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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
時空転移編
11/116

隊長




 ――ジンは一人、機体(ナーカル)の中で思索に耽る。


 ジンは元々、前線で指揮を取る部隊長であった。妻と子供にも恵まれ、順調とも言える人生を送っていた。

 人生の岐路に立ったのは2年前、ダロン領はクルベシカ平原における戦い。

 イニミクスたちに背後を奪われ、絶体絶命の危機。まだ死ねない。もうすぐ生まれる子供のためにも、生き残らねば。

 しかし敵の攻撃は激しく、弾薬も尽き、部下も一人、また一人と屍を晒していく。

 もはや、これまでか……ジンがそう覚悟した頃、隣のペイヤーム山地からガルヴァニアスが増援に来てくれなければ、果たしてどうなっていたか。

 聞けばアルキウスがこの平原での敗北を察知し、妻を独断で送り出したらしい。

 ジンは感謝し、ボロボロになった愛機に別れを告げ、後方勤務に配属替えを提出。見事受理され、愛する家族の下に戻る。

 息子の誕生に立ち会えたのは、きっと自分が命を救われたからだ。


 それから二年。後方の食料管理官としてのんびり余生を送っていたジンのところに、緊急の召喚状が届く。

 送り主はアルキウス。直ぐ様内容を確認すると、内容は『勇者召喚の儀に挑むので、新設する近衛部隊の隊長をしてほしい』。

 アルキウスはすぐさま承諾し、妻と息子にしばしの別れを告げ、フェグラー領に旅立った。

 かつて失っていたはずの命。勇者をお守りすることで、きっと神に返上することが出来よう。


 新しい愛機の名前はギルドリア。今年で二歳となる息子の名前でもある。

 息子の名を冠したこの機体に乗っている以上、無様な敗北は許されない。完璧な勝利のみ許される。

 そして。ジンが勝利、名を上げると共に、この機体の『格』も上がっていく。ギルドリアの名が、強き者の象徴として燦然と輝くのだ。

 息子も大層喜んでくれている。妻は『将来恥ずかしくなるからやめときなさい』と言っていたが、喜んでいるのだから気にする必要はないだろう。


 そういえば、勇者殿に息子の話をランニングのついでに話していたら、三十分程で嘔吐してしまい、そのまま話が打ち切りになってしまっていた。

 それはいけない。コースケ殿も続きが気になってしょうがないだろう。

 ジンは腕時計を眺めながら、腹筋に力を込めて大声を発した。


「準備は出来たか!?」


 ギルドリア起動。視界に入る整備班たちに礼をし、倉庫から出る。

 奥に、クロノウスが突っ立っている。その後ろにガルヴァニアスがあるが、そちらは気にしなくていい。

 そして――クロノウスを守るかのように、陣形が組み上がっている。機体(ナーカル)がずらりと並び立ち、血に飢え肉に飽いた餓狼のごとく、こちらに対して油断も隙もなく構えている。


(集められた兵士諸君の大半はアルキウス様に恩があるという話だが……そこまで恩を配れるのは人徳だな……)


 オトナシ近衛部隊の団員はほとんどが顔を合わせたばかり。まだお互いの趣味や思想など、把握してはいないだろう。

 ならば、ここで拳と拳を突き合わせ、理解するのみ!


「フィオーネ様! よろしいですか!?」

「ええ、陣形の様子もあなたの姿も、ばっちり見えます」

「よろしい! ではコースケ殿、『苦難の業』、始めさせていただきます!」


 返事はない。ただ、『わかった』と声に出したように感じられた。


「挑むのは、このクレーチェ・テルブ・テト・ジンと、愛機ギルドリア! この戦力で――」


 剣を鞘から引き抜き、真正面に構える。


()()()()()()()()()()()()()! ()()()()()()()()()()()()()()()!」


 そして、全員に聞こえるように、はっきりと口にした。





「は――?」


 何を言ってるんだ、ジン隊長は?

