5-3
……そう、此処だ。
広大な砂地にぽつんとある、小さな水場。
そこは以前、レッフェルと旅していた時に
見つけたオアシスだ。
懐から水筒を取り出して、水を掬い取る。
あの時もレッフェルが体調を崩して、
あの洞穴で休んだっけ。
彼は大丈夫かな、まだ目が覚めてないのかな。
(同じ女を好きになるなんて、思いもしなかった……)
初めて知った恋心。
自分にとってのそれは、淡く甘酸っぱい感情。
今までモヤモヤしていたものが、
自覚した途端にふわふわと夢見心地だ。
彼女の仕草ひとつに一喜一憂してしまう。
けれどレッフェルにとってのそれは、
優しかった彼を豹変させるほどに闇に染めた。
……一人の女性を、
二人で愛することはいけない事なのだろうか。
(そっか。僕が良くたって、彼女の意思は)
水筒の蓋を絞めて立ち上がる。早く戻らなくては。
自分の気持ちは後回しでいい、
今優先すべきことは彼女の健康だ。
その時、強烈な闇属性の気配を感じた。
めあり達を置いてきた方角だった。
どうして、何故ここまで近くに来るまで
気付かなかったのだろう。
これ程の闇の濃さは、恐らく上級魔族を凌ぐ。
こんなに強い魔力であれば、
遠くに居ても気付けるはずなのに……。
一体、どこから湧いて出た?
彼女達が危ない。
フォルケッタは急ぎ踵を返した。
***
「おーおー、見事にくたばってんなぁー」
横たわるめありの近くに屈む男。
雨雫のような美しい銀髪に、満月を思わせる黄金の瞳。
ヴァリオンにめありが最初に呼ばれた時、
彼もまたそこに居た。
つまりは、オリジナルの一体である。
髪の隙間から生えた立派な獣耳と、
尾骶骨から伸びるフサフサの尾をしまうと、
小さくなったマスカレドとミッチェルを交互に見た。
「そーいう趣味だったか?」
(貴様にはほとほと呆れた……駄犬の分際で気安く話しかけるな。会議で何を聞いていた?その耳は飾りか?脳味噌までケダモノか貴様は)
(はあ゛ぁ゛?!テメェ蠅叩きでぶち殺すぞ?!)
(まあまあ、落ち着いてニクラウス。普通に話し掛けると俺達が魔族だってバレちゃうから、気をつけて欲しいんだ)
(おー……悪かったな)
結局、また一から説明する羽目になった。
ロンドが難しい言い回しをする度に目が点になるので、
その度にワルツが解り易く付け足した。
男が話を聞いて納得すると、
今度は己が何故この地にいるのか説明し始めた。
彼、ニクラウスは
獣畜種魔族“ウェアウルフ”のオリジナルだ。
この辺りの地域は彼等の縄張りで、
彼は定期的に様子を見に来ているらしい。
一見、馬鹿で無能で言葉も汚い野良犬だが、
身内に対しての面倒見の良さは認めている。
(今なんか言ったか?)
(何も)
そして、見ての通りマスカレドとは犬猿の仲だった。
(とにかく、何でもいいから魔力を闇属性以外の属性に偽って欲しい。でないと俺達まで怪しまれちゃう)
(何でもいいが1番困るんだよなぁ……)
(なんて話している内に戻って来たみたいだぞ)
「―――めあり!!」
ガンッ!!
フォルケッタが男に向かって猛進すると、
その勢いに身を任せて大剣を振り下ろした。
咄嗟に男は片腕で大剣を受け止めた。
男の腕は硬化した銀の体毛で覆われており、
傷一つついていなかった。
「このっ……」
「わわっ、待ってお兄さん!この男の人は魔族から俺達を護ってくれたんだよ。優しい人だから、どうか剣をしまって?」
「アレアシオンの研究所から逃げ出してきたキメラだそうだ。畜獣種魔族の遺伝子を組み込まれているらしい」
ワルツ達の言葉に我に返ってよく見ると、
めありは最後に見た時とそのまま変わった様子はない。
男を見ても、此方に敵意を抱いている様子もない。
エニフも男に懐いているようで、
小さく鳴きながら彼の撫でる手に擦り寄っている。
「あー……その、何だ。この洞穴の周りを魔族がウロウロしてたから何だろうなぁ~↑って思って覗いたら、こいつらが居てよぉ……」
「……ふぅん」
「子供2人に、女1人だけだろ?流石に心配で様子を見に来たんだ。別に怪しいもんじゃない、疑うんなら調べてくれてもいいぜ」
男が両手をあげる。
念の為調べるものの、怪しいものは何も出てこない。
それ所かこいつ、何も持ってない……
一文無しで逃げて来たのか?
それ程に壮絶な扱いを受けていたのかもしれない。
フォルケッタは大剣をしまうと、男に謝罪した。
「ごめん、僕の早とちりだったみたい」
「え、いやーぁ……俺様も勝手にズカズカ入り込んじまって、すまねぇな」
水筒を懐から取り出すと、
ロンドが自分の頭程の大きな岩塩を渡してきた。
少しだけ削って水筒に入れ、残りは返却した。
めありの上半身を起こして水を飲ませると、
ほんの僅かだが彼女の表情が和らいだ気がした。
「……熱がだいぶ冷めてきてる、皆ありがと」
「気にするな、当たり前の事をしただけだ」
「いえいえ、お兄さんもお水ありがとう」
「俺様は何もsゔッ…………良いってことよ」
暫くして、めありの意識がはっきりと覚めた。
見覚えのある顔が一人増えたことに最初は困惑したが、
ロンドからの神通力により状況を把握した。
男……ニクラウスは、
アレアシオン王国を含む周辺の地理や施設に詳しい。
それは部下である獣畜種魔族を管理するために
アルカデアに定期的に訪れていたのが理由だが、
それを正直に伝えるわけにはいかないので
“アレアシオン国内の研究施設から脱走したキメラ”
と言う設定で今後は通すことになった。
実際に彼は、
度重なるアルカデアへの出張で、
キメラを生み出している研究所を把握していた。
「じゃあ、あんたに案内任せていいかな」
「おう、俺様に任せときな!」
「ところで、貴方の名前を伺っても?」
(なあ、そういや何て名乗ってんだ?)
(私がロンド、ミッチェルはワルツだ)
(ロンドwwwwワルツwwww)
「彼はポチと言う名前だそうだ」
「はあぁぁぁ?!ちげーよ!!!」
「まあ、可愛らしい名前!よろしくね、ポチ」
こうしてめあり、フォルケッタ、ロンド、ワルツ、
ポチ、エニフの4人と2匹で、
アレアシオンを目指すことになったのである。
(俺様を2“匹”の方にカウントするんじゃねぇ!!)




