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恋愛感情保存の法則

作者: アイナ

■SIDE : Ayaka


 霧に包まれた天文台は暖かく見えた。事務室の窓からさしている明かりは天文台を取りまく駐車場をぼんやりと浮かび上がらせ、木々の枝にふんわりとのっている。

 アヤカは、ともすれば車のスピードを出し過ぎになるのを必死で押さえながら天文台へ急いだ。

 速く、とく速く。

 はやる心をおしこめてハンドルを握る。胸ポケットからこぼれ落ちそうになる封筒ひとつを、もう一度確認して前を見直した。

 今日の夜勤は宏樹と自分だけだから気が楽で、だからこそ、このニュースを早く知らせたかった。まるでドリフトでも決めるように駐車場に車を滑りこませると、奇麗にバックでいれた。タイヤの減りが早いといつも宏樹に言われていたことをふと思い出す。

「完璧っ!」

 こぼれんばかりの笑顔を付けてドアを勢いよく閉めると天文台の玄関へと急いだ。霧で浮かび上がる道も天文台もまるで雲に浮かんでいるようだ。吐く息も白く、それはそのまま霧に混じっていくよう。

 麓の町に霧が発生することはほぼ毎日。そんなことからこの辺境惑星は『霧の星』という。それでも晴れた日には闇夜に浮かび上がる家々の明かりがぽつりぽつりと人々の心を和ませてくれるのだった。



「ひーろきっ、ただいま!」

 ハートマークでも飛びそうな勢いでアヤカは管理室に飛び込むと、そこには静かな笑顔をたたえた宏樹が待っていた。

「お前はドリフトが好きだな」

「へ?」

 見事なプルシアンブルーの瞳がアヤカを見つめている。

「何度言ったらわかるんだ、お前は。お前に運転を任せているとタイヤの寿命が早くてかなわない。自重しろ」

 やれやれ、仕方ない奴だなとでも言わんばかりに溜め息混じりに言われて、

「はいはい」

 と口先だけの返事を返す。

「なんだ」

「はい?」

「それで、今日の上機嫌ドリフトの原因はなんだと聞いているんだ」

「そうそう、聞いて驚け、転属の辞令が降りたのよっ!」

「お前にか」

「なーにすねてんのよ、あたし達ふたりに決まってるでしょ。しかもここより都会の星。あたし達の生活も賑やかになるかもね」

「……」

「夜勤明けたら早速挨拶回りに行かなくちゃね、まずどこからいこっか。まぁこんな田舎の、辺境惑星だから? 回るとこもそんなにないしあっという間に伝わるだろうしね」

「……」

「ねぇ、どうしたっていうの」

 ぼそぼそぼそっとなにかを口にした宏樹が気に入らなくて、少し口調がきつくなってしまう。

「はっきり言ってよっ」

「俺は残る」

「はぁ?」

「俺はここに残る、と言ったんだ。その辞令は断る」

 そう言ってきっぱりとアヤカを見据えた宏樹の瞳にははっきりとした意志が宿っていて、アヤカは困惑する結果となってしまう。

「ねぇ、どうしたのよ。あたしはてっきり宏樹が喜んでくれるものと思って帰ってきたのに……」

 アヤカははっきりと困惑の表情を浮かべた。

 この間定期検診に出したばかりなのに、とふと宏樹は考えた。カスタマイズされているバイオロイドをどう調整したのかはしらないが。こんな辺境惑星なのに、腕のいい技術者は、珍しく宏樹と懇意である要だという。要め……なにを企んでいるのやら。今度飲みにでも誘ってその真意を聞いておこう、と考える。カスタムはじつに精巧にできていて、生身の人間とまったく遜色ない。その技術には恐れ入る、と苦笑する。

 夜勤が明けて、転属辞令の話題はタブーだとうやむやのうちに納得させられたままアヤカは家に戻った。とりあえずポットで湯を沸かし、コーヒーなぞを淹れてみる。窓の外にはレンガの壁が連なるのどかな町並み。

