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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
凍結機士編(後編)
100/116

来たれトホ領、首都イシュマラ




 トホ領に到着したら、空気の色が黄色くなった――などと、摩訶不思議な出来事は無いようで安心する。

 トホ領とフェグラー領を結ぶトホ領側の街『ケルディアル』は、フェグラー領と隣接しているおかげか、インド様相はあまり見られなかった。

 あまり、ということは少しは見られた、という意味なのだが、まぁ許容範囲な内だろう。

 少なくとも、民衆がテレポートしていたり炎を吐いたりする様子は見受けられなかった。いや、だからそれは格ゲーの話だっての。


「コースケ様、どうかしましたか?」

「いや……幼い頃の体験って、忘れられないなって……」

「はぁ?」


 コースケの眉間を揉んでの答えに、意味が分からない、といった感じに小首を傾げるスビビラビ。

 そして電車はどんどん前方へと歩を進めていったのだが、駅の『グンデフ』『トーリーセトゥ』を越える度、鮫介の目は険しくなった。

 首都に近づいている。それは鮫介の認識に寄れば、都会に近づくのと同義のはずなのだ。

 ところが。

 この電車の旅は逆に、首都に近づくほど田舎に近づいている(・・・・・・・・・)と感じられたのだ。窓から見える木々が増え、最後のほうはもう森に近い有様だった。

 そして、森の隙間に木造の家々が垣間見える。それもログハウスじみた観光客の宿泊を目的とした小洒落た家ではなく、人がガチで住む感じのやつである。

 それはまさに、1900年代のインドを象徴するかのような様式であった。そのあまりにも『昔のインド』地味た世界観に、くらりと鮫介は意識が遠のくのを感じた。


「……今は……2020年だよな。まさか……これがインド……なの、か!?」

「そうですよ? これこそが、トホ領の進めるインドの世界観です」

「ああ、そう……本気なのね……」


 こめかみに圧迫を加えつつ、鮫介は自分の意識が何処かへ去ってしまうのを必死に押し留めた。

 ここが、1900年代のムー大陸と言うのであれば。この光景もまだ、納得がいった。

 しかし、今は100年が過ぎた2020年。流石に1900年から時が過ぎ、インドも近代文明を受け入れているはずである。

 それが、どうだ?

 2020年だというのに、1900年代のインドがそこにあるような世界観。鮫介の意識が向こう側へ行ってしまうのも、納得な代物であろう。


「……こ、コースケ様!? どうしました、脳から出血しそうな顔色で!?」

「どんな顔色だよ……でも、うん……まぁ、そんな感じかな……」

「あらあら、コースケったら早速トホ領の魔力に囚われているのね。でも安心して、その魔力は一時の夢……直ぐ様現実を受け入れることになるわ!」

「受け入れたくないなぁ……でも、受け入れなくちゃなぁ……」


 はぁ~、と、鮫介は重苦しいため息を吐き出す。

 めくるめく、1900年代のインドの世界。鮫介の吐息の理由も、分かろうと言うものだ。

 そして、電車は否応なく、首都イシュマラへ到着した。

 鮫介が想像したよりも、大分「都会」とした印象だ。

 流石に、首都は大きく見せたいのだろう。それでもそこらに「商店」ではなく「露天」が並び、あちこちに孤児と思わしき少年少女たちが暮らしている姿は、鮫介をげんなりとさせた。


「……僕の暮らしていた世界では、インドは数学の国と言われていたんだ。年齢一桁代のころから二桁の掛け算を学び、エリート層はアメリカやその他航空推進国で科学者として活躍している。まぁ、そういうのはインドの富裕層だけらしいけど、世界的に『インドの国民は皆理数系に優れている』というイメージを持っているんだ。それが……こんなにも、貧乏に……」

「お、落ち着いてください、コースケ様」

「こんなもん、国辱もんだぞ……いや、誰に対して言ってるのかもう分からんけどさぁ……」


 これが、インド。

 これが、インド!