 鮫介がコクピット席に座って目を白黒させていると、突然脳内に声が響く。


『聞こえますか、コースケさん?』


 フィオーネの声だ。テレパスとかいう念動力を使用したのだろう。

 しかし、どうやって返事をしたものやら。

 とりあえず、肉声でそのまま返事してみる。


「聞こえてます」

『良かった。これが苦難の業と呼ばれる訓練方です』


 そのまま、テレパスが続く。どうやら、向こうも何がしかの方法で返事を聞き取っているらしい。


「苦難を受けるのは、僕じゃなくてジン隊長だったと」

「そういうことです。もとを正せば、平民の兵士が貴族のお嬢様に愛を捧げる儀式だったとか」

「はぁ……」


 男にやられてもなぁ……

 なんかこのままだとあのゴツい隊長に告白されそうで、気が引ける。


『いつジン殿が来てもいいように、ベルトを締め、マニューバ・クリスタルを握りしめていてください』

「はい」

『あ、ベルトの締め方はわかりますか? 座椅子から直接引っ張ってきて……』

「だ、大丈夫です、もう付けてるんで……」






「行くぞぉ!」


 足に力を込め、全力で走り出す。

 機体(ナーカル)は主の意に答え、鋼鉄の足を瞬時に対応させてみせる。

 土煙を上げ、一直線に突っ込んでくるギルドリアの前を塞ぐように、立ちはだかる敵が――四機!


「シュリィか!」

「ジン隊長! ここで止めさせてもらうっス!」


 専用の機体(ナーカル)に登場したシュリィが、兵士三機の後ろで、舌なめずりをしていた。

 ナタツ・ダロン・テト・シュリィ。

 生まれ故郷であるダロン領にて兵士となり、突撃隊長を務めていた少女である。

 イニミクスに突撃するのは相当な勇気がいる。何をしてくるのかわからないからだ。

 しかし彼女は常に前線で戦い続け、数多くの勲章を受け取っている。

 今回、アルキウス殿の命令で部下となったわけだが、本当に納得してのものだったのか?

 今、それを確かめる!


「切り裂く!」


 剣の柄に手をかけ、一気に抜き放つ。

 真横一文字の攻撃。右手の斧を振り下ろそうと掲げていた三機は、横並びの形態のまま――




「ブロック!」


 前に出ていた三機の機体(ナーカル)は、左腕にサイコ・バリアを展開した。

 エネルギーを持つ不可視の障壁が、隊長の剣を弾き返す。


「むっ!?」

「甘いっスね! 前線の仕事は攻撃じゃなくて防御っスよ!」


 盾役(タンク)は敵を殲滅するのが仕事か? いいや、違う。

 答えは、前線を押し上げること。敵の前衛がこちらの後衛を狙わないよう、身体を張って食い止めるのが仕事だ。

 

