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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
時空転移編
19/116

夜の世界へ

祖母の葬式で、投稿するのが遅れてしまいました。

申し訳ありません。




「起きてください、鮫介様。屋敷に到着しましたよ」

「ん……」


 カルディアに肩を揺さぶられて、目を覚ます。

 いつの間にか寝入っていたらしい。車は屋敷の門の前で止まっていた。


「う……ん……すまなさいカルディア、今起きる……」

「いえ、そのまま眠られても構いませんが」


 カルディアは何故か怒ったような口調だった。

 そのままさっさとドアを出ていってしまう。鮫介が目を白黒させていると、運転席のゴードンが笑いを堪えたような顔をして、


「カルディアは膝枕をしたかったようですが、首を動かすと起きてしまいそうだったので」

「……別に、起こしてくれれば良かったのに」


 微かに頬を赤くして、鮫介は呟くように答えた。

 ゴードンに続くように屋敷へと戻る。温め直した少し遅めの夕食を取り、歯磨きして後は寝るだけ。

 自分の部屋に戻る間際、隅に控えたゴードンに問いかける。


「ゴードン。お前は僕の味方か?」

「当然です。何を言うのですか」

「なら、僕のやることは全て肯定するのか?」

「勿論ですとも」

「じゃあ、僕が反政府組織に入るって言ったら、付いてきてくれるのか?」

「……それは……」


 ゴードンは答えに詰まり、視線を逸らす。

 鮫介は喉を鳴らすように苦笑し、告げた。


「冗談だよ」

「そういう冗談は……」

「迷わず付いてきてくれるって宣言するなら、僕も苦労しないんだけどな」

「……鮫介様?」

「もう寝る。お休み」


 答えも聞かずに、扉を閉める。

 三十秒待ったが、入室してくる気配はない。鮫介はベッド――ではなく、その横のクローゼットへと向かう。

 冬用のコートを着込み、登山用のゴツいブーツに履き替える。

 分かっていた。ゴードンは僕の味方だが、僕の絶対肯定者ではない。彼を雇っているのは、アルキウスさんだ。僕がアルキウスさんの不利なる選択肢を選びそうになったら、必ず邪魔をしてくる。カルディアだってそうに違いない。

 鮫介は別段反政府組織に入る気なんてないが、それでも小春の扱いに関しては……慎重にならざるを得ない。

 先代勇者の娘。

 アルキウスさんは子飼いの兵士をゼゥ・ガマルに向けて放つだろう。その際、一言添えるかもしれない。

『小春という少女について誰何せよ。また、十六~十八歳の少女は殺してはならない』と。

 それは困る。アルキウスさんは小春の憎々しげなあの目をしらないのだ。反政府組織を名乗ったときの、あの狂気的な瞳を。

 一瞬だけ。反射的に過ったものであり、見間違いかもしれないが……

 彼女がアルキウスさんの私兵に捕まった際に何が起きるか。軽い乱闘では済まないだろうという確信がある。 

 町裏に流れる赤黒い鮮血。出来れば見たくはない。

 では、小春のことをアルキウスさんに伝えるべきではなかった――というのは後の祭りだ。必ずそうなる(・・・・・・)、という確信はなかったのだから早計というものであろう。

 それでも、結局こうなってしまった。装備が正しいことを確かめた鮫介は、自分の部屋の窓枠に手を触れ、そっと開く。

 では、鮫介はこれこれこういう行為をするから黙って見ていてくれ、と伝えるべきだったか?

