ロック・ザ・シュロック
「ようこそトホ領に来てくれた! 歓迎するよ」
「はぁ……どうも……」
豪華絢爛と言わんばかりの黄色で染め上げた屋敷には、もう「インド人のコスプレ」をしているとしか思えない筋肉質なおじさんが待ち構えていた。
トホ領主、ドゥルーヴ。
この人とは、以前ダロン領で行われた祝勝会で出会った覚えがある。元軍人さんらしく、未だに筋肉の衰えない大柄な体格。
その大きな男性が「イミニクス絶対阻止」を掲げ、実際に軍隊を指揮して国民の皆さんを防衛しているらしいのだ。
そりゃー人気も出る。
そして人気が出た人物というのは、多少の醜聞があっても辞めさせ辛いものだ。
領主としてインド文化の進行を押し付けられようと、イミニクスを撃退している事実は本物なので、ちょっと我慢するか……という気持ちが、国民に植え付けられているらしい(ゴードン談)。
……それもどうかと思うけどなぁ。
とはいえ、眼の前の彼こそトホ領の領主。
下手なムーヴで怒らせるようなことは、避けたいものだ。
「我が領は、見てくれたかい?」
「は、はい……どの領もインド要素が凄まじかったですね。あれは、領主様が……?」
「当然! 我が母はインド人であり、その期待に答えるためにも、私は領内にインド要素を振りまいているのだ。どうだね? 君の世界のインド感も、この世界にはあったことだろう?」
「あぁ……それは……まぁ……はい」
嘘である。
鮫介の世界の『数学の国』と呼ばれたインド感は、この領内には一切感じられなかった。
ただ、それを言うのは憚られた。あるいはそれは領主への同情かもしれなかったし、エルザフィアさんへの情けだったのかもしれないが。
「そ、それより。ナレッシュ様に会いに来たのです、私は。訓練を付けてくれる、という話だったのですが」
「ふむ。ナレッシュが友人を我が領に引き入れるなど、今までありえない話だったが」
ナレッシュ……お前、どんだけ人嫌いやねん。
いや、分かっている。ナレッシュはそんな複雑なことは考え(られ)ない。ナレッシュはただ単純に人と友好的に接することを苦手としていて、たまたま僕が彼の言う通りにトホ領に来てしまっただけだ。
いや、してしまったというのは彼に悪いか。
「……いえ、彼にも良いところはありますよ? その操縦は本物の天才です。だからこそ、僕――いえ、私は彼の訓練を受けようとこのトホ領まで来たのですから」
「奴が天才だというのは、私にも分かっている。奴は幼い頃に既にグレイサードを動かし、我が娘カイラを救った英雄だ。あいつほどの天才を、私は今まで見たことがない」
うーん。自分も会話に参加しておいてなんだが、こうまで天才天才と持て囃されるナレッシュさんが、段々と可哀想に思えてきた。
彼は『天才児』以外の生き方を知らない。幼い頃に――実はその事件ことはよく知らないのだが――領主の娘であるカイラという女性を救い、そのままグレイサードの大神官として生きてきた。
それ以外の生き方を、彼は選ぶ間もなく切り捨てられたのだ。
鮫介は、二角獣を撃滅した夜のナレッシュを思い出す。
『俺は、もう……子供じゃない、からな』
――そう呟いたナレッシュさんは。
――何かに怯える、子供のようでもあった。
「……僕、いえ、私には分からないのですが。この領は、ナレッシュさんに優しいのですか……?」
「ふむ? 彼の要求は全て聞き入れているつもりなのだがね。まぁ、奴は要求なんざまったくしない奴なのだが」
いや。それもしょうがないのかもしれない。
何せ、実際の脅威として、イミニクスたちはムー大陸に攻め入っているのだ。
なにか手段を講じなければ、人類には死、あるのみ。
だからこそ、こうして街の人々は戦線の兵士たちに物資を送るために働き、前線の兵士たちは後方にいる民衆たちがイミニクスに襲われないよう、必死になって働いている。