「貰ったっス!」


 ――そう、教本では教えられる。

 ここに一人の少女がいる。ナタツ家のシュリィという少女は、とにかく前線でイニミクスを殴るのが好きだった。

 何度教官に怒られようと、どれだけ自分や部隊の身を危機に晒そうと、とにかく敵の血や肉片を見ないと気が済まない性質。

 戦争狂と恐れられた彼女はそれでも撃墜されることなく生きて帰り、多くの勲章等を得た。

 ある日、テルブ領へ転属となった彼女は、そこで衝撃の出会いを果たす。

 それは父親が急死し、十一歳にして『爆焔』を受け継いだ、フランメルだった。

 彼女の護衛として戦場に赴き、護衛の仕事なんぞさっぱり投げ捨てて一人、奥深くへ突撃したシュリィ。

 シュリィが近衛隊長にしこたま怒られ、ようやく陣地に帰ってきたとき、フランメルは返り血でべっとりの機体(ナーカル)を見上げていた。

 こちらに気付くとくすくす微笑み、こう呟いたんのだ。

「凄い。まるで餌が足りなくて暴れだした小熊みたいですね」

 フランメルは怯える様子も怖がる様子も一切なく、シュリィの機体(ナーカル)のことをそう呼んだのだ。

 そうしてシュリィはフランメルと仲良くなり、機体(ナーカル)の名前も飢えた小熊(ビーアメデュア)(※ムー大陸語)に変更した。

 ――ああ。今でも思い出せる、懐かしい思い出だ。

 その後、フランメルはイニミクスの攻撃を受け、街の人々を逃がすために孤軍奮闘。シュリィが援軍に来たころにはコクピット席はボロボロ、瀕死の重症を負っていた。

 唯一の理解者を失い、途方に暮れていたころ、アルキウスから近衛部隊の副隊長にならないかという手紙が届いたのだ。

 アルキウスは最もイニミクスを多く狩れる戦場に転属させてくれた恩人である。

 戦場に残るか、近衛兵になるか――散々迷った末、シュリィは近衛部隊入りを決めた。

 最前線で誰とも知れず果てるより、生き残ってフランメルの復帰を待つ方が有意義だと、そう思ったからだ。

 シュリィの大型ハンマーがジンのギルドリアを一直線に捉え、そして――


「甘い」

「へ!?」


 剣を盾で阻まれたギルドリアは強力な風を放出して、回転力を上げていた。

 念動力で一回転したギルドリアは素早く剣を構え直し、ハンマーの一撃を受け止める。


「ぐっ!」

乱気流(タービュランス)!? そんな念動力まで!」

「使わないと思ったか? イニミクスが念動力を使わないから、こっちも、と?」


 ジンは剣を跳ね上げた。ハンマーも上に飛び上がり、シュリィはたたらを踏む。

 その隙に前衛三機が斧を振るうも、ギルドリアは背後へ後退していたため、斧は虚空を凪いだ。


「甘いな。イニミクスもいつか念動力を使うかも知れないぞ」


 そのまま、左腕で拳銃を取り出し、発砲。

 ビーアメデュアは両腕に直接くっつけた小型の盾で防いだものの、戦闘三機はペイント弾の雨あられを喰らい、撃墜判定となる。




「あ"ーっ!?」

「気をつけることだ……なっと!」


 そのままビーアメデュアに斬りつける。

 大型のハンマーを装備したビーアメデュアでは小回りが利かず、徐々に後方へと押し込まれていく。


「そらそら、どうした!」

「うぉぉ! 隊長、本気っス……グラちゃん!」

「お任せ! ロープ、引き上げ!」

「む!?」


 突如、地面からロープが引き上がって、前進するギルドリアの足を引っ掛ける。


(耐えることも出来なくはないが……ここは策にハマっておくか)

  

