作ってそれを登り、大薙刀を振るう。

 ガルヴァニアスはいつもの帯電しての突撃を繰り返している。

 虹の七機士の猛攻に、カオカーン潰しレ・カオカーン・ヴォルンも一溜まりもない――と思いきや――


「敵が……伏せた!?」


 小型イニミクスを圧縮し続けている鮫介が、驚愕の声を上げる。

カオカーン潰しレ・カオカーン・ヴォルンが、地面に寝そべってしまったのだ。当然身体は伸び、胴体は下へ動く。

 これまで攻撃していた高所は下がり、攻撃してもすぐに回復してしまう。唯一の弱点を、潰した形となったのだ。


「ひ……卑怯だろ、そんなの!」


 隣の小春が怒りの形相で叫ぶ。鮫介も同意見だった。

 実際のところ、大型イニミクスはその場に寝転んだだけなのだが、それだけで護身が完成してしまう。こちらの攻撃は一切を無効化し、こちらが徐々に弱るのをただ待つだけで良い。

 こんなことが許されていいのか。


「くっ……イニミクスたちが集結しています!」


 フィオーネの言葉通り、小型イニミクスたちが周囲にうじゃうじゃと湧いている。

 鮫介も空間圧縮で範囲攻撃を幾度となく繰り出しているが、それでもまだ手数が足りなくなる。


「くそっ……!」


 噛み付こうと飛びかかるイニミクスを相手にもはや念動力を使う暇もなく、その牙を両腕でガードし、そして地面に叩きつける。

 それを何度も繰り返す。例え牙が腕を貫通する痛みが走っても、両腕が牙や爪で抉られ、ボロボロになっても。


「鮫介、腕が……!」

「まだ、大丈夫……!」


 ビリビリと痺れるような感覚が、両腕に齎される。

 しかし、それを気にしている暇は無い。イニミクスは次から次へと襲ってくる。

 動きは鈍いが、動けば問題ない。鮫介は再び両腕で牙の一撃を防ごうとして、


 ヒュゥゥゥン……ドドドドド……


 空を切り裂く音と、そして地面が突如として爆発する光景を目撃した。






「着弾。次は仰角を八……いや九度上げ」

「よーし、仰角合わせ! 九度上昇!」

「了解! 九度上昇します!」


 小屋のある味方側陣地。

 そこでは、砲撃準備が行われているところだった、


「弾込めー! 火を付けろー! 三、ニ、一……発射!」

「発射します!」


 ジン隊長の号令のもと、コアの観測をもとにヒナナ隊が狙い、撃つ。

 構えた砲弾は狙い違わず小型イミニクスたちを巻き込んで着弾、撃滅する。


「よーし! ネームドを相手には出来ないが、小型イニミクス討滅は我らの仕事よ! 総員、ネームドに近寄らず遠目から狙い撃て!」

「隊長ったら気合十分ねえ。新入りの子が女の子だからかしら?」

「いやー、奥さんラブのあの人に限ってそれは無いでしょう」

「ほら、ティラディカ! 動きが遅いよ、ちゃんと砲を構えて!」

「わ、分かってる……!」


 小春暗殺の命を受けた者の一人、ティラディカはぼやきつつ砲を言われた角度に設定する。

 ヒナナの命令で火を入れ、射出。敵イニミクスを討滅したかどうかはコアが見てくれている。


「イニミクス接近! こっちに来たぞ!」

「任せろ! サイコ・バリア、出力全開!」


 直接襲いかかるイニミクスは復活したシュリィ隊の面々がサイコ・バリアで防ぐ。

 その後イニミクスを攻撃するのは、後方を気にしなくて良くなったグラウリンデ隊だ。

 ようやく敵の猛攻が薄くなり、後方までイニミクスの進行が来なくなった。これを攻勢と見て打って出た形である。


「ヒューイン、ベルケウス! 新入りだからって容赦しないわよ!」

「知ってる」

「うん、知ってる」


