虹の七機士
「クロノウスが動くぞ!」
「ロック解除! チェーン外せ!」
「急げ! 勇者様の初出陣だぞ!」
整備班の面々が、にわかに忙しく働いている。
鮫介は、自分の視界が二つあることに気付く。
一つは、マニューバ・クリスタルを握り締めて前方を眺めている自分の視界。
もう一つは、クロノウスの視界だ。全身をロックされて、身動き取れない視界。
気持ち悪い。
慣れるのに時間がかかりそうだ。
「よーし、全ロック解除! 勇者様、動いて大丈夫だ!」
班長から許可を貰ったので、前進してみる。
自分の足を動かすように、クロノウスの足を一歩前へ。
ずずん、という重い音と共に一歩前へ出る。クロノウスの全長は三十五メートル前後。重量もそれ相応なんだろうか。構成物質とか知らないけど。
そのまま、外まで歩いてみる。視界の二重構造が本当に気持ち悪い。吐きそうになる。
「よし、このままヒューインたちを助けに行こうぜ!」
「待っ……待て。操作方法を勉強してから……だ」
喋る時はクロノウスじゃなくて自分のほう。面倒臭くて気持ちも悪い。最悪だ。
手足の指を折り、関節を曲げてみる。一歩足で地面に立ってバランスを保ち、ちょっと複雑なポーズまで……
「こんなことしてる場合かよ!?」
「場合だよ。すぐ行って、動き方が分からなくて、お荷物になるのは真っ平御免だ」
急かす小春を落ち着かせ、クロノウスの構造の探求に戻る。
ようやく身体が慣れてきて、気持ち悪さがなくなってきた。代わりにあるのは躍動感。巨体を自由に動かしているのだという気持ち。
もっと動きたい、大暴れしたいという欲求が心の内から湧いてくる。
いいだろう。全力でお前の金属の肉体を行使してやるぞ。
鮫介はクロノウスの動きを止め、一息ついた。大体調べ終わったんじゃないかと思う。
「ふぅ」
「終わったのか?」
「ああ、可動域は調べ終わったと思う。じゃあ、そろそろ行こうと思うけど、その前に」
「ん?」
「……付いてくる気か、小春?」
「な、何だよ、付いていっちゃいけないのか!?」
懸念の表情を浮かべる鮫介に対し、小春は愕然と反論する。
「あ、あたしがいると、その……便利だぞ!? えっと……ヒューインたちに命令出来るし、それに……応援とかもしてやるぞ!?」
「向こうは危ないから、こっちにいて欲しいんだけどな……」
「一緒にいさせてくれよ! 頼むから、なあ!」
うーん、ちょろい……
これは多分、『一緒に居たかったら○○な格好しろ!』とか言ってエッチな服装を選択しても着る流れだ。
勿論そんなことをする気はないが、何か誤解が深まっているような……
「んん……ヒューインたちに命令は惜しいけど、それ以上に危険が待ってるから……」
「覚悟の上だ! イニミクスを倒しに行くんだろ!? ニニスとリリムの仇を討たせてくれよ!」
そう言われると弱い。
リリムとニニスの恨み、憎しみ……それを背負うと言うのであれば、確かにクロノウスに同乗しているほうが都合がいいだろう、
低俗な思想かもしれないが、鮫介としては仇討ちをしたいという人間の邪魔はしたくない。
「……仕方ない。怪我しても文句言うなよ」
「まっかせとけって!」
にっかり笑う小春。こいつはホント、こういう笑顔が似合う奴だな……
こいつの根拠のない笑顔には、ずいぶんと救われた。今回もまた、その笑顔に騙されてやるとしよう。
「よし、出発するぞ」
「走って向かうのか?」
「いや……テレポートする」
かつてクロノウスが暴走したときに、フェグラー氏が見せてくれた念動力。
あれは今思えば、見取り稽古のようなものだったのかもしれない。
両手を交差し、力を込める。行き先はベールキドの丘。
力を込め続けていると、クロノウスの身体が少しずつ薄れていく。これが念動力。この世の倫理を変更する、偉大なる力――
「コースケ様……!」
「……カルディア!」
その時、屋敷からカルディアが姿を現した。