 そう考え、見事にすっ転ぶギルドリア。

 三回転した後、何事もなかったかのように立ち上がる。


「グラウリンデか!」

「そのとおり! やっぱ時間が足りないから、こんなチンケな罠しか作れないわね!」


 転んだ先でジンが見据えるのは、ありとあらゆるトラップを手にしてポーズを取る三機と、その背後に控える少女。

 トロノア・マガシャタ・テト・グラウリンデ。

 彼女に関しては、父親が亡命してきたドイツ人の貴族という話しか知らない。

 母親の血が強かったおかげで兵士となり、ここまで来たか……


「まさかこれが、お前の実力の全てというわけではあるまい?」

「わかってるじゃない! 総員、配置について!」

「おっと、私をお忘れなくっス!」


 体勢を整えたシュリィが、ハンマーを構える。

 グラウリンデ隊もサブマシンガンをすぐに引き抜けるようにしており、見かけほど油断は出来ないようだ。


「行くわよ!」

「来い!」


 ギルドリアが一歩を踏み出す……その瞬間。


「えい」

「っうぉ!?」


 グラウリンデの機体(ナーカル)が何か手に持ったボタンを押した……と思った次の瞬間、地面が爆発した。

 どうやら地雷をしかけていたらしい。


「小細工を!」

「その小細工に、あんたは負けるっスよ!」


 同時にシュリィのピーアメデュアが飛び込み、ハンマーを振るう。

 咄嗟に同じくハンマーを引き抜いて受け止めたギルドリアだったが、そこにグラウリンデ隊がサブマシンガンでペイント弾を乱射する。

 素早く回避するギルドリアに対し、ピーアメデュアは足元に飛び散ったペイント弾に大慌てで飛び退く。


「のほぉ! こっちを狙わないでほしいっス!」

「まだまだ、連携が甘いな」


 ギルドリアが拳銃でペイント弾を放つも、それは腕の盾で防御される。


「まだまだ!」

「チッ」


 舌打ちを一つし、ギルドリアがその場を離れようとする……が、


「ポチっとな」


 地面がどんどん爆発し、退去する場所がどんどん失われていく。


「グラウリンデ!」

「勇者様には悪いけど、こっちも負けてられないのよ!」




 ――三十数年前、一台の軍船がガムルドの港に辿り着いた。

 それはドイツ帝国所属の船であり、中には数多くの民衆、そして一人の若き貴族がいた。

 名をヨアヒム・フォン・オストヴァルト。

 彼が語ることには、なんとドイツは今の時代も生き残っており、未だにイニミクスと交戦中だという。

 しかし彼が望んだのは、戦力を借り受けることではなく、亡命。

 ドイツ帝国の命はもはや風前の灯。ここにいる民衆は皆戦を嫌い、海へ逃げ出した者たちだという。

 ムー帝国は彼らの亡命を受け入れ、ヨアヒムはトロノア家の娘と知り合い、婿入りを果たした。

 そしてグラウリンデが生まれ、やがて成人したとき、小さな抗争が勃発した。

 才能を認められ、兵士として認定されたグラウリンデに対し、ヨアヒムが反対を唱えたのだ。

 兵士になる必要などない、と。

 グラウリンデは怒りを覚えた。兵士になれるのに、ならないものは『弱虫』として友達に馬鹿にされる。

 そうでなくても、グラウリンデは虐げられた人々のために、兵士になろうと思っていたのだ。

 しかし、ヨアヒムはそうは思わなかった。ドイツで災禍と戦乱に巻き込まれた思い出から、娘がそれに触れようとするのを恐れたのだ。

 皮肉なことに、ヨアヒムは町長をしていた。この街では駄目だ。私は非戦の空気に取り込まれてしまう。

 そう考えたグラウリンデは家出を開始。かつて街を訪れていたアルキウスの勧めでフェグラー領に移り、そこで兵士となった。

 兵士となった彼女は工兵として、イニミクスの黒い獣たちを罠に落とす仕事につく。

 本当は、前線でイニミクスと戦いたかった。だが、悲しいことに彼女にはその手の才能がまったく見受けられなかったのだ。

 しかし何度もイニミクスを罠にハメているうちに、グラウリンデにも策を練る楽しさがわかってきた。

 相手の動きを予測し、見合った罠を仕掛ける。まるで高難度なパズルを解いているかのようだ。

 もっと相手を罠にかけたい。

 もっと相手を策に陥れたい。

 戦地見舞いに来たアルキウスが呆れて、この機体を『眠れる獅子のようだ』と呟いたことがある。

 だからグラウリンデは機体(ナーカル)の名を獅子(レーヴェ)と名付けた。ドイツ語は嫌いだが響きが格好良い。

 そうやって敵を罠にかけながら数カ月後。アルキウスより手紙が届く。

 グラウリンデは近衛部隊に参加することに決めた。

 勇者が何者なのかは知れないが、鍛え上げてやらねば――!


