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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
凍結機士編(後編)
112/116

ラ・パスフィ

33KBェ……鮫介と少女の会話が無駄に長くなってしまった。




 ナレッシュは一人、黙々と歩を進める。

 周囲からは、民衆の悲鳴。

 全てを救うことなど出来ない。

 分かっている。

 分かっているが、ナレッシュは下唇を噛みしめる。

 全てを救うことなど出来ない。

 出来ないが、それでもナレッシュは薙刀を振るい、氷弾を射出し、眼前のイミニクスに襲われている民衆を救い出す。

 全てを救うことなど出来ない。

 それなら、せめて。

 目に映るだけの人々でも、救わなければ。

 それが――『彼女』との約束だから。


「おお、ナレッシュ様!!!」

「グレイサード万歳!!! ナレッシュ様に無限の感謝を!!!」


 薙刀で吹き飛ばしたイミニクスたちの下方、領民のみんながグレイサードを操るナレッシュに感謝の念を捧げている。

 ナレッシュは片腕を上げてそれを受け取り、すぐさまイミニクス退治へと打って変わった。

 全てを救うことなど出来ない。

 だからこそ、こうして救った人々の、なんと愛おしいことか。

 守りたい、という意欲が心の底から溢れてくる。

 だからこそ。

 ナレッシュは避難指示をした後は、彼らを振り返らずに前進する。

 全てを救うことなど出来ない。

 そんなことは理解の範疇。

 だからこそ、彼の踏み出す一歩は多大な勇気をもたらす。

 自分は、今、人を救いに行っているのだと。

 そんな自信をくれる、踏み出し。


「我が……一歩を……邪魔、するなっ!!」

 

 そうして、足の踏み出しを妨害するイミニクスたちを何の躊躇もなく殺戮する。

 黒き獣は、ムー大陸を蹂躙する悪魔の化身。それがムー大陸におけるイミニクスの認識であり、ナレッシュも幼い頃から言い聞かされてきた。

 イミニクスは滅ぼすべし、悪。

 イミニクスこそ、人々を苦しめる邪なる者。

 ならば、討ち滅ぼすのに、何の遠慮があろうか!

 そう心の中に怒りの炎の灯し、ナレッシュはどんどんと進行する。

 邪魔なイミニクスたちを尽く打ち倒し、目指すは領主の娘であり、自分の妻・カイラの住む屋敷。

 ――勇者の名は、コースケ殿に譲ったが。

 ナレッシュにも、また、「トホ領の英雄」と呼ばれた自負がある。

 人々が彼を英雄と呼び慕う声に、ナレッシュは前進を行う。

 決して足は止めない。

 足を止めることは、彼らへの裏切り。

 例え念動力を使い果たし、幾戦もの連戦で疲れ果てていたとしても。

 民衆の、彼を呼ぶ声が聞こえる限りは!

 戦える!

 間違いなく!!

 戦う剣のない者のために、戦う者こそを。

 彼らは、ナレッシュを『英雄』と呼ぶのだから。


「どけっ!!!」


 ――そうして、彼は大量の黒獣の死骸を量産する。

 この死骸は、やがて植物となる。その除去に、一体どれほどの労力を必要とするのか。

 やはり、イミニクスは悪だ。

 そして、悪は――滅さなければならないっ!!!




