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「これより会議を始める。各自魔力はしまえ」
ヴァリオンに戻ってきて早々、
オリジナルたちの会議が開かれた。
魔力をしまった彼らの姿は、至って普通の人間だ。
クリフォトも、最初に会った時と同じ姿だった。
私はと言うと、円卓になった会場で
マスカレドとカンタレラの間に座らされている。
‥‥デジャヴを感じる。
10名のオリジナルに1人の人間を混じえた会議。
無論、皆の視線は私にグサグサと刺さる。
「へーへーまた会議ですかーっと、ヴァンパイアサンは暇なんですねぇー」
「口を慎め、仔犬風情のウェアウルフ」
「痛っっってぇぇぇ!!!ぁにすんだよ蚊ァ!!!」
反抗する男に、
マスカレドが間髪入れずに何かをしかけた。
何をしたのかよく見えなかったが、
次の瞬間、反抗した男の首が飛んだ。
殆ど真逆の位置に座って、あの距離で何をしたんだ。
身体だけになった男が自らの頭を追いかける。
「ほーら、とってこーい☆」
「テンメェ焼き鳥にされてェのかハルピュイア!!」
「言っとくけどぉ、お前を食べるのはこのボクだからね?ワーンチャン♡」
「犬よ、相手にするでない。此奴の悪食は計り知れぬ」
「犬じゃねーよ狼だよ!!!」
魔族って、案外ギャグ要員なのかしら。
頭を拾って首に載せると、
不満を垂れ流しながらも男は席に着いた。
粘着質な音がしたかと思えば、瞬く間に首が繋がる。
ちょっとキモい。
少し経って落ち着いた頃、マスカレドが話を始めた。
最初の方をまとめると、こんな感じだ。
まず、人界‥‥アルカデアに隣接する別世界、
魔界ヴァリオンと、もう一つの世界、天界“ヘイヴン”。
魔族の親である魔王が居るように、
天族と呼ばれる種族と、その親である天王が存在する。
天王は産まれた時から現在まで、眠り続けている。
彼の見ている夢が、アルカデアそのものだと。
そして、彼の見ている夢を変えることはできなかった。
世界そのものを壊そうとしても、
夢はすぐに元の形へと、何事も無かったかのように戻る。
「何故、オリジナル以下の魔族が人間を襲うのか。我々の命令とは別に、人間に抱く敵意が不可解だったが‥‥彼女、“聖杯”の言葉をヒントに、私は仮説を立てた」
「面白いですねぇ、聞かせてください」
「王道ファンタジーだ」
「「「‥‥は?」」」
天王が見ている夢が王道ファンタジーだとする。
王道ファンタジーでは、
主人公であるヒトが冒険者となり、
魔族に襲われた街を救い、
最後に魔王を倒して勇者となるのが鉄板だ。
アルカデア‥‥彼の夢の世界で生まれた魔族は、
何故か人を襲う。
それは、そういう風に設定されているからだ。
故に人々のヘイトは魔族と、
その産みの親にあたる魔王に来る訳だ。
「“聖杯”、他にも王道ファンタジーの情報はないだろうか」
「あ、えっと‥‥ライバルがいたりします。互いに切磋琢磨し合う仲間とか」
「アルカデアに生きる人間は、皆冒険者になる日を夢見ている。何故だろうか?他にも職業は多彩にあるというのに‥‥それが、夢の設定だとしたらどうだろう」
「成程、王道ファンタジーだね」
「そして、恐らく‥‥主人公は彼女だ」
「‥‥私!?!?」
「アルカデアは同じ毎日を繰り返してきた、が。彼女をアルカデアに召喚してから、時間が流れ始めただろう」
「そうだったの?!?」
確かに、魔族に襲われた所を
颯爽と金髪青眼のイケメンエルフに助けられ、
更に銀髪赤眼のツンデレダークエルフに世話を焼かれ、
一国の王様にキスをされたり(鎖骨だけども)
魔法を習得することになったりって、
これ完全に王道(乙女ゲーム)ファンタジーよね。
昔はよくゲームして夜更かししてたけど、
社会人になってから忙しくてすっかりご無沙汰だった。
「つまり、だ。“聖杯”をアルカデアで泳がせたい」
「‥‥それ、どーいう 意味」
「そのままの意味だ。クリフォトは顔を知られているが、それ以外のオリジナルで魔力を消せば、ヒトを謳うことが出来る。彼女を監視しながら、天王が見る夢の結末を追う」
「それってよぉ、もしテメェの仮説が正解だったら、魔王が倒されちまうんじゃねえのかよ」
「そのための監視だ」
「それに、あの方が彼女を連れてくるよう命じられたのに、それをわざわざ帰してしまうのかい?」
「会議後にあの方へ直接相談しに行くつもりだ。拒否されれば大人しく引き下がる」
「‥‥」
「沈黙は賛同と見なす、が」
この場の全員が知っている。
彼の‥‥マスカレドの推測は恐ろしいほど当たるのだ。
***
結局、最後は誰もマスカレドに反論せず、
会議は幕を閉じた。
会議室を出て、宮殿内の果てしない廊下を、
マスカレドとカンタレラに続いて歩いて行く。
ずっと、疑問に思っていたことがある。
「‥‥どうして、私は“聖杯”なんでしょうか」
歩みを停めずに、カンタレラが答える。
「今に、わかる」
辿りついた先は、大きな大きな扉。
隙間から、どす黒いどろどろとした気体が漏れている。
ここに来た最初、
オリジナル達の魔力に当てられた時よりも、
もっと酷い悪寒に襲われ、身体が震える。
無意識に後ずさってしまい、
背後に立っていたマスカレドにぶつかってしまった。
「あ‥‥ごめ、なさい」
「‥‥辛いか」
「息‥‥苦し‥‥怖い、です」
懸命に絞り出した声は小さく、
相手にちゃんと伝わったか分からない。
ぶるぶると身体が震える。
マスカレドの手袋を填めた長い指が、
私の髪を撫でた。
髪をひと房掬うと、そっと唇を落とした。
「大丈夫だ‥‥いいか、私の目を見ろ」
「あ‥‥」
真冬の空に浮かぶ、凍てつく月。
青白い、水晶のように透き通る瞳は、
銀の針に縁取られた宝石。
あまりの美しさに、恐怖心が解けていく。
乱れていた呼吸が、ゆっくりと落ち着いていく。
「いっておいで、あの方がお待ちだ」
「僕らはここで 待ってる、から」
鈍い音を立てて、扉が開いた。
私は2人に背を向けて、扉の中へ入った。




