6-5
「ルカ、ミカ、待って!」
溢れる光のその向こう、
遠くに並んだ2つの背中に向かって手を伸ばす。
呼び声に気付いた2人が、ゆっくりと振り返った。
……ずっと望んでいた。
貴方達を思い出せるその日を、私は、ずっと……。
「めあり、やっと思い出してくれたんだね」
「もう、待ちくたびれちゃったよ!」
そう言って、2人が私をぎゅっと抱き締める。
彼らの腕の中で、私はわんわんと声を上げて泣いた。
白い髪の少年は、ミカ。
黒い髪の少年は、ルカ。
2人とも、私の大切な大切な親友だった。
***
私達の始まりは、放課後の校舎裏。
当時小学4年生だった私は、
男の子よりも男勝りの、やんちゃな女の子だった。
母子家庭の私は、鍵っ子だった。
家に帰っても誰も居ないので、時間潰しに
学校が終わった後は、校舎裏で団栗を拾い集めていた。
集めた団栗はポケットに忍ばせて、
悪さをする奴らに、ぶん投げてやるのだ。
今日も授業を終えた私は、校舎裏に向かっていた。
校舎裏は、湿った土の匂いと、
近くのプールの塩素の匂いと、雑草の匂いがする。
しかし、それ以外のいつもと違う複数の匂いがした。
話し声が聞こえる。
それも、怒鳴るようなけたたましい声だ。
喧嘩だろうか?
私はポケットの中の団栗に手を忍ばせて、
木の影から様子を伺った。
「気持ち悪ぃな!“病気”が移ったらどうしてくれんだよ!学校に来るんじゃねぇよ!」
「そーだそーだ!バイ菌だー!」
あの後ろ姿は、恐らく3、4年の奴らだ。
奴らの背中でよく見えないが、誰かが囲まれている。
奴らのうちの一人が、その辺の小枝を拾うと、
囲まれている子を枝でつつき始めた。
目に入ったらあぶない、なんてことするんだ。
いてもたってもいられず、
私は団栗を3つ手に取って飛び出した。
「ったぁ!!」
まずは1つ、虐めっ子のうちの
1番背の高い男の後頭部目掛けて団栗を投げた。
ビシッと音がして、男が蹲る。
「いっっってぇ~~!!!」
すかさず残りの2つも奴らに向かって投げ付ける。
見事に命中したが、奴らに気付かれてしまった。
私は足元の砂を被った木の根を引き千切り、
鞭のようにしならせて地面を叩いた。
「お前ら!年下に寄って集って、恥ずかしくないのか!!」
「ひっ……こいつ、もしかして4年の狩珠じゃね!?」
「まじかよ!!やっべ、逃げろ!!」
虐めっ子の奴らは、しっぽを巻いて逃げていった。
私は木の根を捨てると、手に着いた泥を払った。
よく見ると、爪のすき間から血が出ていた。
「あーあ、切れちゃったじゃん」
舐めときゃ治るだろ、なんて思って、
血の出ている手を口に運ぼうとしたとき、
その腕を掴まれて静止させられた。
ふと見上げると、男の子が2人。
先程、虐められていた子達だろうか。
「ちゃんと、消毒しよう。僕が絆創膏を持ってるから」
「……助けてくれて、ありがとう」
はっとするほど白い髪の少年と、
新月の夜よりも黒い黒髪の少年。
私は2人の少年に手を引かれ、保健室に連れて行かれた。
「あら、ミカくんとルカくんじゃない。今日はどうしたのかな?」
「先生、この女の子が怪我をして……」
「まあまあ、随分やんちゃしたのね。ふふ、まずは手を洗いましょうね」
保健室の先生がそう言って、優しく手を洗ってくれた。
まるで、お母さんみたいだ。
石鹸のまあるいやわらかい匂いにうっとりしていたが、
ふわふわのタオルで手を拭かれた時、
その真っ白であ、と思い出したように聞いてみた。
「先生、あの子はどうして髪が白いの?」
「……あの子はね、魔法にかけられているのよ。あの髪の毛、白くて綺麗でしょう?」
「うん、とっても綺麗!雪みたい!」
「だからね、皆あの子が羨ましくて、ついちょっかいを出してしまうの。狩珠さん強いから、あの子を護って欲しいな」
「わかった!!」
あの時、先生は魔法って言っていたけれど、
本当は彼は病気だった。
まだ幼かった私は、そんな事知る由もなく、
ただ純粋に、魔法なんて羨ましいなと思っていた。
白い髪の少年はミカと言った。
引っ込み思案で、内気な子だった。
容姿の事もあって、彼はよく虐めの標的にされた。
黒い髪の少年はルカと言った。
真面目で静かで、大人びた子だった。
いつもミカの傍に居て、
彼を護るように立ちはだかっていたが、
ルカは決して反撃せずに、いつも静かに耐えていた。
でも、もう大丈夫だ。
この私が、2人くらい余裕で守ってみせるから!
