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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
時空転移編
13/116

操縦




「フィオーネ様」

「下がりなさい。あれの相手は私がします」


 フィオーネは油断なく構えながら、ギルドリアへと指示を出す。

 ギルドリアは言われた通り後退しながら、ふと胸に去来した不安からフィオーネに質問する。


「あれは、一体……?」

「……虹の七機士のうち、クロノウス以外の六機には契約者以外のパイロットや敵意がある者が搭乗した場合、あのように暴走すると聞いております」

「暴走……」

「クロノウスもそうなるとは伝え聞いていませんでしたが……しかし事実、クロノウスは混乱に陥っています」


 眼前のクロノウスは頭部を両腕を押さえ込み、苦しげに呻いているように見える。

 フィオーネは必死に、中の鮫介に向かって話しかけた。


「コースケさん、しっかり! クロノウスとのリンクを繋いで!」


 だが、鮫介から返答がない。

 気絶しているのだろうか。まさか、返答出来る状況ではないのか……


「くっ……」

「フィオーネ様、我らも何か……」

「いいえ、不要です。並の機体(ナーカル)では虹の七機士に太刀打ち出来ません。いいから、あなたは部下を連れて後退なさい」

「はっ……どうかコースケ殿を頼みます……」


 慚愧に堪えぬ無念を残しながら、ギルドリアが後方へ引いていく。おそらく、転がっている副隊長たちを回収しに向かったのだろう。

 一機残されたガルヴァニアスは、苦しんでいるクロノウスを見る。何が起きても動けるように、動作の中心たる指先や腰に注目し、仔細を逃さないよう努めている。

 天気は晴天。曇りなき空から降る太陽の光が、降り注いでいた。




「クロノウス……!?」


 鮫介は驚愕の表情を浮かべる。

 自分の機体である『時空機士』と同じ名を名乗った男は、不敵な表情――多分――を浮かべたまま、


「応よ。この姿はまぁ、今まで俺に乗ってきたパイロットのを借りてるわけだが」

「フェグラー……か?」

「懐かしい名前だな。まぁ、そんな感じかもしれん」


 くつくつと楽しげに笑うクロノウス。

 よく分からないが、機嫌が良さそうだ。これなら、いくつか質問が許されるかもしれない。


「今まで……僕がマニューバ・クリスタルに触っても反応しなかったのは……」

「言っただろ? お前の豪華な自殺に付き合えねえってよ」

「っ、僕は……」

「忘れてねえか? お前、俺の内部にいるんだぜ? ばっちり分からぁ」


 そうなのか……な?

 まぁ、本人が言ってるんだから、その通りなのだろう。

 僕は……確かに考えていた。

『響太郎じゃなくて僕が撃たれていれば』って。

 ここにいるのが響太郎だったのなら、きっと素晴らしい人生を歩んでいただろうにって。


「そうじゃくてもお前さん、自分の意思を口に出したことあったかよ?」

「それは……」

「ラヴァンという少年に少なからず怒りを覚えただろう。長距離ランニングを架した隊長に文句の一つもあったんじゃ? キャットウォークが怖くて足を踏み出したくなかったんだろ? あの嬢ちゃんとカルディアってメイドに欲じょ」