 ヒューインは疲れたようにため息をつき、小春暗殺命令を受けた者の一人が肩を竦める。

 グラウリンデはとにかく人使いが洗い。新入り二人は、そのことをよく把握していた。


「部下A、B、C、D! 最後まで気合入れてよ!」

「隊長! 名前覚えてくださいってば!」

「部下D……か」


 一方シュリィ隊では、小春暗殺部隊の隊長であるフュリルがあんまりな扱いに小さく吐息を吐いていた。

 これでも故郷に帰れば、尊敬される騎士の一人だ。なのに、部下Dとして名前すら覚えてもらえず、サイコ・バリアで敵の攻撃を防ぐだけ……

 己の立ち位置というか、尊厳に傷がつく。先代勇者の娘を暗殺に来たのに、どうしてこうなったのか……


「部下D、ボーッとしない! イニミクスが来てるよ!」

「了解!」


 ヤケになって叫ぶ。

 ネームド撃破後を覚えてろ。フュリルは内心、憎悪を抱えて薄暗く微笑んだ。






 そんなフュリルの事情はいざ知らず、鮫介は自陣から砲撃を届いたことに安堵のため息を漏らした。


「助かった……!」

「鮫介、腕は……」

「……まだ動く。大丈夫だ」


 痛覚を共有しているせいでボロボロになった両腕を握り締めて、鮫介は気合を入れる。

 そして砲撃をくぐり抜けて襲いかかる小型イニミクス相手に、今まで使用しなかった念動力を行使してみる。


「サイコ・バリア!」


 途端、左腕から不可視のオーラのようなものが飛び出し、相手の攻撃を防ぐ。

 念動力で作った盾だ。意図したわけではないが、なかなかの大型の盾だ。そのまま右手を相手側に向け、叫ぶ。


「サイコキネシス!」


 右手から不可視の波動が発生し、イニミクスを吹き飛ばす。

 全ての機体(ナーカル)や虹の七騎士が使用可能という念動力。無属性だから、ということなのだろうか。


「他にイニミクスは?」

「近くにはいない。大丈夫だ」


 小春が周囲を確認してくれる。鮫介は小さく吐息を漏らした。

 ひとまず助かりはしたが、根本的な解決に至ってはいない。

 即ち、『寝そべったネームドどうやって撃破するか』ということだ。


(そもそも、回復してるってどうやって? かつて現れたネームド、吸血鬼(ヴァンパイール)は小型イニミクスを吸収してたらしいけど、このネームドにそういう気配はない……)


 目に見える範囲でも、ガルヴァニアスが小型イニミクスを蹴散らしつつカオカーン潰しレ・カオカーン・ヴォルンに攻撃しているが、効果はない。

 ヴォルケニオンも、ディザーディもグレイサードも、必死に戦っているのだろうが、交信(テレパス)に朗報が舞い込むことはない。

 それどころか、黒い鋏を使った攻撃が激しい。足元も注意しなければならない。


「敵の腕、二本じゃなかったのかよ!?」

「今見たら、六本になってる!」


 小春の報告通り、いつの間にか腕を生やしていたカオカーン潰しレ・カオカーン・ヴォルンが腕を地面に突き刺している。

 幾度となく地面から生えてくる鋏。たまに時間差で連続攻撃を仕掛けてくるのが厄介だ。


(この大地……が表面的にだけど枯れてる様子はない。小型イニミクスも攻撃に集まってるだけで犠牲になってる様子はない。なら、どうして……)


 足元から黒い鋏が生えてくる。避ける。もう一度生えてくる。無理な態勢から側転して回避。更にもう一度。バク宙して回避する。


「うぉぉ! バク転出来たのか、すげえ!」

「いや、クロノウスの機能で……!」


 横目でガルヴァニアスに視線を移し、驚愕する。

 小型イニミクスを帯電した手刀で叩き潰しているガルヴァニアスの足元に、黒い鋏が生えている。ガルヴァニアスは気付いた様子がない――!


