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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
凍結機士編(後編)
102/116

激闘! 氷結機士 VS 大樹機士

39KB……っ!




 狭い室内に、複数人の存在が佇んでいた。

 一人は鮫介。室内に置いてある椅子を頂き、腰掛けて相手の出方を伺っている。

 一人はナレッシュ。部屋を訪れた鮫介に無言で頷いた後は、静かに椅子に座り込み、机に肘をかけて押し黙っていた。

 一人はエルザフィア。彼女は周囲に椅子を勧められ、不承不承といった様子で椅子に座り、腰を曲げて自分の意識を消している。

 鮫介の周囲には、近衛兵たちの姿。スビビラビ、デイルハッド、フレミア、そしてコアが周囲を警戒しており、特に現在、その意識は一方向に向けられている。

 鮫介の背後にはシャープ、そしてその妻のレヴェッカ。鮫介の取材をしたがっていた二人は、こんな状況でもカメラやメモ帳を片手に、バリバリ仕事をしている。

 ゴードンも同じく鮫介の背後から、主をサポートしようとメモ帳片手に控えていた。僕が余計な行動をしないよう監視も兼ねているのだろうな、と鮫介は憂鬱なため息を一つ漏らす。

 そして、鮫介と机を挟んで真ん前。

 そこに、アリンケ・トホ・デルダ・シュロックは座っていた。

 汚らしいボロシャツはその下にある意外と筋肉質な肌を主張し、その美麗とも言えるかもしれないモヒカンヘアーは主張が果てしない。

 おまけに、室内だというのにサングラスまで装備している。果たして、あれに意味はあるのだろうか。

 一瞬、鮫介はギラティム鏡態を思い出したが、このシュロックという男は特に格好の良いポーズを取るわけでもなく、あくまでも自然体で両腕を組み、優雅にコーヒーを啜っていた。


「あー……シュロック……さん?」

「おう。なんだ、坊主」


 シュロック、という鮫介の問いかけに、シュロックは当然のこととして答える。

 自らの名がシュロックであることに疑問を持っていない顔だ。ならば当然、この人物こそイルカさんの旦那さんであるこの樹甲店の店長、アリンケ・シュロックなのだろう。


「……シュロックさん、でいいんですよね……初めまして、僕は音無鮫介と申します。樹甲店には多彩な武装を頂き、感謝しております」

「おぉ、そうだったな。虹の……騎士相手に作った巨大武装が大量に余っていて、どうしたもんかと思っていたんだが……お前さんが召喚されたと聞いて、いい機会だとばかりに贈らせてもらったよ」

「大量に……? 何故……?」

「そりゃあ、お前」

「シュロック」


 何かを上機嫌そうに語ろうとするシュロックさんの端で、ナレッシュが静かな口調で友人を引き止める。


「それは、今は言わなくていい」

「……おぉ、そうだったな。まぁ、そんなわけで、色々と面白い武装があったと思うんだが……どれか、愛用の品とか出来たりしたか?」

「そうですね。あの大鎌は、愛用させてもらっています。勝手に『黒彼岸花』と名付けてしまいましたが……」

「大鎌! あのロマン武装か! いいねいいね、お前さんはロマンのなんたるかを分かっているな! 名前は気にするな、どれも正確な名称なんてない。お前さんの好きに呼べばいい」

「助かります」

「それで、他の武装の感想とかあるのか? なんでもぶちまけちまえ、ここにはその武器の制作者がいるんだからよ!」

「……そうですね、ではお時間を取らせますが、お尋ねします。まず、あのヨーヨーなのですが……」


 ……こうして、預かった珍妙な武装の品評会が唐突に始まった。

 妙に世界中の武器の歴史に詳しいシュロックは、同じく歴史に詳しい(と言っても本を読んだだけだけど)鮫介と馬が合い、その知識を披露しあった。

 鮫介の周囲の近衛兵たちも鮫介に請われるまま、自分がやられた武装の好評だった点・弱点だった点を話し、その生々しいリアルな感想談はシュロックの開発欲に火を点ける結果となった。

