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フェアリーテイルオブシーヴ  作者: unique
【Ⅶ】コハク国
56/58

7-8

「レッフェル……フォルケッタ……」


何故、今まで彼らの事を忘れていたのだろう。


喉につっかえていた名前がするりと口から零れると、

後から後から一緒に旅した記憶が鮮明に呼び起こされ、

懐かしさと申し訳なさに、涙が溢れ出た。


2人はめありをそっと抱き締めると、

彼女を宥めるようにして、震える背中を優しく撫でる。


「めありさん……あんな別れ方をさせてしまって申し訳ありませんでした。僕はもう、正気に戻りましたよ」

「フェルも僕も無事だよ、1人にしてごめんね」

「ううん、良いの……私の方こそ、ごめんなさい」


めありはぶんぶんと首を振った。

謝るのはこっちの方だ。

謝罪の言葉を述べて、2人を抱き締め返した。


私が記憶を失っていたのは、

カンタレラの魔法が関係しているらしい。

先程、ニクラウスはそう言っていた。


カンタレラが、私の記憶を操作したの?

一体、何の為に……?


「……ニクラウス、彼は何故私の記憶を奪ったの?」

「あー、指示を出したのはマスカレドだけどな。邪魔だ足枷だのと言ってたのは覚えてるけどよ」

「マスカレドが……」


アレアシオンで、

封印魔法を掛けてもらったあの時かしら。


マスカレドのキスで気付かなかったけれど、

きっと横で寝ていただけに見えたカンタレラが

その最中に仕込んだのだろう。


フォルケッタはニクラウスの発言を否定せず、

自らの実力を悟っているのか、

悔しそうな表情を滲ませながら言った。


「アレアシオンで聞いた話……あの時、僕は認められなくて反抗した。呆気なくやられて、魔界に閉じ込められちゃったけどね……その間に、フェルにも聞いてもらって、落ち着いて考えたんだけど、実際僕の実力じゃ足手まといだよ。でも」

「僕達、2人だったらお役に立てるかと思いますよ。めありさん、貴女を守る為なら僕達は使い捨ての駒でも良い。必ず、貴女を守ってみせますから」


暗くて気付くのが遅くなってしまったが、

よく見ると、レッフェルは髪の色が変わり果てていた。

そんな彼からは闇属性の匂いを感じる。


そっか……そういえばオベリスクが言っていたわ。

私を守る力が欲しくて、

彼の方からキメラになりたいと志願してきたのよね。


彼はめありの右手をそっと掬い上げると、

手のひらの皺に唇を寄せた。


「だから……僕達を、オリジナルの方々の下僕(しもべ)にして下さるよう、貴女からお願いして頂けませんか」

「でも、」

「結局僕らは消えるんだ。なら、残された時間を好きな人と過ごしたいし、残りの命も全部あんたに費やしたいんだよ……分かんない?」


フォルケッタが反対側のめありの腕を持ち上げ、

彼女の手の甲にキスを落とす。


好きな人とって……2人が、私を好きだと言うの?

私がこの世界に来なければ、

2人はトラブルに巻き込まれずに暮らして行けたのに?


