6-8
私は、思い出した記憶をその場にいた全員に伝えた。
天王と魔王が、嘗て私の大切な人であったこと。
天王が暴走してしまっていて、
それを止めるために私が
この世界に予定よりも早く呼ばれてしまったこと。
天王は、このままのシナリオを望んでいない。
気が遠くなる程の年月私を待ち続けた結果、
精神が崩壊しかけてしまっている。
「それはそうだろう。……魔界は殆ど時間という概念が無い。それは、魔界は時間の経過による風化や腐敗、環境の変化が無いからだ。ただし、時間というものを魔界で数えるならば、魔界での一年間はアルカデアの一分間に換算される。聖杯が居た世界も、アルカデアとほぼ同じような時間の流れ方だ」
マスカレドがそう言って、眉間の皺を摘む。
ミカとルカが亡くなったのは、私が11歳になる歳。
私は先日20歳になったから、
約9年間の間、2人は私を待ち続けていた。
実際に9年間は私の世界線での話になるから、
2人からしたら、一日1440分×365日×9年……えっと、
500万年弱くらいかしら?
ご、500万年弱も待ち侘びていたなら
確かに、仕方が無いような気も……。
あれ?ルカは魔界だから当てはまるけど、
ミカは天界に居るから、魔界とは違うのでは?
「ああ、天界も魔界とほぼ一緒だよ」
オベリスクが複雑そうな表情で答える。
天王を憎んでるとは言っていたけれど、
彼の本心を知って、動揺しているみたいだ。
眉間を抑えたまま、
マスカレドがぽつりと言葉を漏らした。
「……恐らく、私の推測だが」
「うむ」
「あのお方が、天王と同じような状況下で自我を保てていたのは、己の体を分離し、私達オリジナルと言う形で分散させたからでは無いだろうか」
「……そうか、天王はアルカデアから選りすぐった魂を利用して従属させているだけで、自身は一つの欠けもない状態」
マスカレドとオベリスクの展開する会話に、
周りは静かに聞き耳を立てていた。
確かに、ルカらしい判断だと感じた。
彼は幼い頃から冷静で大人びていて、
己の犠牲を顧みずに、
何時だって最善の選択を行ってきた。
その頭の回転の速さにはいつも驚かされた。
そんなルカにいつも守られていたミカ。
故に世間知らずな体があったし、
だからこそ無邪気で純粋で、欲に忠実だった。
今の天王は、
子供のまま大人になってしまったような存在。
アルカデアの魂を掬い取って、
篩に残った選りすぐりの魂だけを傍に置き、
洗脳して己に従属させている。
でも、彼を一概に否定は出来ないわ。
もしも自分が彼の立場だったら、
500万年弱もの間、自我を保てる自信が無いもの。
「天王を殺すだけならある程度計画は完成していた。しかし、助けるとなるとまた練り直しだ……」
「マスカレド」
「うん?何だ」
「私を、コハク国と言う所に連れて行って欲しいの。魔王がね、そこへ行けばいいって」
***
「戻ったら、皆に伝えて欲しいんだ」
ルカが優しくめありの髪を指で梳きながら、
彼女の耳元で囁いた。
「アルカデアの何処かに“コハク国”と言う、人里から離れて隠された小さな国がある。地図にも乗らないような場所だけど、彼らなら見つけられるはず。そこに行って、11人目のオリジナルを連れておいで」
「11人目……?」
「そう、会えばすぐに分かるよ。彼を連れてきたら、僕は真の意味で君に姿を見せることが出来る。そうしたら僕と……ミカに会いに行こう」
やわらかな微笑みを浮かべ、
唇の前に人差し指を立てるルカ。
ミカを振り返ると、ミカは首を傾げていた。
「彼に聞かれてしまうと、本体が邪魔をしてくるかもしれないから。内緒だよ」
***
コハク国……その名を聞いた途端、
ニクラウスが獣のように唸り始めた。
「あの裏切り者に会いに行くのかよ……!」
「裏切り者……?」
「ああ。同族を皆殺しにしてよぉ、たった一人残った“臥竜種魔族”のオリジナルだぜ……エーテルの飽和で奴らが生まれたところで、察知して始末しに来る。そのせいで、臥竜種魔族は存在しないも同然だ」
同族を、皆殺し……。
そんなオリジナルを説得して連れて来るなんて、
果たして出来るのかしら。
怒りの感情を抑えきれないニクラウスが、
獣耳と尾を出して、その尾で地面をぱたぱた叩いている。
不安に思っていると、
潦が端の方で寝ている赤髪の男に声をかけた。
「奴を連れて来るとなると……力づくになるやもしれぬよな。悪路王、起床せよ」
「……………………んあ?」
「其方の万年寝太郎は相変わらずよの……」
「潦の言う通りだ……彼女のコハク国同行には、貴様が着いてもらう。目を覚ませ」
悪路王と呼ばれた、血みたいに真っ赤な髪の男。
今は魔力を抑えているため、
見た目は普通の人間と変わらない。
しかし、エルフよりも背の高いその巨躯は目立つ。
彼は気だるげな様子で大きな欠伸をしながら、
めいいっぱい伸びをした。
そんな様子を見ていた薄桃色の髪の男が、
はいはいと元気よく手を挙げた。
「俺も俺も、まだめありちゃんと全然話せてないし一緒に行かせてー!アクちゃんのお世話するから!」
「別に……ふぁあ、誰でもいーけど。面倒くさ……」
「好きにしろ。但し、奴を連れてこれなかったその時は、貴様を八つ裂きにして煉獄で炙ってやる」
「ひぇ~!マカちゃん怖~い」