 結果、今すぐ武器を作ろうと席を立とうとするシュロックを押し止めるのには苦労したものの、鮫介とシュロックは大分打ち解けていた。


「……シュロック。コースケ殿に、何か話があったのでは……?」

「おお、そうだそうだ。いやー、すまんなナレッシュ。ついつい話が弾んでしまった」


 ナレッシュに唆され、シュロックが楽しげな微笑を浮かべて鮫介と向き合う。

 鮫介は緊張の面持ちで、シュロックと相対した。

 アリンケ・シュロック。

 言うなれば、彼は別に、自分とナレッシュとの関係において、まったく関係のない人物である。

 故に、口出しされる謂れなどはまったくなかった。

 それなのに鮫介が緊張しているのは、勿論その場の空気というものもあるが、伺い聞くナレッシュとの関係性だ。

 曰く、彼らは親友である。

 曰く、彼らは昔からのシュロックを上位とした師弟関係にある。

 曰く、ナレッシュはシュロックに絶対服従。

 ――この絶対服従の部分は怪しいと睨んでいるが、兎にも角にも、ナレッシュという男の話をする場合、避けては通れない人物らしかった。

 ……この、ロックでファンキーなおっさんがねぇ。

 と、鮫介としては先程の会話で距離感がぐぐっと縮まったモヒカンのおじさんにあまり敵意は抱けず、こうして、話の『圧』に怯えるだけなのだが。


「で。そこの勇者様は、ナレッシュと何か……訓練の予定があるんだったか?」

「はい。その通りです」

「しかしなぁ」


 と、シュロックさんは困った風に眉根を寄せて、


「このナレッシュは、先に俺と約束があったんだ。一緒に訓練しようってよ」

「……訓練? シュロックさんと、ですか?」

「応よ。俺が開発している新型ナーカルとの模擬戦をやってくれる予定だったんだ、なぁ?」

「……その通りだが……予定はずらせば……」

「おっと、予定をずらすということは、つまり俺との約束は二の次ということになるよなぁ? ああ困った、俺はお前と約束していたのに、お前は裏切るわけだ?」

「…………」


 ナレッシュはシュロックの煽りに、眉間の皺を濃くして押し黙る。

 仕方なく、鮫介はナレッシュの肩を持つ。別に、自分の用事は急ぎではないし。


「あの……僕は別に、シュロックさんとナレッシュの用事が済んでから、訓練の約束を果たしてもらう形でも……」

「おお、聞いたかナレッシュ。 お優しい勇者様は、譲歩してくださるらしいぜ? お前はどうするんだよ、ナレッシュ?」

「……コースケ殿が譲歩してくださるならば、是非もない。お前との勝負をさっさと終わらせて、俺はコースケ殿との訓練に移行させてもらう」

「おいおい! 俺の『バイザード』は雑魚だってか!? 言ったものだなナレッシュ、その地震、叩き潰させてもらうぞ……!」


 ゴゴゴゴ、と睨みつけるシュロックの目線に怯えつつ、鮫介は今までの会話の中でのシュロックさんとナレッシュの関係性を推察する。


 1.どうやらナレッシュとシュロックさんは戦闘の約束をしていたらしい?

 2.その約束を、僕が横入りした形となる。

 3.シュロックさんの機体(ナーカル)、バイザードはどうやらシュロックさんの自信作のようだ?

 4.そしてバイザードと氷結騎士グレイサードは一騎打ち出来る(と、少なくともシュロックさんは感じている)らしい

 5.その決闘……実に見学したいっ!


「……お二人は、ずいぶんと仲が良いのですね?」

「うん? まぁ、幼少期からの付き合いだからな。いわゆる幼馴染ってやつだ」

「……こいつと幼馴染なのは……今の俺からしたら……多少、迷惑……ではある」

「はっはっは、そう言うなよ、マイソウルブラザー! 領主が何言おうが構うものか、俺とお前は一蓮托生、だろ?」

「……一蓮托生、と呼ぶには、俺とお前の差異は……いや、なんでもない」

「んんー? なんだ、嫁さんに何か言われたのか~? 黙ってちゃ何も分からんぜソウルブラザー、不満があるならそう言ってくれないとな!」

「不満は……不満は、別に無い。無い、が……うぅん……」


 ナレッシュはそう言ったきり、押し黙る。

 それは、痒い所に手が届いていないような、書き初めで棒線を一本引き間違えたことに気付いたときとか、そういう時に生じる沈黙であった。

 一方、ナレッシュをソウルブラザーと呼称したシュロックは期限良さそうに、がっはっはと笑っている。

 うぅん、と鮫介は再び思考に没頭する。

 果たして、ソウルブラザーの意味とは。

 違う、そうじゃない。ナレッシュが押し黙った意味はなんなのか。果たして、ナレッシュとシュロックの差異とはなんであろうか?