「んんんっ、ごほんごほんっ!」


 不適当な発言を空咳でごまかしながら、鮫介はその通りだな、と思った。

 ラヴァンの発言には妥当性を感じたから何も言わなかっただけで、少なからず上から目線には怒りを覚えた。

 長距離ランニングは、そもそもあんなに走るなんて聞いていない。文句の一つや二つぶつけるべきだったかもしれない。

 キャットウォークは……怖かったけど、みんなの視線があったし……

 フィオーネさんとカルディアに……んんん、ま、まぁ認めようじゃないか、うん。

 では、それ以外。僕の意思が働いたシーン。何処かに無いか。何処かに……


「……ゴードンとカルディアに飯を共にしようって言った。あれは……僕の意思のはずだ」

「それだけじゃねえか。そんで言われるがまま戦場に出て、死ぬのか?」

「それは……」


 鮫介は口をつぐむ。

 戦場は過酷であると、聞いたことがある。そう、聞いたことがあるだけだ。実際に体験したことはない。

 どのくらい過酷なのか。具体的な想像が出来ない。ふわふわした妄想の産物だけが、頭の中で生まれている。

 それで、戦場に行って、現実は違うと痛感して、死ぬのか。僕は。


「そんなやつにクロノウス()を任せるわけにはいかねえ。少し、動かし方ってやつを教えてやる。そこで見てな」


 そう言って、クロノウスを動かすクロノウス……ってワケがわからんな。とりあえずフェグラー氏って呼んでおこう。

 フェグラー氏はクロノウスを意思の力だけで操れるようだ。本人が本体なので当然なのかもしれないが。

 眼前の異空間を見れば、ガルヴァニアスが戦闘モードに入っている。本気で、こちらをぶちのめす気だ。


「そうだな、念動力について教えとこうか。お前の『超能力みたいなもん』って認識は正しい」

 

 クロノウスはゆっくりと、右手をガルヴァニアスに差し伸べる。

 何をする気だ、と思った次の瞬間、クロノウスの右手に何か気流のようなエネルギーが発生する。

 そのエネルギーは渦を巻き、玉の形を成した。


念力(サイコキネシス)だ。機体(ナーカル)に乗ってるやつは基本的に全員使える」


 フェグラー氏は笑顔のまま、そのサイコキネシスとやらを発射した。

 速度は……拳銃の銃弾よりは遅い。では威力はというと、右手に電光を帯びたガルヴァニアスの手刀で切り裂かれる程度。


「ま……こんなの、イニミクスにしか効かねえよ」

「駄目じゃないか」

「おっといいぜ、思ったことは口に出してけ。まぁ今のは俺の念動力が今どのくらいか測るためだ、問題ない」

「……」


 この人は……遊んでいるのか?

 と、ガルヴァニアスが全身に電光を纏い、蹴りを放った。蹴りの起動は弧を描いて、こちらの頭部に突き刺さる――!


「速い! だがっ!」


 だが、クロノウスの防御のほうが幾分か速い。

 クロノウスの両腕が、しっかり頭部と相手脚部の間に挟まる。

 衝撃は訪れるだろうが、これで相手の攻撃はガード成功した……と思いきや。


「!?」


 ――そのキックは、両腕をすり抜けた。

両腕をすり抜け、そのまま頭部に迫るキック。幻影か、という疑いに目をかける間もなく、衝撃が頭部に炸裂する。


「っ……」


 ぐらりと、クロノウスの姿勢が揺らぐ。

 蹴りは、頭部に直撃していた。まるで手品(マジック)を見せられた時のように虚と実が綯い交ぜになった感覚。

 続いて、両腕に電光を走らせてのダブルパンチが来る。クロノウスは両腕で、それを受け止める。


「ちっ、やるじゃねえか、嬢ちゃん」

「何が……?」

「知ってんだろ? ガルヴァニアスは身体に電気を纏わせることで、機械と電気の中間の存在になるんだ。両腕に当たるときは電気だから通り抜けた。蹴りは機械だから当たった。簡単なことさ」

