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フェアリーテイルオブシーヴ  作者: unique
【Ⅵ】サプフィール王国
42/58

6-2

サプフィールの宿は、

海が見える絶景のリゾートホテルだった。

オベリスクによるお金の力で、

最上階の部屋全てを貸切にしていた。


夜になると街は静まり返る。

少し開けた窓から入る夜風が心地好い。


「さて、お夕飯を作らなくちゃ!」


張りきって、購入した食材を分別する。

野菜や果物は水洗いにして、皮を剥かなくちゃ。

よし、頑張って4人分作るわよ!


食材を洗っていると、とんと肩を叩かれた。

振り返ると、潦が此方を見ていた。


「手伝おう」


着物の袖を紐で背中に縛り付けて、

腕を捲った彼が手際よく食材を洗っていく。

嫌われてるわけじゃ……無かったのかしら。


「ありがとう……ございます」


それ以上の会話は無かったが、

潦はとても手際が良く、

あっという間に4人分のお夕飯が完成した。


テーブルに並べられたのは、

色鮮やかなサラダに、バター香るムニエル、

貝類をふんだんに使ったクラムチャウダー。

デザートにはポムポムのコンポートと、

ポムポムのジャムを紅茶に添えて。


何だか高級料理のフルコースみたいになってしまった。

殆ど潦がやってくれたような気がする。


「わあああ、美味しそうだね!」


イヴリーンが涎を垂らしながら料理を眺めている。

急かすように、両手に握ったナイフとフォークで

テーブルをトントンと叩いて食べたそうにしていた。


「見事な出来栄えじゃないか、いただこう」

「いっただっきまーっす☆」

「いただきます」

「……」


全員で席に着いて食事を始める。

まずはサラダから……瑞々しくて、歯ごたえ抜群。

糖度が高いのか、自然な甘みが強くて、

ドレッシングも要らないくらいね。


クラムチャウダーも、具沢山でとっても美味しいわ。

食べ応え抜群ね。味は優しくて、ほっとする。


「おかわり!!」


イヴリーンが空になった器をめありに差し出した。

えっ、まだ食べ始めて全然経ってないけれど……

一人一人に多めによそったつもりだったが、

彼はペロリと綺麗に食べ切ったようだった。


まあでも、まだ余ってるからいいか。


「はーい、待っていてね」


空になった器を受け取って、おかわりを取ってきた。

そしてテーブルに戻った時に気付いたが、

イヴリーンは非常に食べ方が汚かった。


床やテーブルに撒き散らしながら、

ガツガツと無我夢中で食べている。


その姿に、私はただ唖然としていた。


「おいしい!!次おかわり!!」

「あ、あのね……もう無くなっちゃったの」

「なんで?イヴ、いっぱい食べるって言ったよね?」

「えっと……いくら何でもそこまでは食べないだろうって思ってて……」

「……もしかして、小さいから?ボクが?」


ダァン!

急に大きな音が鳴り驚いた。

イヴリーンがテーブルにフォークを刺した音だった。


食器を除けてテーブルに体を乗り上げると、

向かいに居ためありの髪を掴んだ。


「痛っ……」

「君は見た目で判断するような人なの?」

「ち、違うわ……」

「違わないよね?ねえ?……嘘を吐く悪い子には、お仕置が必要だね。あハッ!ボクがどういう魔族のオリジナルなのか、キミに教えてあげるよ」


嘘、嫌だ、怖い。

あの無邪気で天真爛漫なイヴリーンじゃない。


助けを求めてオベリスクに視線を投げかけるが、

彼は申し訳なさそうに眉を八の字にして、

唇の動きだけで「ごめんね」と伝えてきた。


潦に関しては、視線すら合わせてくれない。

やっぱり……嫌われている気がする。


「ごめ、ごめんなさいっ……」

「うふふ……キミのこと、ずぅっとボクは我慢してたんだ。最初に見た時から、とっても美味しそうだなって思ってたんだよぉ?」


うっとりとした表情で、めありの頭を優しく撫でる。

乱暴したかと思えば優しくされて、

行動に脈絡が無いのが不気味で恐ろしい。


小柄な身体にそぐわない力で彼女の腕を引くと、

イヴリーンは別室へと駆けて行った。


残されたオベリスクと潦が、静寂の中で食事を続ける。


「止めなくて大丈夫なのかね」

「好きにさせよ。が、聖杯を傷物にさせる訳にもいかぬ。いざと言う時は余が止めに入ろう」

「そうか」


***


「うっ……」


乱暴にベッドに投げ付けられるが、

スプリングのお陰であまり痛みは無かった。

すぐに身体を起こして、身を構える。


電気も付けずに連れ込まれた部屋だから、

暗くて辺りはよく見えない。

ただ、暗闇の中に妖しく光る彼の孔雀緑の瞳が、

ぼんやりと彼の顔を闇に浮かび上がらせた。


「ボクはね、何でも好んで食べるけれど……特に大好物なのは、生きた人間の肉なんだぁ。暖かく脈打つ甘い血のシロップを、たっぷりと絡めて柔らかい肉に齧り付く……あの至福の時間が、大好きなの」