「トドメっ!」


 サブマシンガンを引き抜き、連射する。

 ペイント弾の嵐が吹き荒れるが、ギルドリアは見事な操縦テクニックで前後左右に動き回り、その動きを捉えることが出来ない。


「あんたらも狙いなさい!」


 グラウリンデの部下三機は慌ててサブマシンガンを引き抜き、ギルドリアに銃口を向けるが――


「遅い」


 既にサブマシンガンが構えたギルドリアが、フルオートで乱射。グラウリンデ隊は撃墜判定となり、その場に崩れ落ちた。


「あっ!?」

「指揮官としての経験は無いか。部下が上手く扱えてないな」

「うらーっ!」


 飛び込んでくるピーアメデュアをハンマーで捌きながら、ジンは後方を警戒する。

 すぐに、銃撃が飛んできた。回避。


「ヒナナちゃん!」




「ごめん、六機やられちゃった!」

「大丈夫、お任せください」


 両腕にサブマシンガンを構えたヒナナの機体(ナーカル)が、餓狼のごとくにじり寄ってきている。

 ヒナナ隊の三機も両腕にサブマシンガンを構え、銃撃戦を行う姿勢だ。


「ヒナナか……」


 サヤン・トホ・テト・ヒナナ。

 前線で砲撃支援ならぬ『銃撃』支援を担当していたと耳にしたことがある。

 その名の通り銃撃による支援を担当していたのなら、その腕に気を付けなければならない。


「さあ、どう戦う!?」

「こうするんですよ!」


 四機によるサブマシンガン一斉連射。

 ギルドリアは逃げる。逃げた先を覆うように銃撃は展開。行き先を悟られぬよう、ジグザグに進行。合間にピーアメデュアとレーヴェに対して牽制。


「もう! 隊長、これじゃ反撃もままならないっス!」

「ヒナナたちの攻撃を避けつつ、私達にも反撃……やるわね」

「大丈夫、もう少しで追い詰められます!」


 ヒナナが静かに微笑む。

 ギルドリアの逃走ルートには、グラウリンデが先程自爆させたエリアが存在する。

 そちらは足場が悪く、先程までの速度は出せなくなるだろう。


「…………」


 ジンは黙ったまま、走り続けている。

 その目は、まだ何事も諦めてはいない――




 ヒナナは母親の顔を知らない。自分を産んだと同時に亡くなったからだ。

 その代わり、父親の顔は今でも思い出せる。必要以上に丸々太った。心優しい人だった。 

 父親は軍人で、イニミクスの生態系について研究していた。イニミクスを捕縛し、遠く離れた地で検査。

 何を食べ、どうやって運動し、寿命はいくつか、弱点は……そのようなことを探す仕事をしていた。

 父親は忙しく、ヒナナは叔母の小料理屋に預けられていた。ヒナナはそこで料理を学び、父の遅い帰りをずっと待っていた。

 ある日、九歳になったヒナナは自分で作った弁当を届けに父の研究所に向かった。父は大喜びし、一緒に食べることを誓った。

 だが、悲劇がそこで生じる。

 捕まえていたイニミクスが、彼らを閉じ込めていた防弾ガラスをぶち破り、逃走を図ったのである。

 防弾ガラスはイニミクスの日頃の体当たりで弱まっており、明日、修復業者が来る予定だったのだ。

 脱走したイニミクスは、日頃お世話をしていた職員たちを惨殺。すぐさま、ヒナナたちのほうに足を向けた。

 ヒナナの父はヒナナを担ぎ、全速力で走り出した。太っているとは思えないようなスピードだった。

 そしてヒナナを防火シャッターの内部に隠し、自分は緊急時用の手斧を手に持ってイニミクスと戦い始めた。

 イニミクスは生身の人間が勝てる相手ではない。だが――

 防衛部隊が緊急出撃して泣きじゃくっていたヒナナと共に見た光景は、イニミクスの首を落とし、自身も亡骸となって眠る男の光景だった。

 それは。娘を守ろうと必死の抵抗をした『(おとこ)』の姿だった。

 ヒナナは父親の最後の光景を胸に抱いたまま、叔母の小料理屋で成人するまで暮らす。

 そして兵士としての適正を受け、イニミクスとの戦いに赴くことになる。

 最初は砲撃支援を行っていた。けれども、砲撃は弾込めから発射までとにかく時間がかかるのだ。

 いけない。私はもっとお父さんの仇を打たなければならないのに。

 そう考えたヒナナは、銃撃による支援を思いついた。配置換えとなり、銃撃支援をするようになったヒナナは、とにかくイニミクスを葬った。

 機体(ナーカル)の名前はカリワタシ。日本マニアであった父の影響で、ヒナナも日本通となっていた。

 最初は喜んだ。イニミクスを葬るたびに、胸の内が明るくなったからだ。

 だが、段々とこれで良いのか、と思うようになった。夢に見る父親が、笑わなくなったからだ。

 父は、イニミクスをどういう風に扱っていたんだっけ……

 迷いが生じていた時、アルキウスから手紙が届く。アルキウスは父が亡くなった際に防衛隊を指揮し、その後の手続きもしてくれた恩人だった。

 ヒナナは近衛部隊入りを決める。もう一度、自分のやるべきことを見極めるために――



「五……四……」

「もう、逃げ場はありませんよ!」


 銃撃がギルドリアを追い詰める。

 先程、グラウリンデが爆発させた地雷エリアに、足を踏み――入れた!


「三……二……」

「終わりです、隊長!」


 体制を崩したところに、集中砲火を浴びせる。

 ギルドリアがスピードを――落とさない。むしろ、スピードを上げて地面を駆けていく。


「うそぉ!?」

「なんで!? 雷の念動力は使用してないでしょ!?」

「……あ、まさか!?」


 気付いたヒナナが、ギルドリアの足元を注視する。

 地雷で穴の飽いた地面には……水が溜まっている。気付かぬうちに、ジンが水の念動力を使用していたらしい。

 そして、その水を今度は冷やしたのだ。氷の念動力を用いて。


「そんな……!」

「一……今だ!」




「くっ……!?」


 突如、ジンが反転し、猛スピードで突っ込んでくる。

 ヒナナたちはフルオート射撃で猛追するが、ギルドリアはサイコ・バリアを発して、ペイント弾を回避する。

 ヒナナは焦る。サイコ・バリアは脆い。ペイント弾だろうと、何発も喰らえばすぐに割れる。だが……


「弾切れ……!」

「弾薬が切れるほど相手に逃げられた経験はあるまい!」


 ギルドリアが迫る。弾薬の補給……間に合わない。

 ヒナナ隊の面々は近接戦闘をしかけるジンに一切の対処が出来ず、ハンマーで頭部を殴られ、撃墜された。

 続いてヒナナを狙おうとするも、サブマシンガンを回避するためその場でジャックナイフ運動をし、難を逃れる。


「ヒナナ! 無事!?」

「グラウリンデさん……」

「あっという間に部下を失ったっス! 隊長、やるっス!」

「やれやれ……面倒なのを残してしまったな」


 ギルドリアは爪先立ちで常に動けるようにしながら、前方を警戒する。

 そこには部下を失った副隊長三人娘が、復讐の炎に身を焦がしながら待ち構えていた。






『ギルドリアが走って……あ、反転しました。ギルドリアがヒナナ隊三機を撃破……ヒナナが逃げて……副隊長三人が集まってギルドリアを待ち構えてます」

「…………」


 フィオーネさんが実況してくれるのは助かるけど、光景がまったく思い浮かばない……

 ハッチ開けて生身で見ちゃ駄目なのかな……駄目なんだろうなぁ……





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