4-2
来た時は滝のドレープを潜って来たが、
出口は真逆の方角にある魔力の泉だった。
本来、この泉の水には魔法が掛けられていて、
魔族は沈む様になっているらしい。
一見、普通の泉に見えるが、
私を抱えたフォルケッタが飛び込んでみると、
水の中なのに難無く呼吸ができる。
泉から上がっても、服は濡れていなかった。
泉から上がると、そこはもう国外だった。
「フォルケッタ。重いでしょう?私、自分で歩けるわ」
「はぁ?重くも無いし、降ろす気ないから」
「ゔっ……」
忘れていた。
ダークエルフは魔法が使えない代わりに、
筋肉密度が物凄いんだったわ。
100kgはありそうな剣を
それは軽々と振り回していたものね……。
休まずに只管走り続ける。
鬱蒼とした森の景色が開けてくると、
少しずつ岩肌の覗く地帯へと変わって行く。
「……ねえ、フォルケッタ」
「……ん?」
「私が居なくなってから、貴方達に見つかるまで、どのくらいの時間が経っていたのかしら」
「あんたが居なくなってすぐ、女王様が魔法部隊を派遣するまでに5分。それから捜索が10分弱……15分位じゃない?」
なるほど。
ヴァリオンの宮殿には2日くらい居たように感じたが、
こちらの世界では15分も経ってないと。
宿屋から城まで、徒歩で10分程掛かる。
恐らく、私が戻るまでの間
アルカデアの時間が止まっていたか。
もしくは、私が消えたあとに普通にその日は終わり、
次の日にまた同じ日を繰り返して、
たまたま私が消えたタイミングのすぐ後に
戻ってこれたか。
可能性が高いのは前者だが、
私がまだアルカデアに居なかった時のことを考えると
後者もありえる。
考え事をしている間に、
岩肌剥き出しの絶壁渓谷の崖に着いた。
「この向こうからグラナティスの領土になってる」
「崖……」
「崖の下は溶岩だから、落ちたら即死」
私をしっかりと抱え直すと、
フォルケッタは崖の下に飛び降りた。
「いやぁぁぁぁぁ!」
「うっさいなあ!大丈夫だからちゃんと捕まってな!」
ひょいひょいと、
私を抱えていることなどものともせずに、
岩肌の凹凸を足場にして渓谷を降っていく。
渓谷の底が見えてくると、
そこには見たことない魔族がうようよしていた。
「あれは……?」
「この辺りは悪魔種魔族が生息してる。あれもそう、中級クラスからはインキュバス・サキュバスに呼び方が変わる」
「い、インキュバス……」
「なーに、やらしい事でも考えた?」
「違うわ!」
ナイトメアのことを思い出してしまった。
ぐぬぬ、一生の屈辱だったわ。
ヴァリオンに帰ったら一発食らわせてやらなきゃ。
山羊のような姿をした悪魔種魔族を
フォルケッタは足蹴にしながら渓谷を進む。
下に降りるほど暑く、玉のような汗が滲み出す。
何かを見つけたのか、彼は足を止めた。
「なんでこんな所に子供が……」
子供?
フォルケッタの視線の先に目をやると、
魔族に囲まれて2人の子どもが寄り添っていた。
片方は、全身が淡いアリスブルーの男の子。
片方は、砂色の髪に赤い瞳の中性的な子。
だいぶ小さくなっているが、特徴で分かる。
マスカレドとミッチェルだ。
フォルケッタは相変わらず私を抱えたまま、
魔族の群れに飛び込むと、
足技だけで蹴散らして子供達に駆け寄った。
「あ……君達、どこから来たの」
今、あんたって言おうとして辞めたわね。
普段口の悪いフォルケッタでも、
子供相手には気を使うのね。
でも、子供の姿になって警戒心を抱かせないなんて、
さすがマスカレドだわ。
見た目は……小学校中学年くらいかしら。
「……お兄さん、だれ?」
「……此処じゃ危険だから、近くの国に行こう。少し待ってて」
フォルケッタは先に私を渓谷から引き上げると、
子供達を回収しに再び降りて行った。
暫くして、両脇に子供を抱えて戻ってきた。
「坊や達、怪我はしてないかしら?」
「……うん」
「とにかく、国外は危険だからすぐにグラナティスに向かうよ。悪いけどめあり、歩ける?」
「(漸くお姫様抱っこから解放される……)全然!大丈夫よ」
もう、すぐ近くに街が見える。
フォルケッタは2人を両脇に抱えたまま、
私はフォルケッタの横を離れないようにしながら
グラナティスへと向かった。
無骨な岩肌に囲まれたグラナティスは、
巨大な石門の向こうにあった。
フォルケッタの顔パスで難無く国内に入ることが出来た。
国の中心には巨大なカルデラがあり、
温泉として機能しているそうだ。
さらにカルデラの中心には火山が聳え立つ。
その火山とカルデラを囲うように丸く築かれた街。
火山灰が粉雪のように宙を舞っている。
建物は簡素な作りのものが多く、
殆どが岩を積み上げたもので出来ていた。
フォルケッタ曰く、
何時火山が噴火するか分からないので、
簡素な造りの建物になっているそうだ。
今まで実際に何度か噴火しているらしい。
ズドドドドド……。
突如地響き?がして、だんだんと大きくなっていく。
それは奇声と共に私達に近づいてきて、
フォルケッタは何故か物凄く嫌そうな顔をした。
「フォーーールちゃーーーん♡」
ドゴォン!!