「僕との訓練も控えている。ここは遠慮せずに、シュロックさんとの用を果たしてくれよ、ナレッシュさん」

「……コースケ殿が、そう言うなら……」

「ほほぅ。サンキュー、ブラザー。これで後顧の憂い無く、戦えそうだ」


 いつの間にか自分までシュロックさんのブラザーと化していたようだが、とりあえず、ナレッシュとシュロックさんの戦いが優先されるようだ。

 良かった。

 これで「コースケ殿との戦いを優先する」なんて言われた日には、どんな因縁が生まれるのか分かったものじゃない。


「……では。勝負を、始めようか」

「そう急くなよ、ナレッシュ。お茶くらい、飲んでから始めようぜ」


 シュロックさんの言う通り、イルカさんの注ぐお茶は大変美味しかった。

 茉莉花茶(ジャスミンティー)と言うのであろうか? 特に香りが良い。ジャスミンの香りが濃厚なこのお茶は、甘さが纏わりつくような新緑の香りが鼻を抜け、ふっと一心地つく。

 元の世界ではあまり飲む機会のなかったお茶の香りを楽しんでいると、お茶の熱湯をあちあちと飲んでいた猫舌のエルザフィアさんを和やかに眺めていたゴードンが、ふと漏らす。


「スー様も、ここにいれば良かったですね」

「ああ……スーか。そうだな」


 ――私、武具屋には興味ないの。五月蝿そうだしね。


 ――それより、ここでお茶を頂いているわ。なるべく早く帰ってきてね?


 そう言って、領主の屋敷に居残ったスー。今頃、領主のドゥルーヴさんと仲良くお茶をしている……といいなぁ……

 ……まぁ、ドゥルーヴさんの心配はともかく。

 スーには分かっていたのだろうか。現在時刻は15時を過ぎたころ。シュロックさんの用事が済んだ後は、もう自分の訓練をする時間は、無いだろうということに。


「うむ。美味い……な」

「美味いだろう? これらの茶葉は、うちのイルカが育てているものだ」

「へぇ。イルカさんが」

「勇者様には手前味噌で恐縮ですが。他にも色々と茶葉はありますので、リクエストがあればどうぞ」

「いえいえ、リクエストなんて。この茉莉花茶で十分美味しいですよ」

「おっ、勇者様が俺の妻をナンパしてやがる。やっぱ異世界人ってのは手が早いのか?」

「まぁ。ぽっ」

「やめてくださいよ、ナンパなんてしていません」

「ははは、照れるな照れるなブラザー。あんたが俺等ムー大陸人と精神構造が似通ってて安心したぜ」


 ははは、と愉快そうに笑うシュロック。地獄でライブでもやりそうな風貌の彼だったが、その評定は真逆に大人びていて、非常に朗色に満ちていた。

 その妻のイルカさんもまた、快活に微笑んでいた。そこにはいつもシュロックさんにいつも笑わされていることを仄めかす、ぬくもりと愛情が広がっていた。

 そして、二人を見守るナレッシュにもまた、口元に笑みが浮かんでいた。大切な幼馴染が幸せそうに暮らしていることを心から願っているような、そんな幸福感に溢れていた。

 鮫介は、この三人の好感度が急激に上昇していくのを感じていた。

 家族仲が良いことは、最高だ。

 なんせ、うちの家族は……

 いや、うちの家族のことはどうでもいい。とにかく、アリンケ家は仲の良い夫婦のようだ。そしてそれを見守るナレッシュもまた、その夫婦仲を羨んでいる。

 そのことは、鮫介にとって、非常に重要なことのように思えた。

 夫婦の仲が良いことは重要なのである。他の事象を、二の次にするぐらいには。


「ふぅ、ご馳走さん。じゃ……やろうかい」

「……手早く、片付けよう」


 そして。

 二人の対決が、始まるのだった。






 樹甲店近くの、広い空き地へ移動する。

 そこに鎮座していたのは、氷結機士グレイサード。このトホ領を代表する、ナレッシュの愛機だ。

 そして、そのグレイサードと対決するらしいシュロックさんの機体は……この場に、存在しない?