外に出たクロノウスを見た瞬間、まるで何かに祈るかのように、手を組んでその場に跪く。
主人の無事の帰還を、祈るかのように。
「行ってくる!」
鮫介はその場で礼を言い、そしてその場からテレポートの効果により姿を消した。
その言葉はカルディアには聞こえなかったが、自分の主人の意を組んだかのように、そっと微笑む。
かくして、クロノウスは虚空へと転移する。
世界の距離を縮め、戦場へと。
「あたしの部下A、B、C! 敵が来る、バリア構えて!」
ベールキドの丘では、死闘が繰り広げられていた。
黒い津波は、機体を飲み込まんと潮流を止めず全力疾走。パイロットの存在する胸部装甲に噛み付かんと全力疾走のまま飛びかかる。
それを防ぐのが、シュリィの部下三人の機体。最前線にて敵の猛撃を、サイコ・バリアを発動して食い止めている。
「隊長! 俺の名前はスビビラビです!」
「私はメルポア!」
「我が名はゼルグラック! 隊長、いい加減部下の名前くらい覚えてください!」
「覚えにくい! 却下!」
『酷っ!?』
サイコ・バリアで防いだ敵を、ビーアメデュアが手に持ったハンマーで叩き潰していく。
しかし、一機では到底撃破が追いつかないので、そこは応援部隊が助太刀に入る。
「各員、斉射!」
ヒナナの指示のもと、三人の部下が両手に持ったガトリングガンを一斉発射。
弾丸の雨霰が降り注ぎ、最前線にいたイニミクスを爽快に蹴散らしていく。
「隊長! 俺たちの名前は忘れてませんよね!?」
「覚えてるわよー。フレミアちゃん、クゥシンちゃん、セレベタルちゃん、よね?」
「押忍! フレミアです! 男なんでちゃん付けは勘弁願いたいです!」
「セレベタルです! 男で三十オーバー、子持ち! ちゃん付けは本当に止めてほしいです!」
「セレベタルさんはともかく、フレミアはその女より女らしい顔付きをなんとかしなくちゃなぁ」
「うるせーぞ、クゥシン!」
「ごめんなさいね、ちゃん付けは私の……趣味? のようなものだから」
語り合いながら、ガトリングガンの嵐を巻き起こす。
機体に巻きつけてあったガンベルトの弾丸が急速に消費され、それと同時にイニミクスの死体が最前線に量産される。
銃撃部隊の戦果は上々だ。何せ、敵はこれだけ撃っても足りなくくらいわんさかといるのだから。
「隊長、敵が後ろに!」
「行かせるか! ぬぅ~……石壁!」
後ろに回り込んだイニミクスに、グラウリンデが念動力を使用する。
突如現れた石の壁がイニミクス達の進路を塞ぎ、妨害した。
「行かせるわけには、いかないのよ!」
蹈鞴を踏むイニミクスに、彼女の部下たちがサブマシンガンを構えて発砲。
高速で発砲される射撃は鮮血を飛び散らせ、遺骸が増加されていく。
フィオーネの『後方に向かう敵は我らを無視してゼゥ・ガマルに向かう可能性があるから、最優先で殲滅するように』という命令を遂行している形だ。
「撃破を確認! 流石です、グラウリンデ様!」
「当然よ! 念動力も使いこなせての副隊長ってね!」
「流石です。ところで、私達の名前は覚えてますよね?」
「ローゼルカとローゼリア姉妹に、デイルハッドの代わりとしてヒューイン君が入ってるわ。これでいい?」
「……正解です……うぅぅ」
しょぼんとした様子で、ローゼリアが唸る。
他の二部隊のようなボケとツッコミを期待したのかもしれない。姉のローゼルカがぽんぽん背中を叩いて慰めている。
「……若い女の兵士が多いな」
その時、皆の話を静かに聞いていたヒューインが呟くように漏らす。
メルボアとクゥシンが二十代前半で、ローゼルカとローゼリアが十代後半。副隊長は全員が十九歳という話だ。
確かに若く、そして割合的に女性の機兵が多い。ヒューインの疑問も最もだ。
「そりゃそうよ。若い男なんて、皆この戦争で死んじゃったからね」
ほとんど独り言のようなそれを拾って、グラウリンデがあっけらかんと答える。
「だから子孫を残すために、この大陸では重婚が推進されてるんでしょ」