 鮫介の、夢の世界。

 ふわりと立ち込める靄のような空気。足元は石畳のはずなのに、踏みしめても実感がない。

 頭がぼうっとしている。けれど、目の前の少女の姿だけは、やけに鮮明だった。

 胸の大きな美少女――まるでどこかのギャルゲーから飛び出してきたかのような存在に、鮫介は赤面しながら質問をする


「僕の置かれた状況……それは、お前が作っているのか?」

「何故、そう思うのじゃ?」

「だって、お前は未来の僕の……つ、妻なんだろ。そして、この世界は幻だ。果たして、僕は夢を見ているのか、それとも……?」

「ふむ」


 興味深そうに鮫介の発する言葉に耳を傾けていた少女は、やがてうん、と首を縦に振り、


「この世界は、確かに幻なのじゃ。お前は現在、レフィラインという麻薬の効果で昏倒、現在はクロノウスの中で生死の境を彷徨っておる」

「レフィライン? なんだ、それは」

「おお、ムー大陸のない世界出身の旦那様は知らんかや。このムー大陸に自生している、最低最悪の麻薬じゃよ」

「しかし、僕の記憶は……確か、シュロック氏が剣王アルスルのワイルドハントを起動させたところで……」

「中身が入れ替わっていたようでな。剣王アルスルは発動せず、代わりにレフィラインの種が暴発した。哀れ、お前はその時生じた霧を吸い込み、その場に昏倒。今は、ぐっすりと眠っておるな」

「マジかー……」

「大マジじゃ。なので、妾が出張ってきたのじゃ。この麻薬は、早く意識を取り戻さんと二度と目覚めぬと言われておる危険物でな。そこで妾が遠くからお前の意識にアクセスし、念動力を以てこの空間を維持しとるわけじゃ。どうじゃ? 妾に感謝する気になったかの?」

「……意識を取り戻すのなら、もっと早く僕の頬を叩くとか、どうにでもなったような気が……?」

「ごほん、ごほん!」


 唇を半月状に曲げ、どこか得意気に、期待に満ちた目でこちらを見つめていた少女だったが――

 鮫介の指摘を受けた瞬間、バチッと視線を逸らした。

 顔には赤みが差し、空咳はどこか狼狽の色を含んでいる。

 明らかに動揺しているのが伝わってきて、鮫介は思わず眉を上げた。


「そ、そうはいかなかったのじゃ。いきなり真実だけを突きつけても、そなたが目覚める可能性は低い。そのため、妾はお前さんの世界観を捻じ曲げつつ、徐々にお前さんの意識を現実に戻す方法を……考えていたのじゃ、うん」

「……本当か?」

「あ、当たり前じゃろう! 先程の話にも、ケチを付けられるような論理的破綻は……ない、はずじゃ! 問題があるというなら、指摘してみるといい!」

「むむ……」

「……(ドキドキ)」

「……僕の過去を見て、面倒臭い論理の話を学んだか? それとも、裁判ゲームをやっているのを見たのか……まぁいいや。そこを深く論じるつもりはない」

「ほっ……」

「しかし。そうなると、君は……そういえば、君の名前をまだ聞いていなかったな」

「む? 妾の名か。そうだな……」


 きょとんと目を瞬かせた少女は、静かに頷くと胸を張り、


「妾の名は、パスフィ。パスフィと呼ぶがいい」

「パスフィ」

「うむ。将来の旦那様に名を呼ばれるのは、なんというか、照れるな?」

「それはともかく」


 くねくねと身体を揺らし、照れを表現しているらしい少女――パスフィを無視し、鮫介が語る。

 ――彼の頬もまた紅潮しているが、それは意思の力で押さえつけ、


「パスフィ。僕は今、麻薬の影響で眠りについていると言ったな?」

「その通り。そしてレフィラインの効能を考えるに、早く目覚めないとちとマズい状態とも言える」

「そうか。なら……」


 鮫介は瞑目し、気合を入れてみる。

 ――駄目だ。自分の意識は、未だこの空間の内部にある。


「ふむ……パスフィ。君は今、どういう念動力で僕の意識と繋がっている?」

「ん? 現実の妾は……その……まぁ、疲労で眠っていてな。妾は同時に千里眼(クレアボヤンス)を発動。お前様の頭脳に直接入り込んでいるわけじゃ」

「む? 千里眼? ……君は、とんでもなく凄い念動力者のようだな」

「え?」

「君がいる地点は把握していないが、僕の居場所よりも遠くにいるのは確実だろう? それなのに、君は千里眼(クレアボヤンス)の能力で、僕の思考に割り込んでいる。すさまじい能力者であると、敬意を示す他無い」

