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だいたいこの位置からだと、
今日の夜にはイズムルートに着くそうだ。
鬱蒼と茂る草木を掻き分けて進んで行く。
「結局セフィロトは何処まで着いてくんのさ」
「ひぇっ‥‥」
「取り敢えずグラナティスまで送りましょうか?」
グラナティスとは、ダークエルフの王国である。
エーデルシュタインから見て南東。
イズムルートに隣接しているため、
ついでに寄っていくことも難では無い。
「一緒に居ても良い‥‥?」
涙で目を潤ませながら聞いてくるセフィロト。
ゔっ‥‥美少年、恐るべし。
「構いませんが、その代わり貴方にも彼女を護っていただきますよ。訳あって魔法が使えないんです」
「えっ、ダークエルフでも無いのに魔法が使えないの‥‥!?うぅ‥‥可哀想‥‥ぐすん。俺なんかが役に立てるかは分からないけれど‥‥頑張るよぅ」
「ボロ雑巾になるまでこき使ってあげる」
「ひぃん!!」
なんて会話をしていたら、油断していた。
急に草むらから魔族が飛び出してきたのだ。
根っこのようなものがうねうねと蠢いているに、
恐らく植物種魔族だと思われる。
咄嗟にレッフェルが私の腕を引き前に立ち塞がり、
フォルケッタが背中の剣を引き抜こうとした。
しかし、魔族は一向に襲ってこない。
今まで魔族は出会ってすぐに私達を襲ってきた。
それは当たり前のことだと教えられた。
襲われるのであれば抵抗しなくてはならないから、
仕方なく戦っていたのに。
なのに、目の前の魔族は此方の様子を伺うように、
静かに佇んだまま行動を移さない。
こういう場合はどうしたら良いのだろう‥‥。
「‥‥お家へお帰り」
セフィロトが屈んで魔族の視線の高さに合わせて
声を掛けてやると、
魔族は大人しく草むらの中へと姿を消した。
「こういう護り方が、一番望ましいと思うんだ。なんて、俺の我儘なんだけど‥‥」
セフィロトの横顔は何処か切ない。
もし、もしも。
この世界の魔族と戦わなくて済むようになれば、
きっと誰もが喜ぶだろう。
生活や命を、大切な人を喪う心配もない。
「魔族がヒトを襲わないなんて、聞いたことがありません‥‥何かが起きているのでしょうか」
レッフェルは私の手をずっと握っていてくれた。
フォルケッタはいつ魔族に襲われても反撃できるように背中の剣の柄を握り締めていた。
その後、何度か植物種魔族に遭遇したものの、
一匹たりとも襲ってくることは無かった。
そのまま何事もなく、
イズムルートに到着することが出来た。
***
大きな滝をくぐり抜けると、
そこは見たことも無い大輪の花が咲き乱れる妖精の国。
人の背丈の倍以上はある草花の上を、
エルフ族の子供たちが元気よく駆け回っている。
人々が住まう家は木の上に建てられ、
店などの共用の施設は広い樹洞の中に造られており、
蛍灯りに似たやわらかい光を放つ花が
照明の代わりにあちらこちらに植えられていた。
「ふ、ファンタジー‥‥!!」
エーデルシュタインも、
ファンタジーものの王国そのもので
中世ヨーロッパを連想させる見事な造りだったが、
ここ、イズムルートは全てが幻想的だ。
元いた世界では絶対に再現ができないもの。
「此処が僕の故郷です。先に女王様に到着報告を済ませましょう。今日はもう遅いので、明日の朝観光しましょうね」
「えっ、いいの?」
「初めて来たならある程度地理は把握しておかなきゃね。暫くはここに滞在して活動するし、賛成」
「俺も‥‥見て回りたいなぁ‥‥」
「勿論よ、一緒に回りましょう」
一際大きな樹の根元に
螺旋階段のように水晶が張り出していて、
高く高く登った先の宝石で縁取られた樹洞の入口に
私達は足を踏み入れる。
花房のカーテンが開き、
その奥の玉座には美しいエルフの女性が着座していた。
「レッフェル‥‥よく戻りました。皆さんも、よくいらっしゃいました」
レッフェルよりも更に白く眩い肌に、
くるくると巻かれたプラチナブロンドのロングヘアー。
人形のように整い過ぎた顔立ちに、思わず唾を飲む。
呼吸を忘れるくらい、綺麗な方―――‥‥。
「只今戻りました。暫くはイズムルートおよび近辺の依頼を任されるつもりです」
「そうですか‥‥ありがとうございます」
「フォルケッタです。お久しぶりです、クロイツ様」
「せ、セフィロト‥‥です」
「フォルケッタ、セフィロト‥‥遠方遥々ようこそおいで下さいました‥‥そちらの方は‥‥?」
私以外皆挨拶している。
自分の名前が分からないって不便ね‥‥。
けれど、私も挨拶くらいはしなくては。
「お初にお目にかかります。えっと‥‥」
「此方の女性は、異世界から飛ばされてきた際に自分の名前を忘れてしまった方です。イズムルートにて件の情報収集にあたりますがご容赦いただきたく‥‥」
「まあ、災難でしたね‥‥。何かお力になれれば良いのですが‥‥今日はもう遅いので、宿屋でお休み下さい」