 それもノーだ。アルキウスさんの取る行動が読めなかったからだ。最悪、邪魔をする鮫介を排除……なんて可能性まである。

 結局、鮫介はこれしか思いつかなかった。


「書き置きは……どうせ読めないか。悪いが一人で行かせてもらうぞ」


 脱走である。

 窓を開き、夜の帳が落ちた暗闇の世界へ音もなく飛び出す。そのまま音を立てないよう窓を閉め、こっそりと中腰の姿勢で脱出する。

 小春を救うには、鮫介が一人で彼女を見つけ出し、その場で説得するしかない。

 鮫介の冒険が、今始まった。






「こんばんは……」

「義兄上? 何故、そんなひっそりと」


 領主会議に現れたアルキウスは柱の影に隠れるようにして周囲を伺っており、それに気付いたレオースが不審に思って問い詰める。

 きょろきょろ辺りを見渡したアルキウスは、ほっとため息を漏らし、


「マホマニテ殿は、まだ現れていないようだね」

「確かに、今夜は少し遅れているようですが」


 目的の人物がいないと分かるや否や、アルキウスは柱から飛び出して、その場にいる領主たちを自分のもとに呼び寄せた。

 何事かと不思議がる領主たちに、アルキウスが小声で告げる。


「小春……先代勇者の子が、見つかった」

「なんと!?」


 声を上げたのはドゥルーヴだ。

 エィデルもカカミもバイラザイタも、目を見開いて驚きを顕にしている。


「それは……確かに、マホマニテ様には聞かせられませんな」

「それで、その子は今どちらに?」

「我が領のゼゥ・ガマルの街で目撃されている。明日にでも、捜索の兵を出すつもりだ」


 ここにいる面々は当時の領主ではないが、先代勇者の顛末については聞き及んでいる。

 そっとしておきたい者、利用したい者、思惑はそれぞれたくさんあれど、共通している事項がただ一つ。

 即ち、『マホマニテに聞かせるわけにはいかない』というものだ。


「どうします? やはり、我々だけの秘密に?」

「うむ……仕方あるまい。マホマニテ殿のことだ、知ったら即時抹殺の兵を……」

「私が、どうかしましたか?」


 と、そこに念体のマホマニテが出現し、カカミは慌てて自らの口をつぐんだ。

 同じ女性としてエィデルが優雅な仕草でマホマニテに挨拶する。


「こんばんは、マホマニテ殿。今日は念体なのですね」

「そう言われれば、珍しい。マホマニテ殿はいつも実体で領主会議に参加しておられたのに」

「ええ、ちょっと面白い話を聞きまして、時間が足りなくなったので」

「面白い話?」


 アルキウスは気付かれない程度にビクリと身体を強張らせる。

 レオースたちも、嫌な話の流れに緊張を顔に滲ませた。


(アルキウス殿。まさか……)

(いや、この情報は……私と現勇者の彼しか知らないはずだ)


