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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
凍結機士編(後編)
116/116

救助活動(難易度:Easy)

15kb……何故俺は、こんな無駄な時間を……Orz




 ナレッシュは順調に、事を制覇していた。

 イミニクスの発見、駆除。襲われていた民衆の救出。

 報告は流れる水のように滞りなく届き、部隊は小気味よく前へ進む――あまりの順調さに、むしろ落とし穴を疑いたくなるほどの進行度合いだった。


「……」

『ナレッシュ殿? 如何いたした?』

「……いや。なんでも、ない……」


 傍らのグルゾウムに問われても、言葉は続かない。

 全て順調――それは良いはずなのに、胸の底に砂粒のような違和感が沈んでいる。

 逃げ惑う人々を想う気持ちは確かにある。あるのだが――。


「……いや、前進。各員、周辺の警戒を――」

『ナ、ナレッシュ様!!!』


 言いかけた耳朶を、切迫の声が叩く。

 副官でも、指揮所(コマンドポスト)の連絡員でもない。これは――


「……地下に進んだ、決死隊! どうした、何があった!?」

『我、イミニクス発見! 凄い数です! そ、それに、あれは……大型イミニクス!?』

「っ!!!」


 大型イミニクス――。

 小型が地下から湧いた時点で臭いと感じていたが、まさか地中に“それ”がいるとは。


『……くっ、足を動かせ、ソナム……ッ……ああっ……』

「取り急ぎ、情報を共有せよ! お前たちの見たものを、無駄にするな!」

『は、はっ! 承知しました!』


 ナレッシュは胸ポケットからメモ帳を引き抜き、通信(テレパス)越しに紡がれる断片を一字一句逃さず記す。

 声の揺れで分かる。決死隊の隊長・ツィーヅァンは火急の危地にある。

 ならば、せめて言葉だけは拾い上げなければならない。彼らの意思を、無為にしないためにも。


『私達は狭い通路を抜け、広い空間に出ました。そこには無数の蟻型イミニクスが規則正しく整列し、そして天井には、筒型……? の、巨大でふくよかな何かがありました。おそらく、大型イミニクスの一部かと』

「規則正しく整列……? 大型イミニクスが、か?」

『はい……エルヴァン、バリアをもっと強固なものに! ……失礼しました。それで、キャメラで様子を撮影しようと試みたところ、イミニクスに気付かれたようで、現在の状況に……』

「そうか……よく話して……くれた。お前たちの行動は、決して……無駄なものでは……ないぞ」

『! それは良かった。我々はここで倒れますが、ナレッシュ様は我々の屍を越えて、大型イミニクスを打倒してください……!』

「……すまん」


 奥歯に力がこもる。

 彼は勇者ではない。今この場から救う手立ては、想像の範疇にすら無い。

 だから――ナレッシュは、決死隊の命を手放した(・・・・)

 その重さを、胸の奥でただ飲み込むしかなかった。

 そして――




 鮫介は慎重に、屋敷周辺の捜索に臨んでいた。

 割れた石畳をどかし、崩れた梁を梃子で起こし、奥底を塞ぐ岩を一つひとつ退ける。焦れた者なら「何をやっている!?」と怒鳴りそうな地道なルーチンを、彼は黙々と積み重ねていく。

 そうして、逃げ遅れた避難民を見つけては引き上げ、何度も感謝の言葉を浴びた。


 特別なことをしている感覚はない。

 やれる範囲で、真面目に、細かく、やるべきことをやっているだけ――現代日本人なら基本に近い動作を、そのまま戦場で実行しているにすぎない。


「おっと、また避難民発見。収容お願いします……ああ、ほら、泣き叫ばなくてもいいよ。大丈夫、大丈夫だからね?」


 鮫介はできるだけ背を低くし、怯えた顔に柔らかく微笑みを向ける。

 泥と煤にまみれた一家は何度も頭を下げ、救出班に伴われて去っていった。領主の館へ収容されるだろう。

 鮫介が安堵の息をこぼした――そのとき、通信(テレパス)が弾ける。


『コ、コースケ様! 聞こえますか!?』

「!? どうした、何があった!?」

『我、イミニクス発見! 凄い数です! そ、それに、あれは……大型イミニクス!?』


 奇しくも、先刻ナレッシュの下へ届いたものと、同じ悲鳴。


「なんだって!?」

『お、大型イミニクスらしき……胴体? が、地面に埋まっています。そして……あれは、光? ど、どうやら我らとは違う別部隊……? のような何かが、奥にもいる模様……』