「ナレッシュ? シュロックさんの機体が……」

『……シュロックの機体は、ちゃんと来る。落ち着いて、待っているといい』

「はぁ……」


 何処から来るのか。きょろきょろと周囲を見渡していた鮫介は、突然の振動に、思わず身を低くしていた。

 地震を警戒したからだ。

 しかし、その振動には地震特有のランダム性とでも言おうか、そういう不規則な振動はなかった。むしろ、一定の規則を持ち、徐々に競り上がってくるような……?


『……シュロックは』

「ナレッシュ殿?」

『コースケ殿。シュロックは、その。……知らない人に、自分の機体(ナーカル)を見せびらかして驚かせるというのが……趣味の男、なのです』

「はぁ?」


 鮫介が疑問の声を上げたのと同時。

 突如、その場の地面が左右に開き、その下から、何かが競り上がってきた。


『森の声を聞け~♪ それは嘆きの空を映す鏡~♪ あぁ聞けよ、我が木々の声を~♪』


 …………

 歌声を響かせ、登場したるは一体の機体(ナーカル)。ただ、その機体は他の機体(ナーカル)に比べて、ずいぶんと違っていた。

 まず、単純にデカい。

 この世界の機体(ナーカル)はおよし15メートル前後のものが大半であるが、その機体はおよそ全長25メートル。虹の七騎士に迫る勢いであった。

 そして、下半身が存在しない。

 その機体は上半身だけで構成されており、腰から下は存在しなかった。形状を説明するばら、大地から腰から上が生えている、と説明するのが適切だろうか。

 最後に、その機体は巨大な背負いものをしていた。

 この世界の機体(ナーカル)は、人間の動きをリンクしているが、それ故に背負いものなどの機能……例えばロボットものなどでよくある背中から生えたレールガン、のようなものは使用出来ない。

 曰く、彼らの姿はあくまで人間なので、レールガンを発射しようとするならば、そのトリガーを押す『手』の機能が操縦者に必要、とのことだ。

 まぁ、理屈は理解出来る。本来、通常の人間は第3の腕など想像で操ることも出来ないからだ。

 フレミアの使う念動力『第三の腕(ザ・サイドアーム)雷鳴剣(サンダーボルトソード)』は例外中の例外だ。あれこそは3つ目の腕を操作することイメージ出来る、フレミア固有のオリジナル技なのだ。

 ところが、この機体(ナーカル)は背負いものを装備している。補給部隊が付けているような武装などの箱ではなく、『何か』を射出するための機構まで備え付けているようだ。

 果たして、どのような効果があるのだろうか……?


『遠大なる森の使者~♪ 太陽の輝くところ、我らが植物の騎士ぞあり~♪ その名は、その名は~♪ 大樹騎士~♪ バイザードォォォッ♪』


 そしてメロディが(恐らく)サビに入ると共に、ガッと開いたハンガーからその機体(ナーカル)は登場した。

 言うなれば、虹の七騎士のコピー……と呼ぶべきだろうか。

 あらゆる部分がクロノウス含む虹の七騎士にそっくりで、でもあらゆるところが「似せる」ことの無理を押し通すためにか色々とパイプやピストン装置などで覆いかぶさっている。

