6-3
「好きなものはありますか!?」
朝目が覚めて、きっちりと身支度を整えた後に、
リビングルームへと向かうと、
既に3人は起きていてソファに腰掛けていた。
まずは仲良くなること。
その為には相手を知るのが一番の近道と考え、
部屋に入って早々めありの第一声がそれだった。
「ん?急にどうしたのかね」
煙管片手に振り返るオベリスク。
新聞紙の様なものに目を通していたが、
めありの声に顔を上げた。
「私、皆さんと仲良くなりたいと考えています。昨日みたいに、無知が原因で嫌な思いをさせるのはもう嫌だから、まずは皆さんを知ろうと思って」
「え?昨日のはボクがめありを味見したかったからこじつけたただの悪戯だよ?」
イヴリーンが満面の笑みでニコッと笑う。
そんな天使みたいな笑顔で……。
ソファの上に座ったまま膝を抱えて、
上目遣いでこちらを見つめるイヴリーン。
「好きなもの……そんなの、聞かなくても分かるでしょ?ボクもそうだけど、皆めありのことが大好きなの。めありを独り占めしたい、めありに愛されたいって思ってる。魔王様の一部だったボク達オリジナルは、普通の魔族よりもめありに強く惹かれてるよ」
彼の幼い唇が紡ぐその言葉は、どこか重く切ない。
めありは己の左手薬指を見た。
カンタレラから授かった封印の魔法は消えてない。
ふと、マスカレドの台詞が脳裏に過ぎった。
(私達オリジナルは魔力もそうだが、肉体自体があのお方の一部だ。そのような封印術如きで貴様を求めるなと言われても困る)
この封印の魔法は、どこまで効いているの?
そんな私の疑問を見透かしたように、潦が口を開いた。
「彼奴の魔法は完全たるもの。其方の“誘惑”能力自体は全く感じ取れぬ」
「では、何故……」
「其方が誘惑せずとも……此方の心は既に其方のものよ。そのように造られた故、魔力に影響を受けているだけの者とは訳が違う」
私に特別な魅力がある訳では無い。
そのように造られているだけ、そんなもの百も承知だ。
でも、そんな風に造られていなかったら、
彼らは今頃、私が原因で苦しむこともなかっただろう。
彼らは私を求めても、手に入れようとはしない。
自分の生みの親である、魔王への捧げ物だから。
欲しいものが目の前にあって、
それでも決して自分のものにならない苦しさ、歯痒さ。
ずっと彼らは苦しんでいる。
私が、彼らを苦しめている。
「……己が居なければ等と下らぬ事を考えるなよ。其方が居なければ、此方が生まれることも無かった」
「じゃあ、私は……どうすれば、どうしたら……皆さんの苦しみを癒せますか……」
何時もはすぐ逸らされる潦の視線が、
珍しくずうっとこちらを見ている。
曇りのない鏡のような、静かな水面を思わせる瞳。
その奥に、ひっそりと渇望の色が隠れている。
あ、まただ。
この薄荷に似た、冷たく透き通る甘い香り……。
昨日寝ている時に悪い夢を見てしまったのだけれど、
夢の中でこの香りがしてから、見なくなったのよね。
暫くの沈黙の後、
潦の視線はまたどこか遠くへ行ってしまった。
「………………己で考えよ」
彼はそう言い残し、
水の姿になって床に吸い込まれるようにして、
その場から姿を消してしまった。
「潦……!」
「あははっ☆本当に面倒くさいやつだね!めあり、追いかけてあげなよ」
「でも、なんて声を掛けたらいいか分からないもの」
「君が彼を抱き締めてあげれば解決する話さ」
「そ、んなので解決するかしら……」
「駄目だったら私の所に戻っておいで。慰めてあげよう」
無責任なオベリスクの発言に少し笑ってしまった。
そうね、まずは彼を追いかけなくちゃ。
いつも何かを隠しているような仕草も、
何を考えているのかも聞きたい。
そして、貴方達が少しでも苦しまなくて済むように、
私ができることを考えなくちゃ。
「ごめんなさい、ちょっと探してくるわ!」
最上階は貸し切っている。
まずはこのフロアを探してみよう。
めありはリビングルームを後にした。
彼女の背中を見送ったオベリスクは、
再び煙管を咥えて、
サプフィールの情報が記載された紙に目を落とす。
パラパラと紙の捲られる音だけが部屋に響く。
「おじさんもさ、実は好きなんでしょ?」
「はは、おじさんか……。否めないな」
「それはどっちの事かなぁ?ま、ボクには関係ないけど!」
イヴリーンが愉快そうにソファを転げ回る。
オベリスクは紙に目を通したまま、呟いた。