 国家としてのイメージがぐずぐずに脳内で崩れる様に、鮫介は唸り声を上げる。

 それを横目で眺めていたスーは、くすくすと微笑を浮かべ、


「まぁ! コースケの暮らしていた世界のインドは、とても素晴らしい国だったみたいね。でも、この国でのインドというイメージは、これが現実。受け入れてもらうしかないわね?」

「これを……うーん……」

「鮫介の生きていたインドの神話も、是非聞きたいものね。こちらの世界では、インド神話というものはあまり伝わらなかったから……」

「あ。あぁ……そうだね、マハーバーラタとラーマーヤナなら、少しぐらい語れるけど……」

「え、何それ!? 気になるわ、気になるわ!!!」


 鮫介の挙げた神話の名前が聞き慣れないものだったからか、スーがそれは何だ何かとぐいぐい迫ってくるのを、鮫介は苦笑して受け入れた。

 この少女には、本当に感謝している。

 先程までインドの有様に愕然としていた鮫介の周囲の空気が、一気に雲散霧消してしまっていた。

この女の子はひょっとしたら、空気を変えるプロなのかもしれない。いや、どんなプロだよって感じだが。


「コースケ様。あちら、お迎えのようです」

「ん?」


 その時、デイルハッドの向ける指先に視線を向ければ、そこには一台の高級車(ベンツ?)と、運転席の付近で待ち構える軍服を着た少女の姿。

 金髪をフルバング(ぱっつん)で切り揃え、大きな丸眼鏡に使い古されていない軍服姿は、いかにも真面目な軍人です、といった風情だ。

 その少女は、僕が顔を向けたことを確認したのか右手を上げて敬礼し、


「お待ちしておりました! オトナシ・コースケ殿でありますね? 私は領主ドゥルーヴの義娘、エルザフィアと申します。コースケ殿には是非、私と共にドゥルーヴ様の屋敷へご足労頂きたく」

「……むぅ」


 非常に几帳面な敬礼を受け、鮫介は顎に手を添えて悩む。

 ――ふむ。

 なんで、鮫介がこの時間帯にここに来るのが分かったのであろうか?

 何故なら、鮫介は今日の早朝から電車に乗ってトホ領へやってくるということを、ナレッシュに伝えていないのだ。

 それならば、一体何故……

 と、鮫介が深く考え込んでいると、意外にも答えは近くにあった。

 フレミアがそっと鮫介に耳打ちするには、


「コースケ様。コースケ様が始発の電車に乗ったことは、駅員全てが確認しております。おそらく、その中にトホ領へ連絡した者がいたのかと」

「え、ああ……そうだな、この世界、電話は普通にあるものな。なら、僕の居場所が知られていたのも納得か……」


 鮫介は納得して頷く。

 確かに、この世界には電話連絡という手段があった。異世界物系統の(ラノベ)を読んでいるとそこまで文明が発達していないと思いがちだが、この世界だって現在は2020年。電話技術ぐらいは、しっかりとあるのであった。


「確かに僕はオトナシ・コースケだ。エルザフィアさん、僕の部下ともども、案内よろしくお願いする」

「はい……ええと、それで。そのお嬢さんは……」

「私は鮫介の部下扱いで問題無いわよ?」


 遠慮がちに尋ねるエルザフィアと、きょとん、とした様子のスー。

 うん。これは困るだろうなー。

 というか、困るのはこっちも同じだ。スーは女の子なのである。うちの部下と同じ扱いとか、まさか同室扱いにするわけにもいかないだろう。

 流石に部下一人一人に部屋が用意されているとは思えないし……


「……この子は電車で偶然出会った、イリカ家の女の子だ。この子も部屋も、用意してくれるとありがたいんだけど……」

「は、はい、承知しました」


 ビシッ、と真面目に敬礼して答えるエルザフィアさんに対し、すまんなぁ、と思わず頭を下げる鮫介。

 スーとの接触は予定外だったのだ。ナレッシュ側にとっても、鮫介側にとっても。

 予定していなかった来客で部屋を用意させるなど、鮫介としても申し訳がなかった。申し訳がないと思うほど、そういうことに目ざとくなった自分に呆れた。


「では、改めて。お世話になり……なるよ、エルザフィアさん」

「は、はい、了解です。車にご乗車ください、コースケさん」


 結局、鮫介はエルザフィアの車に乗車することになった。

 整備班のみなさんにはクロノウス他機体(ナーカル)たちを運んでくれるよう頼み、写真・記述担当のシャープ氏たちは運んできたバイクで付いてくるということで、鮫介たちはエルザフィアの用意したベンツ――に似た車に乗り込み、出発する。

 座席は鮫介とスー、そしてゴードンと鮫介の部下3人、騎兵ではない護衛役のコア、そしてエルザフィアも同乗しているのでかなり狭くなったが、まぁ仕方ないと割り切る他ない。

