暴走
「さて、どうするかな……」
呟きながらギルドリアは、前方で武器を構える三機の機体を注視する。
大型ハンマーを担ぎ直しながら、油断なく警戒しているシュリィのビーアメデュア。
片手にサブマシンガンを持ち、こちらの一挙手一投足を眺めているグラウリンデのレーヴェ。
両手にサブマシンガンを構え、こちらの隙を狙っているヒナナのカリワタシ。
全てが強敵だ。副隊長に選ばれただけのことはある。
しかし、それを言うならこちらはそれを纏める隊長に選ばれた男だ。征してみせる。
「行くっスよ!」
「来い!」
ビーアメデュアが突撃を仕掛けてくる。手持ちのハンマーで受けて立つギルドリア。
相手の攻撃に押されることなく受け止め、後ろ二人の射線に入らないよう上手く位置取りする。
「ちょっと、シュリィ! それじゃ撃てないじゃない!」
「どいて、射線に入ってるわ!」
「そんなこと言われても……!」
なんとか射線を開けようと回り込もうとするシュリィだったが、ジンも同じ方向に先回りしているため、射線を上手く開けられない。
「どうした、ダンスの練習か?」
「むっきー!」
怒ったピーアメデュアがハンマーの連続攻撃を仕掛ける。
流石に突撃隊長らしく、その一撃はこちらを潰さんと驚異の破壊力を秘めていた。部下を使いこなせるようになれば、きっとコースケの助けになるだろう
「このぉ! 捉えられないはずが……」
「シュリィ違う、それは……!」
「へ!?」
シュリィの振りかぶった大型ハンマーが途中でハンマーに止められる。流れは同じはずだ。
いや、違う。ギルドリアはハンマーを握っていない。サイコキネシスで、ハンマーだけが持ち上がった状態だ。
では、ギルドリアは空の両手で何をしている? サブマシンガンを引き抜き、腰溜めに構えて……
「残念だったな」
「ちょ、待っ……ぎゃああああああっっ!!!」
至近距離で、ペイント弾の嵐。
シュリィは悲鳴を上げ、撃墜判定を受ける。これで残りは二機。
ギルドリアはピーアメデュアは捕まえ、盾にしたままレーヴェたちに接近する。
「隊長!?」
「撃墜されてるんだ。お前は何もするな」
「ひでーっス!」
抗議の声が耳に届くが、無視。
記録上は死亡扱いになっている。死人の言うことにいちいち耳を貸していたら、こっちまで地獄送りになってしまう。
「ど、どうするヒナナ!?」
「どうすると言われても……」
グラウリンデ焦った様子で、ヒナナは困った様子で盾にされたビーアメデュアを見やる。
あれがある限り、有効な射線を取れない。
「馬鹿め。諸共撃ち抜く、という発想が出来ないのか」
「発想が最低っス! 隊長嫌いっス!」
何の妨害もなく近づいたギルドリアは、サブマシンガンをカリワタシに向け、発砲。
コクピット付近に射撃を喰らったカリワタシは撃墜判定を受け、その場に膝から崩れ落ちた。
「撃墜判定です。残念……」
「ちょっとぉ! 私はどうすれば……」
「一人では何も出来ないのか?」
「へ? ……あぁ!?」
そのまま、呆然としているレーヴェに射撃。
グラウリンデは何も出来ないまま、撃墜判定を受けて動きを止めた。
「シュリィ七十点、ヒナナ八十点、グラウリンデ四十点。グラウリンデは自分一人だけのときの対処法を考えておくこと」
「しょぼーん」
「四十……!」
「あらあら……」
ジンが一人一人に点数を付けると、三人はそれぞれ別の顔を見せる。
シュリィは素直に落ち込み、グラウリンデは点数の低さに驚嘆。ヒナナは何時も通りの笑顔だ。
「さて。残りは……」
「ヒナナ撃破、グラウリンデ撃破。ジン隊長の勝利です」
「あの人数相手に……」
ジン隊長って性格ウザいけど実力は本物なんだなぁ……
と鮫介が驚いていると、フィオーネの通信は続いた。
「そろそろ来ますよ。しっかり対ショック体勢を取って」
「はぁ」
何されるんだろう……?