「2人は兄弟なの?」
「分からない。覚えてないけど、ずっと一緒にいた」
本来、3年生までは、
登校班で帰ることが学校で決められていた。
しかし、ルカとミカは珍しい所から来ていたため、
いつも先生が日替わりで指定地点まで
送り迎えしてくれたそうだ。
私は部活に入っていなかったのだが、
偶然途中まで2人と帰り道が一緒だったので、
その日からは先生の代わりに、
私が2人と一緒に登下校する事になった。
「2人とも名前も顔もそっくりだよね」
「そうかな?」
「本物の兄弟だったら嬉しいよね!」
ミカが嬉しそうに笑う。
彼は最初は内気だったが、打ち解けるとよく喋る子だった。
途中に私の家があるので、そこでお別れをする。
2人の家は何処かと聞いたら、
すぐ近くだから大丈夫だと言われた。
そっか、じゃあまた明日なんて気にしなかったけれど、
近くなら何故今まで登校班が一緒じゃなかったのだろう。
次の日、保健室の先生に聞いてみた。
「先生は、2人の家って知ってる?」
先生は困ったような顔をして、そっと囁いた。
2人のお家はね、皆に秘密なの。
きっと2人も聞かれたくないから、
なるべく触れないようにしてあげてね、と。
ああ、そっか。
ミカが魔法に掛けられているのなら、
もしかしたら魔法使いが住んでいるのかも。
それは内緒にしなきゃだもんね。
きっと仲良くなったら、教えてくれるだろうし、
今は聞かないでおこう。
「ねえ、今日は私の家で遊ぼう!」
「えっ、いいの?」
「……そんな、悪いよ。親は大丈夫なの?」
「私、鍵っ子だから。夜までお母さんいないし!」
帰り道に私が提案し、
そのまま2人を家の中に招いた。
お母さんが帰ってくるまで、
私は冷蔵庫のお惣菜を温めて食べたり、
ゲームをしたりしていた。
そうだ、ゲームなら皆で遊べる。
外で遊んだらまた虐めっ子に見つかるかもしれないし、
室内なら安全だ。私は天才だった!
2人にゲーム機を見せると、目をキラキラさせていた。
「やったことある?」
「な、ない……!これ、本物!?」
「まじか!じゃあ皆でやろー!」
「いいの?」
「勿論!友達じゃん!」
テレビをつけて、コントローラーを2人に持たせる。
私は毎日やってるから、
今日は2人に教えながら見てるだけにしよっと。
ゲーム機の電源を入れると画面が変わり、
ファンタジー世界を背景にタイトルが浮かぶ。
「ふぇありい、ている、おぶしーぶ……?」
「そ!今流行りのゲームだよ。冒険して、悪い魔族を倒して強くなって、最後に魔王を倒すんだ!」
「わぁ、とっても楽しそう!」
「何かね、仲間を束ねて協力して、強い絆の力で魔王に立ち向かうんだよ。1人よりも2人、2人よりも3人って感じでね!」
「そっかぁ……絆、かぁ……!」
キャラクターを選んで、ゲームを始める。
初めてのゲームに、
ミカとルカは最初死にまくっていたが、
私の家に通い詰めてすぐに上達していった。
もうすぐお母さんが帰ってくるのに、
ギリギリまでやっていく日もあった。
それだけ楽しいんだろう。
出会ったばかりの時は暗かった2人の表情が、
遊んでいる時は喜怒哀楽でコロコロ変わっていく。
見ている私も嬉しいや。
「あれ、遅いな……」
ある日のことだった。
帰りの約束の時間になっても、2人が学校から出てこない。
私は再び学校の中に入って、
2人がまだ居るであろう3年生の教室前まで来た。
静まり返った教室から、微かに泣き声が聞こえる。
これは……ミカとルカの声だ。
2人が何組かは聞いていなかったので、
私は片っ端から3年生の教室を開けて回った。
最後の教室を開けた時、見慣れた2人が部屋の隅で
寄り添うようにして泣いていたのを見つけた。
「どうしたの!?」
2人に駆け寄ると、
彼らの服はあちこち破けて、身体に複数の傷があった。
ルカに関しては傷が酷く、口端から血が流れていた。
「あ……めあり……ルカが、僕を庇って」
「だ……じょぶ……」
「お願い……先生には言わないで」
「何で!?どうして言っちゃダメなの!?」
「聞いちゃったんだ……僕らのこと、煙たがってるの」
大人は、狡い。
先生が、ミカとルカに対する苛めを、
見て見ぬふりをしているのを、私は知ってしまった。
「施設の人を心配させる訳にもいかないから……う、僕達は大丈夫だから……誰にも言わないで」
「施設……?」
「僕達は……本当の親がいないんだ」
そんなの、そんなのって。
大人に助けを求められない世界で、
2人は生きてきたって言うの?