 ブロロロロ、とエンジン音と共に、ベンツ(らしきもの)は出発した。

 一路、ドゥルーヴ邸へ。その間、おずおずとエルザフィア氏が話しかけてくる。


「コースケ様は、我がトホ領にどういうご用向でしょうか? ナレッシュ様からは、あまり詳しい事情に聞けなくて……」

「ああ……端的に言えば、訓練だよ。ナレッシュ殿が、経験の浅い僕に訓練をつけてくれると」

「ああ、そうなのですか。ナレッシュ様がご友人を招待するなど稀ですので、変に勘ぐってしまいました」

「あはは……」


 ナレッシュの友人周りが想像出来てしまい、変な笑いが込み上げてしまう。

 あの人、友人少なそうだからなぁ。

 でも、一度親友が出来れば、死ぬまで守りそうな予感もする。

 変な妄想に付き纏われながら、鮫介はごほんと咳払いし、


「うん。僕はナレッシュ殿の友人だ。だから、正々堂々とトホ領にも訪問出来る」

「承知しました。では、ドゥルーヴ様の元へ向かいます」


 そして、車は領主ドゥルーヴの屋敷へと進行を開始した。

 トホ領の――というより、このムー大陸の道路は横幅が異常に広く、およそ8車線くらいありそうな感じだ。

 これはどの領も、本線は機体(ナーカル)……縦およそ15メートル、虹の七騎士ともなればその倍もある全長のロボットを運ぶトレーラーを運用する必要があるからしい。

 まぁ確かに、言われて見ればこの本通りの幅広さも、納得がいくものなのだろう。

 少なくとも、この大陸の住人としては。

 早く慣れなくては。こんな幅広の道に慣れていない鮫介としては、少々寂しさを感じる道のりを、ベンツ(らしきもの)はぐんぐん進んでいく。


「鮫介様? いかが致しました、ご気分でも優れなく……?」

「ああ、いえ。なんでもありません。少々、僕の元いた世界に……その、無い道を進んでいますので」


 小首を傾げて心配そうに尋ねるエルザフィアに、鮫介は苦笑して答える。

 エルザフィアはそれで納得したのか、ああ、と頷き、


「トホ領は氷結騎士様の加護があるといっても、氷原ばかりではありませんからね。同じようにテルブ領は火山地帯ばかりではありませんし、ガムルド領も風ばかりが吹いているわけではありません。別の世界からいらしたコースケ様には、さぞ退屈な道と見えていることでしょう」

「ああ、いえ……でも、僕はこの道のこと、好きですよ。行き交う人々は労働に目を輝かせて、街の隅をうろうく孤児たちも生きる気力でいっぱいだ。上手くは言えないけれど、僕はこの街が……うん、生命力に溢れているように感じられます」


 割りかし適当はコメントであったが、エルザフィアはそうです、そうですと感動したように力強く何度も頷き、


「それです! この街を貧乏くさいと卑下する者もおりますが、コースケ様の言う通り、この街には活気があります! 人々が生き抜くための、生命力に溢れているのです!」

「そ、そうだね」

「ええ! そうですとも!」


 エルザフィアは嬉しそうな笑顔で、この街を理解するとは見事ですね、と鮫介を称える。

 まさかいい加減な回答だったとは思うまい。鮫介はにっこり顔のエルザフィアと共に車外のシャープさんに写真を撮られながら、ははは、と乾いた笑いを漏らす。

 帰りてぇ。

 そんな内心の感情を吐露するわけにもいかず、鮫介はひたすら乾いた笑みを浮かべていた。

 やがてベンツ(らしきもの)は一軒の屋敷の前で停止する。

 とても豪奢で、金がかかってそうな外観。これが十中八九、領主の屋敷とやらなのだろう。

 鮫介はフェグラー領主、アルキウスの家に行ったときのことを思い出す。あの屋敷はも広くはあったが、日本のいわゆる高級住宅街のにある一軒家よりやや広いくらいであった。

 それが、この屋敷はどうだ。インド洋装を取り入れた(と思しき)白色と黄色でバランスよく配色された壁面に、王朝を思い起こさせる玉ねぎ型の屋根。

 広大な庭はあちこち丁寧に刈り取られており、まさにその屋敷に住む者の経済力を知らしめるかのような圧迫感さえ呼び起こす。

 何よりも、広い! この庭園だけでアルキウスさんの邸宅がまるまるすっぽりと収まりそうだ。

 あまりの巨大さ、豪奢さに口を開けて思わずぽかんとしていると、エルザフィアはふふんと、得意げに笑い、


「どうですか! これが我がトホ領の叡智の結晶、領主ドゥルーヴの住まう屋敷なのです!」

「これは……また……凄い屋敷ですね……」

「でしょう!? これこそが領主ドゥルーヴの威光。最大限に贅を凝らした屋敷はトホ領で最大級の面積を誇り、その分、使用人たちも大勢います。まさしく、この場所こそトホ領の誇るランドマーク! 他の国にひけを取らない、我が領の最大の見どころなのです!」