 そんな、機械仕掛けの神の騎士。

 その名を、大樹機士バイザード……というらしい。二つ名までも、虹の七騎士に似せてきているか。


『待たせたな、グレイサード! この八番目の虹の七騎士、バイザードがお前をやっつけてやるぞ!』

『……虹の七騎士は七機しかいない。いつも通りそのような偽物、叩き潰してくれる』


 バイザード、そしてナレッシュの乗るグレイサードが対峙する。

 双方、機体に傷も無し。バイザードの全長はグレイサードと比べてやや低く、その胴体から下は一切無い状態だが、だからといって決定的な差とは言えないだろう……多分。

 グレイサードはいつも通り薙刀を持っており、対するバイザードは無手だ。

 果たして、どんな性能を見せてくれるのか……

 と、鮫介が内心わくわくと期待を膨らませる中、前方に進み出たイルカ女史が右手を大きく掲げる。

 どうやらそれが、開戦の合図だったらしく、


『行くぞっ、グレイサード!』

『……来い、バイザード』


 二人の猛き声と共に、戦闘が開始された。

 先手を奪ったのはバイザード。彼は背中に背負ったX字型の射出口の一つ、そのうちの左肩のそれをグレイサードに向けて、叫んだ。


『行くぜ、『ワイルドハント』! 出番だぜ、『狩人ハーン』!!!』


 そう、シュロックが叫ぶや否や……

 左肩の射出口から、鋭い弾丸が射出された。それは素早い動きで、グレイサードのコクピットを狙って発射される。

 ワイルドハント。

 それは、ヨーロッパに広く伝承される、死神や妖精の一段が狩猟具を携え歩く、日本で言う百鬼夜行を表す単語だ。

 幽霊の軍勢が練り歩く、言ってしまえばただそれだけの行動なのだが、伝説上の人々が垣間見えると言うことで、歴史上の人物・伝説好きから畏敬の念を持って迎えられている。

 そして狩人ハーンとは、鹿の角を生やした幽霊で、乗馬していると伝えられている。

 彼に対する来歴は不明だが、イギリスのシェイクスピアが記したことで有名となり、今では伝説となっている――だったか。

 どうやら、バイザードの背負っている射出機構は『ワイルドハント』という名前であり、あの射出された弾丸は「狩人ハーン」と呼ばれているものらしい。

 ――うん! 格好良いな!

 ワクワクする偉人好きの鮫介の目には、弓を射る狩人ハーンの幻影がワイルドハントの後ろに見えていた。果たして、その矢の速度と同じく放たれた弾丸は――


『それは、もう見た』

「あ〝ーっ!!!」


 ……ナレッシュによって、容易く切り払われてしまう。

 グレイサードが右手に握った薙刀を一振りしたのだ。あの超スピードを一目で見切ったナレッシュの動体視力と反射神経も大したものだが、偉人の名を与えられた武装が即座に無効化したことに、鮫介はショックであった。

 こうなったら、他のワイルドハントの武装を使うしかないだろう。一体どんな武装があるんだろうなぁ、ワクワク!


『ちぃ、ならばこれだ! 世界を炎獄と化せ、『女王ボウディッカ』!」

「おぉ!」


 続いてバイザードが放ったのは、右脇にある射出口からの一撃であった。

 ボウディッカ、またはブーディカ。かつて夫が収めていた王国を奪ったローマ帝国相手に反乱を起こし、当時の都市を炎上させたと噂される女王の名だ。

 彼女の燃やした後は今でも酸化物が付着しているほど盛大なものであり、彼女のローマ帝国への復讐心が凄まじかったことを物語っている。

 現代でも、彼女の悪霊を見る人が多いという。そんな復讐女王の名を関する武装とは、


『くっ……』


 当然、炎上武装だ。

 放たれた弾丸は地上に落下し、たちまち周囲を炎上させる。

 燃え盛る業火。全てを舐め尽くす灼熱の吐息を、


『くだらん』

「あ〝ーっ!!!」


 ナレッシュは、左腕を力強く扇ぎ、無常に全てを凍らせてしまう。

 炎を凍らせる、というのは異常に見えるかもしれないが、このムー大陸においてはさして珍しいことではない。炎は凍る、そんなイメージを崩さないまま自分の想像力を働かせれば、それは『可能』なことなのだから。

 この世界は、自分がイメージしたものが全て。

 だからこそ、鮫介も自分のイメージを崩さないように、斥力について調べたりはしない。自分のイメージが正しいものだったのならいいが、そうでなかった場合、斥力について正しい認識をしてしまい、あの『重力操作』の念動力を使えなくなる危険性があったからだ。


『ちぃ……ならば、接近戦だ!』

『いいだろう。かかってくるがいい』


 ついにバイザードは背中の背負いものからの遠距離砲撃戦を止め、近接攻撃に出るようだ。

 バイザードは腰から上部だけで虹の七騎士と同等の全長を有している。即ち、それだけ胴が長ければ、腕だって同じく長大だ。

 その腕の全長は、全長と同等に虹の七騎士分。頭高が無いだけ、ちょっと低いくらいだ。

 そんな長々とした片腕を振りかぶり、バイザードはグレイサードにラッシュを仕掛ける。

 だが――


『くっ、くそっ……当たらねえっ!』

『それで終わりか?』


 グレイサードはバイザードの平手を、いとも容易く回避してしまう。

 というのも、バイザードは一撃一撃は強烈なのだが、その速度は遅い――というとバイザードに失礼なのだが、虹の七騎士の高速戦に耐えきれるものではなかったのだ。パイプやピストン装置などで動きを補強しているバイザードでは、どうしても純粋な速度でグレイサードに劣ってしまう。

