響太郎と僕
こんにちは。
巨大ロボットもの、連載します。スパロボとか好きなので。
突然だが、通っている高校が突如としてテロリストに襲われたら、どうするだろうか?
なんて。
受験戦争に明け暮れる中学生に、そんなこと尋ねるのはナンセンスというものだろう。勝てば合格、負ければ堕落。現代を必死に生きる彼らにとって、その質問は自分を妨げるだけの代物に過ぎない。良くて無視、悪くても無視するだけの無用の長物だ。
だから、その質問は高校生にするべきだ。特に大学進学率27%、田舎もド田舎の駅すら存在しない離島の学舎なんかオススメである。彼らにとって進学する者は蜃気楼に魅せられた愚かな存在、結局は夢破れてすごすごと気落ちしながら帰ってくるか、恥ずかしくて戻れぬまま地方で上司にひーこら言われてる哀れな俗物という有様なのだから。
そんな訳で、その離島に在住している一人の若者がテロリスト対策をするのに、余計な邪魔は入らなかった。
突如として襲い来るテロリストたち。彼らは生徒と教諭合わせて五百人を人質にする。なに、本校は用務員を加えても八十人足らず? いいんだよ細かい事は。我が高校が人員不足で来年か再来年には消滅の危機に陥ってようが知ったこっちゃない。どうせ妄想だ、誰も気にしないだろう。
テロリストは各クラスに一人ずつ。怯え、戸惑う生徒たち。仲には泣いてる者もいるだろう。特に意味はないがそれはクラスで一番の美少女、杜若美澪だと望ましい。絵になるし。
奴らは残虐だ。サブマシンガンを振り回し、逆らう者は皆殺しにするとほざいている。どうせならクラスに一人、撃ち殺された者がいてもいいかもしれないな。しょうがない、しょうがないからそれはクラスで一番の乱暴者、白都流平にしよう。うんうん、しょうがない。決してクラスで一番不良を嫌ってそうな委員長、田中紅玉と清い交際をしているからではない。本当だよ?
とはいえ、これで準備は整った。哀れ白都は短機関銃の連射の前にいとも容易く餌食となり、クラス中に悲鳴が上がる。それから十五分、流れるのは二階下の職員室で首相と対談しているボスの声のみ。時折折衝が進んでいないのか、怒気を孕んだ叫び声が聞こえてきた。
そこで僕の出番だ!
テロリストが窓のほうを見てる一瞬の隙を突き、テロリストを黙らせる。え、どうやったのか? あれだ……その……どうにかしたんだ。描写は各人の心の中に存在する。
急いでテロリストの服装を頂き、サブマシンガンを手に立ち上がった。泣きながら突然の凶行、もとい英雄の誕生に吃驚している美澪にそっと微笑みかけ、廊下へと突撃。待ち構えていたテロリストたちを千切っては投げ千切っては投げ、ついにボスへと辿り着いた。描写が甘すぎ? もう一度言うぞ、これは妄想だ。
ここまでの戦闘で酷い損傷を起こしていたが、気にしてはいられない。ボスは難敵で、幾度となく拳銃を当ててもびくともしない不朽さだ。ついに上半身の服がズタボロになって僕は血塗れの半裸になった。でも下半身は服を着たままだ。おかしいな、何故だろう。世の無常さに首を傾げたがとりえあず話を進めよう。
激しい攻防の末、ついに必殺の一撃を叩き込んで僕はボスを倒した。曇っていた空が何故か突然快晴となり、世界に平和が戻った。
称える歓声。突如湧き出た顔も知らない同級生。校舎で胴上げが行われる。美澪が泣きながら僕に抱きついた。見つめ合う僕と美澪。やがて二人の顔が近づいて――
「……ぇ………………こ……け……」
全校生徒が見守る中、そっと美澪の唇にキスを――
「おい鮫介! 起きろって!」
パシン、という音がして、僕は美澪のキスの代わりに熱い平手打ちを食らっていた。
はっと気が付けば、そこはクラスの中だった。顔の真正面には、必死の顔をした親友の姿。
「あぇ……? あー……響太郎……?」
「寝てる場合か、アホ! 良いから、あれを見ろ!」
響太郎が僕の首元を締め上げたまま、脇を睨む。
苦しさに呻きながら、僕もそちらに視線を移した。