「そんなこと……」

「可能かどうかは問題じゃない。『この理論ならきっと上手くいく』、そう思い込むことが重要なのさ!」


 そう言って、男らしく爽やかな笑顔――雰囲気で――を見せるフェグラー氏。

 よく見れば、クロノウスの両腕は何かしらのエネルギーに包まれていた。どうやらそれでガルヴァニアスの両腕を電気化させないようにして防いだらしい。


クロノウス()はなんて呼ばれてるか、知ってるか?」

「時空機士……ですか?」

「その通り。時間と空間を操る機士だ。こういうことも可能になる」


 フェグラー氏が目を瞑り、深く静かに集中する。何をするんだ……と思った瞬間、眼前の異空間の視点が変わる。

 先刻までガルヴァニアスと向かい合っていたのに、いつの間にかその背面を見ていた。ガルヴァニアスは目前の敵がいなくなり、困惑している様子だ。


瞬間移動(テレポート)だ。次は……」


 フェグラー氏がギンと睨みつけると、ガルヴァニアスの左肩が突然粉砕された。

 種も仕掛けもない。突然の粉砕劇に目を見開いていると、フェグラー氏がそっと答えを教えてくれる。


「空間圧縮。そんでもって」


 フェグラー氏がもう一度睨みつけると、今度はガルヴァニアスの右肩が両断される。

 完全に真っ二つに切り離した切断面に驚愕する。並の芸当では、このような跡にはなるまい。


「空間切断。そもそもラ・ムーの奴が念動力を細かくして俺らに付与したから、こんな芸当しか出来ねえ。本来、俺は炎と風の術が得意なのによぅ」


 ぼやくようにフェグラー氏が言う。

 ラ・ムー……確かムー大陸の王様の名前だったか。今では神として崇められているという。

 虹の七機士にそんな不満があったとは知らなかった……いや、フェグラー氏が特別なのかもしれないが……

 両肩を粉砕されたガルヴァニアスはもう一度突撃してくるが、両腕にエネルギーを纏ったクロノウスに受け止められてしまう。


「雷の術は即効性があるものの、こうして出だしを受け止められると何も出来なくなるな」


 発言通り、ガルヴァニアスはもはや籠の鳥であった。全身雷に化けて拘束から逃れようとするものの、両腕を掴まれているので、逃げ出すことは出来ない。

 その両腕をぶるぶる震わせ強引に相手を抑え込みながら、クロノウスは相手の片足を引っ掛けて投げ飛ばした。

 ガルヴァニアスが地面に叩きつけられ、中のフィオーネが苦悶の声を上げる。


「ぐっ!」

「フィオーネさん!」

「おう、声が出てきたじゃねえか。いいぜいいぜ」


 他人事のように宣い、クロノウスはマウントを取ったガルヴァニアスの顔で何度も殴る。 

 装甲はひしゃげ、滅茶苦茶になるガルヴァニアスの顔面。見ていられずに顔を背ける鮫介は、フェグラー氏は厳しい声で告げる。


「目をそらすな。戦いの結末だ」


 そんな鮫介を叱りつけ、フェグラー氏は頭部への打撃を止める。

 頭部は捻じれ、ヒビも入っており、右目は失われている。あまりにも残酷な行為。

 そしてクロノウスは右手で手刀を形作り、その右手にエネルギーを纏わせ……


「じゃあな。その嬢ちゃんじゃなくて本人の操作なら楽しかったんだろうな、ガルヴァニアス……」

「待て! 何をする気だ!?」

「トドメを刺すのさ」

「トドメって……」

「最後の薫陶だ。嫌なら止めてみせろ」


 フェグラー氏が呟くのと、ずぶん、という意識の沈殿が起きるのは同時だった。

 鮫介の意識は深く遠い場所を泳ぎ、浮上するとそこは見慣れたコクピット内。

 薄暗い空間にマニューバ・クリスタルを握り締め、少々窮屈な体勢で椅子に着席している自分の姿。


「何を……」


 鮫介がきょろきょろ周囲を見渡していると、コクピットの外側で何かが動いている音がする。

 あれは。右手を振りかぶっている音では無かろうか。


「と……止めろ! クロノウス、止まれ!」


 大声で喚きながらマニューバ・クリスタルを引っ掴む。

 しかし、クロノウスは何の反応も示さない。外側の音が止まる。振りかぶり終わったか。

 どうすることも出来ないまま、鮫介は大声で叫び続ける。


「止まれ、止まれ、止まれ―っ! ふざけるな、畜生! お前、それやったら一生呪うからなっ!!」


 クロノウスは動かない。

 接続出来る気配はない。


 ――どうせ。

 ――所詮。

 ――僕には。

 ――響太郎なら。


 心の内部に浮かび上がる言葉。

 涙が溢れてくる。

 もう、自分が何を喚き散らしているのかも分からない。

 暴力的な感情のうねりに支配されながら、鮫介は必死に声を上げた。


「止まれーっ!!!」





 その声は、フィオーネにしっかりと届いていた。

 クロノウスに地面を投げられ、顔面を連続で殴打され、ボロボロになったガルヴァニアスの内部で、確かに聞こえていた。

 クロノウスが手刀を作ってみせた瞬間、ああ、私は殺されるんだなと気付き、だけどどうしようもなく、せめて痛くないように祈るだけとなっていたところに――


「止まれ! クロノウス、止まれ!」


 鮫介の声が聞こえた。

 自らの機体も操縦出来ない勇者様は、コクピット内部で、必死に私の死という運命に抗っている。


「止まれ、止まれ、止まれ―っ!」


 その声に、勇気が湧いてくる。

 迫りくる死に、何もしないのはおかしいと。

 限界ギリギリまで抵抗するのが、正しいことだと。

 ガルヴァニアスは頭部を粉砕され、こちらのコントロールを受け入れない。

 だけど、何かあるはずだ。するべきことが!