 選抜捜索隊の隊長は、面倒臭がりだが感覚が鋭い女だった。

 暗がりの奥に微かな光――別部隊の照明を見抜く。おそらく、ナレッシュが派遣した決死隊だと、彼女は気付いたのだ。


「別部隊が?」

『は、はい。そして……!? こ、小型イミニクスに気付かれました! 我々はここでサイコバリアで動きを止めます、ヘルプアスッ!!!』

「分かった! 待ってろ、すぐに救出する」


 彼女は人より諦めが早く、そのぶん助けを求めるのも早い。

 ――この段階では、それが何よりの正解だ。


「位置は……よし、交信(テレパス)の座標のままだな。これより救出に向かう!」


 鮫介は地下へ瞬間移動(テレポート)の“枠”を穿ち、顔だけ差し入れて周囲を確認――倒れた機体(ナーカル)を優先して引き抜く。

 簡易転移の応用で空間窓を次々と開閉し、意識の無いパイロットから順に回収。

 怯えの強い機体や戦意の落ちた機体を引っ張り出し、最後に残った者たちをまとめて掬い上げる。


『コースケ様!!!』

「ふぅ。無事、救助完了だ」

『ありがとうございます! 我ら一同、穴蔵に入る際は命尽きたものと覚悟しておりましたが……この度救助していただき、命を繋ぐことが出来ました! 真に、感謝の念に耐えません!』

「あぁ、いいよいいよ。僕は“目の前で人が死ぬ”のを良しとしない。君たちは……まぁ視界の外れの足元だったけど、近くにいたのは分かってたからね。救わないと、勇者の沽券に関わるよ」

『はっ! 何にせよ、勇者様にこの命を救われたは事実! この感謝の心、どうぞお受け取りください!』

「はは。だから、気にする必要はないって言ってるのに」


 涼しい顔で礼を受ける。

 ――内心は「危なかった! あと少し遅ければ間に合わなかった」と冷や汗だが、そういう部分は見せない。

 “汚いところは見せない”――日本で身につけた癖は、ここでも役立つ。


『ご謙遜を! 我らトホ領に産まれ住む者なれど、コースケ殿に感銘を受けし者なれば! 勇者様の優しさ、しかと受け止めましてござります!!』

「あ……そう? なら、それでいいのだけど……」


 肩の力を抜いて小さく伸びをする。

 疲労はある。だが、救えた命がある限り、心は軽い。


『で、それでですね……』

「ん?」

『私の視界に、確かに映ったのですよ。私とおそらく使命を同じとする、決死隊と思わしき連中が』

「……ふむ」

『どうにか……助けてもらえないでしょうか。私は発見してしまった。それを見捨てるのは、忍びないのです』


 彼女は諦めが早いが、人の命を何より尊ぶ女でもある。

 ならば――応えるのが“優しき勇者”の役目だ。


「了解した。その人たちの生命、この勇者が救ってみせよう」

『おお! 頼みましたぞ、勇者様!』


 鮫介は空間の念動力を拡げ、捜索範囲を少しずつ前方へ押し出す。

 渦巻く窓に顔を沈め、無人を確認しては閉じ、また別地点に窓を開く――繰り返し。

 やがて、決死隊の戦場を捉えた。倒れた機体(ナーカル)四、いや五。息のある者は――。


「くっ――」


 胃の奥が酸っぱくなる。

 鮫介は部隊長と思しき機体(ナーカル)の背面に空間窓を穿ち、覗き込んで念糸を突き刺し、通信(テレパス)を繋ぐ。


「そこの機体(ナーカル)! こちら、勇者の名を拝命せしオトナシ・コースケ、聞こえるか!?」

『うわぁ!?』


 突如の声に、決死隊の隊長レパは思わず跳ねたが、言葉を飲み込み、戦闘中にもかかわらず敬礼の姿勢。


『は……はっ! こちら、決死隊隊長、レパ!』

「レパ隊長、聞こえるか? こちら……勇者、オトナシ・コースケ」

『はい! 聞こえてます、勇者様!』

「ん、そうか。お前たちは“使い捨て”の想定で戦闘中――相違ないか?」

『い、いえ。いいえ! 我らは決死隊、決して戻らぬ覚悟で…』

「そーゆーのはいいから。回収するぞ。まずは倒れてる人たちから――」


 言いながら、鮫介は空間窓からぽいぽいと倒れた機体(ナーカル)を自分の“側”へ放り込む。

 突起部を掴む都合でどこかの部品が外れているかもしれないが、今は速度が命だ。心の中で謝りつつ、クロノウスの巨腕で芋掘りのように回収していく――芋掘りの経験は無いが、気分はそんな感じ。