徐々に輪郭が整っていく風景。教室の中央に佇む二人の男女。女性は……何処か見覚えがある。あれはクラスで一番の美少女、先程まで僕と甘い雰囲気に包まれていた杜若美澪だ。何か迷彩服を来た背の高い男性に手を引かれそうになり、それを……遮っている、のだろうか。全身緑色の男は下卑た半笑いで美澪を教室の外に連れ出そうとしており、逆に美澪は激しく取り乱し、机にしがみついて全力で嫌がっていた。
「……あれは……」
周囲を見渡せば、水を打ったような静寂。クラスメイト達は一言足りとも声を漏らさず、顔は苦しげに歪んでいる。張り詰めた緊張感の中で、しかし、誰も手を伸ばしはしない。
おかしい。何故か、自分の心臓まで動悸が激しくなっている。
わかっているのに、理解することを全力で拒否している感覚。そういえば、どうして僕は眠っていたのだろう。思い出せ。何があった。
僕は、惚けたように訪ねた。
「……何を、しているんだ……?」
「美澪が犯されそうだ」
一瞬、何を言ってるんだと僕は耳を疑った。
「手を貸してくれ」
だが響太郎の目は真剣で、僕が断ったのなら一人で断行していただろう。
僕はようやく、事態を思い返していた。
ああ、そうだ。
僕の通う高校は今、テロリストに占拠されているんだった――本当に。
「――やはり、状況は悪いようですな」
会議室に、重苦しい溜息が重なっていく。
「現在、『万雷』と『凍結』が交戦中です」
「とはいえ、『万雷』はすぐに片が付くでしょう。『凍結』も時間がかかりますが、必ずや」
「頼みましたよ、ドゥルーヴ殿。あそこは僻地とはいえ戦線の重要拠点、なんとしても守らなければなりません」
「お任せあれ。義理とはいえ我が息子、ご期待に添える働きを見せましょうぞ」
「そちらは宜しいのですが、前線が厳しいですな……」
ここは、首都ヒラニプラ。対『イニミクス』大会議が開催されている会場だ。
会議室を使う場合に限り、ヒラニプラに入領を許される。その数、僅か七人のみ。領の数だけが礼と共にヒラニプラに入り、《《王のいない玉座》》を居並んで代表者が会議室の使用を求め、そこ以外の場所は一切扱えない。ここ百年続いた、格式と伝統ある行事の一角だ。
そんな品位を誇る貴い場は、現在、暗澹たる空気が部屋中を満たしている。髭を生やした中年男性が一人、書類を片手に疲れたような吐息を漏らした。
「我が領はこの前の戦いで大神官を失い、酷く混乱しています。幸い次の大神官は見つかっているものの、慣れるまで相当に時間がかかるでしょう」
「こちらも、代替わりしたばかり。フランメルは未だ11歳で成人前です。今は戦局が膠着状態ですので訓練を行えておりますが……」
「しかし、先々代のグンナル殿が向かっておりますのでしょう?」
書類から目を離して首を傾げた若い青年の言葉に、恰幅の良い中年女性が疲労した笑みを浮かべる。
「ええ、遺産の分配がようやく終わったそうです。息子を失ってしまいしたが……孫だけは救おうと、すぐさま鉄道に飛び乗ってしまいました」
「……こちらは、未だに大神官が見つかっておりません」
続いて発言したのは、鋭い目をした年配の女性だ。
人々を顎でこき使う怜悧な顔立ちならがも、こちらもまた、憔悴しきった様子なのがありありと見て取れた。
「ガムルドは戦場に非ず。戦線へ食料等を運ぶ傍ら、大々的に捜索しているですが、どうにも……」
「見つかりませんか」
「我が息子たちが『烈風』を扱えたのなら、こんな苦労は無かったのですが……まことに申し訳ありません」
「謝らないでください。我ら七人、互いに状況は同じなのです。バイラザイタ殿も、そうでしょう?」
「……はひっ!?」
名前を呼ばれた小太りの中年男性が、あせあせと額を拭いながら答える。
「そ、そうですね! わ、我がマガシャタ領も、同感です!」
「……バイラザイタ殿?」
「そんなことより! 問題は戦線ですね、もう少し兵を送り込むことは可能でしょうか」