「っ……」


 マニューバ・クリスタルを握り、手足をバタつかせる。

 マウントを取られている状態ではどうしようもないが、叶う限りジタバタしてみる。

 何か――奇跡が起こって、助かるかもしれない。

 クロノウスが右手を振り上げる。駄目か? いや、諦めてはならない。

 そのまましばらく手足をバタつかせていたが、ようやくフィオーネは気付く。長らく時間をかけていたが、右手の手刀が一向に振り下ろされないことを。


「……?」


 クロノウスを見上げる。

 右目は潰れ、左目側もボヤケた視界の中、右手刀を構えたクロノウスが映る。

 しかし右腕はぶるぶる震えている。まるで、何かを嫌がるように。異なる命令を二つ受けたかのように。

 いつしか、右手の震えも止み、静寂がクロノウスに舞い戻って……


「フィオーネさん……聞こえますか……」


 声が、聞こえた。

 クロノウスの胸部から、勇者の声が。


「は、はい。聞こえます」

「……良かった……」


 クロノウスのハッチが開いていく。

 フィオーネは慌ててガルヴァニアスのハッチを開いた。

 やがてハッチが完全に開き、コクピット内部にいたのは……


「コースケさん……」


 髪の毛が紫色の青年が、マニューバ・クリスタルを掴んで、静かに微笑んでいた。

 生憎と目を瞑っていて確認出来ないが、その瞳もきっと紫色なのだろう。

 疲労困憊といった様子で、ぐったりしており、身体に力が入らないようだ。


「うっ……」

「!」


 鮫介が椅子から落ちる。

 ガルヴァニアスのマウント状態で、コクピットも胸部がガルヴァニアス側を向いているクロノウスの内部にいた鮫介は、そのまま重力に従い、落下――

 そのまま、フィオーネの豊かな胸部に顔を押し付けて着地する。


「おっと」


 落下するコースケを抱き寄せて救出したフィオーネは、そのまま座席に座り、大きな吐息を吐き出した。


「命を、また(・・)救われましたね」


 鮫介の様子を伺えば、どうやら気絶しているらしい。

 その頭を撫でていると、髪の色は次第に元の黒髪に戻っていく。

 どういう原理でそうなるのか、解明はされていない。禿頭の人間が虹の七機士に乗った際、僅かにオーラのようなものが頭部に認められたらしいが、フィオーネは詳細を聞いていない。


「ゴードン」

「はっ」


 クロノウスとガルヴァニアスの機体の周辺で、返事が聞こえる。

 主が心配で、寄ってきたらしい。それを注意することなく、フィオーネは告げる。


「コースケさんをお願いします。カルディアと共に、ベッドで休ませてあげてください」

「了解しました」


 ガルヴァニアスの右手に鮫介の身体を載せ、下ろす。待ち構えていたゴードンは鮫介をおんぶすると、鮫介の身体を揺らさない程度に全速力で屋敷へと向かっていった。


「ジン」

「ここに」

「しばらく、コースケさんをクロノウスに近づけるのを禁止いたします。教育は座学を中心に教えること」

「承知しました」

「あと、早朝の長距離ランニングは、しばらく控えること」

「……はっ……」


 ジンの承諾しきれない回答に苦笑しながら、フィオーネはガルヴァニアスを操り、身を起こす。

 クロノウスを、倉庫まで運ばなければならないのだ。


「もう少し辛抱してくださいね、ガルヴァニアス」


 フィオーネは愛機にそう言葉をかけると、クロノウスの顔面を睨みつけた。

 蹴りが入ってちょっとだけ歪んだ顔面。その顔が、徐々に修復されている。

 虹の七機士は自動修復能力を持ち、ガルヴァニアスの顔面も、3日くらい経てば完全に元に戻るだろう。


「一体、何が原因で……」


 クロノウス暴走の原因にまさか自分が一端を担っているとは知らず、フィオーネはしきりに首をひねるのだった。




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