「ほーい、ほい。これで倒れた機体は回収。次は負傷の大きい機体(ナーカル)を運ぶぞ」

『ああ、うう……お、お願いします』


 “散っていく覚悟”を口にした直後だけに、救助に安堵しきる態度も取りづらいのだろう。レパは吃りながら小声で答え、鮫介は苦笑しつつ手を動かす。

 前面に殺到する小型イミニクスは、健在の機体(ナーカル)たちがサイコバリアで受け止めている。

 ――これが、格下ではなく“仲間”との連携、というやつか。

 分からないが、命を繋ぐ手応えは確かだ。


「……よし、負傷兵の救出も完了。では最後、無傷っぽい君たち機体(ナーカル)を回収する。全員、心して転移の念動力を味わうといい」

『……は、はっ! 心して、転移の念動力を受けさせていただきます!』


 守護線の機体(ナーカル)を残して後衛から転送、続いて前衛を一気に抜く。

 空間圧縮でバリアに噛みつくイミニクスを圧殺し、その隙に守護部隊も回収。

 最後に、隊長レパを引き上げて、追いすがる黒影に“さよなら”の意味を込めて人差し指と中指を振り、意識を地上へ戻した。


「ふぅ。これで回収完了、かな」

『あ……ありがとうございます!!! 我ら決死隊、あの地下道で死ぬ覚悟は出来ておりましたが……命が救われたこと、まさに勇者様のお慈悲に依るもの! 我ら、感謝の念に堪えません!』

『『『ありがとうございました!!!』』』

「はは。やめてよ、柄じゃない。自分の命が救われたことに感謝してくれるなら、僕としては及第点かな……」


 軽く手を振って応え、鮫介は通信(テレパス)の念糸を遠くへ伸ばす。

 狙うは領主の娘の屋敷周辺――気配を探り、呼びかける。


「ナレッシュ殿!」

『! コースケ殿、か?』


 返答が来る。鮫介は思わず破顔した。

 通信(テレパス)は道中、スビビラビたちに教わっていたが、実戦の命中は初めてだ。人知れず小さくガッツポーズ。


「はい! こちらコースケ、現在領主の館周辺にて救助活動中です」

『それは……ご苦労、だ。目が覚めたようで、安心したぞ』

「すみません、心配をおかけしました。それで――大型イミニクスらしき存在の居場所を突き止めたのですが」

『……なんだと!?』

「ただいま、地下でこちらの捜索隊と、“決死隊”を名乗る部隊を救出しました。彼らがですね――」

『待て! け、決死隊……だと!? それを……助けた!?』

「え、ええ、そうですが……?」

『すまぬ、コースケ殿! それは俺が指揮した決死隊。俺が……見捨てた……決死隊だったのだ!』

「ええ?」

『だから……すまぬ! それは、俺の……俺の、ミスなのだ!!!』

「……はぁ」


 ショックに揺れる声に、鮫介は肩をすくめる。

 状況は理解した。なら、まずは“良かった”でいいのでは――と、常識人の彼は思う。

 この世界の人々は往々にして劇的で、少し芝居がかる。そこが嫌いではないが、今は時間が惜しい。


「謝罪は不要です、ナレッシュ殿。決死隊の皆は救助できました。ならば喜ぶのが先決です」

『……うむ。うむ、そうだな。ありがとう、コースケ殿――いや、勇者殿。そなたこそ勇者の名に相応しい、義心と礼智に溢れた者の姿よ!』

「い、いや……そう言われるようなことは、何も。それよりナレッシュ殿。大型イミニクスの件ですが」

『大型イミニクスの……? なんだ?』


 ぴん、と空気が張る。

 怜悧な声色に、鮫介は唾を飲み込む。


「ああ、ええと……大型イミニクスの居場所が判明しました」

『うむ……それこそ、俺が決死隊より得た貴重な情報』


 ナレッシュは前方――自らの進行方向を、ビシッと指差した。


『俺と君の、ちょうど中心。その場所に、大型イミニクスが……いる』

 


 

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