「なんだかなー」

 シュンシュン、とポットが湯気と音を立てはじめて火からおろした。円を描くように湯を注ぎ込んでやるとふんわりとコーヒーの香りが立ち上ってくる。

「どうした?」

「なんで都会に行くのが嫌なわけ? この辺境が気に入ってるとか?」

「そうだ」

 パサリ、と読んでいた雑誌を机において宏樹は軽く溜め息をついた。

「俺は都会の暮らしに馴染めない。ここののんびりした空気が性にあってる」

 時折見せる感情の激しいものを思い出して、あまりそうだとは思えないけれど、とアヤカは考えながらコーヒーをカップに注いだ。

「でもあたし、霧ってあんまり好きじゃない」

「今日の午後も霧が出そうだな」

「ほんと? んじゃ霧が出ないうちに買い物にでもいってこよーっと」

 そう言ってそのままジャケットを羽織ってドアへと足を向ける。ノブに手をかけて思いついたように振り返って、

「なにか食べたいものある?」

 と聞いてみるが、

「いや、特には」

という台詞に、

「了解。適当に見繕ってくる」

手を振って答えてそのまま家を出た。

 とにかく、転属の話は人に触れ回ってはいけないらしい、とだけは理解して、アヤカは市場に向かう。夜勤明けの朝のことだ、買い物から帰ったらとにかく眠るだろうから、その後食べるのにふさわしいものを、と考えてアヤカは果物などを物色することにした。

 宏樹と違ってアヤカは愛想がいいから、町中をひとり出歩いていると声をかけられることも多い。おかげで八百屋ではおまけがついたりとラッキーなこともあり、アヤカ自身まんざらでもない。

 レンガの建物で赤茶けた色が中心の町中に、子供のはしゃぐ声がすれば、噴水のある広場で転がるように遊んでいるのが目に入る。

 辺境の、こじんまりした町ではこれがせいぜい。それでも、人々は皆明るい。

「アヤカちゃん、今日は休みかい」

 店先でおばさんがにこやかに声をかけてくるのに、

「夜勤明けなの。なにか元気でるものちょうだい」

と笑顔で返す。

「じゃあこれ、宏樹さんと一緒に食べてみてよ」

「わぁ、手作り! おばさんありがとう」

 おばさん達は、このアヤカの笑顔が見たくて、売り物ではないパイを作りおいてくれたりする。

 おかげで宏樹は天文台での仕事だけしかしてないようでいてつきあいがいまひとつであっても嫌われることはなく、まったくアヤカ様々であった。

 酒屋で宏樹の気に入りのワインを一本仕入れて次に上等のサラミとチーズを仕入れて、さらにはふたりが特に気に入っているコーヒー豆までも久々に見つけて仕入れたアヤカは上機嫌で帰途についた。

 フラットに帰ると、窓から差し込む光だけの部屋でカーテンが揺れていた。自然光だけでは少々薄暗い部屋の中、焦茶色の木の壁が持つ独特の光と影のオブジェがそこに出来ていた。そんな中、ソファで宏樹がうたた寝をしていた。

 それはまるで一枚の絵のようで、アヤカは落ち着いた静かな時間を目で楽しむ。初めて会った時には同じ位の年の外見だったのに、数年経って宏樹は大人になってしまった。見た目はそうかわらないけれど、目の落ち着き方が少し、変わった。それだけが経過した時間で、それ以外はまったく変わらない。アヤカを呼ぶ声も、柔らかくあたたかな唇も。



 宏樹は、アヤカが宏樹のことをマスターと呼ぶことを嫌う。まるで主従関係のようで嫌だと。あくまで対等な存在なのだから、そう呼ぶな、という。それがなんだか嬉しくて、好きになった。所有物としてではなく、一個の人間と同様に対等に見てくれること、本当にあくまで対等に扱ってくれたことも、嬉しかった。目覚めた時から好きだったけど、これはどうやらプリセットな感情な気がするから、この際置いておいて。そのうち、自分のオリジナルがどこかにいるらしいことも、わかった。それでも、宏樹はやはり自分だけを見つめてくれて、自分の向こうに自分のオリジナルを感じることはまずなかったし、自分だけをずっと見ていてくれるから、もっと好きになった。そもそも、自分はカスタムなのだから、マスターを嫌いようがないのだけど、そういう言い方を宏樹はものすごく、嫌う。昔そんなようなことを言ってこっぴどく怒られた。なぜだか泣きそうな瞳で、と思ったのは錯覚だったかもしれない。



