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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
時空転移編
14/116

一夜の約束




 夢を見た。昔の話だ。

 僕と響太郎が街を歩いていて、パン屋のおじさんに引き止められる話。

 その店は以前響太郎(と僕)が手伝って、売上を伸ばしたことがあった。

 その時の礼がしたいと、おじさんは僕たちにパンを用意してくれた。

 袋を覗くと、クロワッサンやアンドーナツ等数多く入っている。

 響太郎は大喜びで袋を受け取り、また手伝いに行きますと言った。

 そして僕に、好きなものを取れと言ってきた。僕は答えた。


「いいよ、お前が先に選べばいい」


 響太郎は喜んで、パンを二つに分け始める。

 ちなみに僕はそのパン屋で売ってる商品の中では『蜂蜜入り特大メロンパン』なる商品が好きだったのだが、袋にはそれが一つだけ混じっていた。

 響太郎はそれを自分の内訳にして、残りを僕のものと渡してきた。

 ……そんな、なんてことない昔の思い出話。


 ああ、でも。

 僕があの時、『蜂蜜入り特大メロンパン頂戴』と言って……あるいは、言われた通りに好きなものを分けていたら。

 どうなってたのかな。

 響太郎は細かいことは言わないし、僕の望んだ商品が手元に来る。

 そんな未来が、あったのかもしれない……






 目を覚ますと、鮫介は身体の重さとダルさに呻き声を上げた。

 全身に力が入らない。

 強烈な虚脱感に身を任せながら、周囲の様子を確認する。

 ここは、自分の部屋として充てがわれた場所だ。現在地は超豪華なベッドの中。気を緩めたら思わず眠ってしまいそうだ。

 窓の外は深夜。時計を見れば一時四十六分。昼飯も夕飯も取っていないので、凄くお腹が空いている。

 で。

 ベッドの横、布団に覆いかぶさるような姿勢で、人がいる。

 カルディアだ。

 寝息が聞こえるので、おそらく眠っているのだろう。

 多分、起こしたほうがいいんだろうな……とは思うが、起こすのは何か忍びない。

 どうすればいいんだろう。

 鮫介が困っていると小さくドアをノックする音が聞こえ、ゴードンが様子を伺いに入ってくる。


「…………」

「…………」


 ゴードンと目が合う。

 我が有能たる執事はカルディアと鮫介を順繰りに見渡し、サムズアップをしてまたそろそろドアへと戻っていった。

 こらっ、何を想像してる!


「ゴードン」


 口にするのに、かなりの労力が必要だった。

 僕はどうしてしまったのだろう?

 ゴードンは申し訳なさそうな顔をして、鮫介のところまでやってくる。


「いやいや申し訳ない、カルディアと事を致すのならば、私は離れていたほうがいいと思いましてね!」

「しない」

「ああ、しゃべらないでください。念動疲労が起きていますので、身体が倦怠感に包まれてるでしょう」

「……?」


 念動疲労?

 なんだそれは、という顔をしていたのだろう。ゴードンが説明してくれる。

 

「念動疲労は念動力を使いすぎると起こる現象です。精神力を回復させるために身体が倦怠感に包まれます」

「筋」

「ええそうです、筋肉痛のようなものですね。しばらく休んでいれば、元に戻りますよ」


 こっちの一言で何が言いたいのか察してくれる。

 しかし、念動疲労か……って、念動疲労とか、僕は念動力使えないんだけど?


「念」

「最後のほうでクロノウスの動きを止めた際に、全能力を行使したようですね。その際、念動力も無意識に使用したようです」

「……」

「あ……も、申し訳ありません、眠っていたようです」


 ここまで騒ぎ立てると流石にカルディアが起き出し、謝罪する。

 その謝罪を受け止めながら、鮫介はあの時の戦いを思い出そうとする。あの時は無我夢中で、止まれ止まれと言ってた記憶しかない。

 それから、目の前が真っ白になって……どうなった? まったく思い出せない。止まったというのであれば、なんとか動かしたことになるが……


「ああ、フィオーネ様から伝言を預かってますよ。しっかり直して座学に励むように、と。一度見舞いに来たんですけどね、起きなかったので」


 フィオーネさんが、お見舞いに。

 時系列を考えれば、フィオーネさんは助かったことになる。良かった……けど、どうやって助かったんだろう。聞けば教えてくれるのかな。

 ……なんだか、考えるのも億劫だ。カルディアに食事を持ってくるよう命令し、鮫介は今日の予定についてゴードンに尋ねる。


「今日は午後から座学です。午前中はフリーですが、念動疲労のため、一日中ベッドの中になりそうですな」

「本……」

「ああ、暇潰し用に? でしたら、カルディアに読ませましょう! きっと疲れもぶっ飛んでしまいますよ!」

「……」


 どうしてこいつは、僕とカルディアをくっつけたがるんだろ……

 主人が据わった目をしていることに気付いたゴードンは素早く立ち上がり、頭を下げた。


「では、要件は伝えたので私は退散します。では、また明日」


 そそくさと部屋で出ていくゴードン。

 何を慌てているのかと思ったら、入れ替わりでカルディアが入ってくる。

 くそっ、これが狙いか!