否、もうその考え方はやめなくちゃ。

また潦や雉隠に叱られてしまう。


「俺様は賛成だ。コイツら、監獄を破壊しやがったからな!2人なら実力として申し分無ぇしよ」


ニクラウスが2人の肩を叩き、歯を見せて笑う。

この人、やっぱり面倒見がいいのね。


アレアシオンに辿り着く前も、

同じ畜獣種魔族の面倒を見に来ていたから、

私達とばったり出会ったんだものね。


「分かったわ、私から聞いてみる……それに、マスカレドに直接聞きたいことも出来たから」

「ぶはっ!アイツの慌てる顔が見れるかもしれねぇなあ……楽しみにしてるぜぇ?」


***


カンタレラが椅子に腰掛けている後ろで、

マスカレドは腕を組みながら彼の手元を見つめていた。

めありがマスカレドに駆け寄ると、

それに気付いたマスカレドが視線をあげる。


「マスカレド!」

「……ああ、何か用k」


ぱちん。


めありの平手打ちが、マスカレドの頬にヒットした。

彼が人間に叩かれるなんて、誰が想像できただろう。


予想していなかった彼女の行動にマスカレドは呆然とし、

カンタレラも珍しく驚いたような顔をし、

ニクラウスは影からその様子を見て笑いを堪えていた。


「何で……勝手に私の記憶を消したの?」


マスカレドは叩かれた頬に手を添えるが、

未だ放心状態なのか、一言も発さない。


怒りに震える拳を握り締め、めありは続けた。


「貴方達が、必死に頑張ってくれてる事は知ってる。命を掛けてることも理解してる。言ってくれたら私は何だって受け入れるから、何も言わずに奪うなんてしないで欲しいの……!」


虚空を漂っていた視線が、めありを捉えた。

人間そのままの姿をした彼が、

どす黒い煙を巻いて、みるみる本来の姿へと戻っていく。


鋭く尖った犬歯に、背中には蝙蝠の翼。

伸びた爪に、彼の特徴であるヴェネチアンアイマスク。


「……裏切り者は、誰だ?」


マスカレドとは思えない、ドスの効いた低い声だ。


その時、魔界中が揺れだして柱や天井にひびが入った。

様子を窺っていたニクラウスが危険を察知し、

振動で転びそうになっていためありを抱え上げると、

その場から逃げ出した。


ニクラウスの背中を追う、無数の青白い蝙蝠。

一匹が追いついて彼の肩に噛み付くが、

瞬時に引き剥がして、地面に叩き付けた。


「チッ……」

「だ、大丈夫!?」

「どうって事無ぇ!お前は此処で待って……」


「……やはり貴様か、この雑魚犬が」


いつの間に追いついたのだろうか。

ニクラウスの背後には、マスカレドが立っていた。


反応が遅れたニクラウスの肉体が、

めありの目前で、音も無くバラバラに砕け散る。

返り血が、めありを汚していく。

彼女は、あまりの恐怖にその場にへたり込んだ。


「あ……あ……」

「嗚呼、めあり……僕の可愛い、可愛いめあり……逆らうなんて、いけない子だ……」


マスカレドではない、別の誰かの声。

今の殺伐とした状況には似合わない、

あまりにも優しくて、穏やかな声色だった。


どろりとした漆黒の気体がめありの身体に絡み付いて、

彼女の動きを制限すると、

その上に覆い被さるようにしてマスカレドが体を重ねる。

それは気体なのに、まるで鉛のように重たくて、

懸命に力を入れてもびくともしない。


彼が、貪り付くようにめありの首筋に歯を立てる。

前に吸われた時は全く痛くなかったのに、

何故だろう?今は凄く痛くて、視界が涙で滲んでいく。


「い、たい……や、止めて……」


抵抗虚しく血を吸われ続けていると、

意識がぼんやりとしてきた。

身体中から血の気が喪われ、冷えていくのを感じる。


気が、遠くなる。もう駄目……。

そう思った時、視界端にキラキラとしたものが見えた。


水……?