「当時は一対一の普通婚推奨だったんですよね。時代は変化しましたねぇ」
「領主たちもほとんど重婚ですしね。違うのはアルキウス様と、レオース様ぐらいなもので」
「なんで結婚しないんでしょうね、レオース様」
「なんででしょうね。不思議だわ」
「それよりもマホマニテ様ですよ。女性でありながら夫は三人でしょう。よく刺されませんね……おっと、また来ます!」
「またぁ? たまには立場を交代してよね……はぁ~、石壁!」
再びグラウリンデが石の壁を作り出し、先程と同じ銃撃の光景が再現される。
残りのサブマシンガンの残弾を確認しながら、ヒューインが小声でぼそりと呟く。
「結婚、か……」
少年時代より小春を守ってきたヒューインは想う。
考えないようにしてきたが、小春もそのうち結婚するのだろうか。
ムー大陸の結婚式は、アメリカやヨーロッパなどから流入された西洋式のものが一般的だ。指輪の交換やウェディングドレスの着用などがメインとされている。
小春は小柄な体躯で少年のような性格だが、純白のドレスはきっと似合うことだろう。そして相手は……勇者……?
「まだ、気が早いか」
頭を振って、おぞましい妄想を追い出す。
その時、最前線で何か騒ぎがあった。恐らく、襲ってくる敵が多くなりすぎたのだろう。
「フォオーネ様、お願いします!」
「了解しました」
ガルヴァニアスが帯電しながら後方からゆらりと登場する……と次の瞬間、前方のイニミクスが吹き飛んだ。
機体の半分を電気と化したガルヴァニアスが超高速でイニミクスたちに体当たりを仕掛けていき、一気に数十体のイニミクスが跳ね飛ばされて生命を失うか、麻痺してその場に崩れ落ちる。
やがてガルヴァニアスがガリガリ音を立てて帰還する。地面をブレーキに使っているが、勢いがつきすぎて上手く止まれないのだ。
「このくらいで宜しいですか?」
「はっ! ありがとうございます!」
「いいえ。大型イニミクスはまだ丘の向こう側ですか……」
フィオーネが黒い津波を振り返る。
最後尾は流石にまばらになっていたが、肝心の大型イニミクスは丘の向こう側にいるのか、姿を見せていない。
だからこうして、フィオーネの精神力を温存する策に出ているわけだが……
ため息をつく。フィオーネはこれで突撃を三回行っている。
まだまだ余力は残しているものの、最前線で頑張っているシュリィの部下たちのサイコ・バリアも若干脆くなってきており、先行きが危ぶまれた。
やはり、雑魚も私が倒さなければならないのだろうか。
機体との格の違いを見せつけているようで気が引けるが、虹の七機士はこういうところで活躍しないといけない。
もう一度突撃しようと、ガルヴァニアスを帯電させていたその時、
『こちらコア。丘の向こう側、北東の方角に何らかの機影が出現』
突如交信が脳髄に響き、慌てて動きを止める。
現在、小屋の近くに生えている大木は引き抜かずにそのまま留めており、ジマンゲール・フェグラー・レギ・コアという兵士が木に登ってイニミクスの様子を観察していた。
彼は常に影と同一化し、敵部隊の捜索・砲撃を行う際の観測手・撤退路の確保と支援・その他諸々の雑務を一人で行ってくれている。
そのコアが何らかの機影を見つけたという。フィオーネは言われたその場所に目をやる。すると――
「カッー! 敵が多い多い! ゴキブリの巣の中に潜り込んでしまったようじゃわい!」
「師匠、例えが悪いです」
「はん! イニミクスなどゴキブリと同義よ! 双刃輝焔流・炎溶剣!」
「うわっ! 師匠、炎がこっちに撥ねましたよ!?」
機影が――二機。
そして、機体の大きさがどちらも三十メートル程……に見える。
夢か幻か、戦闘力に飢えた我らの望む巨神の幻影か――
と思っていると、二機のうち、先頭の一機が腰元の鞘から二本の刀を引き抜き、頭上に構えた。
迸る灼熱。刀に焔を巻き付け、獄炎の一撃を眼前のイニミクスに叩きつける――!