幾人かが訝しげな目をバイラザイタを向けながら、しかし話題が話題だ。会話の流れは再び、戦線へと舞い戻る。
「難しいな。我がトホでは、これ以上は戦線を維持出来ん」
「ダロンでは姉上……大神官殿のおかげで余裕が出来ましたので、少しくらいなら融通出来ますが……」
「すぐに送ってください。テルブとナロニが最前線、これ以上の侵攻を許してはなりませんから」
「敵の猛攻が一段と激しさを増しました。ここで逆転の手を打ちたいものです」
「しかし、マホマニテ殿。私の領もあなたの領も、もう兵という兵を出し尽くしたのでしょう?」
「新兵がいくらか育っています。彼らを送れば……」
「いや、それでも厳しいでしょう。敵は我らの踏み入れない山地を中心に拠点を作ります。新兵では、足運びもままるなかどうか」
事態は逼迫している。前線の領は敵とぶつかり合い、後方の領は次々と支援を送っているが、それでも限度が存在した。
敵は――強い。一対一ならば、初めての戦いに挑む新兵でもギリギリ勝利を得られるだろう。だが、数だけは無数にあった。一体三、一体五で立ち向かわれれば、ベテランの戦士でさえ苦難に陥る。一体十、一体百ならば、果たして何人もの犠牲が必要となるのだろうか。
その時、情勢の推移を見守っていた青年がぽつりと、言葉を零した。
「……我が領に、勇者をお迎えせねばなりませんかな」
瞬間、はっと戦慄が各領の支配者たちの胸に過ぎった。
瞬間的に叫んだのは、マホマニテ――ガムルド領の領主だ。瞳に憎悪を宿らせて、激昂の内に心境を吐き出す。
「反対です!!」
「何故ですかな」
「決まっているでしょう、アルキウス! 先代の勇者が、我が領に何をもたらしたかを……っ!!」
涼し気なアルキウスとは対照的に、マホマニテは怨敵を前にしたかのような只ならぬ威圧感を漂わせる。気の小さいバイラザイタはひぃっと悲鳴を上げ、ダロン領ナセレ家の当主である若きレオースもまた、小さく肩を震わせた。
「……確かに、先代の勇者が過去ガムルドにした遺恨は大きい。しかし現在、状況が状況です」
「そしてまた、悲劇を繰り返すのですか!」
「さて。そもそも悲劇を生じさせたのは、果たしてどちらなのやら」
アルキウスが肩を竦めた瞬間。
ぶわっ、と。書類の山を砂塵の如く吹き飛ばし、マホマニテの周囲を突然の強風が吹き荒れた。室内の誰もが瞠目する中、まるでサーキュレーターの直撃を受けたかのようにガムルド領主の右腕に爆発的な破壊の力が宿る。回転、旋回、あらゆる全てを粉々に捩じ切る必殺の乱気流が、敵の喉元を食い破らんと蠢き合う。
不自然極まりない旋風が今まさにアルキウスへと放たれようとした刹那、慌てて両脇の二人が老婦人を止めにかかる。
「落ち着け、マホマニテ!」
「で、殿中です! 国王への謀反人として処罰せねばなりませんぞ!」
「……くっ……!」
バイラザイタとトホの領主、ドゥルーヴに説き伏せられ、一瞬躊躇したもののマホマニテの右手から渋々、といった様子で暴風が霧散、ものの一秒もかからず散っていった。
レオースは思わず天を仰いで嘆息し、ナロニ家を代表するカカミが、苛々した様子でアルキウスに向き直る。
「アルキウス殿! 少し言葉が過ぎませんかな!?」
「ああ、失敬。少々、調子に乗り過ぎたようです」
「この会議室は、国王陛下に使用を許されたもの。領主同士の死闘など、国王がどんなに悲しまれることでしょうか」
レオースの言葉に六人は頷き、上座の席――誰も座らぬ国王の座上に対して、深く頭を下げた。
そこに、陛下は存在しない。ただ、肖像画が置かれているだけだ。杖を掲げ、遍く万人に繁栄を約束した太古の王――その偉大な姿に敬服を示す七人の姿は、知らない人が見れば、異様な光景に思えるだろう。
しかし、領主たちの面持ちは本物だった。きっちりと三秒かけて礼をし、書類を拾い上げて再び相向かう時には、先程までの一瞬即発な空気はまったく感じられない。
「……国元で何かあったようです。少々、退席しますね」