 買ってきたばかりのコーヒーを早速いれて、アヤカは宏樹の椅子のそばに座りこんでまったりした空気を楽しんでいると、コーヒーの香りに宏樹が目を覚ました。

「ん……帰ってたのか」

「さっき。ワイン買ってきた。後で飲もうね」

 宏樹の手が降りてきて、くしゃ、とアヤカの頭をなでる。特に意味のないスキンシップ。けれどそれは充分にアヤカの心を和ませて、柔らかな笑顔を生む。柔らかく立ち上るコーヒーの香りと、窓からさす自然光。昼前の光はきつくもなく弱くもなく。アヤカは椅子にもたれ掛かったまま静かな風景にまどろんでみる。

「……その指輪、恋人との?」

 なでられた手に指輪を見つけて、ふと、聞いてみる。

「これは、昔、相棒と……」

「え?」

「気にするな。そのうち、な」

 くしゃり、とまた頭をなでられた。

 ゆっくりと時を刻む時計の音だけが時間が流れていることを知らせてくる。こんな静かな時間を、アヤカは嫌いではない。宏樹はコーヒーの香りを楽しむようにして少しずつ飲みながら、ぽつり、ぽつりと言葉を口にしはじめる。

「ねぇ、宏樹」

「なんだ」

「この星の、どこが好き?」

「どこ?」

「そう、のんびりしたとこ、とか、そういうの」

「そうだな。時間」

「時間?」

「お前は感じたことがないか? ここは、時間の流れが優しい星だと」

「今もそう思ってたとこ。なんかの資料で見た昔の地球の田舎町みたいだよね」

「それはどうだかしらないが。散歩するにもいい」

「まぁ、のどかな場所だってことには反論を挟む余地なし、ってとこね。でもねぇ、宏樹、まだ若いんだからさ、こもってないでぱーっとはしゃぐのも必要だと思うけど?」

「鈴の輪舞亭でお前がよくやっている様にか」

 くすり、と笑割れるのが、見えなくても言葉の雰囲気で伝わってくる。

「宏樹だって飲みに行くでしょ」

「俺はお前ほどには騒がないからな」

「ちぇっ」

「でも、お前が楽しそうなのを見ているのは好きだ」

「へ?」

 思わず顔をあげて宏樹を見つめる。

「聞こえなかったのか? お前が楽しそうなのは嬉しい、と言ったんだ」

「え、あ、そう」

 突然そんなことを言われて顔を赤らめながらどうしていいかわからなくなったアヤカはズズズと椅子の縁をすべって深く座る。

「あ、パンプキンパイ買ってきたんだ。食べようよ」

 思い出したように立ち上がるとシンクに向かい、置きっぱなしだったパイの入った箱を宏樹に見せるように持ち上げると、取り繕うように笑って見せた。


 テーブルの上にはケーキ皿とティーカップがふたつずつ。

 窓から入る風は少々肌寒く、今日も気温があまり上がらないことを知らせてくる。風に冷やされた肌に、温かい腕が心地よい。




 バイオロイドセンターは大抵町の外れに位置していることが多いので、アヤカはそのまま町並みを背に歩き出した。今日も夜勤なので昼間は時間がある。

 手紙なんてまぁ、前時代的なモノを……、と思わないでもなかったが、一緒に入っている書類が重要だというのでおとなしくお使い任務に従うことにする。本来なら宏樹本人が持っていくべきものらしいのだが、仕事の都合で時間が合わないらしい。アヤカは宏樹の代理として行くことになった。持って行く相手は、宏樹と懇意のドクター竜門、つまりアヤカ言うところの『かなめセンセー』なので特に問題はないだろう、と宏樹が判断したのだ。しかし、アヤカひとりで行かせるには少々ためらいがちであった。というのも、別れ際に宏樹は、

