幸福な日常(ゆめ)
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「コースケ様!?」
ゴードンは、自分の見た光景が信じられなかった。
バイザードは。確かに、聖剣を発動したはずなのだ。
なのに、放出されたのは謎の花粉らしきナニカ。その花粉を浴びたバイザードとグレイサード、そしてクロノウスまでも、一斉に気絶して……
「コースケ様、しっかり!」
地面に半分埋まったコクピットにすがりつくゴードン。オトナシ近衛部隊の面々もまた、危険を感じて鮫介の周囲に馳せ参じる。
「起きて、コースケ様! 意識を取り戻してください!」
「コースケ様! こ、これは……ヤバいのでは!?」
「まずは危険なのかどうか、確かめなくてはなりません。ゴードン殿、コクピットの……これでは前からの開放は不可能ですね、後方からの解除方法は?」
一つ大きく呼吸をし、努めて冷静な判断を下そうとするコアの様子に、慌てふためいてコクピット周辺にすがりついていたゴードンも呼吸を落ち着け、
「……私は、こういう時のためにコースケ様の救出方法を熟知しております」
「おお! ならば早く!」
「しかし、それは人の手を借りるよりも、整備兵の皆さんの協力があったほうが確実です。本日は、整備兵の皆さんは……?」
「ちっ! クロノウスを渡した後は、俺たちの機体の整備で付いてきてないよ!」
デイルハッドが大きく舌打ちをする。
その舌打ちにゴードンが苦笑しながら周囲を見渡すと、皆が皆、倒れ伏した機体に群がっていた。
グレイサードのもとには、義妹のエルザフィア。コクピットの部分を叩き、大丈夫なのかと半泣きで確認をとっている。
逆にはバイザードには従業員たちが皆集まり、中でもイルカ女史は気を静めてコクピットに耳を当て、中の様子を伺っている。強い女性だ、とゴードンは樹甲店の奥さんへの評価を改めた。
「ここは武具屋。探せば機体の一つや二つ、見つかりましょう。それをお借りして、整備兵を呼ぶことが最良……だと、思うのですが」
「機体だな!? 任せろ、オトナシ近衛部隊として、徴収くらい余裕……」
「待って」
ゴードンの言葉に腰を浮かせかけたデイルハッドを、引き止めたのはフレミア。
そのフレミアが首で指し示したのは、他の機体たちの様子であった。
グレイサードはエルザフィアが接近し、我を忘れてナレッシュの名前を叫んでいる。
バイザードは妻であるイルカ、そして従業員たちも近づき、旦那であり樹甲店の主人であるシュロックの様子を確認している。グレイサードは機体各所に人員が散らばり、先ほどの原因を調べている徹底ぶりだ。
「今は場が混乱している。無理に動くものじゃない」
「お、おお……そうか、そうだよな。すまない、フレミア」
「ん」
「しかし、そうなると……こちらも原因究明に助力するべきか? 果たして、バイザードから飛び出した聖剣の正体は……」
「あ、ああぁ!!?」
にわかに考え込みだした一同に反応したわけではないだろうが、バイザードのワイルドハントを調べていた従業員らしき若い男が突如、素っ頓狂な声を上げた。
「どうしたのです!?」
「イルカさん、これ……変です! 俺等は確かに、この大筒に聖剣の種をシュロックさんが仕込むのを見ました! けれど……」
「けれど?」
「種が変わっています! これは、俺等が詰めた聖剣の種子じゃありやせん!」
「なんですって!?」
イルカが慌てて従業員たちが調べていたワイルドハントの大筒を確認しに行き、そして顔を青ざめさせる。
その様子を見て、ゴードンたちも理解した。
おそらく、シュロックが放とうとした聖剣の種子は、何者かの手によって入れ替えられていた。
そのため、今回のような騒ぎが行ったのだろう。
「……デイルハッド、フレミア。ただちに樹甲店から機体を借り、整備兵の元へ。一刻も早く、彼らを連れてきてください」
「委細承知!」
「了解です」
デイルハッドとフレミアはゴードンの指示を受け、素早く行動に移る。樹甲店の従業員に理由を話し、機体操作の権限を受け、そのまま倉庫に。まるで風の妖怪であるかのように素早く機体に乗り込むと、樹甲店を出ていったのだった。
もしも鮫介に意識があったのならば、「天狗か!?」と驚いたかもしれない。
それくらい、デイルハッドとフレミアの行動は二人の訓練中の様子を見ていた鮫介でさえ知らぬほど、迅速であった。