「コースケ殿。全ての敵を凪ぎました」
もはや、邪魔者はいない。
ゆっくりと、ギルドリアは立ちっぱなしのクロノウスへと歩を進める。
「今、あなたのところに向かいますよ」
足取りは重く、静かに。
やがて軽く、全速力で駆け出す。大地を踏み出し、荒れ地を駆け出し、いざクロノウスへと。
地面を踏みつけ、太ももに足をかけ、そのまま上空へ。胴、胸部、そして首元――
「いざぁ!」
その首元を締め上げて、ギルドリアは、いや、中のジンは笑う。
クロノウスの体勢が崩れ、地面に転がり落ちたとしても、ジンの悪役のような笑い声は止まらない。
「はっははははぁ! コースケ殿! まさか気絶してないでしょうなぁ!」
『……ああ、そうだな』
「さあ、早く動かないと首が無くなりますよ!」
胸の内――コクピット内部からの返事にこっそり安堵しつつ、ジンはクロノウスの首を手で押さえつける。
全長がクロノウスの腰までしかないギルドリアでは首を全力で締めることなど許されないが、それでも首を締める。
「さぁ、どうしますか!?」
どうしますかと言われても……
クロノウスは地面に大文字に倒れている。備えていたから、僕のほうにダメージはなし。
ジン隊長は首を締めているが、僕の首が締まっているわけではない。暗いコクピット内では全て『外側』の出来事だ。
鮫介としては、『なんか頭上でごそごそやってるな』くらいの感覚でしかない。
マニューバ・クリスタルはまったく反応を示さない。
やはり、僕には無理だったんだろうか。響太郎だったら……
ずぷん。
「!?」
それはずぷん、とうか、ぬぷん、というか、とにかくそんな感触であった。自分自身が内側に吸い込まれる感覚というのは……
「は……?」
全景が真っ白だった。真っ白な空間の中に、椅子に座った自分だけがいる。
いや、もう一人いる。座席の横側に、男性が一人。紫の髪と瞳をした、二十代前半くらいの……いや、顔は霞がかっていて判別出来ない。ただ、その髪と目の色だけが判別出来る。
「何、を」
「俺に手を出そうたぁ、いい度胸だ」
「!?」
突如、鮫介の眼前の空間が捻じれ、クロノウスの目と繋がった。
下を見る。自分の首を締めているジン隊長の機体が確認出来た。
「やめ……」
「そら、ぶっ飛びな!」
鮫介が静止の声をかける間もなく、クロノウスは左腕を伸ばしてジン隊長の機体を首元から払った。
まるで、小虫をはたき落とすかのように。
「あ、あんた……」
「よく見な。無事だろうがい」
「へ……?」
クロノウスの視界をよく見ると、機体のあちこちを探っているジン隊長の姿があった。
叩き落とされる寸前、バリアのようなものを発生させてどうにか防いだらしい。安堵の吐息を吐き出す。
「良かった……」
「良くあるかい。首を締められたんだぜ。怒るのが普通だろうに、お前さん、何やってんだい」
「何って……」
「ふん……『響太郎の代わりに僕が死ねば良かった』ってか?」
「な……」
それは。
誰にも言ったことのない。
「お前さんの盛大な自殺に付き合う気はねーんだ。ここからは俺がやるぜ」
「ま、待て!」
止まる間もなく、クロノウスは立ち上がった。
だが、苦しそうに、辛そうに、自身の頭部を抑えている。
「チッ、調子が悪いな……」
「アンタ、何なんだ!?」
「何って、分からないかい?」
その時、どすんと振動音。
振り向けば、ガルヴァニアスが立っている。喧嘩を売るように。中腰で、すぐに飛びかかれるように。
「フィオーネさん!」
『大丈夫ですか、コースケさん?』
フィオーネのテレパスの声が聞こえる。
だが、凡庸としていて、聞こえにくい。耳に奥に水が入ったかのようだ。
『……返事なし。成程……』
「ふん、次はあの姉ちゃんか」
「質問に答えろ! お前は一体……」
「俺か?」
横側の男は自分を親指で指し、ニヤリと……イメージで……笑った。
「俺の名はクロノウスだ。こっからは、俺が全部仕切らせてもらうぜ?」