「そ……そんなことはない。妾は……その。お前様の思考に勝手に入り込んだ罪人じゃ。むしろ、嫌われることを想定しておったわけじゃが……」

「嫌う? 何故? そんな凄い能力者に相見えたんだ。むしろ、そんな人に介入されたという事実を誇るべきだよ」

「お、おお……そ、そうか……」


 鮫介の敬意を示す静かな言葉に、身体をぐいんぐいん揺らして照れるパスフィ。

 そんなパスフィの姿の苦笑しつつ、鮫介は顎に手を添え、次になる一手を模索する。

 ――僕に何が出来る? 何が出来ない? そして、その解決法は――


「……パスフィ。君は、僕を助けることが出来るか?」

「何?」

「僕の今の状況――麻薬による悪影響を中和し、僕の意識を浮上させられるのかと、そう訊いている」

「そ……」


 それは、とパスフィが愕然を眼の前の男を見上げる。

 その男の次の行動が、予想出来てしまっていたから。

 その予測通り。その男は、じっと自分を見つめていたかと思うと。

 一つ吐息を吐き出し、頭を下げ――


「頼む」

「な……何故、そんな真似を……」

「何故? 僕の過去をどれだけ見たのか知らないけれど、多少なりとも見たのなら知っているはずだ――僕は、全てを一人で解決出来る存在に憧れを抱くけれど」


 静かな口調で。

 黙礼する男は、語る。


「出来ることならば、自分でどうにかするけれど。出来ないことは、人に頼る(・・・・)。無理なことは、人に任せる(・・・・・)。それが、僕の処世術。弱い僕の、生き方なんだ」


 そう言って……

 鮫介は、口を開く。

 彼の、生きてきた在り方を。


「……麻薬を受けた後のことは、知らないけれど。仮になんでもない日常が広がっているなら、それでいい。楽しい笑い話に出来るだろう。でも――シュロックさんの用意した種が入れ替わっていた、というのが気になる。ひょっとして、何か……そう、ヤバい事態を引き起こすため、何者かが仕組んだ事態なんじゃないか? 例えば――そう、イミニクス側の仕込んだ事態なのかもしれない」

「……イミニクス側がやったと、どうやって証明するのじゃ?」

「証明なんて必要ない。だって、僕はそういう予測(・・)をしているからだ、何事もなかったら、僕は笑いもので住む。何事は起こっていたらならば、僕は解決に動く。それだけの話だ」

「…………」

「頼むよ。僕個人の力じゃ、この麻薬の力を突破出来ないんだ。現状、この状況をどうにか出来るのは、君の念動力以外にない。パスフィ、君の力を借りたいんだ。僕に出来ることならなんでもしよう。例えば……」


 そう言って、鮫介は。

 鮫介は、迷いなく動いた。

 地に膝をつき、掌を広げ、そのまま額を地面へと深々と擦り付ける――

 土下座。日本において最も重い謝意と懇願を示す、誇りを投げ捨てた行為。

 それは彼にとって、「懇願」ではなく「信頼」の証でもあった。


「こんなことも」

「やめろっ!!! やめるのじゃ、コースケ!!! 妾は、そんな、そんなことは望んでおらん!!!」

「しかし、僕にはこういう方法しか取るべき態度は分からない」


 なおも鮫介は頭を下げ続ける。

 まるで。その態度がパスフィに対する「圧」になる、そんなことなど重々承知であるかのように。


「君にお願い奉る。どうか、僕の麻薬を取り除く方法を模索してほしい」

「ぐっ……ぐぐっ……!!!」

「君が望むなら、僕は他に何でもしよう。足を舐めるか? 爪でも剥ぐか? それとも、女性に対して失礼な発言となるけど、糞でも食べるか? 好きなことを望んでくれ。叶えられる範囲であれば、叶えてみせよう」