「ゴードンさん。僕は……?」
「コアはここにいてください。まだ、何が起こるか分かりませんから」
青白い表情のコアを抑え、ゴードンは冷静に下す。
鮫介が判断不能な状況に陥ったとき。ゴードンは、あらゆる採決を決める権限を領主であるアルキウスから与えられている。
勿論、それが億が一にもあり会えない、一応決めておこう、といったレベルの権限であった。
しかし。
それが起きてしまった。ならば、領主様が決めた権限の通り、動くのみなのである。
それが、ムー大陸に暮らす現在の人類の思考。生き延びるために、ありとあらゆる可能性を模索し、すぐさま実行に移す判断の速さこそ、彼らの哀しき思考回路であった。
「いやー……これは……驚きですね。決闘の結果は、これ、どうなるのでしょうか……?」
「…………」
「何か、樹甲店側も知らない何かが進行していたようです。あなたは軽々に記事を書かないでくださいね、シャープさん」
「ま、まさか! 虹の七機士が二人もピンチなのですよ、勿論! 迂闊な記事は掲載出来ないですとも!」
ゴードンに年を押されたシャープがぎくりと早口で回答する。
早口なあたり、案外3人の機士が倒れた経緯について興味津々であるのは明白だ。
ゴードンは溜息を付くが、あまり深くは関わらない。深く関わったところで、業界人のアレコレを告げられるのは委細承知だからだ。
「……とにかく。鮫介様の絶体絶命のピンチかと考えます。二人の帰還を待ちましょう」
「そうですね……鮫介様、早く救出されると宜しいのですが……」
ゴードンとコアは、一縷、デイルハッドとフレミアの帰還を待つ。
鮫介は、もはや一介の異邦人というわけではない。彼らの支えるべき勇者、かれらの護るべき主人なのだ。
何故ならば。彼には、大型イミニクスを2回も撃破したという実績がある。
鮫介は、もはや単なる召喚された青年ではなく。彼らの主人としてイミニクスを倒す、勇者として認められた存在なのだ。
(ええ、まさしく。だから、早く目覚めてください……コースケ様!)
ゴードンの祈りも虚しく。
鮫介たち三人は、外で行われている大騒ぎに気付いた様子もなく、偽りの夢を眺めていた。
まるでそれは、戦いのない朗らかな日常を夢見ていたかのように。
「ん……なんだ……?」
シュロックが気付いたとき、そこは己が打ち立てた樹甲店の内部であった。
だが、何かが違う。
倉庫は覚えているよりも狭く、汚らしかった。だが、理由は分からないが、爽快感があった。
そして――
「シュロック」
「あ……ナレッシュ?」
ナレッシュが、そこにいた。
樹甲店のエプロンを羽織り、不思議そうな表情をしながら。
「もう、シュロックってば。居眠りしちゃったのかしら? 昨日も、バイザードの整備で忙しかったものね」
「イルカ……」
シュロックの背後からイルカが近づき、肩をぽんと優しく叩く。
そうして見上げてみれば、そこにはいつものように整備ハンガーに格納されているバイザードの姿。
そして、その隣ではグレイサードが、同じく整備ハンガーに鎮座してある。
……本当に? そこは、グレイサードが係留されていたハンガーだったか? あそこにあったのは……確か……
「テンチョー! 何ボケっと突っ立ってるんですか、こちらを見てくださいよ! ここの整備は、どうやるんでしたっけ?」
「こっちの1番プラグは、どこに繋げば宜しいのですか?」
「ここのワイルドハントは、テンチョーが見ないと始まらないですよ! 指示をください、テンチョー!」
「……え……あ、あぁ」
しかしバイザードに取り付いていた店員たちの掛け声に、はっとして意識を取り戻す。
そうだ。自分は樹甲店の店長。店員たちを導かなければいけない立場なのだ。
「今行く! ナレッシュ、イルカ。いつも通り、店員たちの様子を見てくれ。なに、お前らなら、いつも通り、ちゃんとやれるさ」
「分かった」
「了解、店長!」
そうして、いつもの1日が始まる。
シュロックは幸せだった。
自分が密かに興味を持っていた、機体の開発作業。
そして何より、ナレッシュが側にいる生活。
一の子分であり、昔から自分の言うことはよく聞き、正しい判断を繰り広げてくれるナレッシュと。
自身の判断を時に肯定し、時に疑ってくれる、イルカのコンビ。
この二人と共にあることが、ナレッシュにとって幸福であった。
ああ。
本当にそうなら、どれだけ幸せだったことか。
……?
