5-7
数分後、ミッチェルは本当に
残りのオリジナル達を全員連れて来た。
ナイトメアと目が合ったような気がして、
(彼は糸目だから分かりづらい)
以前された仕打ちを思い出して
思わず立ち上がり殴り掛かりそうになったが、
クリフォトが私を見て笑顔で手を振るものだから
手を振り返してそのまま席に着いた。
その時、私のお腹がぐうと鳴ってしまった。
そういえば、今日は何も食べてなかったわ……。
視線が集まって恥ずかしい。
「おや、すまないね。気が付かなかった……オリジナルも揃ったことだし、歓迎の意も兼ねて直ぐに食事を用意させよう」
オベリスクがパチンと指を鳴らすと、
テーブルが横に伸びて、椅子も増えた。
10体のオリジナルとオベリスク、
そして私の12名が席に着くと、
先程蛇に丸呑みにされたはずのチルダが
(恐らく別個体)それぞれに食事を用意した。
多分、私を気遣ってなのか
全員魔力をしまっているんだろう。
最初にあった時のような激しい悪寒は感じられない。
「ん、毒は 無いから。食べな」
隣に座ったカンタレラが、食べようか悩んでいる私に、
一口サイズにカットされたお肉を差し出した。
不安だったが、彼が大丈夫と言うので
美味しそうな匂いにつられ、思い切って食べてみた。
「~~~!!」
お……美味しい。
霜降り高級ステーキA5ランクに匹敵する、
この上品な脂の甘みに口溶け。
空腹だったお腹に染み渡る、上品なお肉の旨味。
疑って一口も口にせず冷めてしまったお茶も、
申し訳ないが飲んでみた。
これもまた美味しい。
直接本場から取り寄せた茶葉を煎じたみたいな、
冷めていても香り高い紅茶ね。
人前なのでテーブルマナーには気を遣うが、
さっきまでの我慢が嘘のようにパクパクと食べ始めた。
「ふっ、美味しそうに食べてくれて嬉しい限りだ」
「あっ……ごめんなさい、とても美味しくて……」
オベリスクが笑ってこちらを見るので、
少しペースを抑えた。
レッフェルやフォルケッタにも食べさせてあげたい。
ふと、彼等のことを思い出して食事が止まる。
私ったら、彼等が今どんな目に合ってるのかも
分からないのに、美味しくご飯なんか食べて。
なんて薄情なのかしら……。
自然とペースが落ちて、手が止まった。
「2人は……無事なのかしら」
「ああ。命に別状は無い……ただ、金髪の彼は自ら望んでキメラになりたいと言ってきた。今はもう彼はエルフではなくなっているよ」
「えっ……!?」
「何でも、君を守る力が欲しかったそうだ。今はまだ寝ている……彼が目覚めたら連絡が入るはずだから待っていてくれ」
レッフェルは、キメラになりたがっていた……?
じゃあ、レッフェルから交渉したってこと?
