6-4
闇の滴るヴァリオン、ガトレ宮殿内。
魔界に拉致されたレッフェルとフォルケッタは、
宮殿内の地下牢に閉じ込められていた。
先に目覚めたのはレッフェルだった。
彼が目覚めた時、己の身体は既にエルフでは無かった。
内側からひしひしと感じる、強い闇の魔力。
試しにいつもの様に魔法を使ってみるが、
全ての魔法が勝手に闇属性の魔法に変換される。
おぞましい程の力だ。
自分は強いと過信していた。名声もあった。
それなのに彼女を失ってしまうのは、
きっと自分がまだ弱いからだと考えた。
彼女を一人で守りきれる力が欲しかった。
彼女と二人きりで過ごす日々を望んでいた。
彼女が元の世界に帰る日が怖い、
だから今すぐに強大な力が欲しかったんだ。
そして僕は、この身をオベリスクに捧げた。
最期に、人の手で相棒を終わらせたかった。
憎きライバルでも、元を辿れば良き仲間であり、
支え合い切磋琢磨し合った唯一無二の相手。
僕は、この手で彼を葬った後に
人としての生涯を終えるつもりだった。
けれど、彼は途中で僕の嘘を見破ってしまった。
まあ、いつかはバレるとは思っていたけれど……。
そして彼に破れて、目が覚めたらこのザマだ。
情けなくて笑えてくる。
明らかに以前より強くなっていると分かるのに、
檻はびくともしないのだ。
結局僕は、失ったものの方が多くなってしまった。
横で眠っているフォルケッタ。
もう殺す気すら起きなくて、そのまま彼を見つめる。
彼女は、彼を選んだ。
見たことも無い、彼女の不思議な能力が、
彼を守るように包み込んでいた。
君と出会ったのも、君を抱き上げたのも、
君と会話を交わしたのも、全部僕が先だったのに。
……でも、もうどうでも良い。
都合が良いと笑ってくれてもいいさ。
この孤独な檻の中で命果てると言うのなら、
せめて最期に話し相手が欲しい。
早く起きてくれ、フォルケッタ。
***
情事を終えためありはシャワーを浴びると、
火照る身体を冷ますために、ベランダに出た。
そよ風に少し濡れた髪を揺らす。
外はまだ明るい。
少し、情報を集めに出掛けようかしら。
「……湯冷めするであろうに」
なんて、考え事をしていたら肩に羽織を掛けられた。
羽織越しに、そっと身体を抱かれる。
この特徴的な香りは、潦だ。
「ごめんなさい、少し出かけようかななんて思って」
「ならば共に参ろう」
「そう?ありがとう。オベリスクに伝えてくるわ」
「無用よ。化かせば問題も無かろう?」
潦が私から離れると、
しゅるしゅると潦の身体から闇が放出される。
すると、彼から闇属性が感じられなくなった。
その代わりに、サプフィールの海の様な
仄かに潮の気配を感じる。
「水属性!」
「左様。これならば文句あるまい」
「本当になんでも出来るのね!分かったわ、でもオベリスクには事情をちゃんと伝えないとね。心配掛けてしまうから」
そう言って、めありは潦の手を引くと、
ベランダから室内へと帰っていった。
彼女を見つめる、謎の人影に気が付かないまま。
オベリスクに事情を話すと、彼は快く承諾してくれた。
どうもオリジナルには逆らえないらしい。
ついでにとまた金貨を大量に渡されて、
好きなものでも買いなさいと言われた。
返そうとしたが、潦が手を引いて宿を出たがるので
その勢いで貰ってきてしまった。
「まあ、使わずに返せばいいわよね……」
「玉でも買って見せびらかしてやれ」
「買いません!」
市場通りを歩きながら、そんな会話をしていた。
気が付くと、道行く人々がこちらを見ている。
恐らく、潦を見ているのだろう。
魔力を隠している今は、一見ヒューマン族だ。
しかし、ヒューマン族の平均よりも随分背が高く、
すらっとしたスタイルに、整った目鼻立ち。
異国風の着物を着こなす彼は、はっきり言って目立つ。
特に女性の熱視線が集中していたが、
本人は気付いていない様子だった。
「改めて、格好良いんですね」
「は?」
「皆が潦を見てるの、ほら」
「……彼奴らは其方を見ているのだ。珊瑚のように鮮やかな眼に、煌めく砂浜を思わせる艶やかな髪。其方こそ美しい」
ひょいと抱え上げられ、躊躇いなくキスされた。
一瞬の出来事に思考が追い付かずフリーズしていると、
周りの人達がきゃあきゃあと騒ぎ出た。
「ちょっ……!」
「……ん?」
「と、取り敢えずここから離れましょう!?」
「仕方あるまい」
潦はめありを抱き抱えたまま、
人通りの少ない静かな路地裏に移動する。
ある程度先程の場所から離れると、
めありを地面に下ろしてやった。
「もう、人前でああいうのは良くないわ」
「何故」
「恥ずかしいからです!」
「……クク、恥じる其方もいじらしい」
何か最初の頃と比べて180度性格変わってません?
まあ、仲良くなれたなら良いのだけれど……。
ふと、建物の影の隙間から見える
大きな建物が目に入った。
だいぶ遠くの方に建っている、あれは一体……。
「あれは、サプフィールの城よな」
エーデルシュタインのアルカナ王城は、
前の世界で言うドイツのノイシュヴァンシュタイン城。
サプフィールの城は、城と言うよりも要塞だった。
「アルカデアの設定として、嘗て名を馳せた冒険者共が国を築いたとあるが、この地は彼奴らが魔王と戦った最期の地と語られている……」
「えっ、魔王と!?」
「あくまで“設定”よ。その時の要塞がそのまま城となった故、見た目はあまり城らしく無い」
そうなんだ……。
サプフィールが最期の場所だったのなら、
彼らの冒険は何処から始まったのだろう。
……まさか。
私がこの世界を冒険することを
天王が望んでいるのなら、
先代である彼らの冒険をなぞってみたら?
「潦……彼らの、始まりの地は分かる?」
「今のエーデルシュタインよな」
「……次に彼らが向かったのは?」
「イズムルート、グラナティス、アレアシオン、そして此処サプフィール」
私と同じ動きだ。
とすると、もうすぐ私は魔王と対峙する?
駄目、このままだとシナリオ通りになってしまう。
魔王を倒しては駄目。
私は彼を思い出して、そして救うと約束したのだから。
「うっ……」
ドクン。
急に激しい頭痛に襲われ、足元がふらつく。
脳味噌が心臓になったのかってくらい、
心臓の音みたいなのが頭にバクバク響いている。
「めあり!」
潦が私の体を支えてくれた。
しかし、頭痛は急速に激しくなっていく。
寒い、暑い、痛い、怖い、苦しい。
潦が何やら魔法を使っているのが見える。
ごめんなさい、もう意識が……。
「チッ……余の魔法が効かぬ。これは天魔の運命か……!」
意識を失っためありを抱き抱えると、
潦は急ぎ宿へと踵を返した。