「ヴォルケニオン! グンナル様ですか!?」
『おう、フィオーネ殿か! アルキウスの小僧か元気かいのぅ!?』
「え、ええ、元気ですけど……何故ここに!?」
フィオーネは直ぐ様交信を叩きつけ、すぐに夢や幻ではなかったことを知る。
爆焔機士ヴォルケニオン。炎の力を王より与えられし、赤色を担当する虹の七機士。
それを操るは、ルーニ・テルブ・ネア・グンナル。既に息子に大神官の座を譲って引退した老人である。
孫であるフランメルが戦火の中で倒れ、再び操縦者としてテルブ領に向かったところまで聞いていたが……
『当然、フランメルの仇を追っていたのだ! カオカーン潰しがこっちへ向かったと知ってのぅ、地獄の果てまで追いかけねばならんと思うてな!』
『カオカーン潰しの行き先を推理したのは僕ですからね!』
『息子を殺し、そして我が孫までも瀕死の重症に追い込んだイニミクス! 我が煉獄の剣にて、朽ち果てるが良い!!』
ヴォルケニオンは刀を振るい、その度に斬られるか燃やされるかして、イニミクスがどんどん灰と化していく。
グンナルの息子、シュヴェルは強気を挫き、弱きを守るルーニ家を代表する男であったが、イニミクスの奇襲を受けて死亡。
そのシュヴェルの子であるフランメルは僅か齢十一にしてヴォルケニオンと同調し、大神官として認められるもカオカーンにて瀕死の重症を負っている。
いわば、イニミクスは息子と孫の仇。グンナル老人の怒りも知れようというものだ。
「そして、ディザーディ……ディンケイン様、貴方も?」
『師匠は強引でね、戦闘に慣れていない私を無理やり引き連れて復讐行脚ですよ』
ヴォルケニオンの背後にいたディンケインはずれていた眼鏡を指で直しつつ、不機嫌そうに宣う。
砂煙機士ディザーディ。大地の力を操りし、橙色の虹の七機士。
操るのは先代の大神官が吸血鬼に圧殺され、機体に乗り代わったばかりの新人、イリカ・ナロニ・ネア・ディンケインだ。
グンナルを師と仰ぎ、その剣技を学んでいるとアルキウスが言っていたが、まさかここまで来るとは。
ディンケイン本人には悪いが、これはチャンスだろう。呼んだナレッシュが来てくれれば、虹の七機士が4機も揃うことになる。
相手がネームドだとしても、勝機は十分にあるはずだ。
「現在、ネームドとの戦闘中です。ご協力願えますか?」
「仕方ありませんね、乗りかかった船です。師匠の迷惑にならない程度に頑張りますよ」
ディザーディはイニミクス相手に大立ち回りを演じているヴォルケニオンから少し離れ、フィオーネたちに向かっているイニミクスを射線上に捉える。
「剣技は訓練中、ここは念動力でいかせてもらいます。迸れ、大地操作……流砂!」
ディザーディが両手をかざす。すると、イニミクスたちの移動している地面が振動し、流砂と化してイニミクスたちを次々と飲み込んでいく。
溺れたようにもがくイニミクスたちだが、慈悲はやって来ない。ちゃんと念動力行使の終点をシュリィ部隊の手前にしつつ、間にいたイニミクス数十体を地面に埋めた形となった。
「そらそら、次に斬られたい奴は前に出ぃ! 儂が望み通りにしてやるぞぃ!」
「師匠、そのわざとらしい爺口調は……」
「ビルビーテのやつがこっちのほうが可愛いと言ってのぅ! 実際お爺ちゃんだし、構わんだろ!」
「……まぁ、僕は構いませんがね……」
そうこうしいる間も、ヴォルケニオンが最前線で群がるイニミクスたちも斬り尽くしていた。
