7-1
光の燦くヘイヴン、メーテル神殿内。
「“花嫁”は見つかったか、コメテス」
「うぅっ……全然ダメっす、せんぱぁい……もういっそ地上に降りて探した方が早いっすよぉ……」
「ちょ、止めてよ!地上に降りたらあんた二度と天界に戻って来れなくなるのよ!?」
「メヌリスの言う通りだ。君がソロネになった時に、セラフ様から堕天についての説明があっただろう」
「でも……」
「……君がソロネになる少し前、天界から1名堕天した。彼は優秀なケルブ様の位だったが、一向に進捗がない。ケルブ様に出来ないことが、君に出来ると思うか?」
「……っ先輩のわからず屋!!」
「あー……どっか行っちゃった。どうすんのあれ……」
「煩い、君が何とかしろ」
「理不尽ッ!!!」
「“神様”のお役に立ちたいのは皆同じ気持ちだ。ただ、彼はその気持ちが強すぎて、ひとりよがりしている。その結果堕天してしまえば、元も子もない」
「だよねぇー。コメテスは新人だから張りすぎちゃってるし、もっと肩の力抜いた方が良いよねー」
「……君は抜きすぎだ、もっと天族の自覚を」
「ヘリオス、メヌリス、丁度いい所に……おや?コメテスはどうしましたか」
「はわわ、コスモスしゃま!!実はですね、ヘリオスの奴がコメテスを虐めまして……」
「おい」
「それはいけませんね……ソロネの3名に、頼みたいことがあったのですが……彼を連れて来れますか?」
「はいい!!このメヌリス、コメテスを必ずや回収して参りますので!!」
「君……後で覚えていろよ」
***
次なる目的地は、コハク国。
しかし、場所は分かっていない。
現在、オベリスクの下僕であるインテロバングと、
ゾンビ、ミノタウロスの上級が
コハク国の在処の捜索に当たってくれている。
「サプフィール王国滞在中に目にした情報なんだが……“ドラゴニュート族”冒険者が最近話題になっているようだ」
「ドラゴニュート族……?」
「あー、めありちゃんは見た事ないんじゃない?」
「聞いたこともないわ」
「んーとねぇ、ドラゴニュート族ってのは」
ラビリンスが説明してくれた。
ドラゴニュート族とは、
分類としては人間に分けられる種族。
“火属性”を持つ者だけがドラゴニュート族になれる。
長年、火属性は上級属性が無かった。
しかし、火属性自体は下級属性の中でも
ずば抜けて強力だったため、
魔法の腕を磨けば他の上級属性とすら渡り合えたと言う。
ただ、結局は下級属性。
同じくらい魔法の腕を磨いた上級属性相手では、
やはり勝てる術はなく、
何時しか“劣属性”のレッテルを貼られていた。
ある時、火属性の上級属性を伝授する者が現れた。
公に現れてないため詳しい情報は不明だが、
その者は火属性の上級属性“竜属性”を謳い、
更なる強さを求める火属性使いにそれを伝授した。
極限まで火属性を磨いた者しか認められないと言う。
その竜属性を得た者は、
世間では“ドラゴニュート族”と呼ばれているそうだ。
竜属性を得る為には、
とある物を飲み、それを上手く体内で消化せねばならない。
鍛え抜かれた肉体でないと消化出来ずに、
魔族へと変貌して、その場で殺されてしまうそうだ。
因みにオベリスクのキメラ技術は、
ドラゴニュート族をヒントにして生まれたらしい。
「因みに、その“とある物”って……?」
「本当かどうかは判んないけど、臥竜種魔族の鮮血じゃなかったっけ?」
「そうだ。その冒険者に会えば、何か掴めるかもしれない」
「なるほど……臥竜種魔族は、11体目のオリジナルが生まれた瞬間に殺してしまう。でも、ドラゴニュート族がいるって事は、臥竜種魔族と接触している人がいるってことね。ドラゴニュート族に、伝承者について聞き出せれば一歩コハク国に近付けるわ!」
「さすがめありちゃん!頭良いねぇ!」
「件の冒険者は、昨日の時点でイズムルートに居たらしい。部下が探してくれている間、ただ何もせず待っている訳にもいかないだろう。まずはイズムルートを探してみないか」
「分かったわ!」
「はいはーい了解、アクちゃん行くよ~」
めありはエーデルシュタイン、イズムルート、
グラナティス、アレアシオン、サプフィールの
五大国を踏破したため、
テレポートが可能となり、移動に困らなくなった。
ラビリンスが悪路王を引き摺って先にテレポートし、
次にめありがテレポートしたのを確認すると、
オベリスクも追うようにしてイズムルートへ移動した。
***
木々のざわめく音と、様々な小鳥の囀りと、
水の細流ぎに花の蜜の香り。
うっすらと目を開けると、
イズムルート王国の入り口近くにめありは居た。
上手くテレポート出来たようで、
ほっと胸を撫で下ろした。
クロイツとはあんな別れ方をしてしまったし、
流石に直に国内テレポートはまずいかなと思って、
少し座標をずらしたのよね。
すぐ近くの木の上から、
悪路王を背負ったラビリンスが飛び降りてきた。
少しして、オベリスクもやって来た。
「それ、重くない……?」
「…………すぅ……すぅ」
「んー?いつもこんな感じだし、気にしないでいーよ」
「まさに寝る子は育つ、か……っと、少し国から離れよう」
流石に巨漢を軽々と背負う痩せ型の男に、
顔に刺青の入った白黒髪の男、
そして、何の変哲もない
一般人女と言う謎の組み合わせは
不審がられるのでは無いだろうか……。
というオベリスクの提案で、
少し国から離れた森にテントを張ることにした。
オベリスクが何やら魔法の力で……
……テント?