「間に合えぇぇぇ!!!」


 バックパックのブースターを全開に、ガルヴァニアスのもとへ向かう。交信(テレパス)でどうのこうの言う時間はない。

 ガルヴァニアスを突き飛ばすと同時、左腕に大きな衝撃。黒い鋏に挟まれた左腕が捻じれ、メキメキと音を立ててあらぬ方向に曲がっていく。

 我慢出来ず、大声で叫び声を上げた。


「ぐ、おぉぉぉぉあああぁぁっ!!!」

「鮫介ぇ!」

「く、空間膨張……ディメンション・エクス……パンション……!」


 念動力の発動と同時、左腕の空間が膨張し、鋏の内部を強引に膨らませて左腕の拘束を解く。

 だが、痛すぎて左腕を抑え倒れ込んでしまい、鋏に攻撃が加えることが出来ない。

 このままでは、鋏からの攻撃を食らってしまう――!


雷撃掌サンダーボルト・クラッシュ!」


 突然、世界に紫電が走る。

 視界には映らないものの、どうやらフィオーネさんが鋏に追撃を加えてくれたらしい。そこは安堵するが、変わらず激痛が左腕を襲っている。

 今まで感じたことのない苦痛が絶えず左腕に走り、鮫介は涙まで浮かべて呻いた。


「ぐぅ、ぐぎぎ、痛い、痛いぃ……!」

「鮫介ぇ! しっかりしろぉ!」

「鮫介さん、左腕の痛覚を解除して!」


 フィオーネが近づいてきて、鮫介に何か言っている。

 何を言っているのだろう。左腕の激痛が酷くて、上手く聞き取ることが出来ない。


「づぁ……はっ、はっ……な、何……!?」

「左腕に集中して、『左腕、痛覚開放』と口にしてください! 急いで!」

「痛ぁ……ぐぅ……さ、左腕……つうか、く、かい、ほう……」


 瞬間、左腕の激痛が嘘のように消えて無くなり、鮫介は額の冷や汗を拭った。

 今のは不味かった。死ぬような思いをしたし、激痛でまともに動けなかった。敵に狙われていたら命がいくつあっても足りやしない。


「無事か鮫介!? まだ擦っててやろうか!?」

「あ……ああ、大丈夫……平気だよ……」


 半分涙目で鮫介の左腕を一心不乱に擦っている小春に礼を言って頭を撫で、次いで左腕の激痛から開放してくれたフィオーネに礼を言う。


「すみません、助かりました……痛覚をシャットアウト出来るとは知らないで……」

「いえ、私の方こそ不注意であなたに迷惑を……」

「それは別に……構いません。それよりネームドですけれど、例えば地下に結界みたいなものがあって、そこの上にいると回復……みたいなことは可能ですか?」

「結界?」


 フィオーネさんは首をひねる。


「それだったら……ただ、結界というのは……」

「なんです?」

「それは、念動力の領分です。ディザーディの能力で大地の癒場アース・サンクチュアリという念動力が近いですね」

「イニミクスは……念動力を使わないと?」

「今の所百年、使う様子はありませんでしたが……」


 しかし……百年使用しなかったからといって、これから先永遠に使わないとは言い切れない。

 フィオーネさんも分かっているのか、軽率に判断出来ていない様子だ。

 こうなれば仕方ない、実証――確かめてくるより他にない。


「地下に潜ってみます。フィオーネさんは鋏に捕まらないよう気を付けてください」

「そちらも、鋏に気をつけて!」


 左腕をぶら下げたクロノウスを操作し、鮫介はディザーディの念動力で開いた穴へ滑り込む。

 紙のような体型をしていたころのカオカーン潰しレ・カオカーン・ヴォルンが埋まっていた場所だ。サイズはギリギリ通れる、といったところか。

 地の底の土は……腐っては居ない。やはり、違う理屈で回復していたのだろうか……


「待て鮫介、音が鳴ってる……地中から来るぞ!」

「時間遅延……タイム・ディレイ!」


 鮫介の念動力の発動と、敵の攻撃は完全に同時だった。

 クロノウスの眼前で、黒い鋏が地下の土砂を押しのけて迫る――それを目撃する。

 黒い鋏の動きも、弾け飛ぶ土砂も、全てがゆっくりと動いている。


「こ、これは……?」