ヴォルケニオンの所持する二振りの刀――右手の煉刃と左手の蛮王。これはグンナルの先祖、在りし日のルーニ家の若者が日本から技術を学んだものとされている。
現在のムー大陸では、刀を打つことは出来ない。金属は鋳造することは可能でも、何度も折り返して鍛錬することは難しいからだ。
ルーニ家の若者は日本で刀工職人に習い、その技術を学び取る。そして機体に搭乗した状態で刀を打つことに成功した。
それから幾度となく失敗を重ね、やがて完成したのはたった二振りの刀のみ。
今でもルーニ家は刀工専用の家系がある。代表たる大神官に刀を修理し、捧げるための唯一の部門だ。
そうやって職人の魂が注がれた刀を振るい立つのは、同じく日本で剣技を学んだという別のルーニ家の兄弟の子孫、グンナル。
この男、とても女好きなプレイボーイだと評判で、フィオーネも若いころ何度も口説かれた経験がある。
その妻の数、四人。それぞれに子供を持ち、ルーニ家を巨大に拡散している。ちなみに領主のエィデルは最初の妻の子、跡継ぎのシュヴェルは二番目の妻の子供だ。
そして今、領主会議で過半数が反対しながらも、グンナルは四番目の妻と結婚。そのビルビーテという名の若い女性と仲睦まじく暮らしている……らしい。
「なんだ、そちらにあるそのド下手な石壁は? お手本を見せてやろう、石壁!」
ディザーディが唱えると、無数の石壁が地面の下から生え、イニミクスたちを包み込む。
そして包み込んだ後、壁の一つが距離を縮めて、中にいるイニミクスを押し潰す。甲高い悲鳴を上げて、イニミクスたちが次々と絶命していく。
「くっ、虹の七機士に勝てるわけないじゃないの……! 調子に乗って……!」
「グラウリンデちゃん、ちょっとボーッとしてたけど、どうしたっスか?」
「ほら、グンナル様ってグラウリンデちゃんの好みのタイプのど真ん中じゃない?」
「ああ、通りで……」
「うるさい、うるさーい! どいつもこいつも、私を馬鹿にするんじゃないわよ!」
背後でグラウリンデが暴れているのを感じつつ、フィオーネはディザーディを注視する。
己より弱い者を見下すという悪癖はあるものの、ディンケインはディザーディの力を十分に使いこなしている。
ディザーディに乗ってまだ一ヶ月と経っていないというのにこの実力は、流石グンナルに鍛えられているといったところか。
「フィオーネ様、お願いします!」
「承知しました」
二機の機士を眺めている間にも敵は襲来し、皆が力を合わせて撃退していたようだ。
意識を戻し、再び帯電しての突撃攻撃。都合五回目の敵陣突破となる。
地面を踏んでブレーキをかけ、振り向いてみれば、敵の数は格段に減少していた。これで、オトナシ近衛部隊は大分楽になるだろう。
しかし、大型イニミクスの姿が……と疑問に思ったところで、コアから交信で情報が入る。
『こちらコア。丘の北側よりグレイサード出現』
「来ましたか」
凍結機士グレイサード。王より賜りし氷の力を備えた、水色の機体。
大神官はケリン・トホ・ネア・ナレッシュ。両親共に平民で、才能を発掘されドゥルーブの養子に迎えられた天才児――
フィオーネはすぐに、交信を飛ばす。
「ナレッシュ! よく要請に答えてくれました」
『いえ……ネームドの撃滅は国民の義務ですから……』
相変わらず低血圧のような喋り方をしつつ、グレイサードが大切に両手に持っていた何かを地面に下ろす。
それは地面を飛び跳ね、慌てたように近くの木に登っている……ラヴァン! それにその護衛たち!