 ドゥルーヴの耳打ちに、アルキウスは小声で答える。

 間違いない。現勇者があちこちに言いふらしていたなら話は別だが、彼はそのような人物ではあるまい。

 問題はないはずだ。


「面白い話とは、マホマニテ殿。いかなる話ですかな?」

「ええ、実はフェグラー領ゼゥ・ガマルの街に、先代勇者の子がいるという話を耳にしましてね」

「――」


 空気が固まる。

 マホマニテは表情を一切変えぬまま、淡々として口調で告げる。


「抹殺の兵をフェグラー領に送りました。事後承諾になりますが宜しいですね、アルキウス殿」

「……まだ、恨んでいらっしゃると」

「当然です」


 マホマニテの視線は冷徹だ。

 ガムルドは『烈風』に守られし風の領だというのに、まるで『氷結』のような冷え冷えとした空気を感じられる。


「あれは、我がガムルド家に染み付いた汚れです。速やかに、消しさらなければなりません」

「う、ううむ……」

「そ、そうですね……」


 本来『氷結』の守護を得ているトホ領の領主、ドゥルーヴが両手を組んで唸り声を上げる。

 バイラザイタも弱りきった顔ながら、マホマニテ側につく。

 領主たちはイニミクスという共通の敵を持ち、こうして集まっては撃退するのための相談をしている。

 だが、それ以前に領主たちの中で対立構造が存在し、足の引っ張り合いが行われているのだ。

 フェグラー、ダロン、テルブのラインと、ガムルド、トホ、マガシャタのラインの対立。

 昔ながらの構造が、足を引っ張る形となっている。

 最近はトホがフェグラーの嫡子ラヴァンに取り入ろうとしていたり、変節を迎えているようだが――


「くだらん。まだ妄執に突き合わされるのか」


 そう言ったのは白髪の混じり始めたカカミ。ナロニ領の領主である。

 ナロニのイリカ家は特殊といえば特殊だ。近親婚が多く、数多くの継承者を排出している。

 昨今は普通の婚姻も増えてきているが、あの子息は実は旦那の子ではなく、兄の――などという噂が後を絶たない。

 ナロニは対立構造には関わらない。ただ、イリカ家というだけで強いからだ。


「あの件を、妄執だと?」

「先代勇者が死んだのは何年前だと思っている。既に今代の勇者も召喚された。いい加減、水に流したらどうかね」

「……流そうとしました。しかし、実際問題として当事者である先代勇者の娘が登場した。ならば、結末を見届ける義務が私にあります」

「あ、あのぅ……」


 睨み合うマホマニテとカカミの間に、アルキウスがそっと手を上げて割り込む。


「その情報は、どこから……?」

「……あなたの執事、ジュンナン……といいましたか? いい人ですね、病気の妹のために仕送りしていて」

「っ! まさか!」

「私は何も。ただ……そう、いい病院を紹介しただけです。ガムルド領の」


 マホマニテの言葉に、アルキウスはぐぎりと歯軋りをした。

 ジュンナン。そういえば扉の外にずっといた。あの時、聞き耳を立てていたに違いない。

 かねてよりマホマニテに脅迫されていたジュンナンは、その時聞いた情報をそのままマホマニテへ送ったのだ。


「それでは私は忙しいのでこれで。領突破は頼みましたよ、アルキウス」

「……ああ。任せてくれ、マホマニテ」


 マホマニテは微笑を一つ浮かべ、その姿を消す。

 途端、アルキウスは激昂し、癇癪を起こしてマホマニテの居た地点を蹴り飛ばす。


「あの、クソババアがっ!!!」

「お、落ち着いてください、義兄上!」

「レオース、日本ではこういうとき塩を蒔くらしい! 塩持ってこい、塩!」

「落ち着け、塩のほうが変色しそうだ」


 レオースに背後から抱き抱えられて荒い息をつくアルキウスと、それを見て苦笑するカカミ。

 考えることは共に同じ。マホマニテあの野郎。許さん。


「ど、どうするんです? フェグラー領を超えられないようにするとか……?」

「そんなことしても、別の場所から入るだけだよ」


 バイラザイタの意見は現実的ではない。アルキウスはすぐに切って捨てる。


「この際、入領に関しては何も文句を言わないほうがいいだろう。問題はゼゥ・ガマルに到着してからだが……」


 問題点は上げればキリがない。

 厄介な置き土産を残してくれたものだ、とアルキウスは怒気と共に思うのだった。





 四時間後、ゼゥ・ガマルの街に到着する。

 足が痛い。車で移動したときにはもっと近いと感じられたものだが、実際に歩けば四時間だ。汗が吹き出たので既に冬用コートは脱ぎ去り、腰に巻きつけている。

 現在、端に生えていた木の陰に隠れて――木の種類はなんだっけ――ゼゥ・ガマルの入り口を覗き見ているが……街の中には入らないほうがいいだろう。

 勇者降臨祭で、僕の顔は凄い売れている。街の中で呼び止められたら、逃げ出すしか無いが……あの人気っぷりだもんなぁ。

 仕方ない。街を大回りする形で、ベールキドの丘に向かうしかあるまい。

 あー、眠い。眠いが、一時間の睡眠が効いている。

 起こさなかったカルディアに感謝を捧げつつ、行こう。今は二時三十分。

 一時間以内に、ベールキドの丘とやらに辿り着いておきたい。

 鮫介は欠伸を噛み殺し、ゼゥ・ガマルの街から離れて移動するのだった。




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