無能は即、死。それがこの並行世界における、ムー大陸の唯一絶対の正義とされるルールだ。
……ナレッシュさんは、子供という無駄に出来る時間の多い時間を全て切り捨てて、大人の仲間入りを果たした。
だが、果たしてそれは幸せなことだったのか……
周囲で天才と持て囃す、今の状況を見ていると、あまり……幸福なことだとは思えない。
「そうですか……それで、ナレッシュさんはどこに?」
しかし鮫介は、そのあたりの事情にはあまり突っ込まないようにする。
鮫介は異邦人だ。この世界の事情もよくわからない身で、あまり物事に関わらないようにしていた。
鮫介の常識と、この世界の常識が近寄っているようで違うことは、既に理解している。
だからこそ。自分の常識を押し付けたりしないよう、気を使っているのだった。
「ふむ……奴は現在、『樹甲店』なる店に行っている、と報告があった。なんでも、そこの主人がナレッシュと古い付き合いらしくてな」
「『樹甲店』に? トホ領だったのか……」
鮫介が目を瞬かせて、静かに驚く。
『樹甲店』とは、鮫介のクロノウス覚醒を記念して、色々と武装を(無料で)届けてくれた武装屋の名前だ。
鮫介の普段遣いしている大鎌『黒彼岸花』、その他最終試練で使用していた大刀や斧、チャクラムにトンファーなども(約に立たなかったが)用意してくれた店である。
鮫介としても、武装を用意してくれてありがとう、と礼を言いたい相手であった、ナレッシュと共にいるというのならば、丁度良い。
「分かりました。早速、その樹甲店へ行ってみます」
「もう行くのかね? 君を歓待するために、とっておきのお茶を用意していたのだが」
「いえ……それは夜にでも。では、これにて失礼をば」
あぶねー。領主の進めるお茶ならば、それは1900年代のインドのお茶ということになる。
ひょっとしたら美味しいのかもしれないが、1900年代の外国産のお茶など、現代文化に慣れた自分の舌に合いそうもない。
そう、だからこれは戦略的撤退なのである。決して、昔の外国のお茶というものの味が理解出来ない馬鹿舌だと悟られるのが怖いわけではないのだ。本当だよ?
そんなわけでドゥルーヴ殿の前を辞し、整備員の皆さんによる機体の運び込みを見届けた後、樹甲店の前へやってきたのであった。
ちなみに、ここまでの案内はエルザフィアさんがしてくれていた。
樹甲店への行き先がさっぱり分からない鮫介たちへと、道案内にドゥルーヴさんが貸してくれたのだ。いや貸してくれたという言い方は、彼女の人権的に問題あるのかもしれないけれど。
「コースケ様、こちらをまっすぐ抜ければ樹甲店へ辿り着きます。意外と近いでしょ?」
「そうだね。でも、案内が無ければ迷っていたよ。ありがとう、エルザフィアさん」
「そ、そうですか? こちらこそ、ありがとうございます……」
照れ照れと、大きな丸眼鏡の奥で上目遣いをしながら、俯いて押し黙るエルザフィアさん。
うーん……
どうにも、彼女の恋愛線を刺激してしまったようだ。なんとなく、自分が彼女をナンパしてしまった形となる。
とりあえずニヤニヤしているゴードンとスビビラビは蹴り飛ばしておいたが……これは困った。
というのも、鮫介はこうした恋愛観が非常に鈍いのであった。
何故なら、元の世界で「恋愛」なんてしているのは、基本的に鮫介の隣にいる親友・旭響太郎だったからだ。
そして響太郎は恋愛を面倒くさいものと考えていたようで、その全てをぽいっと放り投げていた。
即ち、僕には経験が足りない――と、鮫介は考える。
他人と付き合ったことはあるが――それを考えると、非常に胃の奥がチクチクと痛むが――こんな状況の回答までは分からない。
