6-7
大きなベッドの真ん中には、
青白い顔をして眠るめありの姿があった。
彼女を囲うようにして、
10名のオリジナルとオベリスクがその様子を伺っている。
「……カンタレラ、どうだ」
「ん……ビクとも しない」
彼女の心臓が止まって、数時間が経過した。
外はもう日も暮れて暗い。
あの後、気を失っためありを抱えて宿に戻った潦が、
魔界に居るマスカレドに報告し、
オリジナル全員が緊急招集されたのだった。
魔法に長けているカンタレラですら、
彼女の心臓を動かすことが出来ないでいた。
「どうしようぅ……めあり、めありぃ……っ」
「チッ!俺様に貸してみろ!!」
「クリフォト、大丈夫だから泣かないで。ニクラウスも、カンタレラに無理なら君には無理なんだから大人しくね」
クリフォトが慌てふためき、
一向に目覚めない焦りにニクラウスが怒鳴り、
そんな2人をミッチェルが宥めている。
「奇妙ですねぇ……生きてるとも死んでるともつかない、不思議な気配を感じます」
「めありー、起きないと食べちゃうよ?」
「……其方が言うと洒落にならん」
ナイトメアが考え込むような表情で彼女を覗き込み、
イヴリーンは彼女の手を取って、己の頬に擦り寄せる。
彼が本当にめありを食べてしまわないように、
それを後ろから見張る潦。
オベリスクはそんなオリジナル達から、
一歩引いた場所で彼女の横顔を見つめていた。
(天魔の運命……か)
あのオリジナルですら叶わない相手、
それが天王と魔王だ。
彼女が目覚めない理由は、
恐らくその両者が関わっているからだと聞いた。
彼女が今どのような状態にあるかは、
彼女本人にしか分からない。
ただ、私達は祈るばかりだ。
「もう俺達さぁ、戻った方が良いんじゃないの?きっとさ、聖杯が満たされたんだよ」
薄桃色の髪のオリジナルが口を開いた。
男はベッドの柵に頬杖をつき、
冷たくなった彼女の頬に軽く触れた。
「皆感じてるでしょ?魔王サマが今、この子の中に居るってのは。じゃーもう俺達の役目は無くない?魔王サマが直接導いてるんならさ」
「だが、光も感じるだろう。あのお方だけではない、恐らくは天王も居るんだ……あのお方と天王、どちらが強いかは私にも分かり兼ねる。万が一のことを考えて私達が引っ張りあげることも」
「だぁからぁ!俺達が魔王サマの肉体に戻れば、元の力を手にできるんだから、そんなの余裕でしょ?」
「しかし、あのお方はまだ私達を求めている気配がない。呼ばれない限り、此方から指図することは出来ない」
「だが~とか、しかし~とかさぁ。それ、マカちゃんがこの子と離れたくなくて駄々こねてるだけじゃーない?」
「……貴様、口を」
飄々とした態度の男に対して、
マスカレドが険悪な空気をちらつかせる。
その時、弾かれたようにカンタレラが跳ね上がった。
「めあり……!」
「あ……れ、皆さんどうして……?」
周りにいた全員が、一斉に彼女を見た。
仮死状態だった彼女が、何事も無く目を覚ましたのだ。
***
「……起きたんだね」
フォルケッタが目を覚ますと、
そこは、見たことも無い位檻の中だった。
聞き慣れた声が、すぐ近くから聞こえた。
一体、何時間気を失っていたのだろうか。
節々が痛むのを感じながら、
フォルケッタは冷たい床から起き上がり、
声のする方を振り返った。
「フェ…………ル?」
そこに居たのは、変わり果てた相棒の姿だった。
向日葵のような黄金の髪は光を失い、
根元から毛先まで一切の淀みもない漆黒色に。
嘗ての怪我で視力が落ち、
虹彩の色が若干変わっていた天色の左眼は、
元の右目と同じ深い紺碧へと戻っていた。
白い肌には、宝石のようなものが煌めいている。
遊色効果だろうか、
彼が微かに動くだけで、様々な色に変化している。
そして、何より。
いつも彼から感じる、水と風の気配が無く、
ただ、何処までも暗い闇属性の魔力を感じた。
「……うん、僕はフェルだ」
「まさか……本当に、キメラになったの?」
「そうだよ」
真っ直ぐな瞳で、レッフェルが答えた。
「許されるなんて思ってない。許して欲しいと、君に乞う権利すら僕には無い。ただ、最期に少し……話がしたいんだ」
「…………」
「どうか、残された僅かな時間だけ。もう一度、僕と会話をしてくれないかい?」
「……この、」
ガッ。
フォルケッタは、力いっぱい彼の胸倉を掴んだ。
ああ、殴られるのかな。
良いさ、好きなだけ殴ってくれればいい。
僕のした事は、殺されたって仕方の無い……。
「馬鹿野郎……!」
想像していた痛みではなく、
身体全体を優しく包み込まれるような感触がした。
目を開けると、フォルケッタは僕を抱き締めていた。
「……えっ?」
「ごめん、僕があんたを苦しめてた……あんなになるまで、本当にごめん」
「…………僕を、責めないのかい?」
「……悪いのは、お互い様だと思ってる。あんたが僕を責めないなら、僕だってあんたを責めらんないよ」
少し恥ずかしそうに、
視線を逸らしながら笑うフォルケッタ。
彼を見ていると、
彼やめありと過した日々が脳裏に浮かんでくる。
一粒、また一粒。
レッフェルの頬を、涙が伝う。
「魔族の血が混ざった僕を……軽蔑しないのかい」
「別に種族なんてどーでもいい。フェルはフェルでしょ」
「……フォル!」
思わず、彼の背中を抱き締め返した。
ああ、諦めていたはずなのに。
まだ生きたいと……2人で、彼女とまた旅をしたいと、
そんな欲望がふつふつと湧いてきてしまう。
「どうしよう……フォル、僕はまだ生きたいみたいだ」
「何言ってんの、当たり前じゃん!母国の事とかは、後で考えればいい。一人じゃダメでもさ、二人ならどうにでもなるでしょ?だからさ、まずはここから出よう」
「でも、びくともしないんだ……この檻は、何か特別な物でできているみたいだ」
「ばーか。あんたじゃできなくても、二人ならいけるんだよ」
彼の言う通り、僕は本当に馬鹿だったな。
何故、こんなにも僕を思ってくれている相棒を、
この手に掛けようだなんて思ったのだろう。
間違いなく、彼なら……。
フォルケッタとなら、2人で彼女を愛せる。
そうだ、2人でなら何だって出来たんだ。
どうして僕は、自ら1人になる道を選んだんだろう。
もう二度と、間違えてなるものか。
「そうだね……僕達は、2人でひとつだ」