「……天界とは関わりを断ち、今はお前達に従属している。オリジナルを差し置いて彼女に想いを寄せるなど、私には到底出来んよ」
「ふぅん。やっぱり大人って、面倒!」
***
ガチャ。
この部屋にも潦は居ない。
どうしよう、これで最後の部屋なのに……。
扉を閉めようとした時、あの香りが鼻を掠めた。
潦の匂いだ。
めありはそっと部屋に入り、扉を閉めた。
微かに聞こえるメロディー。
聞いたことの無い言語、けれど懐かしい旋律。
水の細流のように、長閑やかで透明感があって、
どこか切ない美しい声だった。
潦の長い髪が、硝子越しに風に揺れている。
彼はベランダに居るようだった。
いつまでも聞いていたい歌声。
そう、このメロディーは昔、
3人で作ったあの歌と同じものだった。
私と……あと2人の、男の子が……。
足音を立てないように窓辺に近寄り、
カーテン越しに硝子に触れる。
「……答は出たのか」
メロディーが途切れ、
潦が背を向けたまま窓越しに声を掛けてきた。
もう少し聞いていたかったけれど、
仕方なくベランダの扉を開けて潦に歩み寄る。
潮風が心地良い。
彼の髪が風に舞う姿は、息を飲むほど美しい。
女性である自信が無くなってしまいそう。
けれど、今は彼に伝えなくちゃ。
「私は……潦の事が知りたいわ」
「……」
「何時も目を逸らしてしまうのも、最初は嫌われてるのかなって……思ってました。けど、貴方は優しかった。きっと、何か私に隠していて、それを悟られないように距離感を起きたかっただけなのかなって」
「……それで?余に何を望むか」
「潦の事を教えて下さい。私は貴方を知って、貴方の望むことをしてあげたいの。絶対に貴方を嫌わないから、もし何か隠していることがあれば、聞かせて欲しいの」
よし、自分の気持ちは言い切った。
あとは抱き締め……って、
冷静に考えたらおかしくないかしら!?
あの潦に突然抱きつくとか、
鋼のメンタルじゃないとできないわ……。
せ、せめて何か……。
あ、風で着物の袖がひらひらしてるわ。
袖の端を掴むくらいだったら……。
「……お願い」
彼の袖の端を掴み、背の高い彼を見上げた。
掴んでるし、無理矢理逃げたりはしないはず……。
彼は最初沈黙していたが、
突然空気が抜けたように大きな溜め息を吐いた。
もしかして、困らせてしまったのかしら。
なんて、思った時だった。
視界が暗転して、
身体が何かに包み込まれているような感覚がした。
潦の匂いが肺いっぱいに充満する。
私は、彼の……潦の腕の中に、すっぽりと収まっていた。
状況を理解した途端、自分の心臓がバクバクと煩い。
だが、彼からは心臓の音が聞こえなかった。
彼だけじゃない、オリジナルは皆……。
「……絶対に、嫌わないと?」
「……はい」
「余は……己の強欲さが醜い。欲しい、支配したいと心の奥底で其方を渇望している……気が狂いそうな程によ」
「良いんです、あげます……私を必要としてくれるのは、その、嬉しいことですから。貴方の苦しみを、私が癒したいの」
「……左様か」
布越しでも分かる、冷たい身体。
氷のような手がめありの頬を撫で、唇を捉えた。
「後悔しても逃がさぬぞ」
「しません」
「……其方は口が達者よの」
壊れ物に触れるかのような、優しい口付け。
一度目はゆっくりと。
二度目は、何度も確認するように。
彼の冷たい身体に、私の熱が移ろっていく。
何度目かのキスの後、ふと視線が絡み合った。
間も無くひょいと抱き上げられ、
ベランダから室内に移動し、
ベッドのある部屋まで連れて行かれた。
音も立てずにそっとベッドに横にさせられる。
覆い被さる彼から垂れる髪が擽ったい。
身を捩って笑うと、潦も一瞬笑った様な気がした。
「あ、いま」
「笑ってない」
「……ふふ」
もう一度唇を重ねられると、
そのまま片手でシャツの釦を外されていく。
肩を出すように着崩されて、うつ伏せの状態にさせられた。
「綺麗だ……」
潦の唇が、彼女の背中に触れる。
彼が触れたところから、
じんわりと身体の内側に何かが拡がっていく。
それが心地好くて、大人しく彼のキスを受け入れた。
「潦の顔が、見えないわ」
「……見なくて良い」
「へぇ~!潦って、バックが好きだったんだね☆」
頭から冷水を浴びせられたかのような衝撃に、
めありは飛び上がってしまった。
イヴリーンの声だ。
まって、今なんて言ってた?