テルブ領ルーニ家当主――エィデルがそっと会議室の椅子に座り、静かに瞳を閉じる。
それを確認しながら、マホマニテは静かに問いかけた。
「……アルキウス。勇者を呼び出すと、そう言いましたね」
「いかにも」
アルキウスは今度は真剣に、深く頷く。
「先代勇者が呼び出されて、まだ二十年しか経っていない。すぐに呼び出す必要があるのか?」
「まだ、ではないよドゥルーヴ殿。もう、二十年なのだ。今まで三代の勇者に召喚願っているが、初代は百年前、二代目は五十年前、そして三代目は二十年前だ。段々、召喚の粋が短くなっている……ここで召喚せねば、より深い苦難の道を勇者様に歩ませることになるだろうさ」
「そうは言うが……危険ではないのかね? それに、貴方も」
「ええ、召喚は多大な霊力を必要としますからね。既に一回召喚し、杖をつかねば歩けなくなった我が身としては、二回目の召喚でどれだけの醜態を晒さなければならないのか理解しかねるけども……それでも、今ここでやらなければならないと思いますよ」
「しかし……」
マホマニテは、未だ反対の意思を示している。言葉にはせぬものの、バイラザイタやカカミも反対していることは、その顔で推測出来よう。
レオースもまた、心配するかのようにアルキウスに対して言葉を述べた。
「義兄上……やはりこれは大きな賭けとなるでしょう、もう少し待つべきなのでは……」
「ありがとう、レオース。だが、ここがきっと最後のチャンスなんだ。召喚すれば流れは変わる。君の姉上も、戦況が楽になるだろうさ」
「……駄目です、やはり許可出来ません。召喚は、やはり7人全員の裁可を得なくては」
「マホマニテ殿、だからといって――」
「――た、大変です、皆様っ!!!」
絶叫が、再び暗雲立ち込める会議室に轟いた。
驚いて目をやれば、そこはテルブ領の領主席。意識を取り戻したエィデルはまるでこの世の終わりとばかりに、ぶるぶると青ざめた顔をしている。
それだけで、全て伝わった。各領主は緊張の色を滲ませ、至急問いかける。
「エィデル殿、いかがいたした!?」
「イ、イニミクスが突如襲撃! カオカーンの砦が襲撃を受け、ば、『爆焔』が、フランメルが……ああ……っ!!」
「しっかりしてください! 何があったのですか!?」
「カ、カオカーンは、カオカーンは……陥落! フランメルは、ひ、ひ……瀕死の重傷を負いました!!!」
「なんだって!?」
激震が走った。
会議室が途端に騒がしくなる。兵数は如何ほどか。別の領まで攻め込んで来ないのか。すぐに増援を送らないと。各々が挙動不審になる中、アルキウスは殊更ゆっくりと立ち上がり、怯えるエィデルの眼の前に腰掛け、静かに問いかけた。
「それで、フランメル嬢の容態は?」
「き……危険な状態です。なんとか『爆焔』を守りきりましたが、い、今にも命を落としかねないほど重症で……っ!!」
「ご立派です。そのような勇士を、決して死なせるわけにはまいりません」
取り乱し、しがみ付いて訴えるエィデルに大丈夫と微笑みかけ、アルキウスはマホマニテを振り返った。
「マホマニテ殿……構いませんね?」
「…………事が、事です」
「よろしい」
立ち上がるアルキウス。
会議室の中、ふと国王の肖像画と目が合う。威厳に満ちた陛下より勇気を賜った気がして、己の判断が間違っていないことを確信した。
マントを広げ、片手を広げる。まるでそれは、異次元同士を結びつける鎖のように。
「これより! 勇者召喚の儀を執り行う!」
旭響太郎は、いつだって物語の主人公だった。
彼の周囲は、常日頃から騒がしかった。捨て猫を拾ったのも彼だし、転校生と喧嘩しながらも仲良くなったのも彼だった。何処も彼処もまるでお祭りのように演目を開催し、そして中心にいるのはいつも彼だった。
曲がったことが大嫌いで、喧嘩っ早く、涙脆くて、情に厚い。そんな彼だからこそ、光り輝いていた。どんな暗闇の中でも、彼がいればそれだけで何もいらなかった。