どう返せば正解か。どう返すのが間違いなのか。そのモデルケースが、不足しているのだ。
「あー……っと、エルザフィアさん。樹甲店に行ったことが……?」
なので、とりあえず無視することにした。
後で気を使って、「私はそんな話はしていないのに!」と言われるのを警戒した形だ。
いや、そんなこと言われることなんか無いんだろうけど。
「あ……は、はい。ナレッシュ様の後を付いていく感じで、何度か。見た目は、よくある武装店ですよ」
「後を、付いていく……?」
「あ、あわわ……な、なんでもありません。忘れてください……」
頭を抱え、恥ずかし気にそう答えるエルザフィアさん。
うーん……
何度目になるのか疑問に思いながら、鮫介は上目遣いでこちらの様子を覗き見るエルザフィアの様子をちらりと監視する。
エルザフィアさん自体は、どうもナレッシュを慕っている感じだ。
ただし、それはあくまでもイケメンな兄貴に付いていく妹――といった風情なのだろう。いや、知らないけど。
そこに、どうにも気になる人物(僕だけど)が来てしまった。とりあえずは、こんな状態か。
むーん……
どう返すのが正解なのか。答えがまったく見えない。
「で、これが武装屋の樹甲店か。かなり、五月蝿いな……」
案内された樹甲店は、遠目でも分かるほど、騒音を撒き散らしていた。
ガンガン、ギィギィと、鉄が叩かれたり歯車が軋む音。とりあえず東京の一等地に存在してたら、周囲から騒音注意で苦情が出ること間違いなしだろう。
幸いにも――というか、武装屋というのはそういう条件で建てられるのか。樹甲店の周囲には民家はなく、広々とした空き地が続いていた。
想像するに、この空間は武装の実戦テストなんかで使用するに違いない。
これなら、騒音の心配も無いだろう。
「コースケ様。この騒音は……危険です。それでも、進みますか?」
「進まなきゃ、始まらないだろ。大丈夫、危険は無いさ……多分」
こちらを庇う仕草のコアを押しのけ、前進する。
困難を想像しても始まらない。こちらを庇ってくれたコアには感謝しているが、それでも先に進まなくては何もならないのだ。
「ごめん! こちらにナレッシュ殿が来ていると……ぐぐぐ」
入り口の扉を開くと、中に閉じ込められていた音が一斉に飛び出し、激しく耳を劈いた。
五月蝿い!!!
思わずそう怒鳴りつけようとしてしまうほど、その騒音は耳障りだった。
耳元で下手なバンドマンたちが勝手に爆音で演奏をしているような、そんな幻聴すら聞こえるほどの『騒』がしい『音』。
いや、もうこれは『音』と呼んでいいものか。
物理的な火花でも見えそうな振動する空間の中に、鮫介は意識を集中して足を踏み出した。
一歩。
二歩。
鮫介が歩き出すと、すぐにコアが付いてきて、続いてスビビラビ、デイルハッド、フレミアが、僅かに遅れてエルザフィアさんが同じように足を踏み出す。
成程、大切なのは、最初の一歩、というわけか。
これも、鮫介が『勇者』と呼ばれる行動に繋がるのだろうか? 全然分からないけれど。
「すみません! この店の方、どなたかいらっしゃいますか?」
「あ、はーい。すみませんね、騒音だらけで」
機械音が鳴っているのだから、誰かいるのは分かるだろう……と、己で自身に突っ込みを入れたい発言に答える声が一つ。
カウンターの下から、妙齢の女性が姿を表した。
年齢は30代、だろうか。黒髪を伸ばした、これは……アジア人的な顔付きだ。
その女性はにこりと笑い、こちらに話しかけた。
「いらっしゃい、樹甲店にようこそ。何か、武具のご注文ですか?」
「あ、いや……えっと、ナレッシュ殿を探しているのですが。こちらに伺った、と聞きましたが」
「ナレッシュ? ええ、こちらに来ましたけれど」
そういう女性は、むすっと不機嫌な表情を見せる。