「ボクも混ぜてよ!大丈夫☆見た目は子供だけど、潦より先に生まれてるから合法ショタだよっ!」
「えっ?えっ!?」
情報量が多すぎます。
どう見ても〇学生のイヴリーンが、
見た目20代後半~30代前半の潦より歳上なの?
否、人間じゃないから有り得るのかな。
しかし、合法ショタでも絵面がよろしくないわ。
どうしよう……。
イヴリーンはるんるんと鼻歌交じりに、
ベッドに飛び込んできた。
キングサイズのベッドが二つ並んでいるから、
3人乗っても余裕の広さだ。
なんて、感心してる場合じゃない。
「……イヴリーン」
「んー?」
「勢い余って、彼女に歯を立てるでないぞ」
「あはっ……、気を付けてみる」
舌舐めずりをするイヴリーンは、
どう見てもそのまんまの意味で食べる気満々だ。
「あぁ……でも、そっか。めありを気持ち良くしてあげるには、大きくなった方がいいよね」
「えっ?」
「めあり、ちゅうしよ!」
うつ伏せだっためありの顔に両手を添え、
上を向かせてイヴリーンが唇を重ねる。
すると、ぶわっと辺り一面に鳥類の白い羽根が舞った。
無重力状態のようにゆっくりと羽が舞い落ちる中に、
一回り、二回り大きくなったイヴリーンの姿があった。
童顔そのままの甘いマスク。
ふんわりとした金髪や、孔雀緑の瞳は変わらずに、
身体だけ成長させたような姿。
イヴリーンが大きくなったらこんな感じなのね。
「惚れちゃった?クス、潦よりさぁ……俺にしときなよ。骨の髄まで残さずしゃぶり尽くしてあげるよ?」
声まで低くなってる……。
性格も、無邪気さが抜けてただの邪悪な人に……。
「……後出し風情が出しゃばるなよ」
「あはっ!焦んなって、最初は2人でじっくり可愛がってあげようよ?決めるのはそれからでもいいじゃん」
「フン……好きにせよ」
潦がうつ伏せのめありをベッドから引き離し、
彼女を胸元に抱き寄せた。
それを追うように、イヴリーンが彼女の脚を掴むと、
両脚を拡げるような形で己の肩に担いだ。
「きゃっ……」
「丸見えだよめあり、可愛い。虐めたくなっちゃう」
「やだぁ、閉じて……!」
「無用、其方は此方を見よ」
顎を捕まれ、上を向かされると潦の唇が重なった。
相変わらず丁寧なキスだが、
唇の隙間から舌が潜り込んで、口内を嬲られる。
冷たい唾液がゾクゾクする。
息継ぎの合間に上顎を舌先で撫でられて、肩が跳ねた。
キスをしている間にも、
イヴリーンの指が内腿を撫でながら
スカートの下に潜り込んでくる。
必死に脚を閉じようと力んでは見るものの、
肩に担がれてしまっては
少し閉じても力を抜けば直ぐに開いてしまう。
でも……抵抗、しちゃだめよね。
彼らが求めるのなら、私は答えなくてはならない。
それが、彼らを苦しみを癒す私の役目。
めありは硬直していた体の力を抜き、瞳を閉じた。
窓の外は明るく、
隙間からは市場の人々の賑やかな声が聞こえる。
爽やかな潮風香る、快晴の昼下がり。
西日の差さない薄暗い部屋で、重なるのは複数の吐息。
湿った温い空気の中には、スプリングの軋む音と、
彼女の切なく苦悩する喘ぎ声が満たされていた。
それは、彼女の選んだ役割。
そして、彼女を導く者もそれを受け入れた。
物語が終わりを迎えるその時まで、この身体は彼らのもの。




