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ゲームをクリアした翌日のことだった。
ミカとルカは、学校に来ていなかった。
担任の先生が、突然の転校だと言った。
次の日、私は学校が終わった後、
家にある地図を頼りに、近辺の児童養護施設を探した。
その施設の庭を掃除していたおばさんに、
ミカとルカの事を聞いた。
おばさんは優しく、けれどどこか辛そうに微笑んで、
私を病院に連れていった。
連れてこられた病院の、白い部屋の窓際……
白いシーツの上に、白い髪の少年は居た。
無数の管に繋がれた彼は、
まるで、人では無い別の生き物のように見えた。
そんなミカに寄り添うようにして、
ルカは彼の手を握っていた。
「あ、めあり……」
こちらに気付いたミカが、管のついた手を振る。
見た目より元気そうで、ほっと胸を撫で下ろした。
ルカは黙って、俯いたままだった。
気付いてないのかな?
めありが2人に近寄ると、おばさんは部屋を離れた。
「もう、心配したじゃん!急に学校来なくなるから……ね、元気になったら今度は新しいゲームやろ!」
「うん!また、めありと遊べたら嬉しいな」
「……ごめん、ちょっとめありを借りてもいい?」
ルカがめありの背を押して、ミカの病室を出た。
彼はどこか諦観したような表情で、
暫く沈黙していたが、やがて静かに語り始めた。
「……彼は先天性の病気があって、長く生きられない。僕はミカと出会った時から、それを知っていた。髪が白いのも、病気のせいだ。けれど僕は、本人を苦しめたくなくて……彼の病気を“魔法”だって言い聞かせた」
「魔法……先生も言ってた」
「うん……。周りの人達にも、協力してもらっていてね。どんな魔法なのかは、本人には誤魔化してきたけれど、昨日こう伝えたんだ。めありと遊んだあのゲームの世界の、神様に生まれ変われる魔法だって。だからね、先にあの世界で待っていてって。後から僕とめありも行くからね、って……」
ルカの声がどんどん弱々しくなっていく。
涙を堪えているのだろう。
めありは何も言えずに、彼の言葉に耳を澄ませていた。
「そしたらミカは、嬉しそうに笑って……じゃあ、僕が今よりもうんと素敵な世界を用意して待ってるねって……言ってくれたんだ」
「うん……うん」
「めあり……どうか、話を合わせてあげてほしい。ミカが怖がらずに、安らかに眠れるように」
病室に戻ると、ミカは窓の外を見ていた。
窓から差し込む夕日に溶けて、
ミカの姿は今にも消えてしまいそうに見えた。
「ねえ、めあり」
こちらに背を向けたまま、ミカが口を開いた。
「僕は、もう随分眠たいんだ。でもね、眠ってしまったら暫く君に逢えない気がする。……だから、子守唄を聞かせてくれる?僕が暫く一人でも、寂しくない唄がいいな」
「うん……じゃあ、ミカが一人でも、一人じゃない。いつでもミカを見てるよ、一緒だよって……そんな歌を、ミカに贈るね」
振り返ったミカは、
満足気に微笑んでいるように見えた。
「……一人じゃないよ、一緒だよ……ええと。いつでも君を、見てるから……」
「名前を呼んだらすぐ行くから、一人で泣かないで……何て、どうかな」
「うん、素敵な唄だね。じゃあそれを繋げて、僕に歌ってみてくれる?」
一人じゃないよ 一緒だよ
何時でも君を 見てるから
名前を呼んだら 直ぐ行くよ
だから 一人で泣かないで
ルカとめありが、そっとミカを抱き締める。
2人の腕の中で、幸せそうに微睡むミカ。
「ありがとう……苦しい時は、この唄を思い出すね」
それから一週間後。
ミカは、眠るように穏やかな微笑みを浮かべたまま、
苦しむ様子も無く、息を引き取ったそうだ。
追うようにして、数日後にルカも命を落とした。
風の噂によれば、自殺だったと耳にした。
不謹慎だが、少し彼の気持ちがわかる気がした。
大人に頼れない環境で、
甘えたい年齢に甘えられなかった育ち方をして、
長年共に過ごしてきた、唯一無二の片割れを失った悲しみ。
それはきっと、彼にしか分からない深い闇だ。
親友を2人同時に失うことになった私は、
まだ幼かった。
その辛さに精神的に耐えきれず、
2人と過した思い出を、記憶の奥底にしまってしまった。
あのゲームに何故セーブデータが複数あったのかも、
地図の児童養護施設に赤ペンで丸が着いていたのかも、
当時の私はすっかり忘れ、首を傾げるばかりだった。
そして、私は学校を卒業し、進学して。
やがて大人になっても、2人を思い出すことは無かった。
***
「ずっと、会いたかった……!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった私の顔を、
ミカとルカが拭ってくれた。
二度と会えないと思っていたのに、
ルカが言った通り、本当にこの世界で巡り会えるなんて。
「じゃあ、魔王はルカで……天王がミカ?」
「うん……そうだよ」
「当たり!でもね、ちょっとまずい事が起きてるんだ」
ミカが少し困ったような顔をして、
遥か遠く、天空を指さした。
「天王が……まあ僕なんだけど、長い年月めありを待ち続けた結果、壊れちゃったみたいで。本当なら、僕とルカ、そしてめありと3人で幸せになるシナリオだったんだけど……今の僕は、完全にめありを独り占めしようとしてるみたいなんだ」
「ごめんね、めあり。ミカが完全に正気を失う前に、どうしても助けたくて、君を無理矢理現実世界から呼んでしまった。本来であれば、君の決められた寿命まで待つつもりだったんだけれど……」
「ううん……良いの。私、帰らない」
2人が顔を見合わせて、
驚いたように目を丸くしてこちらを見た。
「でも、めあり。君はまだ二十歳だ。あと五十くらいは生きられる」
「そうだよ!子供を産んで、孫も出来て、家族に囲まれながら看取られることだって」
「そんなの要らないわ。ミカとルカが居ない世界なんて、そんなもの要らないの」
彼女の瞳からは、断固たる決意が見て取れる。
暫く黙っていた2人だったが、
ミカが笑いだして、つられてルカも笑いだした。
「めありったら、昔から一度決めたら絶対曲げないんだから。本当に、変わって無さすぎ!」
「なっ!大分丸くなったのよ。いつもやんちゃして2人に心配掛けてたから、女の子らしくしようって」
「ふふ、めあり。やっぱり僕達は、めありの事が大好きみたいだ」
昔のように、2人がめありの両頬にキスをした。
そう、あの時は逃げてしまったけれど、
今こうして貴方たちと出会えた奇跡で、私は決意した。
二度と後悔しないために。今、伝えたい言葉がある。
深呼吸をして、私は思い切って自分の気持ちをぶつけた。
「私もね、2人のことが……!」




