6-1
アレアシオンからサプフィールは、
思っていたよりも近かった。
天気は快晴。眩い陽射しに、きらめく浜辺。
エーデルシュタインよりも小さな国だが、
賑わいは負けず劣らずの港の国だ。
あちこちで店が開かれ、沢山の人々で溢れている。
その活気と色とりどりの店に、めありは感動した。
「うわぁ……!」
「先ずは宿を確保しよう。幾らか金貨をあげるから、今晩の食材を確保してもらえるかね」
「こんなに……い、いいんですか?!」
「構わないよ。ここは人目もあるし、トラブルに巻き込まれる事は殆ど無い。食材以外にも気に入ったものがあれば好きに使うと良い。私達は共に行動せねばならないから、また後で落ち合おう」
「イヴ、いーっぱい食べるから!よろしくねっ☆」
「そうなの?ふふ、じゃあ楽しみにしていてね」
いっぱい食べる何て言うけれど、
その小さな可愛らしい身体にはいくら入るのかしら。
微笑ましいなぁなんて思いながら一度別れたが、
私は後でイヴリーンの胃袋を
舐めていたことを後悔することになる。
4人分の食材となると、結構な量になるわよね。
そもそも、金貨だけでもだいぶ重たいわ……。
とりあえず、レンタルのカートを一つ借りた。
お祭りの屋台みたいに、ずらりと並ぶ出店。
まず目に入ったのは、瑞々しい真っ赤な果実。
林檎のような色合いだけれど、
持ち上げてみると桃みたいに柔らかい。
「おっ、姉ちゃん良い目してるねぇ!そいつぁ“ポムポム”って言って最近生まれた品種でなぁ!味はアプリ、食感はぺスカで姉ちゃん位の若い子に人気だよ!ほれ、試食してみな!」
「わー、ありがとうございます!」
店のおじいさん?(見た目に対して凄く小さい)が、
試食用にカットしたポムポム(?)をくれたので、
ありがたくいただいた。
桃の様に柔らかな口溶けに対し、
味わいはさっぱりとした甘さの林檎に近い。
一言で言うと、超美味しい。
「ふわぁ……美味しい!おじさん、これ2つ下さいな」
「まいどあり!」
他にも色々な出店があったので、
吟味するようにゆっくりと見て回る。
どの商品も鮮度が良く、他の国で見たものより安い。
流石、港の国だけあるわね。
お店を見ていて気付いたのが、
店主さんが皆幼児並みに小さな身体をしていること。
80cm前後の背丈をめいいっぱいに動かして、
品出ししたり、接客したりと頑張っている。
そういう種族なのかしら?
「“ドワーフ”は見た事がないか?」
「……ひゃっ!?」
耳元で女性の声がした。
驚いて跳ね上がると、女性がくすくすと笑った。
黒髪ロングを左右で二つに縛った、赤い瞳の女性。
口端の黒子が色っぽい。
赤と黒を基調としたワンピースは、
デコルテが大胆に開いたデザインとなっている。
何処かで見たような……。
「あたしは識別記号アスタリスク。主人が、やはり一人にさせるのは不安だからってあたしを派遣したのさ」
「ああ!オベリスクの……アスタリスクちゃんね。私はめありって言います、よろしくね!」
「……ちゃんって……なんか擽ったいな」
女の子らしい見た目に、
少し男勝りな口調のギャップが可愛らしい。
昔の私を思い出すわ……。
「ふふ、じゃあアスタリスクちゃんにはショッピングを手伝って貰おうかしら」
「そんなんで良いのか?あたしは構わないが……」
「いいのいいの!今は楽しみましょ!」
アスタリスクの手を引いて、店を回る。
最初のうちこそはレンタルカートに
収まりきる量だったのだが、
あれもこれもと買ううちにいっぱいになってしまった。
もう一つカートを借りようかと思ったが、
アスタリスクが持ってくれるからと止められた。
流石に女の子に荷物を持たせる訳には
いかないと伝えたが、
彼女もカートなんて必要ないと頑なだった。
仕方なく荷物を持ってもらう。
何故そこまで荷物を持とうとするのか疑問だったが、
カート何十台分以上の彼女の怪力に納得した。
「そう言えば、ドワーフって?」
「ああ、この国の主な種族だな。サプフィールはドワーフが中心となって支えられている。彼らは小柄な肉体が特徴で、成人しても100cmにすら満たない。大きな武器は持てないが、その俊敏さは侮れないぞ」
「ほぉ……成程ね」
この世界に来て出会ったのは、
ヒューマン、エルフ、ダークエルフ、
レプリカント、キメラ、ドワーフと……沢山いるのね。
他にもまだ居るのかしら。
それにしても、だいぶ食材は買ったつもりだけれど、
貰った金貨の10分の1も減ってないような気がする。
そういえばアスタリスクも宿に泊まるのか聞いたら、
彼女はオベリスクが此方に戻り次第直ぐに帰るそうだ。
もっとお話したかったのに、少し残念ね。
アスタリスクがキメラだと気付く冒険者達の
視線が気になったが、本人は気にしていない様子だった。
もう、そんな視線にも慣れてしまったのかしら……。
代わりに怒ってやりたいけれど、
騒ぎを起こす訳にも行かず、複雑な気持ちで俯いた。
その時、ふと目に付いた商品があった。
少し悩んだが、今はその店に立ち寄るのをやめた。
「やあ、待たせたね。買い物は終わったかな」
オベリスクが戻ってきた。
イヴリーンはキラキラした目で食材を見ている。
潦はそれを後ろで監視していた。
「では、あたしはこれで……」
「あ、待って!ごめんなさい、少し欲しいものが」
「良いさ、好きに使ってくれ」
アスタリスクの手を引いて、来た道を戻る。
夕陽が海の水面に反射して、二人の頬を橙色に染める。
あった、このお店。
アクセサリーが可愛いななんて思っていたのだけれど、
食材とは関係ないからスルーしたのよね。
めありは迷わずに真っ赤な薔薇のピアスを手に取り、
お勘定を済ませて、アスタリスクに手渡した。
「へ……?」
「これ、貴女に似合うなって思って……気になっていたの。私のお金じゃ無いのが格好付かないのだけれど、良かったら受け取ってくれない?今日は、ありがとう。それと……良かったら、お友達になりましょう」
呆然とめありの顔と、
手渡されたピアスを交互に見ていたアスタリスクだが、
みるみるうちに顔が赤くなって、
泣きそうな顔でピアスをぎゅっと抱き締めた。
「……ありがとう……宝物にする。あたしなんかで良ければ、友達になる……」
ああ、そんな嬉しそうな顔で笑うのね。
キメラって、最初は怖い存在だって思ってた。
敵対する人達なんだって。
でもね、少し触れ合ってみて知った。
貴方達は、私達と変わらない“心”を持っているのね。
チルダにも、何かお土産を買っていかなくちゃね。