自分は、何を考えているんだ?
本当に、決まっているだろうに。
「よし、行くぞ! ナレッシュ、イルカ!」
「ああ。俺は、お前の指示に従うだけだ」
「ちゃんと、私達を導いてくださいね、ナレッシュ!」
「任せとけ! 俺が必ず、お前らを幸せにしてやる!」
……そうして、シュロックは妄想に囚われる。
失った、己の大切な幼馴染。
ナレッシュ。
彼がいる生活を、ずっと夢見ながら……
ナレッシュは、自分の自室で意識を取り戻した。
果たして、何があったのか。
見渡せば、周囲に群がる玩具の数々。
足の踏み場もないぐらいに大量にあるそれらは、本来のナレッシュならば、許されない品の数々。
……本来の、自分?
それって……なんだろう?
「ナレッシュ!」
「ん……」
声のする方向を見れば、そこにいたのは己の妻、カイラ。
ただし、その年齢は出会った頃のもの。
幼いカイラは地面に落ちている玩具たちに目もくれず、己に対して語りかける。
「今日はシュロックやカイラと遊ぶ約束でしょう!? ちゃんと起きないと駄目じゃないの!」
「あぁ……うん」
そうだっけ?
なんだか、脳にノイズが走っているような気がする……
しかしその疑問は、カイラに布団をはぎられたことで中断される。
ハイドライン山脈から降りてくる冷気のせいなのか、首都イシュマラの朝はいつも寒い。
だが身震いして縮こまるナレッシュの腕を、そっと掴む腕の温かさが一つ。
「……カイラ?」
「何かしら? ふふ、寒いのね。でも、大丈夫よ。着替えて顔でも洗ったら、すぐに暖かくなるわ」
「……………???」
優しげなカイラの様子に、ナレッシュは眉間に皺を寄せる。
おかしい。
確かカイラは、こんな自分に優しくするような性格では……
「ほら、起き上がって。あなたの親友、シュロックさんもイルカさんも、みんながあなたを待っているわ」
「……シュロックとイルカも……来ている、のか?」
「そうよ。だから、起き上がって。朝食を食べたら、みんなで遊びましょう」
カイラはそう言って、微笑む。
その微笑みで、ナレッシュは現在の自分の状況への疑問を雲散霧消させた。
ナレッシュは迷わない。
カイラが言っていることならば……それはきっと、真実なのだ。
ならば、自分はそれに従うまで。
きっとナレッシュとイルカと、それからカイラも混ぜた4人で、素晴らしい日々が待っている。
「分かった……起きる、よ」
そう思うと、ナレッシュの心はうきうきとした気持ちで一杯になった。
さぁ。
今日もいつも通り、遊ぼう。
シュロックにイルカ、そしてカイラも加えて、4人でずっと、永遠に遊んでいよう。
きっと、シュロックが面白い玩具を作ってくれているはず。
きっと、イルカが、それに対して山程のツッコミを入れているはず。
きっと、カイラが……カイラが……カイラは側で微笑んでくれているだけでいい。
ナレッシュは子供だった。
民を守らなければいけないという責任感、自領の虹の七機士に選ばれたのだというプライド、ありとあらゆるものを放りだし、ナレッシュは子供に戻る。
子供の自分。
失ってしまった自分を、ずっと夢見て……
鮫介は、延々と戦っていた。
迫りくる、イミニクスの脅威。
そんな相手の牙から、民たちを、自分を愛する人々を、守る日々。
やがて、【鮫介はムー大陸の人々を守り抜き、外世界へ進出する。