「…………ッ!!!」


 パスフィは、静かに淡々と呟く鮫介に戦慄する。

 彼は、本気だ。

 本気で鮫介は、必要ならば自分の足を舐めるし、爪も剥ぐし、糞でも食らう覚悟がある。そう、感じられる真剣さがあった。

 それ故に。

 彼女は自分が未だ信じられない事実を、口にする。


「……何故、だ?」

「何故、とは?」

「お前は……! 外の状況を知らないはずだ……ッ!!!」


 叫び声は、もはや悲鳴に近い。

 どうやら鮫介は、眼の前のお嬢様に敵対認定を受けたらしい。

 怯えたように後ずさりながら、パスフィは首を横に振って拒絶の意思を示す。


「妾がッ!!! 妾が答えられるのは、常識に則ったものだけじゃ! お前の行動は……異常なのじゃ!!!」

「異常、とは?」

「お前は、外の状況を知らないはず。ならば、外の世界が平穏無事な可能性だって否定出来んじゃろう! なのに、お前は猶予なく、速攻で帰ろうと模索しておる! その行為を異常以外の、なんという言葉で説明すべきなのじゃ!?」

「ふむ。異常、異常か……」


 慌てふためいた少女の悲鳴のような言葉を聞いても、鮫介は特に驚いたりはせず、その言葉を吟味するかのように顎に手を添え、悩みだす。

 その態度が、パスフィを更に深い疑問の海に溺れさせる。

 ――果たして。

 自分が呼び覚ましたのは、人間であったのか?

 それとも――人間の自分よりも深い場所に住む、化け物(ナニカ)だったのか?


「……僕は、僕の置かれている状況を知らない。だから、ひょっとしたら君の言う通り、平穏無事な世界が広がっているのかもしれない」

「…………」

「ただ、それは僕の予想が――『最悪の未来』が回避された場合だ。だったら僕は、僕への責め苦を甘んじて受けよう。それよりも、僕の予想通り……最悪な《ナニカ》が、近付いているのだとしたら。放っておけないと、僕は思うな」

「……例え、平穏無事な世界の可能性の扉が、目の端に浮かんでいたとしても?」

「そうとも。僕の予想では……世界は、僕達に麻薬を浴びせるほどに荒んでる。おそらく、僕達に麻薬を浴びせた人物は、麻薬を浴びせた瞬間、それをチャンスとばかりに、攻撃(・・)してくるだろう。それを防ぐことこそ肝要だと、僕は信じる」

「……」

「そういうわけだ。実際に攻撃してくるかどうかは関係ない。少しでも、その可能性があるならば……それを回避するために、全力を尽くす、普通、人間は、そうじゃないのかな?」

「……!!!」

「すまない。君を困らせたかったわけではないのだけど……でも、そういうことだ。僕は、それが例え低い事象であれ。『僕の仲間たちが危険な状況にあるかもしれない』、その可能性がある限り、どこの誰に頭を下げたとしても――助けたいと、そう願ってしまうんだ」


 そう言って。

 薄く、困ったように微笑む少年を――

 少女は、呆けたように眺めていた。

 この、少年は――

 物腰が柔らかく、まるで女性であるかのように包容力に溢れながら――

 その実、鋼のように硬い覚悟で、平行世界の人生を生き抜いている。

 例え、僅かな可能性だとしても。

 仲間の危険という意識が、少しでもあるのならば。

 彼は、きっと。どんなことをしてでも、その渦中に飛び込んでしまうのだろう。

 パスフィは小さく吐息を吐き出す。

 鮫介の行動に呆れたそれではない。

 彼女は、感激していたのだ。

 まさに、彼の過去を見ていた通り。

 嗚呼。

 私の、将来の旦那様(予定)は――

 なんと素晴らしい、聖人君子なのであろうか!!!