完全にこれ、一軒家に見えますけれども。
「簡易式だがテントを作ってみた、入ってみてくれ。窮屈であれば増築も出来るぞ」
「充分です」
「ふむ、そうか……?」
「リスちゃんセンスいいねぇ!おっ?悪路王が……」
もそもそ、と効果音が聞こえてきそうな動きで、
悪路王がテント(?)に入っていった。
気に入ったのだろうか、そのまま出てこない。
「まだ明るいんだけどなぁ……ま、いっか」
「竜属性とは言え、此方はキメラにオリジナルだ。力としては足りて余るほどだし、気にすることは無いさ……君も、頼りにしているよ」
「頑張ります!」
「さて、此方から探すよりも手間が省けそうな作戦があるんだが……耳を貸してくれ」
まあ、こうなるよね。
めありの周囲には、
数体の死霊種魔族が集まって、彼女ににじり寄っている。
つまり、囮作戦ってやつです。
「きゃー!!ま、魔族がー!!」
必死に魔法攻撃を仕掛けるが、
割と本気なのになかなか倒れてくれない。
これ、大丈夫?
ちゃんとラビリンスが操作してるのよね?
なんて考えていたら、片足を取られてしまった。
うっ、腐臭がキツい……吐きそう。
ドロドロの皮膚がめありの脚にこびり着いて、
彼女の足を纏っていたストッキングを溶かした。
「ちょっ、やだあ!何これ!」
(あ~やべぇ超楽しい~)
(少しやり過ぎでは無いだろうか……)
茂みから様子を伺う2名。
めありは彼らが隠れる茂みを睨んだ。
その時、辺りが真紅の炎に照らされた。
「真紅の息吹」
炎が死霊種魔族に付着して、彼らを焼き尽くす。
このままだと私も燃えてしまう。
何か、適切な魔法を……。
必死に思考回路を巡らせていると、
ふわり、宙に浮かぶような感覚がした。
視界には、何時もより近く感じる太陽。
その逆光でよく見えない誰かの顔。
しかし、夕陽を閉じ込めたかのように鮮やかな、
切れ長の瞳だけははっきりと確認できた。
地上50メートル程の高さまで飛んだ男は、
近くの木陰に飛び降りると、そっとめありを下ろした。
「怪我、あらへん?」
男はめありの溶けてしまった服を見て、
驚いたように目を丸くして、ばっと視線を逸らした。
そして、肩に羽織っていた布を、
彼女を見ないようにして器用に肩にかけてやった。
「え、ええ……助けてくださって、ありがとう」
「ほんならええねんけど」
えっ、関西のほうの人?
此方の世界にも訛りってあったのね。
潦もちょっと喋り方が独特だったけれども、
あれは訛りというか古風な感じ(失礼)よね。
橙色の瞳に、燃えるような赤い髪。
頬や喉の皮膚は一部硬化し、宝石のように煌めいている。
「綺麗……」
「……はぁ!?き、急に何言い出すねん!」
「あ、ごめんなさい」
「えや、まぁええけど……あんさん、装備修理しなあかんな。イズムルートまで送ったるわ」
「その必要は無い」
カツ、カツ。
革靴を鳴らしながら歩いてくるオベリスク。
煙管をくゆらせながら、
悪役みたいな笑みを浮かべて此方へやってくる。
男は警戒して、構えの体勢に入った。
「つっかまーえた♪」
しかし、いつの間にかラビリンスが
すぐ側まで来ていて、
瞬く間にその男の両腕を背面で固定した。
急な出現に反応できなかった男は、
抵抗虚しく、ラビリンスに捕縛されてしまった。
これ……傍から見たら、完全に悪役の所行よね?