「クロノウスは時間と空間を操る。い、今まで空間を操る念動力ばかりだったから、こ、今回時間を操ってみたわけだが……」


 鮫介は鋏を避けつつ、まるで重い荷物を背負っているような疲労感に包まれて短く声を上げた。


「こ、これは……キツいな。時間を操るのは……精神力の消費が……激しい」


 時間を止める、あるいは戻す。そういった夢のような念動力は、どうやらお預けらしい。

 クロノウスが脱力するのと同時に、時間の遅延が元に戻る。鋏は何もない空間を挟んで、するすると元の場所へ戻っていく。


「ん……?」


 そのとき鮫介は、地下の土砂の様子に気付いた。

 地上では皆がまだ戦っているわけだが、視線の奥にある土砂が段々と……腐っていってる?

 鮫介と小春は顔を見合わせ、奥へ進んだ。土砂を調べると、埋まっていた虫や生えていた植物が徐々に腐食を始めている。


「これは……!」


 見つけた。ネームドが回復している理由。

 鮫介は急いで地上へ駆け上がりつつ、フィオーネと会話するときのようなオープン回線ではなく、脳内に残る交信(テレパス)の感覚に怒鳴った。


「ネームドは、地下のエネルギーを吸い取って回復しています!」

『何じゃと!?』

『確かなんだろうな!?』

『……では、このまま攻撃を続ければ、いずれは……?』

「いや、このペースだと、こちらの精神力が尽きるほうが早い!」

『胸糞悪くなる話じゃの!』


 どうにか地上へ這い上がる――と、鋏の攻撃がこちらを襲う。右手にサイコ・バリアを展開して、攻撃を防御する。大型で助かった。

 ガルヴァニアスが左手を差し出し、それを握って穴から脱出。再び地下から映える鋏を蹴り飛ばす。


『じゃあ、どうするんじゃ!?』

『このままではジリ貧だ! いっそ撤退して相手を動かすか!?』

『拠点を作られてしまう……オススメしない……』

『じゃあ、どうするんだよ!?』

「落ち着いて! とにかく、念動力の使用に気を付けて……」

「…………」


 鮫介は話の流れを聞きながら、静かに黙っていた。

 考えていることが一つある。

 とても無茶で無謀で、成功率を考えたら皆に止められること必死な作戦だ。

 そんな作戦を、やるかやらないか。

 答えは決まっている。

 やるしかない。

 だが、同乗者がどう思うのか……


「小春」

「何だ?」

「作戦がある。が、死ぬ確率が高い」


 小春の目を見て、問いかける。


「俺と一緒に、死んでくれるか?」

「…………一緒に、か。問うてくれるとは光栄だ。いいぜ、一緒に死んでやるよ!」


 小春の目はまっすぐだった。一瞬も躊躇でぶれることなく、まっすぐに鮫介の瞳を見つめている。

 それで、鮫介の心持ちは決まった。


「分かった。一緒に地獄へ付いてきてもらうぞ」


 小春と拳を合わせる。

 あるいはそれは、プロポーズよりも重い言葉だったかもしれない。一緒に死んでくれるか、などと!

 だが、構わない。左腕に抱きつく小春がどこまでも勇気をくれる。

 自分は、勇者なのだから!


「僕が、何とかします!」

『何とか!? 何を……』

「何とかは……何とかです!」


 言い切ると同時にクロノウスは地を蹴り、カオカーン潰しレ・カオカーン・ヴォルンの黒い毛皮に触れる。

 そして念動力を全開にし、叫んだ。


「空間転移、テレポート!」


 誰かが何かを叫んだが、聞こえない。

 ただ、己の念動力の奔流が凄まじいことだけが伝わる。

 数秒の時を経て、クロノウスとカオカーン潰しレ・カオカーン・ヴォルン、二つの身体が地上より掻き消える。

 砲撃が小型のイニミクスを叩き潰す音だけが、残った。

 テレポート。

 移動の念動力だ。

 二人は空間を超えて、どこかへワープしたのだ。

 そう。




 高度一万二千メートルの、上空に。




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