2-5
もう何年前も出来事。
幼い私は、泣きじゃくる2人の手を引いて、
2人を虐めた子のいるクラスまで殴り込みに行ったっけ。
当時、男の子よりも気が強かった私は、
2人が虐められたと聞いた時、
誰よりも怒って、誰よりも先に行動してしまった。
虐めた子達が複数人に対して、
私は1人でボロボロになるまで相手を叩いた。
〇〇と〇〇が何したの!?2人に謝れ!!
なんて、怒鳴り散らしていたのよね。
結局、私だけが怒られたけれど、
その後、2人は虐められなくなったと聞いた。
もう名前すら覚えていないけれど、
3人で作った歌は覚えている。
タイトルはないけれど、忘れられないあのメロディー。
***
「‥‥ぁ」
「‥‥!!ごめ、ごめんなさいぃ‥‥俺っ!」
気が付くと私は、宿屋のベットに寝かされていた。
すぐ隣では心配そうにセフィロトが
私の顔を覗き込んでいた。
懐かしい夢を見ていた気がする。
冷水で濡らしたタオルだ、冷たくて気持ちいい。
彼が介抱してくれたのだろう。
ちゃっかり服も着せられていた。
「此方こそごめんなさい‥‥介抱ありがとうね」
「ううん、全部俺のせいだから‥‥ぐすん」
「馬鹿ね‥‥全部は違うでしょう、どうしてすぐに全部背負ってしまうの」
涙ぐんだ彼の目元を親指で拭う。
きょとんとする彼の表情が何だか愛くるしくて、
おかしくなって笑ってしまった。
「今日はもう寝ましょう‥‥セフィロトも、自分の部屋に戻らないと、レッフェルやフォルケッタにどやされるわよ」
「‥‥ぅん、わかった」
「しょんぼりしないの。明日、一緒にイズムルートを回りましょう?」
「‥‥うん!わかった!」
元気よく自室に帰っていくセフィロトを見送ると、
私は部屋の灯りを消した。
***
「結局、“聖杯”は見つかったのかい?」
「見つかったよぉ‥‥ただやっぱり、“白百合”の刻印があったんだよねぇ‥‥」
「ほう‥‥天族が動いたか」
「まだ想定内ですがねぇ‥‥」
「白百合は消えかかっていたし‥‥恐らく、天族が直々に刻印したものじゃあないよ」
「天族に隷属しているヒトの仕業じゃねーの?」
「憑依、の可能性が 高い。隷属だけで 光属性は ヒトごときに 扱えないから」
「ヒュー!相変わらずエグいことするねぇ」
「天族など今は眼中に無い、奴らに構うな。貴様は“聖杯”を必ず手に入れること‥‥良いな?」
***
次の日、4人でイズムルート内を散策した。
レッフェルの案内で回ったのだが、
その‥‥住民たちの視線がとてもとても痛い。
何でも、レッフェルとフォルケッタには
それぞれのファンクラブなんかがあるそうで。
エルフ族は極端に女性の出生に偏り、
数少ない男性はほぼ持て囃されるそうだ。
背も高いし、顔も異次元レベルだものね。
エルフ、恐るべし。
逆に、ダークエルフ族は男性比率が高く、
女性慣れしていない傾向がある。
フォルケッタのファンクラブが出来たのも
レッフェルと行動するようになってからなんだって。
今でもファンクラブの扱いに困っているみたい。
私は小さくなって3人の後ろを歩いた。
レッフェルは気を遣って
なるべく私を背中に隠して歩いてくれた。
「すみません、先に説明しておくべきでしたね‥‥」
「いいの、気にしないで」
「はぁ~女って本当訳わかんない‥‥ピーチクパーチク煩いだけなんだけど」
「俺は羨ましいけどなぁ‥‥」
ある程度地理を把握したところで、
レッフェルとフォルケッタは依頼を受けて
国外の方へと向かった。
今日の分のマカロンと預けていた文書を受け取って、
人気の無い木の幹に腰を賭ける。
戦えないセフィロトも一緒にお留守番だ。
「その本は‥‥?」
「異世界から飛ばされてきた人達の情報が纏められた文献よ。参考になるかと思って」
「異世界から飛ばされてきたの?」
「ええ。前に、レッフェルが私を訳あって魔法が使えないって言ってたでしょう?その訳ってつまりそういうことなの」
文献と言っても、例が少なすぎる。
じっくり読んでも10分足らずで読み終わってしまった。
物質を転送する装置を開発したが失敗して‥‥
テレポート魔法の場所指定に失敗して‥‥
異世界からの召喚魔法で間違えて呼び出して‥‥
どれも、私の元いた世界ではありえない。
「‥‥帰りたい?」
「そうね。帰れなかったら騒ぎになっちゃうし、私が居なくても月々のあれこれ払わなきゃ行けないし、仕事だって」
「ねぇ‥‥本当に、自分の意思で“帰りたい”の?」
「‥‥せふ、」
唇に、柔らかい感覚。触れるだけのキス。
彼は瞳に悲しみを溜めて、私の肩を抱き締めた。
「俺‥‥君のこと、好きみたい。ねぇ、置いていかないでよぉ、‥‥きっと、レッフェルも、フォルケッタも、君のこと‥‥」
「だめ‥‥」
「本当は君は、この世界に浸っていたい‥‥心の内でそう願ってる。あの世界で‥‥“また”無駄に時間を消費していくの?」
「やめて‥‥!」
思い切り、ひっ叩いてしまった。
泣き虫な彼のことだ、すぐ泣きじゃくり始めるだろう。
はっとなって謝ろうとしたが、
気付いた時にはもう、彼はどこにも見当たらなかった。
夕方になっても、セフィロトは帰ってこなかった。
依頼を終えたレッフェルとフォルケッタに
どうしよう、私彼を怒らせたかもしれないと
切羽詰まって相談してみたものの、
レッフェルは大丈夫ですよと私を宥め、
フォルケッタは彼に対する悪態を吐いていた。
夜になった。
私は宿屋のキッチンをお借りして、
4人分の食事を用意した。
けれど、いくら待ってもセフィロトは帰ってこない。
「‥‥そんなに落ち込まないでください。僕まで悲しくなってしまいます」
「あいつが居なくなるって分かってたら1人にしなかったのに。何も無かった?」
「‥‥うん、大丈夫よ。‥‥ごめんなさい」