しかも、私を守る為に……。
オリジナル達とオベリスクが何やら話しているが、
会話の内容が頭に入ってこない。
「いやぁ!それにしても、オリジナル全員をこの目で見ることが出来る日が来るとは……!実に素晴らしい、私の最高傑作すら軽く凌駕する!」
「最高傑作?」
「私が作った可愛いキメラの子供達さ。この子もその内の一つだよ」
オベリスクがチルダを撫でる。
チルダは嬉しそうに目を細めて大人しくしている。
「ふーん、そうなんだ。おじさん、ボクずぅっと魔界に居て腕がなまってるから、その木人貸して欲しいな?」
「ハハハ!木人とは酷い言い様だ。しかし、此方も一体試作品がいてな。少し手合わせ願えるかな?くれぐれも壊さないでくれよ」
「えぇ~手加減しなきゃいけないの?だる~い」
「イヴよ、ついでにその最高傑作とやらを調査してくるがよい」
「むぅ~!わかったよぅ!!」
オリジナルの一人、
一番小柄で年端もいかない見た目をした少年、
イヴリーンが立ち上がった。
オベリスクがパチンと指を鳴らすと、
何処からか黒髪ロングの女性が姿を現した。
クモの巣模様の赤い瞳が特徴的で、
血のような真っ赤な液体が入ったタンクのついた
大きな斧を持っている。
「彼女はアスタリスクと呼んでいる。ヒューマンベースに、ミノタウロスの遺伝子を組み込んだ怪力が特徴だ。彼女の斧はヴァンパイアの遺伝子を組み込んだ生きた武器で、相手の血を吸い強化する。彼女が戦闘用の部屋まで案内してくれるだろう、宜しく頼むよ」
「……あたしは識別記号アスタリスク。宜しく御願いします、今回の対戦相手」
アスタリスクと呼ばれた女性が一礼すると、
イヴリーンを連れて部屋を出た。
「彼女は戦闘に長けているが、そのせいで模擬戦闘でも遠慮して十分な力が出せていない。オリジナルとの戦闘は良い経験になるだろう」
「あの。ちょっと、彼女 気分が優れない みたい。別室で 休ませて いいかな」
「ん?体調でも崩したか?わかった、案内させよう。チルダ、頼んだよ」
「ピピ……了解しました」
俯いたまま一言も発せないめありに感づいて、
カンタレラが彼女を部屋から連れ出した。
横抱きにされてはっとしためありだが、
暫く静かな場所にいたかった。
抵抗せず、そのままチルダの案内で部屋を出た。
長い廊下を歩いていく。
無機質で飾り気のない施設だった。
そういえばマカロン、もう半日経っちゃってる。
魔力が強い人ほど誘惑してしまうのなら、
オリジナルや、今私を抱っこしている
カンタレラは辛くないのかしら。
「……カンタレラ、あの」
「ん」
「以前、言われたことなのだけれど。私、無意識に魔力の強い人を誘惑してしまう能力があって、その、マカロンを食べて抑えていたの。もし、カンタレラにマカロンと同じような効果のある魔法が使えるのなら、掛けて頂きたいなって……」
「……」
「あ、タダでとは言わないわ。何か貴方が望むもので、私が出来ることであれば何でもします……」
チルダに案内された部屋は、
病室のように真っ白でシンプルな部屋だった。
カンタレラがベッドに座らせてくれたので、
彼を見上げるような格好をしている。
チルダは私たちを案内し終えると、
部屋から出ていってしまった。
「何でも?」
カンタレラが跪いて、私の手を取る。
今、マカロンは全部レッフェルが持っている。
彼に半日に1回管理させる負担をかけるなら、
いっその事魔法に詳しいカンタレラに
封印の類の魔法を掛けて貰えたら、一番良い。
「ええ、私に出来ることなら」
彼のネオンピンクの瞳を見つめる。
こういう目、何て言うんだったかしら。
あ、ジト目だったかな。
少し眠たげで、女の子みたいに大きな目。
カンタレラは手に取った彼女の指に
自分の指を絡めて、
空いた片方の手で彼女の頬に手を添えた。
「キス、して」
「……へ」
「めありから 僕に。唇に、ちょうだい」
最初はからかっているのだと思ったが、
彼の瞳は至って真剣だ。
次第に自分の顔に熱が籠っていくのがわかった。
濃厚な瞳のピンクを見ていると、
何時かの記憶がフラッシュバックする。
暗闇の中、シーツの海で目合いあったあの日の記憶。
どうしよう、心臓が高鳴って……。