僕は――そんな彼の、友達だった。
たまたま保育園で隣同士になり、手持ち無沙汰に話しかけたのがきっかけだった気がする。それ以来、二人でつるんでは色々なことをしでかした。
春の入学式で大々的なパフォーマンスを見せ、夏休みには両親に内緒で島内一周旅行に出かける。秋には複雑怪奇な罠を潜り抜けて女湯を覗き、冬休みには大人も喝采を送るような超巨大雪だるまを作り上げた。
仲間は、常に一定ではない。だけども、僕は必ず側にいた。二人で一緒に笑い、時に喧嘩し、だけどいつの間にか仲直りして、相棒と呼ばれるようになっていた。
――いつから、気が付いていたのだろう。
世界の中心は、どんな時でも響太郎のものだった。僕は、少し離れた場所でそれを享受しているだけだった。
近所の購買店員は、いつも響太郎におまけをしていたけれど、僕一人のときはたまにおまけを忘れた。孤立しながら行う宝探しはゴミしか見つからないのに、響太郎が仲間に加われば必ず大事件が巻き起こった。あの時転校を引き止めて解決した女の子は、僕も苦労して手助けしたのに、気が付くと響太郎に惚れていた。
ああそうかと、確信を持って言える。
これはきっと、響太郎を中心とした物語なんだ。僕は音無鮫介ではなく、神様が彼に用意した『クラスで一番の友達』というだけなんだ。
「俺が美澪を引っ張ってる奴に一撃食らわせる。お前は俺に銃を向けた後ろのやつをとっ捕まえてくれ。いいな?」
「……ああ……わかった」
「よし! それでこそ、俺の親友だぜ!」
だからきっと、このテロリスト騒動も何とかなるのだろう。
テロリストは僕の想像と違い、二名で前後から監視していた。白都流平は短機関銃を見ただけで震え上がり、田中紅玉はゲロを吐いて近くにいた女子に介護されている。きっと旭響太郎も、今回ばかりはどうにもならない。そんな、お芝居をするような空気をどうしても感じてしまう。
吐き気がする。茶番もここまで来るなら立派なものだ。
わかってる。犠牲があるかは分からない。ひょっとしたら僕かもしれない。だけど、最終的には響太郎は必ず親玉を倒し、きっとこの高校を救ってくれる。
生徒たちは喜ぶだろう。僕も喜ぶし、もしかしたら死んでいるかもしれないが、その時は響太郎がきっと泣いてくれる。
それだけ。
僕と響太郎の間にあるのは、それだけだ。『クラスで一番の友達』を失うか否かなだけの、単なる分岐点の一つに過ぎない。
「三、二、一……ゴー!」
響太郎が猛ダッシュでテロリストに近づいた。
気付いて顔を上げたテロリストより早く、握りしめた拳が顔面に炸裂する。ガスマスクを被っておらず、目出し帽だけだった犯人はもんどり打って地面に転がった。同時に左手で美澪を庇い、自分の後ろにそっと隠す。すげぇ、こいつの神経はどうなっているんだろう。
腰を落として何が何だか分からないといった様子の相手に、すかさず追撃。狙うは自らを殺傷せしめる凶器を持った右腕だ。テロリストは突如殴られた痛みで意識が朦朧としてるらしく、防戦一方に徹している。
「何をしている!」
後ろのテロリストが怒鳴り声をあげた。短機関銃を向けるが、射線に仲間が入るため弾丸を放つことが出来ない。響太郎を引き剥がそうと、一直線に駆け寄っていく。
その瞬間にこそ、僕の役目は存在した。瞬時に接敵し、隣にいた野球部から勝手に借りた金属製のバットをフルスイング。カァンと良い音が鳴り響き、呻き声を上げて男はその場に倒れた。
一秒、二秒。男は倒れたまま動かない。殺してしまっただろうか? ちょっとだけドキドキするが、まあ問題ないだろう。僕にとっては死体遺棄容疑に関わる大問題だが、旭響太郎の生活においては、きっと、何の問題にもならないだろうから。
息を付いて響太郎のほうを見れば、そちらも片付いたようだった。テロリストの男はすっかりと伸び、短機関銃を奪い取った勇気ある青年が僕に対してニッと笑顔を見せるところであった。
「きょ……響太郎ぉっ!!」