 当然、グレイサードはバイザードへの情けを見せることは一切なく、その攻撃を尽く回避してみせていた。

 しかも、全てが間一髪の距離。相手の命中範囲を見切り、全てをギリギリの範囲で避けているのだ。

 これには、さしものシュロック氏もプライドをズタボロに――


『なんてなっ!』

『むっ!?』


 ――ならなかった。

 シュロック氏のデザインしたバイザードは、虹の七騎士とは違い、現在における科学技術の粋が詰まっている。つまり、一万二千年前に開発された虹の七騎士を「ロートル」と呼べるだけの才能が、バイザードには集結しているのだ。

 例えば。

 両腕が伸びる(・・・・・・)、そんなギミックがバイザードに仕込まれていたとするならば。


「嘘だろっ!?」


 鮫介が驚きに目を見張るのも無理はない。

 伸びた距離は、およそ3メートル前後。だが、腕が射出する、そんな機能は対戦相手を驚かせるのに十分だろう。

 事実、ナレッシュは吃驚して立ち止まっていた。その数瞬の動作の静止を、シュロックは見逃さない。


『捕まえたっ……そして! 行けっ、『ワイルドハント』ッ! 船長ドレーク、敵を封じろ!』

『ぐぬっ……!?』


 伸ばした両腕でグレイサードの肩を抑え込み、シュロックはワイルドハントの第3射、右脇を射出口をグレイサードへと向ける。

 そして発射された弾丸は、今度は蔓のように伸び、長くしなり、相手を束縛してしまう。

 フランシス・ドレーク、あるいはドレイクとは十六世紀に人類記録で初めて世界を一周したと記録されているイギリスの船長だ。

 その後のスペインとの戦争、アルマダ海戦において、「太陽の沈まぬ王国」と謡われるスペイン王国船団・無敵艦隊を撃破し、悪魔の化身「ドラコ」として恐れられるようになったという。

