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フェアリーテイルオブシーヴ  作者: unique
【Ⅳ】グラナティス王国
28/58

4-4

温泉でゆっくりした後、

めありは子供達を連れて宿屋に戻った。


(随分と厄介な好かれ方をしているな)

(え?)

(君だよ“聖杯”。あのエルフには気を付けた方がいい)

(そう……かしら。そんな事ないと思うけれど)

(気を付けるに越したことは……)


ガチャ。

前触れもなく部屋の扉が開いた。

吃驚してばっと振り返ると、レッフェルが立っていた。


「めありさん、マカロンを持ってきましたよ。ちゃんと食べたのを見届けたら、僕は部屋に戻りますね」

「あ、ありがとう……また忘れたらいけないから、何個かいただけるかしら?」

「それはお断りします。貴女が忘れないように、僕が管理すると言いましたよね?」

「でも、レッフェルの負担が……」


彼が近付いてくる。

その圧力に無意識に後ずさると、

壁際まで追いやられ、唇に何かを押し当てられた。


甘いフランボワーズの香り。マカロンだ。


「はい、あーんして下さい」

「んむ……」

「よく出来ました。ご褒美によしよししてあげます」

「私は子供じゃ……!」


髪型を崩さないよう、丁寧に撫でられる。


2人の様子を、

ロンドとワルツは黙って見ていた。


「これから“毎日”、僕がめありさんにマカロンをお届けしますから。様子見も兼ねて……ね」


レッフェルが子供たちに目配せする。

ロンドは眉間に皺を寄せ、ワルツは首を傾げた。


おやすみなさい、そう言ってめありの手をとると、

先程のように甲にふんわり口付けて、

彼は己の別室へと戻って行った。


「めありお姉ちゃん、モテモテだね」

「そんなこと……あれは、ただの挨拶よ」


そうよ、彼にはファンクラブあるくらい、

女の子にとっては憧れの王子様。

誰にでも分け隔てなく気を使う、優しい人だから。


「もう寝ましょう……おやすみ」


***


ひとりじゃないよ いっしょだよ

いつでもきみを みてるから

なまえをよんだら すぐいくよ

だからひとりで なかないで……


……あ、またこのメロディー。

心地の良いソプラノが駆け抜けていく。


眩い光の中に、二つの人影が見える。

人影は私を呼んでいるのか、

こちらに向かって大きく手を振ってきた。


(めあり、少しずつ思い出してきたね!)

(あと少しだよ、頑張って!)

(僕達、めありのことずっとずっと待ってるから!)


次第に影が遠ざかって行く。

行かないでと手を伸ばして走っても、

彼らはゆっくり、確実に離れて行く。


もどかしい。

絶対に知っているのに、名前も顔も分からないなんて。


***


「……あり……ん……めありさん」

「あ……」

「悲しい夢でも……見たのかい?」


小さな子供の手が、私の頭を撫でている。

ワルツが心配そうに此方の顔を覗き込んでいた。


ひんやりと頬に染みるのは、己の涙だった。

差し出したハンカチを受け取って

お礼を口にすると、頬と目元を拭う。


ロンドも起きていたようで、

横になったままの姿でこちらを見ていた。


「……いえ、何でもないの。心配かけてごめんなさい」

「……眠れそうか?」

「少し、目が覚めてしまったかも」

「じゃあ、めありさんがよく眠れるように……優しい毒をあげるよ」


無邪気にふわりと笑うワルツの顔が近付いてくる。

思わず目を瞑ると、瞼に唇の感触があった。

急激に眠気がやってきて、頭がぼんやりしてきた。


「大丈夫、身体に害はないから……」

「まだ寝てていい……朝になったら声を掛ける」

「ん……ふた、りは……」

「魔族に睡眠は必要無い。気にするな」


へえ、初めて知ったわ。

クリフォトはあんなによく寝てたのに……。


「おやすみ、めありさん」

「……良い夢を」


2人の撫でる手が心地好くて、

同じ感触を知っているような気がして。

けれどやっぱり、思い出せないわ……。




(……眠ったか)

(うん、ぐっすりよく寝てる)

(あと少しで、聖杯が満たされるだろう)

(そうだね……俺達が還る日も近い)


穏やかな寝息を立てる彼女を、

起こさない程度に撫でながら、その横顔を見つめる。

彼女を心から愛しいと想うのは、

あの方の体の一部だからなのだろうか。


大切にしたい。傷付けたくない。

少しも悲しませたくない。

そんな思いとは裏腹に、

欲望のままに酷く抱き壊してしまいたい。


狡い女性だ。

不要な感情をここまで植え付けてくるとは。

その癖、絶対に手に入ることはないのだから。


「非道い女だ……」


自分ですら聞き取れない小さな声は、

誰にも知られず宵闇に消えた。

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