救助活動(難易度:Easy)
15kb……何故俺は、こんな無駄な時間を……Orz
ナレッシュは順調に、事を制覇していた。
イミニクスの発見、駆除。襲われていた民衆の救出。
報告は流れる水のように滞りなく届き、部隊は小気味よく前へ進む――あまりの順調さに、むしろ落とし穴を疑いたくなるほどの進行度合いだった。
「……」
『ナレッシュ殿? 如何いたした?』
「……いや。なんでも、ない……」
傍らのグルゾウムに問われても、言葉は続かない。
全て順調――それは良いはずなのに、胸の底に砂粒のような違和感が沈んでいる。
逃げ惑う人々を想う気持ちは確かにある。あるのだが――。
「……いや、前進。各員、周辺の警戒を――」
『ナ、ナレッシュ様!!!』
言いかけた耳朶を、切迫の声が叩く。
副官でも、指揮所の連絡員でもない。これは――
「……地下に進んだ、決死隊! どうした、何があった!?」
『我、イミニクス発見! 凄い数です! そ、それに、あれは……大型イミニクス!?』
「っ!!!」
大型イミニクス――。
小型が地下から湧いた時点で臭いと感じていたが、まさか地中に“それ”がいるとは。
『……くっ、足を動かせ、ソナム……ッ……ああっ……』
「取り急ぎ、情報を共有せよ! お前たちの見たものを、無駄にするな!」
『は、はっ! 承知しました!』
ナレッシュは胸ポケットからメモ帳を引き抜き、通信越しに紡がれる断片を一字一句逃さず記す。
声の揺れで分かる。決死隊の隊長・ツィーヅァンは火急の危地にある。
ならば、せめて言葉だけは拾い上げなければならない。彼らの意思を、無為にしないためにも。
『私達は狭い通路を抜け、広い空間に出ました。そこには無数の蟻型イミニクスが規則正しく整列し、そして天井には、筒型……? の、巨大でふくよかな何かがありました。おそらく、大型イミニクスの一部かと』
「規則正しく整列……? 大型イミニクスが、か?」
『はい……エルヴァン、バリアをもっと強固なものに! ……失礼しました。それで、キャメラで様子を撮影しようと試みたところ、イミニクスに気付かれたようで、現在の状況に……』
「そうか……よく話して……くれた。お前たちの行動は、決して……無駄なものでは……ないぞ」
『! それは良かった。我々はここで倒れますが、ナレッシュ様は我々の屍を越えて、大型イミニクスを打倒してください……!』
「……すまん」
奥歯に力がこもる。
彼は勇者ではない。今この場から救う手立ては、想像の範疇にすら無い。
だから――ナレッシュは、決死隊の命を手放した。
その重さを、胸の奥でただ飲み込むしかなかった。
そして――
鮫介は慎重に、屋敷周辺の捜索に臨んでいた。
割れた石畳をどかし、崩れた梁を梃子で起こし、奥底を塞ぐ岩を一つひとつ退ける。焦れた者なら「何をやっている!?」と怒鳴りそうな地道なルーチンを、彼は黙々と積み重ねていく。
そうして、逃げ遅れた避難民を見つけては引き上げ、何度も感謝の言葉を浴びた。
特別なことをしている感覚はない。
やれる範囲で、真面目に、細かく、やるべきことをやっているだけ――現代日本人なら基本に近い動作を、そのまま戦場で実行しているにすぎない。
「おっと、また避難民発見。収容お願いします……ああ、ほら、泣き叫ばなくてもいいよ。大丈夫、大丈夫だからね?」
鮫介はできるだけ背を低くし、怯えた顔に柔らかく微笑みを向ける。
泥と煤にまみれた一家は何度も頭を下げ、救出班に伴われて去っていった。領主の館へ収容されるだろう。
鮫介が安堵の息をこぼした――そのとき、通信が弾ける。
『コ、コースケ様! 聞こえますか!?』
「!? どうした、何があった!?」
『我、イミニクス発見! 凄い数です! そ、それに、あれは……大型イミニクス!?』
奇しくも、先刻ナレッシュの下へ届いたものと、同じ悲鳴。
「なんだって!?」