美澪が響太郎に抱き着いて、わんわんと泣き出す。響太郎がどうしたらいいのか分からず困った顔を見せ、僕は好きにさせてやれ、とばかりにひょいっと肩を竦めた。しょうがない、だって美澪は小学校の時から現代に至るまで、ずっと響太郎に惚れているのだから。
なんで告白せんの、と考えているうちにみんなは歓声と共に響太郎へと向かった。一方で僕のほうは男子が数人で、女子は一人もいない。分かってたけどね。
「お疲れさん」
響太郎のもとへ近づくと、ニカッと笑って片手を突き出した。僕も同じく片手をぶつけてハイタッチ。まるで映画のワンシーンだ。気持ちが悪い。
「サンキュ、鮫介。お前がいなかったら、きっとどうにもならなかったよ」
「そんなことは、ないよ」
本当に。
鮫介ならどんな状況でも、絶対に成功させてしまうだろうから。
「これから、どうする?」
「まずは一年、そして三年のクラスを開放する。難しいだろうけど、俺たちなら、きっと出来るさ」
「……ああ、そうだな」
色々言いたいことを飲み込んで、僕は頷いた。
俺たちならじゃなくて、俺なら、だろうと。だけど僕は沈黙する。響太郎はそんなこと言われても、そんなわけないだろ、と歯牙にもかけない。きっと自分が不死身であることを意識しないことが、物語の主人公たる所以なのだろう。
と、その時……あってはならない光景を、目にしてしまった。驚愕に、僕は目を大きく見開く。
(あの時の……!)
後方にいたテロリストだ。僕が殴り付けた初老の男が、忌まわし気に短機関銃を構えている。
死んだふりをしていたらしい。
照準は――銃口の先を読み、僕は大きく脱力した。
なんだ、僕か。
僕は安心していた。運命と呼んでもいいかもしれない。僕はやっぱり、ここで死ぬ必要があるのだろう。神様の台本では、ここで『音無鮫介は退場』と書かれているに違いない。出来るだけ、いい脚本で神がかった演出を期待する。撃たれて一発退場とか、そういうのは流石に勘弁してほしい。
死ぬことは怖くなかった。恐怖は多少なりとも感じていたけど、それ以上に旭響太郎に付いていかなくて済むことが、僕にとって救いだった。
もう、僕の運命は響太郎に支配されなくて、済むんだ。
考える時間は、一瞬。サブマシンガンから、猛烈な勢いで弾丸が射出される。スローモーションのようにそれを眺めながら、僕の身体は真横に投じられていた。
「――――」
驚いて、僕の身体を真横に投じた者を見る。
そこには相も変わらず、旭響太郎の姿があった。
手を伸ばし、僕を弾丸から庇う、必死な形相の旭響太郎の姿があった。
「あ……」
何やってるの、お前。
僕がそんなことを口に出すより早く、雷火の標的となった対象に向かって、猪突猛進に銃痕が駆け抜けるほうが早かった。
美澪の悲鳴。
誰かの叫び声。
鮮血が、周囲一体に飛び散って。
旭響太郎が、その場に崩れ落ちる。
会議室より飛んで帰ったアルキウスは、すぐに祭礼の準備を始めさせた。
襲撃の被災国であるテルブはもとより、隣領のナロニやトホも直ぐ様応援のため戦力を送ると約束してくれた。ダロンにいた『万雷』の大神官である妻も既に作戦を終え、神殿に直接向かうと帰りの特急列車の中で通じてある。
とはいえ、急がねばテルブの首都である『フィオルグニス』まで墜ちかねない。早急に、召喚の儀を進める必要があった。
「これは、ここに置いてっと……そっちは終わった?」
「はっ! 準備完了です!」
「よし……なら、やろうか」
調度品が並べ終わり、いよいよ儀式が始まる。
聖なる灯火を前にアルキウス、背後に神官六人を定められた場所に配置。幻惑的な空気に一同が人知れず息を呑む中、祭礼の歌が神殿内に響き渡った。
「我らが守護神フェグラーよ、目覚め転寝幾星霜。滅びの時を迎えども、偉大な王の慈悲ぞある……」
右手に瑞鈴、左手に檜扇。定められた言葉を定められた音程で発音し、一字一句違えることを許されない。合間に鈴を鳴らし、体勢を変えて扇を操る。やがて額に汗が浮かび、一筋垂れて床に水滴を作ろうとも、誰も休憩を挟もうとは考えない。