「あの……あなたたちは?」
「ああ、これは失礼。僕――私はオトナシ・コースケ。時空機士、クロノウスの……えっと、大神官をしております」
「まぁまぁ、クロノウスの!? これは失礼、私はアリンケ・イルカ。樹甲店店長・アリンケ・シュロックの妻をしております」
「おぉ、シュロック殿の奥方でしたか。旦那様には、いい武器を提供していただき、ありがとうございます」
礼をする。
正直な話、シュロックという店長の話はまったく知らない。だけど、知っているほうが相手も気分が良いだろうから、知っているフリをする。
途端、女性はぱっと明るい顔を見せ、
「いえいえ、そんな。うちの店の使えない……ごほん、有用なパーツを使用していただいてありがとうございます」
「……え? 今、使えないって……」
「ごほん、ごほん! それで、えーと、うちのシュロックは現在、ナレッシュと会談しております。お呼びしましょうか?」
「待って、今使えないパーツって」
「ごほん、ごほん、ごほん!!! あー、最近耳が遠くてー」
こ、この女性、こちらの話を聞かないつもりか!?
こうなったら意地でもこちらの話題に食いつかせてやる……と本来思うところであるが、今はナレッシュとの会話が優先されるべき事案だろう。
だから、ここはひとまず引いておく。別に長引かせたい話題とかでもないし。
「……えーと、ご歓談を邪魔するわけには……」
「コースケ様。コースケ様は虹の七騎士の大神官。その大神官たるコースケ様がわざわざ別領まで来て、待たされる筋合いなどありません」
「え」
「そうです。フェグラー領代表のコースケ様が人に待たされるなど、あってはならない事態です。ここは先方が、気を利かせる場面かと」
「スビビラビ、それにデイルハッドまで。一体どうしたんだ? 僕は別に……」
「コースケ様」
何やら熱く語るスビビラビとデイルハッドの圧に気圧されていると、こちらも不機嫌顔のフレミアがそっと耳打ちをする。
「コースケ様はフェグラー領を代表する大神官。その大神官が庶民の歓談に待たされたとあっては、フェグラー領が馬鹿にされている、という事態になりかねません。お優しいコースケ様には辛い事態かもしれませんが、何卒、言葉を挟むことのないよう」
「ええぇ……」
「その通りですコースケ様。虹の七騎士の大神官が集まった現状、そこでの話というのは、コースケ様の世界で言うトップ会談と同義なのです。国の代表同士が話をしようとしているところに、一般民衆が話を聞いてくれと迫りましたら、周囲のボディーガードが止めるのでしょう? これは、そういう話だとお考えくださいませ」
「ゴードン……お前まで」
面子というものが大事だということは、現実世界の歴史でも十分に証明されている。
鮫介としても、そこら辺は理解を示せるのだが……
しかし、どうしてもむず痒い気持ちになってしまう。
きっとそれは、相手の話を遮ってまで、自分の話を押し通そうという気持ちが無いからなのだろう。
しかし、どうやら今の自分の立場は、そんなことは許されないらしい。
うーん、異世界。
「はわわわ……イ、イルカさん。どうにか、お義兄様との会談を早めることは……?」
「そ、そうですね。ちょっと、相談してきます……」
鮫介の隣にいたエルザフィアさんは顔面蒼白でイルカに問いかけ、同じく血の気の引いた顔をしたイルカさんが慌てて奥の部屋に引っ込む。
正直、申し訳ない。
鮫介としては、先に会話を初めたのは先方なのだから、そちらを優先してほしかった。だが、面子があると言われれば「そうなのかー」と頷かざるを得ない。
これも、勇者として用意された気苦労なのだろうか。
「も、申し訳ございません、コースケ様。なんだか、その、先方も混乱しているようで……」