 どのドレーク船長の名前が付けられたということは、おそらく今の蔓の一撃は、船舶を岸壁と結びつけるワイヤーをイメージしているのだろうか。

 成程確かに、あれは豪快な船長が己の軍艦・ゴールデンハインドを繋いだロープに違いない。


『よし、拘束出来たっ! ならば行け、狩人ハーン!』

『……させ、るかっ!』

「おぉぉっ!!?」


 そこから始まる一進一退の攻防に、鮫介は目を見開いた。

 バイザードがグレイサードの両肩を封じ、相手の胴体を腕ごと『ワイルドハント』から射出した蔓……船長ドレークで 締め付けている間。

 グレイサードは両肩の念動力射出口から、薄く視認しにくい氷の粒を射出していた。

 バイザードからは、それは埃か何かを撒き散らしているかのようにしか見えなかっただろう。

 しかし古今東西のアニメや漫画に詳しい鮫介からしてみれば、その正体はすぐに判別出来た。

 ダイヤモンド・ダスト。

 空気中の水分が急速に冷却され、小さな氷の結晶を化す自然現象だ。

 どうやらグレイサードは、その氷の念動力を使い、空気を冷やしているらしかった。

そして、バイザードは未だそれに気付かない。

 未だにグレイサードを締め上げたまま、ぐだぐだと文句をナレッシュへと呟いている。

 ナレッシュはその言葉を右から左へと受け流しながら、肩の射出口の先――伸びる木の蔦を凍らせていた。

 そしてバイザードがその事実に気付いたとき、その蔦は既に凍り付けとなっていた。


『なにっ!? ナレッシュ、貴様っ!?』

『やってやった……ぞ』

『ちぃ! だが、船長ドレークはこういうときを想定して品種改良を繰り返した強靭な蔦だ! ちょっと凍らせた程度で、砕けは……』

『砕く? 違うな、俺の狙いは……』

『あぁっ!? まさかっ!?』


 シュロックの驚愕した声。

 そう、ナレッシュのダイヤモンドダストは囮だったのだ。

 その本質は、空気中の水分を氷結させ、背中側に氷の刃を作ること。

 おかげで、今この瞬間の僕たちの空気は水分が抜けている。ぺっぺっ、空気が乾いてやがるぜ。

 だが、そのおかげで、氷の刃を鋭い刃先を生じていた。

 そしてよく切れる包丁が人参や大根を微塵切りにするかのごとく、すっ……と蔓に入った氷の刃は、いとも容易く切断を慣行してしまう。


『あぁー!? 船長ドレークがっ!!?』

『ふむ。切れたな』

『てめぇ! この蔓はうちの妻が愛情と手間暇をかけて育てた大事な……っ!!?』

『知らん。そして……』

「あ〝っ!!?』


シュロックが驚愕の声を上げたのも束の間。

 グレイサードは己を拘束していた蔦を切断し、解放されていた。

 瞬間、グレイサードの右腕が高速で動き、残りの蔦を微塵に細切れにしていく。


『てめぇっ!!! 俺の船長ドレークを!?』

『だから、知らん。お前がこの蔦にどれだけの信頼を置いているのか分からんが……ッ!』

『ぬっ……!?』


 グレイサードの回転斬りが、船長ドレークにトドメを刺していた。

 だが、斬られた、と思った瞬間、バイザードは次の行動を起こしていた。


『女王ボウディッカ! 敵を燃やし尽くせ!』

『一度見た技は……』

『はっ! 炎獄の女王を、舐めるんじゃないよっ!!!』


 バイザードは、女王ボウディッカをワイルドハントより射出させる。

 それは、炎上しやすい植物を纏めて放出したような、そんな武装のようだった。

 当然、周囲は再び火の海になる。グレイサードは呆れたように、もう一度周囲を凍らせようと右腕を引き……


『狩人ハーン! 奴の右腕を撃ち抜け!』

『うっ……!?』


 しかし、バイザードがその右腕を瞬時に撃ち抜く。

 左肩から射出された弾丸は、狩人ハーンの名に恥じること無く、グレイサードの右腕を貫いていた。


「鮫介様、お下がりください!」

「おぉぉ……頑張れ、バイザード!」


 鮫介は女王ボウディッカの影響で、炎上した周囲から自分を守ってくれるコアの誘導を受けながら、バイザードを純粋に応援する。

 グレイサードは右腕を撃ち抜かれてそれを庇いながら、バイザードを見上げる。

 グレイサードとバイザード。二機の機体がお互いを睨みつけながら、白熱するバトルの展開に、鮫介のテンションは上がりっぱなしだった、

 なんだかんだ言っても、やはり巨大なロボット同士の戦いは、実に胸に響く。


「ナレッシュ! 相変わらず、強敵だな……っ!」

「……コースケ殿が、見ている。ここは、格好良く勝利を収めたい……ところだ」

「出来るかな、お前に!」


 再びバイザードの猛攻。

 再び両手を振り回しての攻勢。それを受け止めながら、グレイサードは反撃のチャンスを待つ。

 何度目かの往復の後、そのチャンスは訪れた。

 バイザードが腕に力を込めて、先程よりも腕を奥まで振り上げたのだ。途端、グレイサードはその黄色い瞳をブゥンと煌めかせ、バイザードに向かって前進する。


「シュロック!」

「突撃はもう見切ったぜ、ナレッシュ!」


 バイザードがグレイサードを迎え撃つ。

 薙刀を構えたグレイサードは、バイザードに斬りかかる……フリをする。バイザードがその動きを押し留めようとグレイサードに手のひらを叩きつけようとした瞬間、後方にバックステップし、回避。


