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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
時空転移編
21/117

『ディエル』の墜ちる日




 フィオーネさんの胸が萎む夢を見た。

 忘れてたけどクロノウスに最後に乗ったあの日、僕はフィオーネさんの胸に飛び込んでいた。

 何故……何故忘れていたんだ。

 しかし思い出したならこっちのものだ。僕は豊かな乳房の厚みに包まれて――包まれ――

 ん? と、起き上がる。

 胸が萎んでいる。膨らんだ風船のごとく。ぷしゅーと音を立てて。

 そして法衣の下は平らとなった。服の上から膨らみが確認出来ない。

 僕は顔を上げた。

 小春がそこにいた。

 夢は覚めた。






「……」


 夢か。夢で良かった。

 鮫介はどんよりと疲労の伸し掛かった肉体で思う。強く。

 目を開くと、そこには夢の終わりにあった平らな胸があった。


「……」


 視線を上げると、寝入った小春の顔がある。

 どうやら、小春は同じベッドで眠っていたらしい。

 男女を同じベッドで寝かせるとはどういう了見だ……と顔を上げれば、そこには怒りで顔を引きつらせたモヒカンの姿。

 ……

 うーん……


「おはよう」

「……ぉう」


 ベッドから起き上がって挨拶すると、ヒューインが挨拶を返してくれる。

 ここは……どうやら小春が言っていた猟師用の小屋とかいうやつらしい。

 壁に斧や鉈が飾られており、ストーブや保存用の食料なんかも置いてある。

 夏も冬も快適安全……というやつだ。

 小屋の中には、反社会的な風貌の人間たちが十人ほどいる。見た顔もいるので反政府組織『ディエル』のメンバーだろう。

 そのうちの一人、革製のジャケットを身に着けたパンクファッションのねーちゃんが優しく話しかけてくる。


「君、熊と戦うなんて凄いねぇ。流石勇者様って感じ?」

「あ、いえ……結局、小春とヒューインさんに助けてもらってるので……」

「何言ってるのよ。あの熊、コハルたちが追ってたやつでね。嫁さん熊は不意打ちで倒したけど、旦那さん熊が暴れまわってあわや大惨事に……」

「ルネッタ」

「あら……ヒューインったら自分の失敗は隠すの? もう、本当に子供なんだから」


 ルネッタ、と呼ばれたパンクファッションのねーちゃんは優しい笑みを零す。

 一方のヒューインは紅潮した頬を隠すように顔を背けていた。

 これは……ははーん。成程、そういう。


「おい、何勘違いしてやがる。違うからな」

「違うって、何が」

「俺はコハルを守ってるんだ。あいつのことは幼い頃から知ってる。妹みたいなものなんだ。だからあいつは俺が守ってやらなくちゃ……」


 ヒューインは関係ないことを早口にぺらぺら喋り始めた。ルネッタさん含め、その場にいる一同はみんなくすくす笑っている。

 鮫介は理解した。ヒューインの思考回路は、まるで僕の時代の男子中学生のようだ。


「まぁ、ルネッタさんとヒューインがいい仲なのは分かりましたが」

「おい、人の話を」

「皆さんは、反政府組織『ディエル』……ってことで、宜しいんですよね?」

「はっはははは!」


 突然笑い声を上げたのは、壁にもたれかかっていた強面のおじさんだ。右目に眼帯をつけている。


「いや失敬。反政府組織、か……そういえば、そんなものに所属していたのか、我々は」

「? 違うんですか?」

「いや、我々は反政府組織『ディエル』のメンバーだとも。だけどね……」

「ははは。ここにいる奴らは、『ディエル』のことなんざ信じちゃいねーのさ」

「コハルちゃんのごっこ遊びに付き合っている、という感じかな……」


 その場にいた反社会的な衣装の人間たちが、互いに苦笑を浮かべ合う。

 きょとんとしていると、眼帯のおじさんがすまない、と詫びて、


「我々は『ディエル』のメンバーだからここにいるけどね。反政府組織のことはあまり信用してない、というか……」

「要するに口ばかりってこった! 本格的な反政府運動なんて、ビビっちまってやれねえよ!」

「言い方は悪いけど、うん、そういうことでね。まさに砂上の楼閣さ。コハルちゃん本人には言えないけどね」


 なんだ……そうだったのか。

 じゃあ、まともに活動はしていないと。


「まぁ、そうだね。他の街には本物もいるそうだけど……我々にはとても」

「そもそも『ディエル』って名前がな。俺たちに不釣り合いというか」


 ディエル。そういえばゴードンに尋ねるのを忘れていた。


「すみません。翻訳が上手く働かなくて……『ディエル』ってどういう意味ですか?」

「『ディエル』は『太陽』って意味さ」

「新しい太陽に成り代わるってことだね」

「……コハルは本気だ。本気で、自分が太陽になろうとしている……」


 太陽……そんなものを組織の名前に……

 やはりアルキウスさんの小春に「おじさま」と呼ばれる計画は控えてもらったほうが……

 いや、そんなことより。


「なあ、ヒューイン」

「なんだ、むっつりスケベ」

「むっ……!?」


 むっつりスケベ!?