「あ、ぇと……キス?私なんかので良いの?」
「めありが いい」
「う……そ、そうなの。わかったわ」
「恥ずかしい なら、目 瞑る」
親切に目を閉じてくれた。
わああ睫毛長い、唇柔らかそう……って変態か。
でもこれもレッフェルの負担を減らすのと、
自己防衛のためだから……。
ちゅ。
触れるだけのキスをして、直ぐに離れ……。
……離れようとしたが、
頭を掴まれていて離れられない。
カンタレラの舌が口の中に潜り込んできた。
「んっ……ふぅ、」
ジャラジャラとしたピアスの感覚が気持ちいい。
恐る恐る舌を伸ばすと、
応えるようにして舌を絡めてきた。
また、記憶がフラッシュバックする。
身体中をその指で愛撫され、繰り返し果てた時の記憶。
暫くのフレンチキスを堪能した後、
リップ音を残して名残惜しく唇が離れた。
息切れして肩を上下させるめありに、
もう一度、触れるだけの優しいキス。
「……ご馳走 様」
べろりと己の唇を舐める彼の、何といやらしいことか。
キスだけで身体が火照ってしまった。
まだ胸がドキドキしてる。
カンタレラはめありと指を搦めた方の手の、
彼女の薬指の付け根に唇を押し当てた。
すると、指輪のように
指の付け根をぐるりと囲った紋様が現れた。
「これが……魔法?」
「ん。封印術で、僕しか 解除 出来ない。解除 しない 限り、蠱惑は 発動しない」
「あ、ありがとう……!」
「……何だ、睦み合う為に部屋を出たのか?」
部屋の入口の方から声がした。
吃驚して其方を振り返ると、
マスカレドが扉に背を持たれ腕を組み此方を見ていた。
カンタレラは気付いていたようで、
振り返りもせずに気怠げに欠伸を一つ。
「彼女が 僕を、求めて 来たから……応えない訳に 行かない、でしょ。僕も少し、眠い」
「言い方!!あのですね、かくかくしかじかで魔法をかけて頂きたくてお願いをしたんです……!」
「……成程。まあ知っていたが」
知ってたんかい。
何でそんな試すような言い方したのかしら。
ベッドに腰掛けた私の反対側に
猫のようにごろんと横たわるカンタレラ。
丸くなってる姿は、ちょっと可愛い。
「おい、私達に睡眠は必要ないだろう。会議に戻るぞ」
「んー……」
「ふふ……何だか本当に眠そうですね」
「……貴様のその能力の事だが」
「?……はい」
「この世界にも満たされているエーテルの源は、あのお方……魔王だ。魔王は果てしなく貴様を渇求している。その想いが、エーテルを吸い体内に魔力として蓄えている者達にも少なからず影響するんだ。だが」
話しながらマスカレドが此方に近付き、
私の隣に腰掛けた。
「私達オリジナルは魔力もそうだが、肉体自体があのお方の一部だ。そのような封印術如きで貴様を求めるなと言われても困る」
「えっと、そんな……別に求めるなとは」
「……ならば、求められて困惑するなよ」
彼の白くて細長い指がめありの顎を捉え、
その唇を攫った。
甘く食むようなキスが心地良いが、
突然の事にフリーズしてしまった。
「舌を出せ」
「……へも、」
「カンタレラにはしただろう」
うう、一体いつから見ていたの……。
まただ、記憶がフラッシュバックする。
あの時、この二人と肌を重ね合わせて……。
「……そう、良い子だ」
啄むようなキスを何度もされる。
舌を吸われて、優しく噛まれた。
痛みは全く無いが、少し血の味がする。
血を……吸われているのね。
ああ、頭がクラクラしてきた。
貧血とかではなくて、
マスカレドの丁寧なキスが思考を麻痺させる。
唇が離れる頃には、もう血の味は無かった。
舌が切れている感触も無い。
傷を塞いでくれたようだった。
「……私達は会議に戻る、めありは此処で少し休んでいろ」
あ、名前を呼んでくれた。
声も心做しか優しい気がする。
「はい……」
「行くぞ、カンタレラ」
「うう」
シーツに潜ってしまったカンタレラを引き剥がし、
横に抱えてマスカレドは行ってしまった。
私は2人を見送ると、ベッドに横になった。
枕にはカンタレラの仄かに甘い残り香が、
唇にはマスカレドの感触がまだ残っていて、
心臓がドキドキしていて眠れそうにない。
「どうしよう……私……」
枕を抱き締めて、火照る顔を埋めた。