「……チッ、行くぞ」
舌打ちの後、マスカレドを含めたオリジナル達は
2体を残して瞬く間に消えていった。
残された彼らを、オベリスクが紹介してくれた。
「此方がゾンビのオリジナル、ラビリンスだ。マスカレドとは……まぁ、見ての通り仲が悪いそうだ。あちらの赤髪が悪路王。ミノタウロスのオリジナルだよ」
「え?俺はマカちゃんの事、殺したいくらいに大好きなんだけどなぁ?アハハ、リスちゃんって面白いんだね」
「リス……オベリスクのリスか……?ふむ」
「あはは……とりあえず、よろしくお願いします」
飄々とした態度に、狂気染みた発言。
不気味な道化師のようだと、めありは思った。
一方、悪羅王はまたもや眠っていた。
オベリスクの方を見やると、彼は肩をくすめた。
これでこの先、やって行けるのだろうか……。
コハク国に向かうため、
私たち(と言いながら主に私)は支度を始めた。
コハク国の場所は、誰も知らないそうだ。
天界からアルカデアを見ている天族ですら知らないと、
オベリスクも言っていた。
普通、オリジナル程の強力な闇属性の魔力は、
そのままだとやがて天族に気付かれてしまい、
アルカデアから追い出されてしまう。
アルカデアに留まるためには、
気付かれないようその魔力を隠すことが必須だ。
コハク国に住むオリジナルは、
恐らくその魔力を隠しながら生活している。
世界中を片っ端から探し回る時間はない。
刻一刻と、天王の精神崩壊は進行していく。
どうやって探すべきか……。
マスカレドに相談したかったのに、
ラビリンスと険悪で、すぐに魔界へ帰ってしまった。
ラビリンスに相談する?
発想や発言がまともじゃない彼に、
相談してもまともな返答が帰ってくる?
悪路王に相談する?
ダメね、寝てしまっているわ。
オリジナルって、睡眠必要ないんじゃなかったかしら。
オベリスクに相談する?……それが良いわ。
「あの、オベリスク」
「うん?」
「コハク国の事なんだけれど、どうやって探そうか迷っていて……」
「ふむ、そうだな……オリジナルの2人に、上級の魔族達を動かしてもらおう。なるべく少数で確実に見つけるためには、上級が相応しい。私からも最高傑作を派遣しよう」
オベリスクが指を鳴らすと、
どこからとも無く2体の子供が姿を現した。
素早すぎて、どこから来たのか見えなかった……。
ドワーフのような見た目だが、
オベリスクの作品であるなら、彼等もキメラなのだろう。
「この子はインテロバングだ。元は1体のドワーフだったが、キメラにする過程で痛みに耐えきれず、肉体が二つに分かたれた。彼等は2体で1体の特別な個体で、俊敏性を最高潮まで特化している。短期間での捜索には彼等が頼もしい」
「お呼びですか?」「ご主人様!」
「コハク国……オリジナルの1体が住んでいる、隠された国だ。探せるか?」
「かしこまりました?」「行ってまいります!」
「ああ、頼りにしているぞ」
2体の頭を交互に撫でてやるオベリスク。
嬉しそうにインテロバング達は目を細めている。
身体が文字通り裂けるほどの痛み。
それを与えられてもなお、
主人だと呼び敬う関係に疑問を覚える。
彼等は、望んでキメラになったのだろうか……。
いつの間にかインテロバング達は消えていて、
オベリスクがじっとこちらを見ていた。
「あっ……ごめんなさい、ぼうっとしていて」
「否、体調が優れない訳では無いなら良いんだ」
彼はインテロバング達にしたように、
私の頭も撫でてきた。
灰色の瞳と目が合う。
目元に優しげな色を浮かべている彼は、
キメラを生み出したマッドサイエンティストだ。
「ラビリンスと、悪路王にも頼んでこよう」
そう言って、オベリスクは部屋を出た。
私も支度そろそろ終わるし、
ベッドのシーツ畳んで部屋を出ようかしら。
「……っ」
部屋から出たオベリスクが、
苦しそうな呻き声を上げて膝から崩れ落ちた。
手足が震え、力が入らない。
自分に残された時間は、残り僅かだった。
そっと手袋を外す。
その指先は、明らかに健康的な肌色とは言えず、
灰色に腐蝕していた。
(闇と光、ここまで鬩ぎ合うとは……)
本来、彼は光属性を持つ天族。
光は闇に打たれ弱いが、強くも刺さる。
逆もまた然りで、闇は光に柔らかく、光に強く穿つ。
つまり、光属性が1ある肉体に、
相性の悪い闇属性を10取り込んだような状態。
日頃、己の肉体を引きちぎる様な、
耐え難い痛みに襲われていた。
天王の行動が不本意であると知った今、
彼は揺らいでいた。
(……嘗て程の憎しみを失ってしまったな。私が居なくとも、オリジナルがいれば間違いなく終わらせることが出来るだろう)
ポケットから煙管を取り出し、
床に座り込んだまま、煙管をくゆらせる。
煙の中に、彼女の微笑む姿が見えた気がした。
(そう、何時か全て滅びる……私も、私の作品達も)
無償の愛を与えることは出来ても、
きっと私は、感情を込めて大切にすることは出来ない。
大切に思えば思うほど、終わりが怖くなる。
恐怖は柵だ。人をダメにしてしまう。
私が彼女を想わなくとも、
それが霞むくらい、彼女を想う者達が山程いる。
今はただ、傍に居るだけで良い。
彼女が幸せになるために、私は残りの命を捧げよう。
嗚呼、この心すら洗脳と割り切れたら、どれほど楽か。