私よりも幼い、まだ甘えたい盛りの子達が……?
悲しくて悔しくて、可哀想で。泣いてしまった。
いつの間にか2人は泣き止んでいて、
震える私の身体を、優しく抱きしめてくれた。
「ありがとう……僕達の為に、泣いてくれて」
「めあり……ありがとう」
次の日、我慢出来なかった私は、
2人の手を引いて虐めっ子のクラスに乗り込んだ。
休み時間で先生が居ないのを良いことに、
校舎裏の時に居た虐めのグループ3人に殴りかかった。
「ミカとルカが何したの!?2人に謝れ!!」
相手は全員男だった。勿論、力では劣ってしまう。
だから私は足を掛けたり、
団栗をばら蒔いたりと小細工をふんだんに使い、
自分がボロボロになるまで、相手を殴り続けた。
騒ぎを聞き付けた先生が、私を捕まえるまで。
理由を問い詰められたが、私は答えなかった。
けれどそんなの、先生は知っていたはずだ。
だって、ミカとルカが私と一緒にいたから。
結局、親を呼んで上学年の私だけ叱られて終わった。
納得いかなかったけれど、良いんだ。
その後、2人が虐められることが無くなったって、
本当にありがとうって、感謝されたから。
「うおおおお!!」
「頑張れええええ!!」
「いけー!」
今日は待ちに待った、ゲームのクライマックス。
いつになく2人はそわそわしていた。
いつものように、ゲームを起動してコントローラーを渡す。
始まったのは、魔王との白熱の戦いだ。
ミカとルカは、それぞれが集めた仲間を上手く使って
魔王のHPを削り落としていく。
そしてついに、その時がきた。
「やっ……たぁぁぁ!!」
「た、倒せた……!」
「やったね!!2人ともすごいよ、おめでとう!!」
めありは感極まって、思わず2人を抱きしめた。
最初の頃は死んでばかりいた2人が、
初めてのゲームをクリアするまで一緒に見てきたんだから。
めありの腕の中のミカとルカは顔を赤くして、
2人で挟むように、彼女の両頬に唇を押し付けた。
突然のことに、めありはぽかんとしてしまった。
「ね……めあり、僕達めありのこと好きみたい」
「……えっ!?」
「大人になったら3人で結婚しようよ!」
「だ、だめだよ、1人としか結婚できないんだよ」
「どうして?僕達めありのこと同じくらい好きなのに」
いつに無く真剣な2人の眼差しに、
慌てて視線を逸らす。
「じ、じゃあ、2人が私より強くなったらしてあげる!」
「本当……?じゃあ僕は、このゲームの魔王みたいに強くなってみせるよ」
「えーっ、ルカが魔王になったら倒されちゃうじゃん!」
「めありが主人公なら、冒険の最後に逢いに来てくれるでしょ?そこで、旅のお話を聞かせてもらうんだ」
「あ、そっかー!じゃあ僕は、神様になろうかな。めありがこの世界を冒険するのを見ていたいし、僕が魔王を倒さなくても良い世界にしてあげられるね!」
「あはは、面白い!本当にゲームの世界に入れたら、きっと楽しいんだろうなあ」
不条理な大人の居ない、
素直でシンプルなNPCだけの世界。
嫌なことは全部魔法で焼き尽くして、
好きな仲間とだけ共に過ごすことの出来る、
現実的な柵を気にしなくて良い世界。
私達のような訳アリの子供達は、
そんな、自由なゲームの世界に憧れた。