 パスフィの視界に映る鮫介の姿は、どこか神々しさすら感じさせた。

 まっすぐな目。けれど柔らかで、静かな自信を湛えている。

 彼のような存在が、なぜ自分に敬意を払い、頼ってくれるのか――

 その問いが心の中を何度も往復し、やがて溶けて涙になりそうだった。


「分かった」

「え?」

「呆けた顔をするでない。私がお前様の夢の中にいられる残り時間も、もう僅かだが……妾の所持する治癒(ヒーリング)能力全開で、どうにかお前様を助けてみよう」

「本当か!? 感謝する!!!」

「よい、よい。妾の旦那は天下一品だった、それを知れただけでも良き代物だったわ」

「う、うん? よく分からないけど……でも、ありがとう。僕に何が出来るかは分からないけれど、何か報酬が欲しいのならば申し出てみてくれ。僕が出来る限りで、工面してみよう」

「はは。妾は自由のない身じゃ、お前からの工面など……? いや、そうじゃな……?」


 少女が目に見えて悩みだす。

 鮫介はパスフィが何かしら口を開くまで、静かに待つことにした。やがて過ぎた時間は、少女の表情を自然な笑顔へと変化させる。


「――そうじゃな。ならば、いつか出会ったその時。その時に、妾とお前様で、その……デ、デート? をしようぞ」

「なに?」

「未来とはあやふやじゃ。こうしている時間にも、我等が知らず消え去っている『IF』の未来がある。妾は、その中でも一番高確率の未来しか見ておらん。その未来で、お前様と妾は出会うことになるはずじゃ。その時に……その。デートに誘ってくれると、嬉しいのじゃ」