「何!?」

「ここで、こうだ」


 グレイサードが右腕を唇の部分に近づけ、息を吹きかける。と……

 そこから、氷の鳥が誕生。氷の鳥は円月の軌道でバイザードに襲いかかる。


「くっ!? なんだ、この鳥!?」

「この俺の使い魔……氷雪の鷹(アイシングホーク)といったところか。そら、お前の機体が凍りつく……ぞ!」

「ぬぅ!」


 ナレッシュの言葉の通り。

 氷の鳥が突撃し、一撃離脱の戦法を取っているが、氷の鳥が体当たりした装甲は氷漬けとなっていく。

 一撃一撃なら大したことないのだが、その連続の強襲はバイザードの装甲を氷結させるのに十分であった。

 まさに、氷結機士。

 周囲の全てを凍らせる、非常な一撃。慌てるバイザードを遠目に見つつ、グレイサードは片腕を振るい、周囲の炎上した地形を全て凍らせてしまう。

 後にはもう、氷結した世界のみ。

 氷結機士グレイサード。彼の周囲には、何者も静止した氷の世界が広がるのみ。


「それがっ! 許せねえんだよっ!!!」

「うっ……!」


 バイザードが突撃し、右腕をグレイサードへと向ける。


「俺の武装はワイルドハントだけじゃないぜ! 伸びろ、ガジュマル!!!」


 バイザードの右腕から、突如巨大な大木が成長し、グレイサードを突き飛ばす。

 ガジュマル。日本でいうならば南側に生息する、常緑高木だ。成熟したガジュマルは人間の腰ほどのサイズで収まるが、稀に超巨大化することもあるという。

 そう。そして、シュロック特産のガジュマルの種は……


「そう! 我が家で品種改良したガジュマルは巨大特性持ち! ぶっ飛ばされろ、ナレッシュゥゥゥッ!!!」

「……吹き飛ばされるのは構わないが……吹き飛ばした先に、何かある……のか?」

「むぐぅっ!!?」


 ナレッシュの言う通り。

 バイザードが苦し紛れに放った技は見事にグレイサードを遠のけたものの、ただそれだけ終わってしまった。


「むむぅ。惜しいですね。ぶっ飛ばした先にトラバサミ(ベア・トラップ)でもあれば、コンボが完成していたのですが」

「コンボ……いや、そうだな。シュロックさんが技術屋であって、戦闘のプロではない。そんな発想には思い至らない、ってことか」


 元・猟師という経歴故か、鮫介の右後ろで唸り声を上げるデイルハッドに苦笑しながらも、鮫介はこの先の展開はどうなるのかと期待が膨らんでいた。

 現在、状況はグレイサードがやや有利か。しかしグレイサードの周囲には未だ女王ボウディッカの火炎が渦巻いており、その酸素を燃やし尽くしている。

 一方、バイザードは打つ手が無くなったように思われるが、先程のガジュマルと同様、植物の種はいくらでもあろう。

 この先も、見事なファイトを繰り広げてくれるに違いない。


『だーっ! もう、面倒臭ぇ! こうなったら、肉弾戦だっ!』

『いいだろう。来い、バイザード』


 ああっ! だがしかしっ!!! 

 もう戦闘の思考が面倒になってしまったのか、シュロックは首をぶんぶんと振るとグレイサードに対して真っ向からの対峙を宣言し、ナレッシュもそれを受ける。

 やはり、戦闘に慣れていないシュロックの思考ではここまでなのか……

 ボウディッカの炎が包む中、ジリジリと距離を詰めるグレイサード。

 バイザードもまた、今度こそ油断せずにグレイサードを睥睨し、その背中のワイルドハントの射出口をグレイサードへと向けている。


『おらぁ! 行くぞ、バイザード!!!」


 バイザードがグレイサードに迫る。胴体は相変わらず土から生えているような状態なので、上半身だけグレイサードに向かったような状況だ。

 薙刀を構えるグレイサードに、バイザードは左腕を向けて、叫ぶ。


『噛み付け、ハエトリグサ!!!』

『効かぬっ!』


 バイザードが放った、巨大化・急成長したハエトリグサは……

 ナレッシュが閃かせた薙刀に細切れにされ、その生命を散らしてしまう。

 恐るべきはナレッシュ。その剣閃の鋭さは、『刃』という存在に命が宿ったかのようだ。


『馬鹿なっ!?』

反撃技(カウンター)は、俺の得意とするところ。お前も知っていたはずなんだがな……』

『ち、畜生! これでも喰らえ、尖れ椰子の木(パルマエ)! 超巨大椰子(ジャイアント・ラン)――』

『もう、決着は付いた』


 そう、ナレッシュの言う通り――

 ハエトリグサを一呼吸の間に全て切断し終えたグレイサードは、そのままバイザードに急接近。

 巨大な槍を手に掴むバイザードを横目に、その手のひらをバイザードの胸部に当て……


()――なぁ!?』

『そら。これで、終わりだ』


 そうして。

 バイザードが、グレイサードを一気に凍らせてしまい――

 今回の模擬戦闘は、呆気なく終了するのだった。




お待たせして申し訳有りませんでした。

しかしその場にいる人員が増えると、忘れているキャラとか出てきて困るな……(笑)

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