『お、大型イミニクスらしき……胴体? が、地面に埋まっています。そして……あれは、光? ど、どうやら我らとは違う別部隊……? のような何かが、奥にもいる模様……』
選抜捜索隊の隊長は、面倒臭がりだが感覚が鋭い女だった。
暗がりの奥に微かな光――別部隊の照明を見抜く。おそらく、ナレッシュが派遣した決死隊だと、彼女は気付いたのだ。
「別部隊が?」
『は、はい。そして……!? こ、小型イミニクスに気付かれました! 我々はここでサイコバリアで動きを止めます、ヘルプアスッ!!!』
「分かった! 待ってろ、すぐに救出する」
彼女は人より諦めが早く、そのぶん助けを求めるのも早い。
――この段階では、それが何よりの正解だ。
「位置は……よし、交信の座標のままだな。これより救出に向かう!」
鮫介は地下へ瞬間移動の“枠”を穿ち、顔だけ差し入れて周囲を確認――倒れた機体を優先して引き抜く。
簡易転移の応用で空間窓を次々と開閉し、意識の無いパイロットから順に回収。
怯えの強い機体や戦意の落ちた機体を引っ張り出し、最後に残った者たちをまとめて掬い上げる。
『コースケ様!!!』
「ふぅ。無事、救助完了だ」
『ありがとうございます! 我ら一同、穴蔵に入る際は命尽きたものと覚悟しておりましたが……この度救助していただき、命を繋ぐことが出来ました! 真に、感謝の念に耐えません!』
「あぁ、いいよいいよ。僕は“目の前で人が死ぬ”のを良しとしない。君たちは……まぁ視界の外れの足元だったけど、近くにいたのは分かってたからね。救わないと、勇者の沽券に関わるよ」
『はっ! 何にせよ、勇者様にこの命を救われたは事実! この感謝の心、どうぞお受け取りください!』
「はは。だから、気にする必要はないって言ってるのに」
涼しい顔で礼を受ける。
――内心は「危なかった! あと少し遅ければ間に合わなかった」と冷や汗だが、そういう部分は見せない。
“汚いところは見せない”――日本で身につけた癖は、ここでも役立つ。
『ご謙遜を! 我らトホ領に産まれ住む者なれど、コースケ殿に感銘を受けし者なれば! 勇者様の優しさ、しかと受け止めましてござります!!』
「あ……そう? なら、それでいいのだけど……」
肩の力を抜いて小さく伸びをする。
疲労はある。だが、救えた命がある限り、心は軽い。
『で、それでですね……』
「ん?」
『私の視界に、確かに映ったのですよ。私とおそらく使命を同じとする、決死隊と思わしき連中が』
「……ふむ」
『どうにか……助けてもらえないでしょうか。私は発見してしまった。それを見捨てるのは、忍びないのです』
彼女は諦めが早いが、人の命を何より尊ぶ女でもある。
ならば――応えるのが“優しき勇者”の役目だ。
「了解した。その人たちの生命、この勇者が救ってみせよう」
『おお! 頼みましたぞ、勇者様!』
鮫介は空間の念動力を拡げ、捜索範囲を少しずつ前方へ押し出す。
渦巻く窓に顔を沈め、無人を確認しては閉じ、また別地点に窓を開く――繰り返し。
やがて、決死隊の戦場を捉えた。倒れた機体四、いや五。息のある者は――。
「くっ――」
胃の奥が酸っぱくなる。
鮫介は部隊長と思しき機体の背面に空間窓を穿ち、覗き込んで念糸を突き刺し、通信を繋ぐ。
「そこの機体! こちら、勇者の名を拝命せしオトナシ・コースケ、聞こえるか!?」
『うわぁ!?』
突如の声に、決死隊の隊長レパは思わず跳ねたが、言葉を飲み込み、戦闘中にもかかわらず敬礼の姿勢。
『は……はっ! こちら、決死隊隊長、レパ!』
「レパ隊長、聞こえるか? こちら……勇者、オトナシ・コースケ」
『はい! 聞こえてます、勇者様!』
「ん、そうか。お前たちは“使い捨て”の想定で戦闘中――相違ないか?」
『い、いえ。いいえ! 我らは決死隊、決して戻らぬ覚悟で…』
「そーゆーのはいいから。回収するぞ。まずは倒れてる人たちから――」