「や、やめて……食べないで……」

「うふふ、食べないよ?だってキミは、魔王様の“聖杯”だもんね……勝手に食べたら、怒られちゃう」


イヴリーヌがめありに覆い被さり、

彼女のまあるい頬の天辺に、柔らかく唇を押し付けた。


「だから……せめて“味見”させて?」


べろり、舌が頬を這う。

恐怖で声が出ない、身体の震えが止まらない。

自分よりも一回り以上小柄なのに、

恐ろしいくらい強い力で退けることも叶わない。


自然と、涙がぼろぼろ零れ落ちた。

一滴残さずそれを舌で掬い、眼球を舐める。


「ゔぅ……っ」

「はぁ……美味しいよう。今まで食べた何よりも美味しいよ、めあり……」


彼女の震える身体を、舌で愛撫する。

頬から首筋、鎖骨、胸元と降りて唾液を塗り付ければ、

暗闇の中でてらてらと艶めかしく光る。

イヴリーンの綿毛のような金髪が、顎先に掠めた。


彼がめありの胸元に手を載せる。

温く脈打つ心臓を感じ、恍惚の笑みを浮かべた。


「此処に、めありの心臓があるんだね」

「ふう、ぐすっ……ごめんなさい……私が悪かったです……食べないで下さい……」

「うん、食べないよ……だから泣かないでね、それ以上泣かれると、可愛くて我慢できないよ?」


めありをあやすように撫でてやる。

自分よりも一回り以上大きな女性を、

子供のように扱うことに僅かながら興奮を覚えた。


「ああ……勿体無いなぁ」


彼女の頬を濡らす涙に唇を寄せて、飲み干した。

ただの涙すら甘い。

皮膚を舐めるだけでも、

舌が痺れるくらいに彼女の“味”は最高だった。


まるで何をしても空白だった場所に、

求めていたパズルピースがぴったり当てはまるような。


もっと彼女を味わいたい。

涙だけじゃ足りない。

その唾液や汗、爪の垢すらきっと美味しいんだろう。


恐怖に震える彼女の腕をとって、

指先一本一本を丁寧に舌で舐ぶる。

甘噛みする度に、

怯える彼女の身体がびくんと跳ねるのが、

堪らなく加虐心を煽る。


「……ね、ボクが怖い?」


涙を堪えてぶんぶんと首を振るめあり。

嘘ばっか、顔に出てるじゃん。

口がぱくぱくしてる。

何か言いたげだけど、今は何も聞きたくないかな。


彼女の首を絞めるように掴んで、

その薔薇色の唇を奪う。

大丈夫、ちょっと苦しいくらいで止めるから。


ああ……美味しいなあ。

何処を味見しても、ゾクゾクするくらい好みだよ。




「―――そこまで」


鶴の一声で、イヴリーンの手が止まった。

涙で朧気な視界の端に滲む紺色……潦のようだ。

イヴリーンがめありから離れた時、安堵の息が盛れた。


「イヴリーン、其方はその辺りの山一つや二つですら満たされぬ特異の胃袋よ……故に、事知らぬ者であれば致し方のない事。彼女は何も悪くは無い」


潦が此方に近寄り、ぽんとめありの頭を撫でた。


彼女は、我慢して目にいっぱい貯めていた涙を、

声を押し殺しながら抱えていた恐怖と共に吐き出した。


「だって美味しそうだったんだもん!」

「其方の都合で弱きを虐げるでない」

「なんで?嫌なら逃げればいいだけじゃん!」

「我々の力から逃げられる者は居りはせん」


イヴリーンの目線に合わせて屈み、

彼を叱る潦の姿は、まるで父親のようだった。

納得いかないのか不機嫌そうな彼へ、

心做しかいつもより優しげな声であやしている。


何だか二人の会話が本当の親子みたいで、

おかしくて涙が引っ込んでしまった。


「落ち着いたらまた戻って来るが良い……待っている」

「あ、もう大丈夫です……一緒に行きます」

「……左様か」


頬に残っていた涙の跡を、着物の袖で拭われた。

微かに、薄荷に似た甘く透き通る香り。

一瞬だけ、潦の深海のように冷たい瞳と目が合ったが、

直ぐに逸らされてしまった。


この人、よく分からない。

何かを隠しているような、そんな気がする。




部屋に戻ると、私の食べかけの食事を

オベリスクが温め直してくれていた。

夕飯を食べ終え片付けを済まし、床に入る。


明日は何をするのかしら。

何をしようにもイヴリーンとは少し気まずいし、

潦は心を開いてくれそうにない……。

そうね、まずは2人と仲良くなる努力をしなくちゃ。


それにしても……天王の花嫁って、何故だろう。

私には、魔王や天王の知り合いなんて……

でも、魔王との邂逅を果たしたあの日の、

とても懐かしい、知っている気配を覚えている。


私は一体、何を忘れているの……?

あと少しで思い出せそうなのに……。




「…………」


めありが眠りにつくと、

その穏やかな寝顔を静かに見つめる影が一人。


僅かに空いた窓から入り込んだ潮風が、

カーテンを揺らし、彼女の顔に被さる。

まるでヴェールのようだと思いながら、

男は彼女の顔を隠すカーテンをそっと退けた。


月明かりが照らす彼女の肌があまりにも白くて、

しかし、規則正しい呼吸に安堵する。


人は、脆い。


一歩間違えれば、波に攫われた砂の城ように

あっという間に壊れてしまう。

彼女もまた、聖杯と呼ばれどか弱いに過ぎない人間だ。


……悪い夢でも見ているのだろうか。

時折魘されるめありの額にそっと手を翳してやれば、

彼女は再びすうすうと健やかな寝息を聞かせてくれる。


そうして、潦は夜が明ける刻まで彼女の傍に居た。

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