「疲れていると思って、食べやすいものを……何か?」

「なん、でも、ない」


 しゃべるだけで異様に疲れる。

 ここは耐えるしかない。そう考えた鮫介は、なるようになれとばかりに身体を楽にする。


「ではこちら、『レモン汁を大量に使用したきのこと鶏肉のマヨネーズ炒め』です、どうぞ」


 カルディアが用意してくれたのは、固形だが胃に優しい料理だった。

 しかし……箸を持てるのか、僕は。両手を布団から出すことに苦心していると、カルディアがおずおずと問いかけてくる。


「あの。私が、食べさせ……ましょうか?」

「いや……うん、お願い、する」


 恥ずかしい。

 断りたい。

 だけど、このままでは飯が食べられない。

 なので、お願いすることにした。今までの鮫介ならば「自分でやる」と言って、ひたすら苦労しながら食べていただろう。

 夢を見たせいかな?

 理由は分からないが、とにかく今は栄養を取るのが優先事項だ。

 と、いうわけで。


「フー、フー……はい、コースケ様、あーん」

「あ、あーん……」


 はいあーんである。この年齢(とし)になって!

 だが、恥ずかしがってはやってくれているカルディアに失礼だ。ここはぐっと我慢して、スプーンに載せられている食品を口にする。

 顔が赤いのは、気にしてはいけない。


「熱くありませんか?」

「大丈夫……」

「ミルクです。喉を流してください」

「んくっ、んぶっ」


 牛乳を飲み込むと、気怠さは残っていたもののようやく身体の感覚が正常に戻ってくる。

 鮫介は布団から手を出すとスプーンを手に取り、まだ残っていた食材を描き込むように喉の奥へと流し込んだ。

 牛乳を受け取り、飲み込むと一息つく。


「ありがとう、美味しかったよ」

「いいえ。それでは片付けますね」


 食器を片付けれているカルディアを尻目に、(歯磨きもしなくちゃならないのか。面倒だな)と思ってる鮫介。

何を話せばいいのか分からない。日用的なことはゴードンに話せば解決してくれるし……

 ここは気になってた、あれについて訪ねてみよう。


「晩御飯、もう食べたのか?」

「あ、はい。申し訳ありません」

「い、いや、構わないよ」


 頭を下げられ、慌てて頭を上げるよう申し付ける。

 どうにも、距離感が掴みにくい。鮫介としてはクラスメイトの女子くらいの距離がベストなのだが、カルディアはちょっとしたことで責任を感じてしまうらしい。

 メイドとしては立派なのかもしれないが、すぐに謝罪されるのはこちらのほうが申し訳なく感じてしまう。


(なんだかなぁ)


 食器を片付けに部屋を出ていったカルディアを追いかける形で、歯磨きをしに洗面所に向かう鮫介。

 全身疲労のような形で気怠さが残っているが、精神的なものだという。根性出せばなんとかなる。

 そうして洗面所に辿り着いて歯ブラシを黙々動かしていると、カルディアが駆け寄ってくる。


「動いてはなりません」

「んー」


 そう言われてもなぁ……

 とりあえず溜まった唾液を吐き出して口を洗いだ跡、カルディアに肩を貸すようにして自室に戻る。

 本当に肩を貸しているわけではない。折衷案というか……多分カルディアにはバレているんだろうな。

 ベッドに戻り、布団を被るとまた少し眠気が戻ってくる。


「お休みなさいませ、コースケ様」

「ああ、うん」


 目を閉じる。

 ……カルディアの衣擦れの音や吐息が感じられる。眠れるか、こんな状況で!


「……カルディア」

「はい! どうされました?」

「いや、眠るんで、そこにいられると……」

「……コースケ様」


 てっきり『申し訳ありません!』とか言って下がると思ってた鮫介は、カルディアが神妙な顔付きでその場に残ったことが意外だった。

 ひょっとして怒らせてしまったのだろうか? いや、でも美人に見つめられながら眠るなんて……


「……私は、そんなに魅力がありませんか?」

「へ?」

「ゴードン様に言われました。夜の添い寝も必要ないと。コースケ様は……わ、私に興味が……」

「ま、待て待て待て!」


 な、何の話をしてるんだ!?

 鮫介は慌てふためいてひっくり返りそうになるが、現状を考えてなんとか押し留まる。

 カルディアと出会って、まだ数日しか経過していない。それなのに、いきなりすぎないだろうか!


「何を……言ってるんだ、カルディア!?」

「で、ですから、その……コースケ様は私に手を出さないのかと」

「出すかー! この国の常識はどうなってんだ!? 僕は好色メイドマニアじゃない!」


 メイドマニアなのは否定出来ないところですが!