浮遊した水玉が鋭い針の形に姿を変えると、

マスカレド目掛けて落ちていった。

マスカレド自身は微動だにせず、

背中の翼で風を煽れば、水の針は弾かれて消えた。


が、弾けた水滴が急激に凍り始め、

水滴が僅かながらに付着していた翼を凍て付かせた。

彼の翼は、灰のようにボロボロと崩れていった。


そこに、光の速度で蹴りが入った。

フォルケッタだ。

マスカレドは吸血行為を一度止め、

片手でフォルケッタ渾身の蹴りを受け止める。


すかさず空いている腕で怒涛の連撃を繰り出すが、

それも全て、マスカレドの前では無残に散っていく。


今のフォルケッタの武器は、己の肉体のみ。

魔界に攫われる過程で大剣を無くしてしまったからだ。


だがしかし、肉体のみとなった彼は身軽だった。

何故なら、彼は常に1トンはある大剣を背負っていた。

それは武器であると同時に、鍛錬の為の錘でもあった。


本来彼の得意とするものは、

父親から譲り受けた秘伝の“体術”なのだ。


フォルケッタは畳み掛けるように攻撃を止めない。

狙った急所には入らないものの、

マスカレドが少しずつめありから引き離されていく。


「フェル、今だよ!」

「了解しました!」


何時の間にか、巨大な氷の柱が頭上に現れていた。

マスカレドは羽ばたいて飛ぼうとするが、翼が無い。

柱はマスカレドに向かって勢い良く落下した。


立ち上る砂埃の中からめありを拾い上げると、

フォルケッタはレッフェルに彼女を預け、

砂埃に向かって構える。

奴がこの程度で死ぬはずも無い、次の攻撃に備えねば。


立ち上る砂埃の中に、人影が立っているのを確認出来た。

……これだけやって、まだ立てるのか。

嫌な汗が額から滲み落ちる。

この様子では、ちっともダメージは入ってないだろう。


砂埃が晴れ、ホログラムの街並みが照らす

逆光のマスカレドは、

今にも消えてしまいそうな儚さがある。


しかし、その正体は化け物じみた戦闘能力の魔族だ。


「クソッ……フェル、めありをっ……ぐ!」

「フォル!」


目に見えない攻撃が、フォルケッタを突き飛ばした。

何故だ、攻撃する動作はなかったのに。


フォルケッタが宮殿の壁にめり込むと、

その衝撃で吐血した。

あまりの痛みに視界が暗くなり、身体の力が抜けていく。


「己の力量すら把握できない害虫共め……我々オリジナルに歯向かう愚行、後悔させてやろう……」


マスカレドの片目が、青白く燃えている。

背筋が凍るような魔力の凄まじさに、悪寒が走った。

まずい、このままでは……。


「……認めろよ、アイツらは十分強えーだろ」


ぽん。

ニクラウスが、落ち着かせるように彼の肩を叩いた。

先程バラバラにされていたはずなのに、

何時の間に、傷跡一つなく綺麗に戻ったのだろう。


目を凝らしてよく見てみれば、

マスカレドの白い頬には小さな掠り傷があった。


「俺様達にそれだけの怪我を追わせりゃぁ、実力としてはかなりのもんだぜ。アイツらも、駒になることを望んでるんだ……ちょっとは認めてやれよ」

「……黙れ」

「マス……カレド」


レッフェルの腕の中に横たわるめありが、

弱々しい声でマスカレドを呼ぶ。

途端にマスカレドは硬直して、彼女に視線を合わせた。


「叩いたりして……ごめんなさい。その……私からも、お願い」

「……だが」

「彼らも……貴方と同じ。何時か、消えてしまう存在……だから、せめて……その時までは」

「っ……分かった。但し、使えないと判断したら直ぐに奴らの首を切るぞ。良いな?」

「あり、がとう……」


恐らくは彼の魔法だろう、

何時の間にか彼女は、マスカレドに抱き上げられていた。


突然腕の中からめありが消えて慌てたレッフェルだが、

彼がめありを傷つける様子は無く、

吸血した痕を舐め取って彼女の傷を塞ぐと、

また直ぐにレッフェルの腕の中に彼女を戻してやった。


口端に着いたままだった彼女の血を拭うと、

マスカレドはすれ違い様に、レッフェルに命令を下す。


「……まずは力試しだ。アルカデアのコハク国にて小規模の戦が勃発している。貴様等は此方側に加勢しろ」

「は、はい……!」

「敵の首を持ってこい、いいな」


そう言い残して、

マスカレドは宮殿内へ姿を消してしまった。


ニクラウスは壁に埋まったフォルケッタを引っ張り出し、

彼の怪我を治療してやった。

骨が折れて、内蔵に突き刺さっているのが解る。

痛いだろうに、けれど彼は少しも顔に出さず、

その表情には決意を滲ませていた。




遂に、戦いが始まる。

聖杯を巡る、天族と魔族の戦いが―――……。

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