東南アジアを足掛かりに、インド方面を踏破。中東を開放し、東欧諸国を守り抜き、ついには西欧諸国にまで到着した。
アメリカ方面を解放している仲間たちとも連絡が取れ、後はロシアに眠るイミニクスの親玉の首を狙うのみ】。
いつかの戦いからは、数年の時が経過していた。
あの時の約束通り、小春と結婚した鮫介はやがて子供も生まれ、幸せな日々を過ごす【が! 小春は子供を連れ回して西欧諸国を探検するのがお決まりのルーティーンであった。
これには鮫介も胸を痛めたが】、小春のすることだとやがて気にすることもなくなった。
いつしか、鮫介は【西洋諸国のお姫様に恋心を抱かれていた。西欧諸国はイミニクスの侵攻によりとうの昔に滅びていたが、
生き残りが結集してある一つの国家を作っており、その国王の娘が鮫介をいたく気に入ったのだった】。
鮫介はその娘を非常に面倒くさがった【が! その少女の持つ気品と愛らしさ、胸の大きさと笑顔に惚れて】、しばらくは自分の側に侍るのを許すことになった。
……それから数ヶ月。
鮫介は姫を連れて、城の中を久しぶりに穏やかな気持ちで過ごしていた。
何せ、彼の普段の日常と言えば、イミニクスを殺した、排除したなどという物騒なものばかり。
だからこそ。姫が側にいる空間が、何にも代えがたく、素晴らしいものだと感じていたのだ。
「……小春様は、今日もお子様を連れて飛び回っているようですね」
「仕方ないよ。飛んでいった弾丸は帰ってこない、それが小春という生き物なのさ」
二人は紅茶を飲みながら、語らっていた。
この姫の好意は擽ったく、自分には貴すぎると感じていたが、こうしてゆっくりと茶を飲んで過ごす時間を、鮫介は好んでいた。
鮫介は、甘えていたのかもしれない。
戦いのない日々を。ゆっくりと過ごす、その僅かな時を。
「……君は知っているのかい。僕が、どんな旅路をしてきたのかを」
「さぁ。存じ上げませんが、あなたが酷く傷付いていることは察せられますね」
少女の言葉に、鮫介はふっ、と小さく笑いを漏らす。
傷付いてる。
果たして、彼女は知っているのだろうか。
鮫介が、戦争の無い世界から召喚されたこと。イミニクスを殺し、ムー大陸の人々を救うために召喚されたことを【――――】。
「貴方のことは詳しくは知りませんが、話してくれるならば知りたいと思います。あなたは果たして、どんな旅路を広げて、どんな苦しみを味わってきたのでしょうか?」
「……ずばり、聞くね?」
「そんなこと。私が【――鮫介様のことを愛しているから、あなたのことを知りたいと思う】だけですわ」
「…………」
愛している。
そんな言葉を信じることが出来たのは、いつからだっただろうか。
それまで、「愛する」なんて言葉は響太郎が全て取り上げていて、鮫介のもとには真実の愛なんて一つもなかった。
忘れていたそれを思い出させたのは、全て小春が原因だ。
小春【ッ!】。
先代勇者の娘。
惚れっぽいと思われた彼女は実は母の遺言をしっかりと守っており、惚れる相手を厳選していたのだ。
そんな彼女が、自分に惚れた。
嬉しかった。
響太郎が取り上げたそれを、自分に素直に与えてくれて。
彼女との日々は、忘れていた自分の中の気持ち――あえて言葉にするのならば、「ときめき」の充満した日々だった【が! そんなことはどうでも良かった!
今は目の前にいるこの姫のことを考えるべきなのだ!
