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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
時空転移編
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勇者降臨祭




 獣の咆哮のような雨が上がり、曇天が空を覆う。あと数刻もすれば晴天が見えてくるだろう。

 雨を避け、屋内へ退避していた人々は、ようやくの天気にほっと一息つく。


「いやー、良かった良かった。祭は晴れで開催となりそうだのう」

「やっぱ祭はこうでねえとな」


 もうすぐ、この街では勇者降臨祭が始まる。

 召喚された勇者様がどのような顔立ちか、判明するのだ。男も女も美しい衣装を着て、祭に臨んでいる。

 勇者の伴侶となれば、友達や親戚などに自慢出来る。そんな軽い気持ちで祭に向かう若者たち。

 年老いた老人や元軍人などは、彼らに非常に呆れた目を向ける。


「やれやれ。勇者様が、お前らなんか選ぶわけねえっつーの」


 近場の草原から吹かれる風が、冷ややかな空気を運んでくる。

 街のあちこちで、各地より集いし商人たちが自慢の商品を売り込み、それを購入する幼子たち。

 フェグラー領はゼゥ・ガマルの街における、数少ない祭礼の儀。

 勇者降臨祭が、始まろうとしていた。






「おかしなところはないかな、カルディア?」

「はい。今日もコースケ様は素敵です」

「……ゴードン」

「はいはい、おかしなところはありませんよ」


 数日後、鮫介たちは屋敷の北側にあるゼゥ・ガマルの街まで来ていた。

 勇者降臨祭はこの街で行われるらしく、町外れのこの場所まで活気が伝わってくるようだ。

 いつものユニセックスな服装に身を包んだ鮫介も、なんだか楽しくなってくる。


「クロノウス、配置完了しました」


 クロノウスに乗ることは何故か禁止となっているので、今回もフィオーネがガルヴァニアスを操ってクロノウスを運んでくれる。

 包帯に身を包んでいない、地肌むき出しのクロノウスの姿を見るのは今回が初めてだった。紫色をアクセントに純白に身を包んだクロノウスは、傷の一つもない。

 運んでいるガルヴァニアスも、顔面に殴打の跡が残っていない。虹の七機士は自己修復機能があるらしく、勝手に修復されるらしい。


「ありがとうございます。すみません、わざわざ」

「いえ、クロノウスを運ぶため来なくてはなりませんでしたので」


 少し離れた場所でガルヴァニアスから降下するフィオーネ。その髪と瞳は黄金に輝いている。

 ご足労かけてクロノウスを運んでくれて、感謝の気持ちしか湧いてこない。


「母上を小間使いのように働かせたんだ! 相応に覚悟しろよ!」


 と、そんな鮫介を煽るように登場した少年が一人。フィオーネの息子のラヴァンだ。

 相も変わらずお付きの少年たちをわんさか連れているが、全員手には祭の食べ物が握られている。既に祭のほうに行ってきたらしい。

 お付きの少年からイカ焼きを受け取って食べているラヴァンに、周囲を見渡して鮫介は尋ねる。


「ナレッシュはいないのか?」

「あれは休暇が終わって戦場に戻った」

「そうか」


 水色の七機士……『凍結』だったか。あれの力を存分に奮っていることだろう。

 座学で学んだが、虹の七機士は一機いるだけで戦局を大きく変える、まさに最強の矛らしいから。


「やぁやぁ、コースケ君。ラヴァンもいるのか? 君たちが仲良くなってくれて嬉しいよ」

「親父! 俺はこの男を認めたわけじゃない!」

「はいはい、祭の出し物にうつつを抜かしている子供は黙ってようね」

「な、なんだと!? 俺の何処がうつつを抜かして……こら、食べ物を差し出すな!」


 アルキウスがやってきた。背後にはお付きらしい黒服の男たちもいる。

 ラヴァンは貴族の少年から差し出される食べ物を恥じ入って食べようとしない。そういうところが子供っぽいんだというのに。

 流石に父親、息子のあしらい方は心得ているようだ。


「さぁ勇者様、車の荷台に乗って。今日は君が主役だよ」

「車……異世界に来た気がしない……」

「ん?」

「なんでもないです」


 街中を走るのは馬車ではなく機械仕掛けの車だ。形は軽トラックに似ている。

 自分の中の『異世界』像が脆く崩れ落ち、鮫介は片手で頭を抑える。まあ、ここは異世界ではなく平行世界なのだが。


「ここに立ってればいいんですね」

「そうそう、手を振るのは忘れないでね……頼んだぞ」


 軽トラの荷台部分に登った鮫介は、にこやかな笑顔を浮かべて手を振ってみる……死にたい。

 絶望に心を苛まれている鮫介に気付かず、いや気付いていたかもしれないが、とにかくアルキウスは後ろにいた黒服の一人に運転手を任せ、その場を離れた。

 ゴードンとカルディアも荷台に乗り込み、腰を落として鮫介の前後につく。


「二人も乗るのか?」

「暗殺の危険性があるので、その防止のために。考え過ぎだと思いますけどね」

「ああ……そう……」


 うちの執事とメイドは有能だなぁ。

 鮫介は目眩を覚えたが、もう気にしないことにした。勇者は要人だから、用心する必要があるのだろう、なんてうまいこと考えてみるテスト。


「出発します!」


 運転手が告げ、車が出発する。

 クロノウスはこの場に残しておく。大きすぎて運べないからだ。全長三十メートル超えの巨体は、街の入り口に立ってるだけで目立つ。


「勇者様ー!」

「勇者様、こっち向いてください!」

「勇者様ー! この日のためにおめかしして……ちょっと、邪魔しないでよ!」

「おほほ、失礼。勇者様ー、わたくしがここにいましてよー!」

「この地をお救いくだされ、勇者様ー!」


 人、人、人。

 ゼゥ・ガマルの街は大勢の人々で賑わっていた。歓声を上げる者、自分の魅力をアピールする者、ひたすら平服する者。軽トラに群がり集まる群衆は、鮫介の想像していた『祭』のレベルを遥かに超えている。