「ああ、いえ……お気になさらず。こちらとしても、その……先方の始めた会話を途切れさせるのは、気が引けますので……」
「おお……なんという心の広い。このエルザフィア、感服致しました」
「いや、あはは……」
笑うしか無い。心の中では泣いていたけれど。
とにかく、賽は投げられた。横で睨みを効かせている(ヤクザかな?)スビビラビたちをどうどうと抑えつつ、イルカさんの帰還を待つ。
やがて、小走りにイルカさんが走ってきて、はぁはぁと整わない呼吸で、
「ナ、ナレッシュ……様が、お、お会いになるそう、です。ただ、一つ条件があり……」
「条件?」
「え、ええ……シュロックを同席させてくれと、そう言っております」
「シュロックさんを……? 分かった、了解したとお伝え下さい。あ、ゆっくりで結構ですので!」
「お、お気遣いなく……」
バタバタと、慌てた様子で再び奥の廊下を駆け込んでいくイルカさんを見送り、鮫介は隣にいるエルザフィアに頭を下げる。
「いや……うん、なんかバタバタして申し訳ない」
「いや、こちらこそすみませんでした。コースケ様のご到着は分かっていたのに、お義兄様に話を一切通さず。これではフェグラー領の方々を下に見ている、そういう誤解をされても仕方有りません」
「そんなことはありませんよ。少なくとも僕は、トホ領に喧嘩を売るような真似はございませんので」
「まぁ……お優しいのですね、コースケ様は」
「いやー、ははは」
頬を朱色に染め、大きな丸眼鏡越しにきらきらとした目でこちらを見上げるエルザフィアさん。本当にもう笑うしか無い。
それにしても……このエルザフィア嬢への対応は、どうしたものか。
自分が惚れられていると自覚するのは、ずいぶんと気持ちが良い。
良いのだが……同時に、相手の感情を操作しているという罪悪感も感じている。
これも、いつの間にか惚れられている響太郎を見てきたせいだろうか。
今なら、響太郎の気持ちも分かるかもしれない。
即ち、他人に惚れられることは、存外迷惑だということだ。
いや。惚れられることは、決して間違いではないのだろう。
ただ、他人に惚れられるということは、他人の感情を操作していると同義なのだ。
つまり、どういうことか。
相手が自分に惚れるということは、相手の感情を自分で操作しているのと同義だと、錯覚してしまうのと同じ意味だと感じてしまうのだ。
それはきっと、違う意味なのだろう。
違う意味なのだろうが、そう感じてしまうのは、響太郎の影響が十二分にある。
鮫介の中には――決して他人には口にしないだろうが――響太郎のように動くかという迷いの気持ちがおおよそ四分の一、もう半分は響太郎を見習って動こう、という憧れの部分も四分の一、確かにあるのだ。
だって、いつも一緒にいたから。
彼の凄さを、間近で見てきたから。
だから、響太郎のやり方を正しいのだ、と感じてしまう自分がいて、それは違う、と慌てて否定する自分もいる。
どうしようもない、二律背反。
だから、どうしても。他人に惚れられるのは、その『他人』の感情に介入していると感じてしまう。
それは違う、というのは分かってはいるものの、そうして実際に惚れられてきた例を、何度も見ているのだから。
「んん……とりあえず、行きましょうか。ナレッシュ殿……あなたのお義兄さんも、お待ちかねですよ」
「そうですね、行きましょう!」
「はい。ほら、スビビラビもデイルハッドも、それからフレミアにゴードンも、あんまり不機嫌顔を見せるなよ」
「はっ!」
「承知しました」
「けれど、相手の出方によっては、また口出しさせていただきます。そこのところは、ご理解頂きたく」
「あー、もう……分かったよ」
仕方ない、といった顔で了承する。
