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フェアリーテイルオブシーヴ  作者: unique
【Ⅶ】コハク国
54/58

7-6

何処までも暗い闇に包まれた、魔界ヴァリオン。

その中心に建ち、オリジナルと魔王が座する

ガトレ宮殿から出るのは、

めありにとって初めての事だった。


宮殿の外は、内部と同じくやはり暗かった。

暗闇の中、よく目を凝らしてみる。

やがて目が慣れてくると、

ぼんやりとだが、街並みが見えてきた。


魔界の街並みは、想像していたものと違った。


地底深くの禍々しい地獄のような場所でも、

魔族蔓延る枯れ荒れ果てた貧しい場所でも無い。


「此処は……」

「……この世界を、知っておるのか?」


そこは、嘗てめありが幼少期を過ごした

都会の街並みだった。


母親と暮らしていたアパートも、

帰り道のビル街も、通っていた学校も……。

そっくりそのままそこにある。


学校帰りの子供達、外回りをしているサラリーマンに、

買い物に向かう主婦といった行き交う人々。

彼らは、私達に気付く様子もなく、

触れる感触無くすり抜けて、通り過ぎて行った。


目に見えるだけで、存在はしていないようだ。


「ええ。此処は、私が以前暮らしていた世界……」

「……そう言う事じゃったのか」

「それは、どう言う意味なのかしら……?」


雉隠が屈むと、道端のコンクリートに咲いた

小さな花に手を伸ばす。

しかし、存在に気付かない通行人に踏まれてしまった。

茎だけになってしまった花が、力無く横たわる。


蹲ったまま、雉隠が静かに語り始めた。




今よりも遠い昔、

アルカデアが造られるよりも、もっと前の話。

魔王は、ヴァリオンに一人きりだった。


だが、彼には希望があった。

何時しか愛しい女性が、自分を救いに来てくれると。

何も無かったヴァリオンを、

自分が幸せだった頃の記憶で飾り付けて、

それを眺めながら、指折りその時を待ち続けた。


しかし……彼女は一向に訪れなかった。

何故なら、彼女の居る世界とこちらの世界では、

時間の流れる速さが大きく違っていたからだ。


己が負の感情で満たされていくのを感じ取ると、

魔王はその感情を肉体ごと己から切り離した。




「それって……」

「オリジナルと呼ばれる、ワシらのことじゃのう」


雉隠が立ち上がって、めありを見据える。

その目は柔らかく細められていた。


「このワシですら、愛おしいと感じさせる其方のことじゃ……アルカデアで一目見た時から、聖杯である事は分かっておった」

「……?」

「ワシは魔王から切り離された“虚無”の感情じゃ。……虚しい、寂しいと感じる心が強い傾向にある。故にワシは、温もりを求めてアルカデアに逃げたのやもしれん」

「そう……だったの」


虚しい、寂しい……。


その感情を生み出してしまったのも、

オリジナルという存在が生まれてしまったのも、

全ての原因は私なのだろう。


どうしたら、皆は幸せになれるだろうか?

折角生まれてきてくれたのだから、

彼等には、まだ生きていて欲しいのに……。


ミカやルカと会う為には、

本当に彼等が消えるしか道はないの?


「……なっ、なな何故泣く!?」

「あ……ごめんなさい、泣くつもりじゃ……」

「ワシが泣かせたみいではないか……ああもう。ならばこうだ、ようく見ておれよ?」


雉隠が懐の扇子を手に取った。

ぱっと開くと、めありの涙がふわふわと宙に浮かび、

それは蝶の形をしてひらひらと踊り始めた。


涙の蝶々はめありの周りをくるくる回ると、

やがてどこか遠くの空へと飛び立ってしまった。


「痛いの痛いの、飛んでいけ……だったかのう。アルカデアの民に聞いたんじゃが、あっておるか?」

「……ふふ」

「そうじゃ、其方はそうやって笑っておれ……どうして泣いたのかは知らんがのう、己を責めたりはするでないぞ。ワシは決して、其方を恨んでいる訳では無い」


以前にも、似たようなことを言われた気がする。

確か、あの時は潦に言われたんだっけ……。


「雉隠は……生まれてきて、良かった?」

「そうじゃのう、初めて其方に会って……会話をして……漸く、生まれてきて良かったと思えた。……ワシが求めていたものは、今迄満たされていなかったものは、其方なのだと……今し方解った」