言いながら、鮫介は空間窓からぽいぽいと倒れた機体を自分の“側”へ放り込む。
突起部を掴む都合でどこかの部品が外れているかもしれないが、今は速度が命だ。心の中で謝りつつ、クロノウスの巨腕で芋掘りのように回収していく――芋掘りの経験は無いが、気分はそんな感じ。
「ほーい、ほい。これで倒れた機体は回収。次は負傷の大きい機体を運ぶぞ」
『ああ、うう……お、お願いします』
“散っていく覚悟”を口にした直後だけに、救助に安堵しきる態度も取りづらいのだろう。レパは吃りながら小声で答え、鮫介は苦笑しつつ手を動かす。
前面に殺到する小型イミニクスは、健在の機体たちがサイコバリアで受け止めている。
――これが、格下ではなく“仲間”との連携、というやつか。
分からないが、命を繋ぐ手応えは確かだ。
「……よし、負傷兵の救出も完了。では最後、無傷っぽい君たち機体を回収する。全員、心して転移の念動力を味わうといい」
『……は、はっ! 心して、転移の念動力を受けさせていただきます!』
守護線の機体を残して後衛から転送、続いて前衛を一気に抜く。
空間圧縮でバリアに噛みつくイミニクスを圧殺し、その隙に守護部隊も回収。
最後に、隊長レパを引き上げて、追いすがる黒影に“さよなら”の意味を込めて人差し指と中指を振り、意識を地上へ戻した。
「ふぅ。これで回収完了、かな」
『あ……ありがとうございます!!! 我ら決死隊、あの地下道で死ぬ覚悟は出来ておりましたが……命が救われたこと、まさに勇者様のお慈悲に依るもの! 我ら、感謝の念に堪えません!』
『『『ありがとうございました!!!』』』
「はは。やめてよ、柄じゃない。自分の命が救われたことに感謝してくれるなら、僕としては及第点かな……」
軽く手を振って応え、鮫介は通信の念糸を遠くへ伸ばす。
狙うは領主の娘の屋敷周辺――気配を探り、呼びかける。
「ナレッシュ殿!」
『! コースケ殿、か?』
返答が来る。鮫介は思わず破顔した。
通信は道中、スビビラビたちに教わっていたが、実戦の命中は初めてだ。人知れず小さくガッツポーズ。
「はい! こちらコースケ、現在領主の館周辺にて救助活動中です」
『それは……ご苦労、だ。目が覚めたようで、安心したぞ』
「すみません、心配をおかけしました。それで――大型イミニクスらしき存在の居場所を突き止めたのですが」
『……なんだと!?』
「ただいま、地下でこちらの捜索隊と、“決死隊”を名乗る部隊を救出しました。彼らがですね――」
『待て! け、決死隊……だと!? それを……助けた!?』
「え、ええ、そうですが……?」
『すまぬ、コースケ殿! それは俺が指揮した決死隊。俺が……見捨てた……決死隊だったのだ!』
「ええ?」
『だから……すまぬ! それは、俺の……俺の、ミスなのだ!!!』
「……はぁ」
ショックに揺れる声に、鮫介は肩をすくめる。
状況は理解した。なら、まずは“良かった”でいいのでは――と、常識人の彼は思う。
この世界の人々は往々にして劇的で、少し芝居がかる。そこが嫌いではないが、今は時間が惜しい。
「謝罪は不要です、ナレッシュ殿。決死隊の皆は救助できました。ならば喜ぶのが先決です」
『……うむ。うむ、そうだな。ありがとう、コースケ殿――いや、勇者殿。そなたこそ勇者の名に相応しい、義心と礼智に溢れた者の姿よ!』
「い、いや……そう言われるようなことは、何も。それよりナレッシュ殿。大型イミニクスの件ですが」
『大型イミニクスの……? なんだ?』
ぴん、と空気が張る。
怜悧な声色に、鮫介は唾を飲み込む。
「ああ、ええと……大型イミニクスの居場所が判明しました」
『うむ……それこそ、俺が決死隊より得た貴重な情報』
ナレッシュは前方――自らの進行方向を、ビシッと指差した。
『俺と君の、ちょうど中心。その場所に、大型イミニクスが……いる』