 お、おのれ、今まで親友の響太郎にさえ内緒にしていた僕の秘密を……!

 せっかく高校時代の評価が『響太郎の脇を支える眼鏡とか似合いそうなクールで理知的な男』になってたのに!


「わざとらしくコハルの胸に抱きつきやがって」

「ちが……わざとじゃないやい!」

「はっ、どうだか」


 小馬鹿にするようなジェスチャー。この野郎。


「そういうお前は、ルネッタさんの胸に抱きついてるわけか」

「し、してねーよ!?」

「はっ、どうだか」


 肩を竦めて見せる。ざまぁみろ。


「ん、んん……どうしたの?」

「あ、コハルちゃんおはよう。何でもないよ」


 そのとき、小春がようやく目を覚ました。

 これで話の続きが出来そうだ。

 と、安心する鮫介の顔を見て、小春はボッと顔を真っ赤にして、


「あ、あ、あんた!?」

「ん?」

「……何でもない」


 文句を言うために激昂したようだったが、直ぐ様布団を被って表情を隠してしまう。

 だがちらちらと、布団の隙間からこちらを伺っている様子が丸わかりだ。

 ……小春……お前……そんなにちょろかったのか……

 ヒューインが心配するはずである。


「あらあらコハルちゃん、隊長がそんなんじゃ、私達困っちゃうわよ?」

「ルネッタ姉さん……」


 ルネッタさんが小春に話しかけると、小春は布団から出てくる。

 そして、こちらをちらちら見ながら小声でルネッタさんに話しかける。

 小声なので話し声は聞こえないが……何話しているのかは想像出来る。ヒューインは顔を顰め、眼帯のおじさんは「またか」とでも言いたげに困った微笑を浮かべていた。


「小春? ちょっといいか」

「ぴゃい!?」


 顔を真っ赤にした小春が振り返る。ぴゃいってなんだ。


「反政府組織のことだけど」

「入ってくれる気になったのか!?」

「いや、違う」


 ぴしゃりと答えると、小春は「そうか……」と気落ちしたように答えた。

 そこまで落ち込まれると、こちらとしても申し上げにくい。でも、僕も夜通し歩いてきたんだからな? その意味は考えてくれたよな?

