7-3
まさか、人間に竜属性を伝授していたのが、
11体目のオリジナル本人だったとは。
オベリスクは首を捻った。
彼は、臥竜種魔族のオリジナル。
その正体は、何が気に食わないのかは分からないが
同族を皆殺する殺戮者だ。
そして、己が狩り取った臥竜種魔族の血で、
人間に“竜属性”と言う名の力を分け与えている。
これだけ聞けば、
彼は魔族と言うより人間の味方のようだが……。
「お」
「……んが」
「ほう」
各々の部下より同時に連絡が入ったらしい。
悪路王もベッドから這いずり出てきた。
「見つかったのかしら?」
「そーみたい」
「……(無言で頷く)」
「……なるほど、浮遊大陸か。どうりで見つかりにくい筈だ」
浮遊大陸。
雲の層より上の、人間が生活するには厳しい環境の地。
故に出入りが少なく、
情報も真偽の問われるものばかりだった。
その上、浮遊大陸は常に移動し続けている。
一定の場所に留まることが出来ないため、
昨日あった場所に無いなんてことはざらにある。
「国をまるごとメタンフィエシスで隠しているみたいだねー。何も無いところに石を投げたら、そのまま石が吸い込まれて消えたってさ」
メタンフィエシス……。
装備をお洒落な洋服に見た目だけ変える魔法だ。
以前、私も装備を貰って、
見た目をこの服に戻してもらんだっけ。
……あれ?
誰だろう、顔が思い出せない……。
「……口に合わないか?」
「あ、いえ。すごく美味しいわ、ありがとうございます」
「なら良かった。サプフィールでその木の実を気に入ったようだったから、沢山買っておいたんだ。ジュース以外にも何か欲しいものがあれば言ってくれ」
「は……い」
オベリスクが、優しく頭を撫でてくれる。
誰、だったかしら。
最初にこの世界を案内してくれたのは……。
何でかな、ちっとも思い出せないの。
それに私……何の役にも立ててない気がする。
ただ甘やかされてばかり。
彼らはこんなにも頑張ってくれているのに。
元を辿れば、全部私の為の事なのに。
「情報を纏めると―――……どうした?」
「……役に立ちたい、皆さんのお役に立てることをしたいの。私、甘やかされてばかりで」
「そりゃあ俺達にとってお姫様みたいなもんだしねぇ?甘やかすなって言われたら、扱いに困っちゃうなぁ」
「君は十分役に立っている。気遣いありがとう」
「面倒臭い……女は黙って、従ってれば良いだろ」
そっか、面倒臭いか。
皆一生懸命になっている時に個人の感想で
ネガティヴになっていたら、そりゃ面倒臭いよね。
「ごめんなさい……大人しく言う事だけ聞くわ」
「……ん~、凄くそそるね。めありちゃん、どんな状況の時もちゃーんと俺達の言う事聞くんだよ?」
「……?ええ、勿論」
「気持ち悪いなあんた……そういう意味で言ったんじゃねえよ」
「はいはい、無駄話はお終いだ。直ぐに此処を立つぞ」
オベリスクが手を叩いて、話を止めた。
そういう意味、の意味がよく分からなかったが、
コハク国も見つかったことだし、ここを出ないと。
ベッドの近くに鏡があったので、
寝癖を少し治してから、私は家を出た。
3人の話を纏めた結果、
現在、コハク国と思われる浮遊大陸は、
アレアシオン王国から西の方角に向かったところだ。
急がねば、浮遊大陸は移動してしまう。
私達はまず、アレアシオンにテレポートをする事にした。
***
アレアシオンで合流し、西に向かう。
ふと思い出したように、オベリスクが質問をしてきた。
「君は、飛行魔法は使えるのか?」
「ふ、浮遊魔法なら」
「浮遊じゃちょっと厳しいねぇ~」
う、そうよね……。
浮遊魔法も、地上1m以上になると
上手くバランスが取れなくて、落ちちゃうし……。
浮遊大陸は雲よりも高いと聞いた。
どうしようかと悩んでいると、ひょいと身体が浮いた。
「これで良いだろ」
悪路王が脇腹に抱えるようにめありを抱き上げた。
脳みそがひっくり返って、頭に血が上る。
一瞬ラビリンスは目を丸くして硬直したが、
めありの顔がみるみる赤くなるのを見てまずいと思った。
「こらこらアクちゃん!そうじゃないでしょ、貸してご覧」
「やだ」
「めありちゃん苦しそうでしょ!ほら、貸して!」
「痛い痛いちぎれますからぁぁぁ!!」
何故か引っ張りだこにされるめあり。
腕をラビリンスに、脚を悪路王に引っ張られ、
お腹から裂けそうだった。
パチン、指を鳴らす音と同時に、
めありはオベリスクの腕の中に移動した。
彼の服から程良い香水と、微かに煙草の匂いがする。
「お姫様じゃ無かったのか?完全に物の扱いだったが」
「……チッ」