物凄い勢いで何かが飛んできたかと思うと、
それはフォルケッタにぶつかり
フォルケッタと共に飛んでいった。
地響きだと思っていたものは、足音だった。
「フォルちゃんが帰ってくるって聞いたから、アタシいても経っても居られずに門の近くをずっとウロウロしてたのよぉ!んーっ会いたかったわぁぁ♡」
ガタイのいいダークエルフ族の男?が、
フォルケッタが折れるんじゃないかってくらいに
抱きしめながら、頬擦りしている。
フォルケッタを見やると、
可哀想に、蕁麻疹のようなものが出ていた。
子供達は無言でめありの後ろに隠れた。
私達の存在に気付いたのか、
男はバツの悪そうな顔をしてフォルケッタから離れた。
「あら、ごめんなさいね!アタシったら人前で……!どうも、グラナティスの国王とフォルちゃんのパパやってます♡ヘルツです♡」
強烈過ぎる自己紹介だわ……。
***
グラナティス国王兼フォルケッタの父親、
ヘルツの案内で、グラナティス王城に招かれた。
城と言うより、岩の彫刻の方が妥当な気がする。
国の中で最も高く聳え立ち、
見晴らしの良く天井の無い王の間からは、
火山が噴火した際にすぐに反応できるよう
火口がよく見えた。
「やるじゃないフォルちゃん♡」
「何が……」
「んもぅ♡とぼけないのっ♡彼女連れてくるなんて、パパ聞いてないわよっ♡」
「違うから……」
フォルケッタが珍しくげんなりしている。
めありは苦笑いをして2人のやり取りを見ていた。
「初めまして。めありと申します。レッフェルさんとフォルケッタさんのお手伝いをさせて頂いてます」
「あら~っ♡よく見たらさっき連絡が入った子じゃない!無事に見つかってよかったわぁ♡名前も可愛らしいじゃない!うちのフォルケッタをどうぞ宜しくね~♡」
「親父、いい加減に……」
「誰が親父じゃボケェ!……アタシのことはパパ♡と呼びなさいっ♡」
「……」
「そこのキュートな子供達はどちら様?ハッ……まさかフォルちゃんとめありちゃんの」
「ああ、そういえば渓谷で魔族に襲われていたのを拾ったんだった。……名前は?何処から来たの?」
フォルケッタは華麗にヘルツの言葉を無視し、
2人の視線に合わせて屈んで問いかけた。
めありの後ろに隠れていたマスカレドとミッチェルが、
前に出てお辞儀をした。
「……私はロンドと言う。此方はワルツだ」
「助けてくれて、ありがとう」
「私達は施設と呼ばれる場所で、血の繋がりのない大人に育てられた。ある日、私達は船に乗せられた」
「陸に到着して、何をすればいいのか分からなくて。彷徨っていたら崖から落ちちゃって、あそこに」
マスカレドはロンド、ミッチェルはワルツね。
間違えないようにしなくちゃ。
にしてもマスカレド……。
喋り方がそのままだと、違和感が凄いわ……。
(可哀想に……捨て子みたいね)
(見た目の割にやけに喋り方がしっかりしてない?)
(きっと厳しく育てられたのよ!介抱してあげましょ)
ヘルツとフォルケッタがコソコソ話していたが、
やがてヘルツがにっこりと笑って
ロンドとワルツを同時に抱き上げた。
「可愛い子は大歓迎よ~♡兎に角、お洋服が汚れているから着替えましょうね♡」
ダメよ、笑っちゃ。
ミッチェルはまだしも、
あのクールなマスカレドが抱っこされている姿は、
子供の姿であってもじわじわくるわ。