 慰めるのはルネッタさんに任せて、小春に質問する。


「アルキウスさん……領主が、君を探してる。兵を出すかもしれない」

「領主が……!?」

「君らは反政府組織だ。捕まることは想定済みだろうが、もしメンバーの誰かが捕まったら、どうするつもりだ?」

「そりゃ、勿論……助けに行く!」


 勢い込んで、小春が答える。

 そうか……


「……一人で救出作戦は、無謀だろう」

「一人? 馬鹿言っちゃいけないよ、鮫介! あたしにはこんなに……頼れる仲間がいるんだから!」

「仲間か」


 僕が周囲に目をやると、みんな目を逸らしたり困ったように苦笑を浮かべていたりしていた。

 ヒューインまでもが、腕を組んで否定を顕にしている。


「その仲間たちは、救出作戦に乗り気ではないみたいだけど」

「えっ……」


 小春が顔を上げ、周囲の様子を伺う。

 やがて皆の顔色に気付いたのか、怒ったように飛び上がり、あっちこっち皆の周囲を行ったり来たりする。


「エイフォロ! どうしたんだい、普段のやる気は!?」

「いやぁ、ははは」

「デュリーザ! セブ! お前たちまで!」

「うん、まぁ……」

「ねぇ……」

「マルキー! いつも言ってたじゃないか、自慢のパワーで仲間を助けるって!」

「お、おう……」

「クラムロロ! 息子が徴兵されて殺されたんだろ、復讐したいと思わないのか!」

「そうなんだけど……」

「リリム、ニニス! 父さんの仇は!?」

「ん……」

「わかってるけど……」

「ルネッタ姉さん!」

「コハル、みんな……その、事情があるのよ」

「な、なんだよ、それ……」


 小春の表情がどんどん沈んでいく。

 頑張っていたのは自分一人だけだったと感じてしまうのは辛い。小春はすがるように、ヒューインの眼の前に立つ。


「ヒューイン! お前……お前なら、わかってくれるよな!?」

「コハル……俺は……」


 ちらりと、ヒューインが横目で鮫介の顔を見る。

 何しやがる。裏切り者が。

 しかし鮫介は、その瞳を真っ向から見つめ返す。

 大丈夫だ。任せてくれ。

 ヒューインは納得したのかどうか、大きくため息をつき、


「……無理だ」

「え?」

「俺たちは……本気じゃないかったんだ。政府に本気で逆らうような真似は……出来ない」

「……!」


 小春がショックを受けた顔で、よろりと後退する。


「みんな、冗談だろ……? みんなで、反政府組織『ディエル』を運営しようって……」


 その一同は、みんな小春と視線が重ならないようしているが。

 何かを成そうと高い目標を掲げても、付いてきてくれる人がいなければただのハリボテで終わってしまう。

 小春は、響太郎にはなれなかったのだ。


「小春」

「こ……ここにいるメンバーは駄目だけど、今日来てない奴らもいる。そいつらなら……!」

「無駄だよ。あいつらも同じ意見だ」


 クラムロロ、と呼ばれていたがんたいのおじさんがぽつりと呟く。

 おじさん、息子を失っていたのか……

 それなのに政府を恨んでいない。政府のほうに義があると思っている。


「ちょうどいい機会だ。ディエルは解散としよう」

「何言ってんだ! そんなの駄目に決まって……」

「皆はどうだ!? 解散したほうがいいと思うか!?」


 クラムロロが大声を張り上げて問いかけると、みんなが手を上げていく。

 小春と鮫介以外は、みんな片手を伸ばして、解散を受け入れた。


「多数決の原理からして、これで決まりだな」

「あ、あたしが隊長だぞ!? 隊長の言うことは……」

「コハル、君が最初に言ったはずだぞ。独裁はしない、全て多数決で決めようってな」


 そうなのか?

 鮫介にはわからない。その当たりは小春の思想であり、小春の思い出だ。

 でも、小春は納得しているようだ。手をぎゅっと握り締め、ぷるぷる震えながら立ち尽くしている。


「小春」

「…………」

「尋ねるぞ。『ディエル』が解散した今、お前はどうするつもりだ?」

「どうって……」


 小春の目は、絶望的な色が浮かんでいた。

 ヒューインやクラムロロ、ルネッタらに裏切られ、頼るべきものがない身一つの状態。

 ここまでする気は無かったのだが……解散は彼らが言い出して決めたことだ。

 きっと、彼らにも普通の生活や職業があって、それを守りたいと思っているだろうから。


「小春。うちの屋敷に来ないか」

「へ……」

「お前が反政府組織じゃなくなったのなら好都合だ。これからどうするのか、どうしたいのか。うちでゆっくり考えるといい」

「そ、んなの……」


 小春が何か言いかけたその時、小屋の扉が勢いよく音を立てて開かれた。

 そちらを見れば、荒い息を吐き出している若者が一人。


「ピスキル! どうした!?」

「た、大変だ!」


 ピスキルと呼ばれた若者は、息も絶え絶えに叫ぶ。

 まるで、悪魔が鮫介たちを引き入れようとしているかのように。


「実は……!」






「しかし、ゼゥ・ガマルですか……厄介ですね」

「ん?」

「位置関係ですよ。テルブ領のカオカーン砦が侵攻されて……領をまたいだここに勇者様が召喚されて……その南側に、ほら、ゼゥ・ガマルの街が」

「ああ……」


 ひとまず先代勇者の娘は捨て置き、対イニミクスの重要な話をしていたアルキウスたちは、ふとその休憩時間中に話を蒸し返す。


「ゼゥ・ガマルの北にはベールキドの丘があるけど、進行速度を遅らせる程度しかならないだろうな」

「あれから『凍結』の奮戦により、カオカーン砦は奪い返しましたが、その間にイニミクスが入り込んでいたとなると……厄介ですね」

「うむ……カオカーン砦では、大型のネームドも確認されていたのに、奪い返したときには発見出来なかったからな」


 イニミクスは小型が種族の大半を占めているが、中型、大型も存在している。

 虹の七機士が相手取ったとき、中型は一匹に対して一機、大型には複数機必要とされていた。

 大型のイニミクスは、それほどの驚異とされている。


「もし大型のネームドが、ベールキドの丘に入り込んでいたら……」

「おいおい、驚かすなよ。大丈夫さ、きっと。ははは」


 アルキウスは嫌な想像を振り払うため、大声で笑った。

 現在、『爆焔』は操縦者を失い、『烈風』『波濤』は操縦者が見つかっていない。

 動かせるのは『万雷』と『凍結』のみで、『砂煙』は新たな大神官を迎えて一ヶ月と経過していない。

 そして、『時空』は動かせないと来たものだ。


「大丈夫だよ……」


 そう言いながらも、アルキウスの脳裏に不安が忍び込む。

 イニミクスの黒い刃は、喉元に突き刺さろうとしているのかもしれない。




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