 テレテレと。

 己の未来を語るパスフィに、顎に手を添えた鮫介が疑問の言葉を口にする。


「……意外だ」

「え?」

「君は……今よりも年下だと語っていたが、それでもデートという単語にそこまで照れるものか? 果たして、君の実年齢は……」

「!!! じょ、女性の年齢に疑問を抱くのは、反則じゃろう!? わ、妾が何歳だろうと、関係のないはずじゃ!?」

「……それもそうか。すまない、デート相手のことは詳しく知りたくなるのが人情でな」


 ポンポン、とごく自然に優しく頭を叩かれ、これ以上ないほどボンッ! と赤面したパスフィはガタガタと壊れた玩具のような動作で、首を幾度も縦に降る。


「そ、そ、そうじゃろそうじゃろ! まったく、女性の年齢に言及するなど、紳士失格じゃぞ!?」

「ごめん、ごめん……ところで、1から9までの間で好きな数字とかあるのか?」

「? 7、という言葉が好きじゃが」

「その数字を2倍して」

「14じゃな」

「40を足して」

「54じゃな……?」

「その数字に50をかけて」

「??? ……2700……じゃな、おそらく」

「ふむ。では、既に誕生日が迎えているか?」

「…………迎えていない……が?」

「では、22を足して2722か。では、君の生まれた年を引いてくれ」

「????? …………ええと……引いたが」

「なら、その数字を教えてくれ」

「………………715じゃが。なぁお前様、これはどういう……」

「うん、僕の過去でこれのことは知らなかったのかな? これは君の年齢を知るための解き方なんだけどね」

「なん……じゃと!?」

「僕の4つ下、ってことは……え、12歳!? マジで!!?」

「ちょ、ちょっと待っとくれ!!! えっ!!? 妾の年齢、白日の元に晒されてしまったのかや!?」


 パスフィが青白い顔で固まる。だが、フリーズしたのは鮫介だって一緒だ。

 12歳(今年で13歳)の少女が、こうして鮫介の脳内に侵食し、会話を繰り広げていたのだ。

 果たして、どれだけの才能なのか。鮫介はマジマジとパスフィの顔を見やるが、パスフィはモジモジと恥ずかしそうに身体をくねらせ、


「な、なんじゃ。そうマジマジと妾を見つめるでない、恥ずかしいではないか……」


 と、何かを勘違いしたのか頬を紅潮させ、照れたように口にする。

 鮫介もそのことについては「ごめん」と謝罪しつつ、


「……で。君は12歳で間違いないのか?」

「ううう……そうじゃよ! その通りじゃ! 妾は12歳でこんな大人の女性になれることを信じる馬鹿な女じゃよ!」

「いや? 君の能力は素晴らしい。ならばきっと、その姿も未来で叶うことだろう。僕が君の夫になる……ってのは、あまり……信じられないけど……」

「……お? な、なんじゃ、お前様は今妾が欲しがってる台詞をくれる人種なのか……? せ、聖人なのかや……!?」

「違うと思うけど……それに、僕には婚約者がいるんだ。知ってると思うけど、その少女……小春と結婚するつもりでいるんだ。だから悪いけど、君の夫には……」

「…………妾の見た未来では。お前様は妾以外に、4人の女性と結婚していたはずじゃ」

「……はっ!? 4人の女性と……結婚!!? ホワイ!!!!???」


 顎を外さんとする勢いで、愕然とする鮫介。

 いや、だって。

 僕、さっきまで婚約者と結婚するって言ったばかりなのに。それなのに、4人の女性と結婚しているとか!!?

 ワケが分からない。

 パスフィの見た未来を疑いそうになるが、パスフィの能力自体は先程自分が評価した通り、信用に値するものだ。しかし、だからといって……


「……ふふ。妾の見た未来は先程申した通り、一番可能性のある未来というだけじゃ。中にはお前様がこは……いや! 妾とだけ結婚している未来もあるじゃろう」

「……はぁ」


 そう言われてもなぁ。

 と、鮫介は幽霊でも見たかのような不景気な面で、パスフィをマジマジと見やる。

 パスフィは何が楽しいのか、ニヤニヤした顔を引っ込めようとはせず、


「まぁ、お嫁さんの数が増える未来もあるのじゃけれどね?」

「おい」

「いっそのこと、お前様の世界にあった漫画(コミック)のように、お嫁さんを100人集めてみるのはどうなのじゃ? きっと、賑やかになるでしょうや」

「あれは嫁さんじゃなくて彼女だ! 大体、そんなに嫁を揃えてどうしろと言うんだ!?」

「おや、お前様。この世界ではお前様の世界とは違い、重婚が基本じゃぞ? 優れた雄、雌には、相応しき伴侶が現れるものじゃ。それが何人かまでは。神とて把握出来ぬであろうがな」

