2-7
そんなある日のこと。
クロイツが仕事の関係で
丸一日イズムルートに居ないとのことで、
代わりにこの国の名誉冒険者であるレッフェルが
その間の代理を務めることとなった。
依頼も重要なものは全て終わらせたそうなので、
フォルケッタも今日は主業はお休みして、
レッフェルの補佐を兼ねてお城にて待機中。
私も、今日は魔法の稽古はお休みして、
朝からずっと張子のお仕事だ。
「お疲れ様です。魔法の方はどうですか?」
ひょっこり、レッフェルが張子部屋に顔を出した。
周りの張子さんはファンクラブでは無いものの、
レッフェルの姿を見てほぅ‥‥となっている。
さすが美青年は違うわね、いや美中年だったかしら。
「エーテルは感じられるようになったけれど、まだ魔法は扱えないわ」
「そうですか!すごいですね、さすがです。あの、少し彼女をお借りしても?」
「は、はい!クロイツ様の定められた名誉冒険者様のご命令とあらば‥‥!本日は人手も足りておりますので」
「ありがとうございます」
彼がにっこりと微笑む。
張子の人達からズギューンなんて効果音が
聞こえた気がした。
私はレッフェルに手を引かれて、
城の下層に降りた。
イズムルートの城(樹)は
クロイツの鎮座する玉座を最上階とし、
中層部、下層部の樹洞には様々な施設が入っている。
辿り着いたのは、沢山の鎧やローブが売られる店。
「ここは‥‥」
「防具屋です。毎日魔法の練習を頑張っていますから、ご褒美に買ってあげます」
「そんな、悪いわ」
「それに、防具にはステータスがあります。装備することで魔力を上げたりすることも出来ますから、より早く魔法を取得できるかもしれません」
(う‥‥ほ、欲しい)
「はぁ‥‥素直に甘えなよ。ていうか、僕達も男なんだから少しは顔を立ててよね」
横からフォルケッタが口を挟んできた。
どうやらレッフェルと待ち合わせしていたらしい。
結局、2人に押し切られて防具を買ってもらった。
いいわ。いずれ魔法を取得して、
私一人でも稼げるようになって返してやるんだから。
‥‥あれ?
私、最初の頃はあんなに
元の世界に帰りたい気持ちが強かったのに、
今は少し‥‥。
(ねぇ‥‥本当に、自分の意思で“帰りたい”の?)
セフィロトの言葉を思い出す。
だめね、優しさに甘えて溺れているんだわ。
気を引き締めなくっちゃ。
2人に買ってもらった防具はそのままでは重く、
見た目もやや派手だったので、
メタンフィエシス‥‥通称“メタン”と呼ばれる魔法で、
見た目を元の服に変えてもらった。
この服、デザイン気に入っていたから嬉しいわ。
***
次の日、初めて魔法を発動することが出来た。
女王様はにっこりと笑って私を抱きしめてくれた。
女王様のむ、胸が‥‥顔に当たるわ。恥ずかしい。
魔法と言っても、初級の無属性の魔法。
物を浮遊させて移動したり、
ちょっとした怪我を回復したり、
子供でも使えるような簡単なものだ。
それでもレッフェルとフォルケッタは喜んでくれて、
その日の夜はお祝いに皆でご馳走を食べた。
それから一週間、二週間と時間は過ぎ、
私は確実に初級以上の魔法を取得していった。
「凄い成長速度ですね‥‥まるで、今まで蓋をしていたかのよう‥‥」
「レッフェルとフォルケッタから、防具を頂きました。それから何だかエーテルがより感じられるようになって」
「成程‥‥貴女はこの世界に来て間も無いですから、ステータスの変化に感化されやすいのかもしれませんね」
「ええと‥‥薬のように、使用し続けると効果も落ちてくるような感じでしょうか」
「概ね正しいです‥‥未熟な者ほど影響されやすい。逆に、完成された者はより己を極めるために無意識に周囲からの影響を断ちます。故に強者は孤立する‥‥」
どこか寂しそうな横顔。
私はぎゅっと彼女の手を握り締めた。
「‥‥女王様を私はとても尊敬しています。魔法も沢山知っていますし、すごく綺麗だし、なんにも分からない私に嫌な顔一つせず魔法の稽古をつけてくれました。素敵な人すぎて、私なんかが近寄れる存在じゃないって。でも、許されるなら私は、女王様と一緒に美味しいお茶菓子を食べて他愛もない話をしたいし、貴女の好きなものや趣味、お気に入りの場所やお洋服を知りたい。“女王様”じゃない“クロイツ”さんと仲良くなりたいです」
「‥‥!」
「だ、ダメでしょうか‥‥」
握りしめた彼女の手が震えている。
恐る恐る顔を上げると、
女王様は顔を真っ赤にして大粒の涙を零していた。
「えっ‥‥え!?ごごごめんなさい!!」
「いっ‥‥いいの?私、本当は、本当はね、女王なんて柄じゃ無いのぉ‥‥!普通に女友達と一緒にお茶したり、お買い物したりしたかったのぉ‥‥!!でも、私はこの国の‥‥」
「いいんです‥‥いいの、クロイツさん。私とお友達になりましょう?」
「‥‥うん、うんうん‥‥!!」
わーっと泣き出したクロイツ。
鼻をすすりながらわんわんと私の胸で泣いている。
寂しかったのかな。
彼女は女王である前に、一人の女の子でもある。
偉大な冒険者の一味として名を馳せて、
国を持ち、女王としての威厳を保ち続けていたのだ。
彼女の髪を梳くように撫でながら、
泣き止むのを待った。