「勇ましき者、新しき者、輝けし者、守りし者。今一度降臨せしは、未知を求めし英雄譚」
何故なら、後衛の神官たちもまた、一心不乱に祈りを捧げていたからだ。
同じ単語を繰り返し念じながら、土下座するように身を屈め、また起き上がって鈴を鳴らす。先導の大神官より動きは緩慢なものの、キツいことに変わりはありまい。それでも一行は誰一人として行為を辞めず、ただひたすらに奇跡を求めていた。
「……我が身捨てんと息巻いて、鬼籍の内に要らずんば、念動力の加護なりき……」
やがて、アルキウスの足元を風が荒んだ。
それは小さな、誰も気付かぬ欠片のような変化だった。だが、徐々に風は激しさを増し、神殿内を蛇が如く駆け巡る。細い一筋の光はやがて紡がれる糸となり、次第に巨大な手綱と化した。もはや目に見える範囲で跳梁する横殴りの風を、アルキウスたちは必死に押し留め、その形を保ち続ける。
来たれ。
来たれ。
勇者よ、来たれ。
そのような跳舞が、果たして何時間続いたであろうか。既に壁と生じた暴風は灯火の奥で、亀裂を生じさせていた。次第に穴を広げて大きく育つそれこそが、時空と空間の狭間を繋ぐ転移門。この世のありとあらゆる常識を覆し、もう一つの世界から勇者を招き寄せる希望の腕――
行為の意味が――その理由が、まったく理解出来なかった。
何故――彼は、僕を庇ったのだろう。
僕が庇うのなら、わかる。
誰かが庇うのも、わかる。
だけど。彼が庇うのは、割に合わない。
「響太郎ォォォッ!!!」
教室は、悲鳴を埋め尽くされている。
僕は、外側でそれをただ眺めていた。
二年生のクラスメイト十九人が、全員響太郎を囲み、泣き叫んでいる。
僕は遠くにいて、それに交わらない。サブマシンガンを撃ったテロリストを今度こそ完璧に気絶させたけど、もはや誰も気にしていないだろう。
僕も、別段興味は薄れていた。
ただ――響太郎が僕を庇った、それだけで頭の中でいっぱいだった。
「響太郎、しっかりして、響太郎っ!!!」
「と、とにかく止血だ!」
「なんで!? どうして!!?」
「クソォ! 血が止まらねえよ!?」
「お願い神様、私の身体を差し上げます。だから、響太郎を助けて……!」
クラスメイトたちの必死の声が、僕の耳を素通りしていく。
なんで。
どうして。
頭の中がぐるぐるして、何も考えられない。
とにかく、響太郎に尋ねないと。
どうして、僕なんかを助けたんだって。
きっと、「助けたかったから」なんて答えが帰ってくることに、間違い無いだろうけど。
「きょうた――」
足を一歩踏み出した瞬間、世界から音が消えた。
遠景は溶け出すように真っ白となり、世界線からクラスメイトが次々と掻き消えていく。
足元には魔法陣。僕と響太郎のちょうど真ん中から、次第に巨大化する幾何学模様。
「は――」
何だ、これは。
答える間も無く、広がって、もはや目に見えないくらい膨張した白と黒の乱舞。
そこから伸びた影のような黒い腕が、優しく撫で付けるようにその身体を抱き寄せる。
僕と、響太郎。
二人の身体を、あやすように抱き寄せる。
「――待て――」
まだ。
響太郎が。
あんなに血塗れで。苦しんでて。
今にも倒れそうで。意識を失いそうで
早く治療を施さないと――死んでしまいそうで。
「――待ってくれ――」
焦る。
こんなに焦ったことは、過去存在しないくらい焦る。
何が起きてるのかは、分からない。
でも、響太郎だけは。
僕はどうなってもいい。
だけど、響太郎だけは――
やがて、運命の時が来る。
両手を天に掲げ、アルキウスは高らかに叫ぶ。
「――約束せし時空の申し子、再びここに現れん――!」
「――響太郎ッ!」
手を伸ばす。
しかしその手はギリギリの位置で届かず、二人の肉体は全ての黒に遮られ――
衝撃が、世界を包む。
今ここに、新たなる時空の機士、降臨せん。