彼女を見ていると、

胸の中がキラキラとした感情でいっぱいになる。

その声を、何時までも聞いていたいと思う。

こんなにも暖かい気持ちは初めてだった。


嗚呼……何をしても虚無だった心が満たされていく。


他のオリジナル達も、きっと同じ気持ちなのだろう。

だから彼らは、

迷うことも無く彼女の幸福を願えたのだろうな。


「其方は何も悪くない、悪かったのはワシじゃ。もう悔いはないよ」


……本当は、ずっと恐れていた。


聖杯と呼ばれる魔王の愛子がこの世界に来たら、

洗脳されたように自分達は

彼女の虜になってしまうのではないかと。

都合のいいように操られ、生涯を終えるのだと。


だからワシは、女を嫌うよう自己暗示をかけた。


実際は、彼女はこんなにも優しく暖かい。

ワシにすら涙を流してくれる、慈悲深い娘だった。

彼女になら……自分の命を捧げても良いと思った。


恐る恐る、彼女の華奢な腕に触れる。

応えるように、めありは雉隠の手に指を絡めた。

愛しくて堪らなくなって、

そのまま、腕を引き寄せて彼女を抱き締めた。


細くて柔らかくて、何よりも温かい。

少し力を入れれば、壊れてしまいそうな脆い命。


腕の中の彼女は、瞳を潤ませて言った。


「私……皆を幸せにしたい。だから、私の気持ちは考えずに、自分の欲望に忠実に願いを聞かせて欲しいの」

「それは……んっ」

「……こういう事だって、できるんだから」


唇に、彼女のものがやんわりと当てられた。

しかしそれは直ぐに離れ、

至近距離で互いに見つめ合うような形になる。


暖かく満たされた感情が、

器から溢れ出して、心の中を汚していくのを感じる。

汚れてしまうとわかっているのに、

もっと汚してしまいたいと、彼女を欲してしまう。


もしかして……本当に、洗脳されているのか?

否……そうだとしても、もうそれでも良い……。


今はただ、彼女が欲しくて堪らない。


「っ……」


貪るように、目の前の小さな唇に口付ける。

身体を密着させ、一切の隙間を許さないかの如く

彼女を強く抱き締めた。


彼女のものだと思うと、

只の唾液すら、甘く虜に感じてしまう。


幻とは言えど、人々が行き交う中心で

このような行為は如何なものかとは思うが、

今の雉隠の脳内にモラルの文字は見当たらない。


何度も角度を変えながら、

彼女を味わうかのように繰り返し舐り続けた。




「……堕ちたようだね」

「う~いいなぁ、俺もめありとしたいよぅ……」


ガトレ宮殿内部から、

めありと雉隠の様子を覗う影が2つ。


「クリフォトも男の子だね」

「そう言うミッチェルはしたくないのぉ?」

「さあ……どうだろう?」


にこりと穏やかに微笑むミッチェル。

彼はくるりと踵を返し、

そのまま宮殿の奥深くへと消えてしまった。


残されたクリフォトは、

うっとりとした様子で2人を眺め続けていた。


今、俺も行ったら混ぜてくれるかな?

めありは優しいから、

きっと笑顔で受け容れてくれるよね……?


一度妄想を膨らませると止まらない。

いても立ってもいられず、

クリフォトはめあり達の前に瞬間移動した。


「わ~っ!」

「きゃっ……く、クリフォト……!?」

「……おい貴様、ワシらの邪魔をするつもりか?」

「ううん?その逆、お手伝いしに来たんだよぉ?」


足元が揺れ、大地に亀裂が走った。

その隙間から巨大な植物の蔦が現れたかと思えば、

めありの腕脚に絡み付いて、彼女を拘束した。


蔦は蛸足のようにうねっている。

一本一本が意志を持って動いているようだ。


「捕まぁえたぁ……ねぇ、俺も混ぜて……?」


クリフォトの蔦がスカートの内側に潜り込み、

蔦の先端で下着越しに擽られる。


「や、優しく……してね」


恥じらうように内腿を擦り寄せながら

頬を赤らめる姿に堪らなくなって、

彼女の頬に手を添えて、その唇を柔く食む。


その様子を見せつけられていた雉隠が、

閉じた扇子でクリフォトの頭を軽く叩いた。


「泣き虫坊ちゃんが、ワシがヴァリオンを離れている間に随分立派になったのう……折角だから此処は一つ、勝負と行こうではないか」

「……んぅ?」

「ワシと貴様、何方がより聖杯を悦楽させられるか……何、自信が無いなら逃げても構わんぞ?」

「良いよぉ?俺はめありの良いとこ知ってるもんねぇ」


何故か、競う方向に話が進んでいる。


それにしてもこの蔦、

痛い程強く締めつけてくる訳じゃないのに、

動かそうにもビクともしない。


めありを捕らえている蔦とは別の蔦が動き、

彼女の靴とストッキングを剥ぎ取った。

露になった素肌を舐めるように這うと、

先端から枝分かれした細い蔦が足指の隙間を撫でる。


「ひゃっ……」

「めあり、ここ好きだったよね。一緒にお風呂はいった時の事、覚えてるかなぁ?」

「足指の隙間が弱いのなら、此方はどうかのう」


雉隠が彼女の右手を掬い、指の隙間に舌を転がす。

隙間を舐められただけなのに、

全身がぞわぞわして、変な声が出てしまう……。




これで、身体を交えたのは何人目だろう。


2人の愛撫が敏感な部分を掠める度、

弱々しい喘ぎが自分の口から零れていくのを、

傍聴者のように聴いていた。


ミカやルカが知ったら、悲しむだろうか。


けれど、誰か一人を選ぶ事なんてできない。

私のために己を犠牲にする者達へ、

私自身を犠牲にせず何を対等に返せると言うのだろう。


そっと瞼を閉じると、

温かい涙が頬を伝って流れ落ちた。

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