「む、息子を戦場に連れてきたのですか!?」
『カオカーン砦に残すわけにもいかず……戦場で危険がないよう見張っていれば大丈夫かなと……』
『はっはっは! うむうむ、戦場に身を置きたいなぞ、それでこそ戦士の子。我が孫の交際相手として相応しいのぅ!』
『え、えぇ!? 別にフランメルとは、そういう……!』
『照れるな照れるな! 我が孫も、荒御魂を宿した男に惚れられて幸せ者よな!』
突然グンナルが交信に割り込み、喝采を上げる。
確かにラヴァンとフランメルは共に十一歳であり、交流はあったが……交際とか、そういう関係では無かったはず。
いや、それよりも前に勝手に戦場に来たことを怒るべきだろうか。怒るべきタイミングで乱入されたフィオーネは少しばかり混乱する。
グレイサードは足で地面に線を描き、そこに氷のラインを引いた。
「聞こえてはいないだろうが……このラインを跨ぐこと、それ即ち貴様らの命が尽きることと知れ……」
そして大薙刀を背中から引き抜き、構える。
すぐに小型のイニミクスが飛びかかるが、グレイサードはそれに先んじて大薙刀を振るう。薙刀の刃は僅かにイニミクスに届かない――いや。
よく見れば、薙刀は凍結していた。刃の先は極小の氷が形作られており、それが相手を直撃し、切断したのである。
周囲を凍えさせるよな冷気を放出しながら、グレイサードは静かにその場に立っている。あれがある限り、ラヴァンたちの乗っている木までどんなイニミクスの攻撃も届かないだろう。
「フィオーネ様! お、お願いします!」
「!」
気付けば、呼ばれる感覚が短くなっている。
最前線で構えているシュリィの部下たちのサイコ・バリアは明滅を繰り返しており、いよいよ限界が近い。
下がらせたほうがいいか。
フィオーネはそう判断し、ジンに告げる。
「保ちません。最前線の兵士を後方で休ませなさい!」
「はっ!」
了解の合図を後方に、フィオーネは帯電して突撃する。
幸いにして、ここには虹の七機士が四機もいる。機兵たちは皆戦場から逃しても大丈夫だろう。しかし……
「ナレッシュ。そちらからネームドは見えますか?」
『? いえ、俺の視界内には……』
「グンナル様たちは?」
『いたらとっくの昔に突撃しとるわい!』
妙だ、と突撃しながらフィオーネは思う。
大型イニミクスは、丘の向こうにいるから見えないと思っていた。しかし、その奥からグレイサードが出現し、見当たらないという。
どこにいるだろう?
確認してないというだけで、四街壊滅のように姿を隠すことが可能だったのか。それとも、何か新しい能力を……と考えた瞬間、ガルヴァニアスの足が何かに引っかかった。
「!?」
見た。
見えた。
それは地面の中から出現した、蟹の鋏のようだった。それがガルヴァニアスの足を捉えたのだ。
しかし幸いにもガルヴァニアスは帯電しており、すぐに捕まえられなくなって足を離した。
敵は――地面の下にいる。
「くっ……」
高速移動中にバランスを崩したガルヴァニアスは、地面をごろごろと転がる。
帯電が解け、元の姿を取り戻すが気にしてはいられない。
起き上がり、すぐに交信を――と考えたところで、前方に黒い塊がいることに気付く。
「キシャァァァァ!!!」
中型イニミクス。
倒すのに虹の七機士が一機必要とされている。
その中型イニミクスが――まるで起き上がる時間を計算していたかのように――右肩から大鎌を出現させ、ガルヴァニアスを狙っている……!
「……っ!」
反射的に、フィオーネは身を低くして目を伏せていた。
だが、鎌が振るわれた形跡はない。
一体何が……と顔を上げたところで、それを目撃する。
「あっぶねぇな……危機一髪ってところだった……」
腕だ。
虚空から飛び出した腕が、大鎌の付け根……右肩から生えた柄の部分を掴んでいる。
やがて、肩、胴体、足と、その姿が徐々に現れる。
それは、白い身体に紫色を加えた機体。つい先日、全力で戦って敗北した相手。
腕が、掴んだ柄をぐしゃりと握り潰す。その姿は、王に時間と空間を操る力を与えられし――
「安心してください。フィオーネさんは、俺が守ります!」
「……へー、かっこつけちゃって」
時空機士、クロノウスの姿がそこにあった。