「あはは~ごめんごめん」
「お前達とは違って、人間は脆い。気を付けてくれ」
怒りを孕んでいるように聞こえる声。
そんな声とは裏腹に、めありを抱き寄せる腕は優しかった。
暫く歩き進めていくと、3人の足取りが止まった。
空には分厚く大きく広がる雲が見える。
どうやら、この上にコハク国があるらしい。
「おいで」
オベリスクが此方に手を差し伸べた。
めありがその手を摂ると、
彼は軽々と彼女をお姫様を扱うように横抱きにした。
ぶわりと彼の背中から、漆黒と純白が交互に並ぶ
三対六枚の大きな翼が現れた。
一度見てはいるものの、
こうやって改めて近くで見るととても美しい。
びっしりと規則的に生え揃った羽根は、
絹のように艶めいている。
「そんなに見られると照れるな……おじさんに羽があると、滑稽だろう?」
「いいえ!とっても綺麗だと思うわ」
「……君って子は」
「ハイハイハイハイそこいちゃいちゃ禁止ィ!」
先頭はラビリンス、次いでめありを抱えたオベリスク、
最後に悪路王の並びで飛ぶことになった。
万が一襲われた際を考慮し、
めありを守れるような陣形で、とのことだ。
空を高く昇っていく程、空気が薄く、冷たくなる。
頬を掠める風があまりにも寒く、無意識に身震いをした。
「めあり、すまない」
「はい……?」
「これより上は君では空気が薄すぎて、まともに呼吸が出来ないだろう。それを防ぐ為に私の魔法を掛けたいのだが、如何せん肺……つまり、君の体内にかける魔法で、今の体勢だと接吻と言う形になってしまうのだが……」
彼が申し訳なさそうに言うものだから、
私は慌てて否定した。
「いえ、全然気にしないわ!寧ろ、此方こそごめんなさい。その、オベリスクが大丈夫なら……お願いします」
「全然気にしない……か」
「……?ごめんなさい、風が強くてうまく聞き取れなくて」
「否、何でもないさ……失礼するよ」
オベリスクの顔がすぐ近くまで来たので、
彼がキスをしやすいように、
めありも顔を上げて、瞳を閉じた。
鼻を掠めるオベリスクの匂いと、唇に柔らかな感触。
口内に何か気体のような液体のようなものが入り込み、
それが体中に染み渡っていくのを感じた。
爪先まで届くのを感じると、唇は離れていった。
すると、身体が内側からぽかぽかしてきて、
空気を寒く感じ無くなった。呼吸も全然苦しくない。
「……すごい、中が温かくなったわ」
「それは…………良かったな」
「ありがとうございます!」
「……上を見てご覧。浮遊大陸が見えてきただろう」
言われた通り、上を見る。
地上からでは分厚い雲にしか見えなかったが、
随分高くまで飛んできたお陰で、
雲の上に大陸が乗っかっている様子が確認出来た。
「ほ、本当に浮いてるのね!凄い……!」
「もう少しで着くぞ」
「お願いします!」
「速度を上げよう、しっかり捕まるように」
「はい!」
めありがぎゅっと強く抱き着いたのを確認すると、
オベリスクは大きく羽ばたいて、
目前の浮遊大陸目掛けて速度を上げていった。
上層雲すら突き抜けたその先は、
雲一つない何処までも広がる無限の青い空。
そんな真青な空間に散りばめられた大地の中心に、
巨大なプレート状の大陸が確認出来る。
恐らくあの一番大きな場所が、コハク国なのだろう。
端の方の小さな大地の破片の上に、
ラビリンスが立っていて、こちらに手を振っている。
私達も、その近くの破片の上に舞い降りた。
浮遊しているものの上に乗るという事は、
さぞかしバランスをとるのが大変だろう……なんて思って、
恐る恐るオベリスクに捕まりながら降りためあり。
しかし、以外にも足場はしっかりしていて、
めありが両足を地につけても微動だにしなかった。
「怖がることは無い、そう簡単に沈む仕組みでは無いからな」
「は、はい」
なんて言ってくれた矢先に、
最後に着いた悪路王の勢い良すぎた着地で、
彼の足元の地面がバラバラに砕けて落ちていった。
「何だこれ、脆すぎだろ」
「アクちゃんのデブ~」
「は?」
「……彼らは例外だ、気にしなくていいさ」
オベリスクが肩を竦めた。
悪路王は決して太っている訳では無かった。
背が高く筋肉の着き方もしっかりしていて、
脂肪と言うよりかは、
筋肉の密度による身体の重さが原因な気がする。
オベリスクがその辺の小石を拾うと、
広い大陸に向かって投げた。
すると、何も無い空間に波紋が広がってそのまま消えた。
「報告通りだな」
「よし、行ってみよー!」
「うわあ……緊張してきたわ」
どこから見ても何も無いだけの場所。
一体……どんな国が隠れているのかしら。