 でも美人のメイドを見かけては「良いではないか」と手を出すエロオヤジのように思われてるなら心外である。

 そして、カルディアのほうから言ってきたということは、まさか手を出されたいのだろうか。


「し、失礼しました!」

「どうしたんだカルディア、頭は大丈夫か!?」

「せ、正常です、そ、その……申し訳ありません!」


 深く頭を下げるカルディア。本当になんなのだろうか。


「じ、実はアルキウス様から言われてることがありまして……」

「アルキウスさんから?」

「その、コースケ様の子を宿せば、報奨金が出ると……」

「はぁ!?」

「ご、ごめんなさい!」

「あ、いや、今のはカルディアに怒ったんじゃなくて……」


 アルキウス、貴様か……!

 鮫介がのほほんとした顔をした白髪のおっさんを如何に容赦なく拷問にかけるかを深く考えていると、カルディアがわたわたと手を振って、


「えっと、世間ではコースケ様の想像以上に、勇者召喚について湧いています」

「え、そうなの?」

「そうです。そうして士気が上がっている中、勇者様に子が出来た、となれば士気向上は鰻登り、と」


 アルキウス……!

 鮫介がハイテンションでダンスを踊っている白髪のおっさんを如何に容赦なく抹殺するかを深く考えていると、カルディアが再びわたわたと手を振って、


「えっと、それでメイドと執事は男女どちらの勇者様が来ても宜しいように男女に分けて、顔もそれなりに整っているのを選んだ、とか」

「はぁ……」

「勇者様が性格や容姿が気に入らず罷免したときのために、代わりのメイドや執事も用意されてる……んだとか……」

「僕はとりあえずカルディアを罷免したりはしないよ」

「ありがとうございます」


 そういえば、ゴードンが何か言ってたっけ……あれは、男好きの男が勇者でも対応させるよう仕組んであったんだろうなぁ。知りとうなかった。


「お金が……必要なんです。私は孤児ですが、育った孤児院が……貧しくて……」

「給金は……多分アルキウスさんが払うと思うけど……足りないのか?」

「十分に貰っています。ですが……不足なんです。だから、私、コースケさんの子供を……」


 両手で顔を覆い、カルディアが泣き出してしまう。

 鮫介は困ってしまった。そんなこと言われても……という感情だ。

 だが、関わってしまったからにはしょうがない。自分の意見はしっかりと伝えておこう……ん? 僕こんなこと考えるキャラだったっけ?


「僕の給料……多分アルキウスさんから貰うんだろうけど……を足したら、不足はどうなる?」

「それは……勇者様の給料が私の想像通りだとしたら……足りる、と思いますが」

「じゃあ、そうしよう。どうせ欲しいものも無いしね」


 カルディアがはっと顔を上げる。鮫介は濡れたその瞳をじっと見つめて、


「給料が出れば、僕の子供はいらないだろう?」

「そ、そうですが……その……」

「なら決定だ。まぁ、僕は未成年だから、子供が欲しいって言われても無理だけどね」

「へ?」


 きょとん、とカルディアが呆けた顔をする。


「あの、コースケ様は十七歳なのでは?」

「ん、ああ……僕の世界の日本では、成人年齢は十八歳からなんだよ。僕は誕生日は最近終えて、十七歳。まだ未成年さ」

「そうだったんですか……」


 ま、世の中にはそれ未満の年齢で子供を作って問題になるケースなんかもあるけどね……

 そう鮫介は思うが、口には出さない。

 この国の成人年齢は十五歳かららしいから、ちょっと意外だったかもしれない。


「だから僕も、十八歳になるまで……あと一年はそういうことはしないって決めてる」

「あと一年……そうですか……」


 カルディアが、決意した顔で頷く……ん、なんだ?


「では、一年後。コースケ様が十八歳になったら……一夜のお情けが頂けると?」

「ゲフン、ゲホゲホ!」


 蒸せた。盛大に。

 カルディアは一年後、僕と……そういうことがしたいのかな?


「ゲホ、まぁ、そうなる……のかな」

「わかりました」

「待って。ねえ、本当にわかってる? 僕は別にそういうのは……嬉しいけれども、いらないんだよ?」


 思わず、カルディアに問いかけてしまう。

 僕のお金は約束通りあげる。あげるけど、その代わり身体を差し出せとかそんなこと言ってないよ? と。

 だが、カルディアは何かを決意した目で、答える。


「私には……受け取ったお金に対して、返せるものがありません」

「いつもの食事とかで返してくれればいいんだよ!?」

「ですので、一年後の誕生日に、私の純血を……」

「話聞いてる?」

「必ず、お礼致しますから、待っててくださいね!」


 失礼します、と頭を下げて、カルディアは足早に部屋を去っていった。

 ちらりと見えた横顔が赤かったところを見ると、彼女としてもこの話は恥ずかしかったらしい。

 どうやら、一年後に彼女の純血……処女を貰えることになったようだ。

 そうか。

 成程。

 僕は目を閉じ、安らかな眠りへと……




 …………眠れるか、ボケェっ!!!




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