「いや、僕はそういうのお断りなんだって! 僕の世界では重婚は犯罪なんだぞ!?」

「この世界では犯罪でもなんでもない。功績を上げた者に対する当然の報酬じゃ。お前様も、それを理解……お?」

「え?」


 ふわり、と。

 話している途中のパスフィの姿が空へと持ち上がり、おまけに少しずつ掻き消えている。

 鮫介が唖然とする中、パスフィが自分の姿を見て小さく吐息を吐き出し、


「あー……どうやら、ここまでのようじゃな。治癒(ヒーリング)能力はちゃんとするから、安心するが良い」

「おーい!? 激しく不安なんだが!?」

「ははは。先程も言ったばかりじゃが、安心するが良い。妾は己の仕事を全うする。きちんと、お前様の脳は万全となっておるさ」

「……本当か? どうにもし……いや、そうだな。君の実力を、信用するとしよう」

「はは。それでこそ、我が未来の夫よ。お前様の言う通り、妾は全力を尽くして、お前様の精神を治療しよう。だからお前様も、妾の願い事を忘れるでないぞ?」

「……デートの約束か。まぁ……君の言い分に添えるよう、努力はしてみるよ」

「頼むぞ? 我としても初めての逢引じゃ、相応の態度で臨みたい」

「逢引……まぁ、いいか。君とのデートの日を楽しみに待っておくよ」

「うむ。そうしてくれると、妾としても助かる」


 そうして。

 うにょんうにょんと、パスフィの姿がバグったパソコンの画像のように、掻き消えていく。

 最後に、何か尋ねることはないか。

 そう自問自答した鮫介は、掻き消える寸前のパスフィへと叫んだ。


「そうだ、君の名前!」

「ん?」

「フルネームを知らないと、いざという時に探し辛い。君のフルネームを、教えてくれないだろうか?」

「……ふむ」


 顎に手を添え、悩みだすパスフィ。

 果たして、何を悩むことがあるのか。

 鮫介が不安に思う中、長い間思考に没入していたパスフィはやがて、うん、と頷き、


「妾の名を知りたいと申すか。良かろう、お前様は勝手に脳内を侵食した妾を許した聖人。名を明かさねば、それこそ失礼であろう」

「……いや。聖人じゃないけど」


 鮫介のぼやきを無視し、少女は朗々と語る。


「心して聞くが良い。我が名はライディ・ラムー・ラ・パスフィ。王領に暮らす幼気な少女にして、忘れ去られしラ・ムーの子孫なり!」

「はっ!? ラ・ムーの……子孫!?」

「ふふっ。また会えるのじゃ、コースケ! これからも妾はお前様の心に潜むけれど。きっといつか、顔を直接合わせましょうぞ!!!」


 そう叫んで――

 パスフィは、白き光となって四散した。

 それは、鮫介の心が生み出す幻影なのだろうが……

 確かに鮫介は、その光を美しいと感じたのだった。


 一つ一つが先程のパスフィであった、白き残光を残す陽炎が周囲を照らし出す。

 まるで、白光の慈雨のように。

 降り注ぐ星のような煌めきは周囲の土地に染まり、その全てを融かしていく。

 ただし、それは恐ろしい光景ではなく、まるで生まれ変わり――何かの誕生を示しているような躍動であった。


 ――僕の脳内が、リフレッシュされていく。


 ――麻薬の効果が薄まって、僕の心の世界が不必要になったからか。


 恐らく、最後に鮫介に残してくれた、パスフィの治癒(ヒーリング)の効果なのだろう。

 あの少女は最後まで約束を守り、時間のない中、鮫介の脳内を侵す麻薬の除去に腐心してくれたようだ。


 ――ラ・パスフィと名乗ったか、パスフィ。


 王領に暮らすラ・ムーの子孫だと名乗っていた、あの子。

 王領は現在、王城を管理する皇帝直属の執事以外は暮らしていないと聞いている。

 清掃担当のメイドでさえ、住まいは王領から離れた各領で暮らし、早朝から王領に入って当日中には帰還していると、アルキウスが以前に教えてくれていた。

 ならば、王領で暮らすとは、いかなる意味なのか……?

 それに。彼女は、「ラ」と名乗っていた。

「ラ」とは皇帝ラ・ムーに連なる、古代ムー帝国代々の皇帝を表す職業名だ。

 故に今現在に生きる人々は皇帝名である「ラ」を用いることを許されておらず、名前に使うことも大変な不名誉とされており、海外から来た「ラ」という単語混じりの人名は改名を余儀なくされているという。

 鮫介の周囲では、例えばゼルグ「ラ」ックが「ラ」を用いているが、これは彼が古代より続いているイリカ家であることと関係しているのであろう。

 他にもゼランガナンなども、古来より続く名家のはずだ。

 そのラの名字を秘することなく名乗った、ということは――まさか、彼女は――


「――と、いかんいかん。また思考に没入していた」


 パスフィの正体探りは、またいずれ。

 今は、恐らく周囲に攻め込んできているであろうイミニクスを退治しなければならない。

 白い光の世界が、鮫介の周囲を覆い尽くそうとしている。

 さぁ。

 今こそ、復活のとき。



 鮫介は深い眠りから覚めたようなさわやかな気分で、目を開くのだった――

 




ライディ・ラムー・ラ・パスフィ。

ラムーは当然皇帝ラ・ムーから。ライディは当然、影響を受けた某ロボットアニメから(笑)

そしてそのロボットアニメの中でラ・ムーの娘の名前が失われた大陸名から来ていたので、パスフィもパシフィス大陸から名前をお借りしました。

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