「車に近寄らないでください、危ないので!」


 ゴードンたちがせっせと手を差し出して触れようとする民衆を追い払っているが、まったく追いつかない。

 鮫介は、カルディアが言っていた「予想以上に湧いてます」という言葉を思い出していた。

 人気が無いのは辛いが、こうして人気ばかりあるのも辛い。


「あ、あはは……」


 鮫介側も、全力で手を振り返す以外に方法がない。

 すると返された民衆が涙を流して絶叫したりその場に土下座したり、とにかく滅茶苦茶自分を慕ってくれているのが見て取れる。

 クロノウス、動かせないんだけどな。なんか騙しているようで気が引ける。

 最後のほうで動かせたような気もするが、もう一度搭乗して確かめるのも……怖い。


「どーもどーも。皆さん、勇者をよろしくね……はぁ」

「ため息つかないでください! 私達まで気が重くなります!」

「そんなこと言われてもなぁ」


 軽トラの進行速度は行く手を遮る人を轢かない程度に遅々として進まず、鮫介は既に混雑解消を諦め、遠い目でそこら辺にある店を見ていた。

 あれはアパートだろうか? コンクリートのビルもあれば、車を売る店も置いてある。

 異世界に来た気がしないなぁ。

 店の看板が目に入り、そして過ぎていく。読めないが、楽しいものだ。日本語に似た文字がある。あれが本屋。あれは花屋。あれは……


「……!」


 心臓が跳ね上がる。

 あの看板。

 おそらく廃屋になっている、あの古めかしい看板に新たに書かれている文字は……


「なぁ、ゴードン」

「なんですか?」

「今、俺がいなくなるのはマズいよな?」

「マズいですね。代わりがいません」

「コースケ様、何か見えましたか?」

「ああ、日本語が見えた(・・・・・・・)


 その看板は、赤いペンキで、日本語が書かれている。

 ハトゥラ呉服店の裏にある袋小路まで一人で来い。

 あれは、明確に鮫介へのメッセージだ。この国の文字が読めず、日本語しか分からない鮫介への。


「警備兵を送りますか?」

「いや、一人で来いとある。僕が行かなくちゃならんだろ」

「危険すぎます!」

「どうだろう。大丈夫な気もするけど……」


 祭は恙無く進行していく。

 その様子をマフラーで口元を隠した黒髪の少女が遠巻きに覗いていた。






「いやぁ、お疲れ様!無事に終わって良かったよ!」

「無事……かどうかは不明ですが」


 アルキウスの声に、遠のきかけていた意識を戻す。

 ゼゥ・ガマルの街の練り歩きは終わった。街の人たちは最後のほうまで寄ってきて、鮫介を勇者と呼んで礼を捧げてくれた。

 違う。僕は勇者じゃない。

 鮫介の心の内には否定の言葉が浮かんできたが、あまり膨らまずに終わった。勇者としての自覚が生まれていたのかもしれない。


「これでゼゥ・ガマルは終了だね。次のゲルルードも頑張ってくれたまえ」

「明日以降も……キツいですね」

「コースケ様は突っ立って手を振ってるだけじゃないですか! 私たちのほうが大変ですよ!」


 ゼゥ・ガマル以降も、鮫介はフェグラー領内全ての街や村を巡り、挨拶に回らなければならない。

 言葉の通り、立っている鮫介よりも手を払ってるゴードンのほうが何倍も辛そうだった……カルディアに手を払われた男性は、何故か恍惚の表情を浮かべて佇んでいたが。

 ゴードンを掌で仰いでやっていると、アルキウスは疲れたように腰を叩き、


「明日以降は僕はいないけど、しっかり街を巡ってくれたまえ」

「承知してます」

「うん。じゃあ帰ろうかフィオーネ……ラヴァンも、いつまでもイカ食ってるんじゃないよ」

「んぐ、げふっ、父上! このイカ焼きは絶品でして……」


 フィオーネのガルヴァニアスの両手に乗り、アルキウスとラヴァン、そしてお供の少年たちが去っていく。

 おそらく、彼らの親元に返すのだろう。

 苦労してんなぁ……と鮫介は車の影で普段着に着替えつつ、そう思った。


「じゃあ、これからはオフ?」

「ですね。祭を楽しんでもいいですし、屋敷に帰って休んでも構いません」

「それなら、ペンキの跡を追ってみるか」

「……本当に、大丈夫ですか?」


 カルディアが心配そうに見つめてくるが、鮫介は行かねばなるまいという使命感で燃えていた。

 なにせ、自分が見つけ出した証拠の欠片だ。書いた犯人が鮫介に悪意を持っていようが、鮫介が自分自身の目で善悪を判断せねばならぬ。


「……分かりました。お気をつけください」

「凶器を見つけたらすぐ逃げ出すんですよ!」

「子供か、僕は」


 苦笑して、鮫介は街中へと駆け出す。

 雨はすっかり上がり、夕暮れの色彩が目に焼き付く。

 フード付きのケープで顔を隠しながら、鮫介は日本語で書かれた怪しい看板の元へ急いだ。




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