本音を漏らすならば、そういった態度はたくさんだ。だけど、まだこの世界のことをさっぱり知らない鮫介の身の上としては、このヤクザまがいの行動も、本物と想って行動しなくてはならない。
それが、勇者として正しい行動なのかどうかはさっぱりだけど。
でも、この世界に招いた恩あるアルキウスさんの顔に泥を塗るような真似は、したくないから。
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
そうして鮫介たちは、騒音喧しいドッグを離れ、喧騒が遠のく廊下を歩き出した。
コアが嬉しそうに伸びをする中、鮫介は久しぶりに顎に手を添えて考察の姿勢を取り、ナレッシュの友人の性格を推測する。
おそらく……ナレッシュとは親友同士の間柄なのだろう。
そして、多分、今日のこの日、何かしら一緒にする約束をしていた。
しかし本日、鮫介が電車に乗ったという報告が来てしまったから、断りの連絡を直接入れていたに違いない……と、思う。
そこで、鮫介がここまで来てしまったため、現在、(主に鮫介側の事情で)面倒臭い事態になっているのではないだろうか。
正解かどうかは分からないが、案外的を射ているのではないか、とも考えてしまう。
というか、それ以外に、ナレッシュが鮫介を放っておいて「友人関係」にある者のところにいる理由が皆目つかない。
まさか、実際は嫌われていて……なんてことは、ないと思う。思いたい。
「ここか」
そうして集った扉の前には、ぜぃぜぃと荒い呼吸を繰り返すイルカさんの姿があった。
妙齢の女性がそんな吐息をついていることには多少興奮するところもあろうが、残念ながら今のイルカさんの姿はそんな事態は二の次。
髪は乱れ、化粧は削れ落ち、目は充血している中、呼吸は『荒い』を通り越して『酸欠』の有様。
即ち、『今働かなくちゃ一生を棒に振る』と言わんばかりの疲労ぶりである。
生憎、鮫介は女性の鬼気迫る表情に情欲を覚えるような性格はしていなかった。
「お、お待ち、していました。ナレッシュとシュロックは、げ、現在、この部屋におります」
「あ、ありがとうございます。あの、別に急いでおりませんので、呼吸を楽に……」
「い、いいえ。私たちのせいでフェグラー領との諍いが発生したとか、取り返しが付きませんので。それでは、ご歓談を。お楽しみください」
ふらふらと、その場から逃げ去るように、イルカさんはそそくさとその場からいなくなる。
後に残されたのは、呆然とする鮫介と、何やら覚悟を決めた様子のエルザフィアさん、後は鮫介の部下たちと、その背後で何やらメモを取っているシャープさんのみ。
「……いたんですか、シャープさん」
「んんん! これは心外! いましたよ、最初から!」
その背後にはレヴェッカ女史もいた。影が薄かったから全然気付かなかったが、鮫介たちをずっと取材していたらしい。
影が薄かったから全然気付かなかったけど。
「コースケ様! 何か、酷いことをお考えなのでは!?」
「いや、そんなことは無いよ……」
ここでシャープ氏と口論しても時間の無駄となりそうなので、とりあえずシャープ氏は放っておく。
扉のノブをゆっくりと捻り、扉を開く。
すると……
「おぅ。ようやく来たな」
「あ、あなたが……?」
「おうよ」
扉を開いた先にいた人物は、静かに頷いた。
静かなのはその人物の態度のみで、その人物は外見がやけに五月蠅かった。
上半身はほとんど破り捨て去られたシャツを着て、下半身もダメージジーンズ。そして、頭部はモヒカンだった。それも、黄緑色に染め上げた、超ロングな天を衝くモヒカンヘアー。
およそ鮫介の生きてきた現代日本では見ることもない、パンクな人物が、そこにいた。
「俺が、樹甲店の店長、アリンケ・トホ・デルダ・シュロックだ。よろしくな、坊主」