「……エルザフィアさんは……その、他の人の視点が気になっているみたいだね?」

「ああ! ……こ、これは恥ずかしい。我がトホ領は他領の方々に田舎者だと馬鹿にされることも多く……そうではないのだと、誇りたい部分もあり……」


 鮫介の問いかけに、エルザフィアは赤面して俯き、ぼそぼそと答える。

 ふむ。

 と、鮫介は顎に手を添えて一人考え込む。

 つまり、エルザフィアさんはこの領が田舎臭いと考えている……即ち、インド様式に全肯定というわけじゃないようだ。

 しかし、それでも大恩ある領主の考えは否定しにくい。

 だからこそ、この領が活気ある町並みだと、そう信じ込みたいわけだ。

 ……いやまぁ、この街が生命力に溢れていることを否定したいわけじゃないけれど。


「……エルザフィアさんも、大変ですね」

「え、えぇ? ……まぁ、そうですね。偉大なるドゥルーヴ様の義娘としては、色々と思うところもありますが」


 エルザフィアは照れたように顔を下げ、汗々と照れたように答える。

 ふーむ。

 そういえば、なんでこの人はドゥルーヴさんの義娘となったのであろう?

 何か、深いセールスポイントでもあったのだろうか?


「あ、はい。私はグレイサードに選ばれたのです。とはいえ、グレイサードの大神官はナレッシュ様。私はグレイサードを操縦出来ず、かといって他の機体ナーカルにも乗れない、中途半端な人材となりますが」

「あ、えっと……それは……」

「お気になさらず。私の微妙な立場は、私自身が十分理解しています。今はただ、グレイサードの宣伝活動に務めるだけですね」


 そう言って微笑むエルザフィアを、鮫介は見ていられずに目を逸らす。

 なんという覚悟か。

 虹の七騎士に選ばれるという名誉が、前任者が既に存在することで、有名無実と化している。

 彼女はナレッシュが死ぬか、念動力不足で引退するまで、グレイサードにも乗ることも叶わず、ただ『乗れる』という事実無根か疑わしい印象を得たまま、広告塔と化しているのだ。



「……理解しているそうなので、僕からは何も言いませんが。少しくらい、その……我儘を言ってもいいのでは?」

「我儘など……私は今の立場に不満など無い……と言えば嘘になりますが」


 でも、と彼女は明るく笑う。


「今はナレッシュ様が大神官ですので。グレイサードの活躍は、ナレッシュ様が伝えてくれます。私はその仕事、少しでもサポート出来れば、と」

「……立派だなぁ。ナレッシュ殿もエルザフィア様のような後任がいて、安心して戦えるのだろうね」

「そ、そうですか? そういう意図は、無かったのですが……な、なかなかに、照れますね?」


 と、エルザフィアさんは頬を朱色に染めて、静かに佇んだ。

 うーん……

 ついついナンパのような口調を取ってしまったが、正直、この人は本当に立派なのだろう、と思う。

 羨ましい、という羨望もある。

 妬ましい、という嫉妬もあろう。

 けれど、彼女は柔和の笑みを称えて、あえて広告塔の道を選んだのだ。

 そういう態度は、素直に尊敬出来る。

 何やらニヤニヤしているゴードンとスビビラビの頭をぶん殴りながら、鮫介は眼の前にいるエルザフィアという女性への態度を一段改めた。

 車は屋敷の内部へと進入していく。

 いよいよ領主、ドゥルーヴとの面会が訪れるらしい。

 はぁ……お腹痛い。

 突然腹痛を起こし始めた胃を撫でながら、鮫介はちらちらとこちらの表情を伺っているエルザフィアさんとニヨニヨ顔を隠そうとしないゴードンとスビビラビ、どういう態度を取ったものかと悩んだ様子のデイルハッドとフレミア、そしてコアを引き連れて、ドゥルーヴの屋敷へと突入する。

 一人、どんな顔をすればいいのか分からないといった具合に視線をあちこち彷徨わせている運転手さんが、酷く印象に残った。

 笑ってくれて、ええんやで?




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