鮫介は静かに、眼の前で微笑んでいる少女に見惚れる。
彼女は――】イミニクスとの戦いの中で生まれた少女だ。
だからこそ、彼女のことは大切に扱わなければならなかった。
戦火の中で生まれた人間こそ、大事に育てる。
それが、鮫介の時代の常識だったのだから。
「……聞きたいのならば」
「え?」
「訊かせてあげるよ。僕が戦場で、何を思っていたのか。何を考えていたのか……を、ね」
そうして、鮫介は語りだす。
あの大型イミニクス、カオカーン潰しから始まる、鮫介の長い長い戦いの日々を。
二角獣との死闘から……何があったっけ……とにかく、戦いの連続の日々だった。
大型イミニクスとも幾度となく交戦した。
戦い続けてきた。
そして――現在がある。
「それは……大変な日々でしたね」
「もう、大変なんて騒ぎじゃなかったよ。でも、今は心地良いな。ようやく、穏やかな気持ちで日々を送っているよ」
そう言って、鮫介は笑う。
ようやく訪れた、平穏な日々。
そんな小さな大切な日々を、ずっと夢見て……
【(……この後が大切なのじゃ! 早くコースケ様を目覚めさせて、そしてさりげなく妾の存在を……!)】
「あ……副テンチョー!」
「どうしたの!?」
「これ……ワイルドハントに装填されていた種子、完全に別物のやつが……!」
ワイルドハントの砲塔を調べていた店員から、驚きの声が漏れ出る。
鮫介、ナレッシュ、そしてシュロック。3人が同時に倒れた謎の霧の事情を知るために辞書を片手に調査していた店員が、震える声で説明をする。
「こ、これは……ムー大陸由来のレフィラインの花を磨り潰したもの! 人間が吸うと幸福な夢を幻夢に見る、極度の……麻薬です!!!」
「なんですって!」
イルカが驚愕の表情を見せる。
スビビラビやゴードンたちもまた、瞠目して厚い装甲の中の鮫介に視線を集中させた。
麻薬。
即ち鮫介は、大量の麻薬を磨り潰した霧を吸い込み、幻夢に誘い込まれたらしい。
麻薬というものは当然、ムー大陸においてもご禁制なものだ。
そしてレフィラインとは、絶対に使用してはならぬと各領にて使用禁止条例が齎されている代物。
使用者は過去に限らず己が知る限りの絶対的な幸福な幻夢に囚われ、一番の幸せな夢を見つつ、幻想の中で狂い悶えながら死ぬと言われている。
そんな幻夢の世界から逃れる術はただ一つ。
初期の段階で、幸福な夢を打ち捨て、目覚めなければならないという。
目覚めないものは、本人にとって幸福な死亡、縁者にとっては不幸な死亡が待っている。
そういう、苦しみもがく者を嘲笑うような、不幸しか産まない麻薬であった。
200年ほど前、ムー大陸の領主会議で全滅が決定され、山という山に炎をけしかけ、消滅させたはずだが……今日でも誰かが密売しているのか、裏市場で出回っており、領主を嘆かせている。
「レフィライン……誰がそんな、酷い植物を!」
「そ、そこまでは分かりませんが……とにかく、早くテンチョーたちを救出せねば!」
「そ、そうですね……レフィラインの花が効果を発揮したとなれば、初期の段階で目覚めなければなりません。そのためには、夢に介入しなくては……」
頭を横に振りながら、イルカは力強い言葉で宣言する。
「急いでシュロック、そしてナレッシュ、コースケ様の救助を! 我々は、全力を賭して、3人の救助を優先します!」
「はい!」
一度全力で救出と宣言すれば、後の行動は素早い。
店員たちは倉庫からレーザーカッターを持ち出して、バイロックのコクピットブロックを切り裂いていく。
現在2020年、ムー大陸もただ時代の波に飲まれていたわけではない。
こういう、必要な資材は成長し、未来へ向けての科学進歩を遂げていたのだ。
「ぐぐぐ……テンチョー! 今助けます!」
「コクピットブロックを割いたら、次はナレッシュとコースケ様のコクピットもお願いしますよ!」
「我々は救出の方法は他にあるので、お気になさらず。まずはナレッシュ殿を優先されるといい」
「ええ。コースケ様も、きっと自分の救出より、他の人の救出を優先されるでしょう!」
ゴードンとコアがそう断じる。それだけの理由が、鮫介にはある。
鮫介は……きっと。自分よりも、他人を優先してしまう性格なのだから。
イルカもそれを感じ入ったのか、二人に深く頭を下げ、次はナレッシュの救出を優先するよう部下たちに頼んだ。
「しかし、勇者様……大丈夫なのでしょうか。レフィラインの効果は抜群だと各記事で報告されております。いかに勇者様といえど……」
「いえ……鮫介様なら、きっと大丈夫。そう、彼の執事としては申し上げることしか出来ません」
整備兵たちのもとへ向かったデイルハッドとフレミアは、まだ到着しないのか。
事態が最悪な方向へ向かうことを予期してしまい、歯痒い。
代われるのならば、鮫介の状態を代わってあげたかった。
ゴードンたちは何も出来ない自分を悔いる。己の主人の安全を守る、それこそが執事の務めであるというのに――
と。
「ん……? あれは、なんだ……?」
悪夢は、まだ続く。
樹甲店の従業員が指し示す先、グラウンドの一点がこんもりと盛り上がっていた。
眉間に皺を寄せて眺めていると、それがすっかり姿を現す。
――イミニクス。
最悪の、黒い獣の姿を。