穏やかな日
目が覚めると、九時を回っていた。
カルディアに言われたことで頭が悶々としていたが、いつの間にか眠っていたようだ。
朝食を食べに寝巻きから普段着に着替え、食堂へ向かう。そういえばいつの間にか寝巻きに着替えていたが……きっとゴードンがやってくれたのだろう。カルディアだったら泣く。
食堂内でカルディアに挨拶したが、何時も通りだった。あれは僕の夢だったのだろうか。と思いきや、二人切りになるタイミングでそっと口に人差し指を当て、「内緒ですよ」なんて囁いてくる。カルディアには敵わないなぁ。
そしてパンと野菜の朝食を終え、ゴードンを伴って自室に戻る。聞かなくちゃならないことがあるからだ。
「お前、知ってただろ。カルディアの事情」
「はてさて、なんのことやら」
「お前の給料もカルディアの送金に加えるよう命令するぞ」
「それはご勘弁を。既に半分重ねておりますので」
なんだ、既にやっていたのか……
しかし、ゴードンも大変だな。場合によっては、男相手に身体を捨てなければならなかったなんて。
鮫介がそれを口にすると、ゴードンはさめざめと泣き出して(どうせ演技だろうけど)、
「鮫介様が異性愛者で、本当に、本当に助かりました!」
「う、うん。まさかお前、そういう訓練を……?」
「受けてませんよ! 私の身体を綺麗なままです! あ、カルディアもそうだと思いますが!」
「そ、そうか……」
必死に抗弁する有様を見るに、本当に訓練は受けていないらしい。
「ムー大陸では同性愛は……?」
「犯罪、とまでは言いませんが、おおっぴらには出来ませんね。村八分を受けてしまいます」
「ふぅん……ちなみに、お前の好みの女性ってどんなんだ?」
「ほぅ。私にそれを尋ねるということは、自分の好みも明かす気があると見て宜しいですね?」
ぎらり、とゴードンが目を嫌な色に光らせる。
うーん、僕は主人なんだからそんな義務はないよなぁ……と鮫介は思いつつ、楽しそうなんで了解する。
「まぁ、いいだろう。恋バナしようぜ」
「承知!」
その後、午後になるまで二人で好みの女性について語っていたが、ゴードンの好みは鋭角というか、現代日本では珍しくもないがこのムー大陸では……という代物だった。
まさかムー大陸のスタンダードではあるまいと一応訪ねてみるも、やはり特化した趣味だと聞かされる。
逆にこちらの好みはムー大陸でもスタンダードで安心した。
「お前が僕の世界に転移すれば、そういうジャンルの薄い本……げふん、エロ本がいっぱいあったのに」
「なんてことを……私は生まれる世界を間違えてしまった……!」
まぁとにかく、念動疲労も回復して、ゴードンとも少しは仲良くなれた……気がする。
昼食を食べ、部屋でのんびり寛いでいると、チョークと折りたたみ式簡易黒板を手にしたジン隊長がやって来る。
いよいよ、座学の時間が始まるらしい。
「持ってきてもらって悪いけど、僕はこの世界の文字が読めなくて……」
「心配ご無用! 絵しか描きませんからね!」
豪快に笑い飛ばすジン隊長に安心する。どうやら、昨日のアレコレで怪我をしているとことはなさそうだ。
耳を澄ませば、遠くのほうで大きなものが動いている音が聞こえる。オトナシ近衛部隊は、今日も活動中らしい。
「連携の訓練です。コースケ殿を支えるため、まずは兵たちが仲良くならねばなりませんからな!」
なんか悲鳴とか聞こえてるんだけど……大丈夫なんだろうか……
それはともかく、授業だ。
ジン隊長はふぅむと唸り、自前の口髭を扱き上げ、
「コースケ殿は、この世界についてまだ何も知らないんでしたな」
「そうだね。ここまで一本道だったし、バタバタしてたし」
「では今回は、それぞれの領主についてお話しましょう! ……各領についてはご存知で」
「大丈夫、ゴードンが描いてくれたこれがある」
そう言って、胸ポケットからこのムー大陸の領地図を取り出す。
それを見たジン隊長は「よい代物ですな」とおっしゃった。僕は別に疑ってなかったけど、この領地図は正しい図を表していたみたいだ。
「ではまず、コースケ殿が住まうこの地を治める、アルキウス様から」
「アルキウス……」
個人的に彼には恨みがある(今日発生した)が、ここは私人ではなく、領主としての彼を知りたい。
「フルディカ・フェグラー・ネア・アルキウス様。三十七歳。このフェグラー領を領主です」
「三十七……」
確か、勇者を並行世界から召喚するのに、莫大な生命力が必要だとかなんとか。
「その通り。既に生命力を消費し杖をつかねば歩けないような状態だったアルキウス様は、今回の召喚でついにベッドから出られないような状態に……!」
「ん? なんで既に生命力を消費してるんだ」
「……っとと。まぁ、そんなわけでアルキウス様のお話です」
うん?
なんだか、はぐらかされたような……
「アルキウス様はお父上より教育を施され、二十五歳でフィオーネ様と結婚。順風満帆な人生を歩んできました」
「まぁ……ボンボンって感じだったよね」
「いいえ。学生の時分より、民衆に紛れては彼らが本当に必要に思っていることを学んでいたそうです」
「へぇ」
「かくいう私も、アルキウス様とフィオーネ様に救われた身! この生命を持って息子の誕生に立ち会えたのはアルキウス様のおかげなのです!」
「そうなんだ」
「我が息子ギルドリアはそれはもう可愛く溌剌としていて、いつかはフェグラー領を代表する兵士になればと」
「その話、長くなる?」
「申し訳ありません」
話が大きく逸れそうになるのを食い止めた。
ジン隊長は息子の話をしだすと長い。それはもう長距離ランニングの間に確認済みである。
「言いたいことを言うようになりましたな……出会ったころはもっと……」
「なんだって?」
「何でもありませぬ! さあ、話を続けますよ!」
ジン隊長はその後も、アルキウスさんがフェグラー領に如何に尽くし、如何に重要人物なのかを語ってくれた。
鮫介は私人としてのアルキウスしか知らなかったので、そういう公務に携わるアルキウスを知ることは、とても新鮮だった。
「そうそう、数日後には勇者降臨祭が始まりますぞ」
「え、何それ」
「その名の通り、勇者の降臨を祝って行われる祭です。街の入り口にクロノウスを飾り、勇者様を荷台に乗せて、街を練り歩きますぞ」
「うげぇ……」
嫌すぎる。
その荷台は、きっと神輿みたいにきらびやかなのだろう。その上で延々笑いながら手を振らなくちゃならないわけだ。
「お嫌ですか。
「嫌だけど、やらなくちゃならないことだろ」
「よくおわかりで」
勇者の義務というやつだ。
勇者として召喚されたからには、やらなければならないことがある。これは、そのうちの一つというわけだ。
「ま、楽しみにしておいてください。それでは次の領主、ルーニ・テルヴ・ヴァナン・エィデル殿に……」
そんなわけで、座学は真っ当に進んでいった。
勇者降臨祭か……嫌だけど頑張らなくちゃなぁ。
ゴードン「ロボ娘いいですよね」
コースケ「うわ」