「今晩磁気嵐が来る。その時オーロラが見られるはずだから、出来ればその時間までに間に合うように来い」

 と早く帰って来るように言われた。アヤカは明るく大きく手を振ってそれに応えて、宏樹の車を見送った。

 車が視界から消ると、アヤカはきびすを返してセンター目指して歩きはじめた。




 要のオフィスに通されて、多少落ち着かない風でアヤカは出されたお茶を飲んでいた。

 要はというと自分の机でアヤカから渡された封筒の中からまず手紙を読み、それから書類をとりだしてチェックをはじめた。書類に目を通し、サインを入れていく。それがいくつか終わると端末入力をはじめた。アヤカは視線の置き所が無いので、ただ漫然と要の作業を見つめてしまう。

「要センセー、そろそろ終わりかな? あたし、天文台の方に行きたいんだけど」

「後ちょっとで終わるから待ってろ。宏樹って不思議なやつだな。なんでお前なんだろう」

「要センセー、お言葉ね。あたしだけがそばにいられるの」

 アヤカの、自分だけ、という言い方にどこか誇りすら感じたのか、要は口の端をほころばせる。

「なにか聞いたことはないのか」

「なんにも。言いたがらないから、あたしも聞かない。無理やり聞くのは趣味じゃない」

「そうか。そうだな」

「でしょ。でさ、その、サインがいるっていう書類ってなに? あの、言ってもいい内容なら知りたいなと思って」

「え? あ、うん、どうすっかなー」

「言いにくいんだったらいいの」

「あー、いや、そういうわけじゃないんだけど、どう言っていいのか迷って」

「なに?」

「その、まー、あれだ。宏樹が持ってる資産の一部をだな、お前名義にして、法的だけじゃなくて資産的にもお前も一人前に、正式にお前を自分と対等にしようってハラだろ。そのための手続きだ。そんで俺は証人のサインをしてたわけ」

 そう要が言った途端に、アヤカは手に持っていた鞄を落としてしまう。

「……どうした、目、潤んでるぞ」

「うるさい。そんなことないって」

 アヤカはすん、と鼻を軽くすすって笑顔を作ると照れ隠しのためか要の肩をぽん、と叩いた。

「端末処理も今終わって受理されたよ。……良かったな」

「宏樹もバカだなぁ、そんなことして自分の財産減らしちゃってさ。あたしが使い込んでもしらないのに」

「それはもうお前の資産だから、お前がどう使おうと宏樹はなにも言わないよ」

「バカよ、宏樹は。あたし、バイオロイドなのに」

「それは言わない約束なんだろ」

 くしゃり、とアヤカの頭をなぜた要の手は、宏樹の手を思い出させた。

 そこへ要に内線電話がかかってきた。

「はい、竜門」

 そういって話を聞きはじめた要の表情かおが一瞬のうちに変わった。

「なに、爆発?」

 それを聞いてアヤカは弾かれたように要を見た。

「わかった、すぐに行く」

 そう言うと慌てて電話を切ると車のキーを取り出して、

「天文台で事故が起こったらしい。行くぞ」

 それだけ言うとドアに向かって歩き出す。

「天文台? 今の時間は宏樹くらいしかいないんじゃ……」

 そうつぶやいて呆然とするアヤカに、

「なにしてる、行くぞ!」

 要は叩くようにドアを開けた。




 漏電でショートしたのが原因かどうか。そんなことはどうでもいい、とにかくは今、目の前の燃え上がる天文台だ。

 消火機能が働いてるといっても古いものだし、おそらく通常では予想できない場所からの出火なのだろう、炎はますます勢いを増すばかりでどうにもならない。なにもなければ二階の管理部門からの脱出だ、そう難しいことはないだろう。なのに宏樹はでてこない。二階にはいないのか、それともすでに倒れてでもいるのか。

 アヤカが到着したときにすでに数人の消防士達が消火活動を始めていた。何本もの消火ホースが天文台に向かって伸びている。しかし、火はなめるように建物をおおい、ボヤではすまない状況であることだけははっきりと見て取れた。

「宏樹!」

 声を張り上げて辺りを見回してみたものの、姿は見えない。避難していないのか。はっ、と天文台に視線が戻る。思わず走り出した。ぐいと腕をつかまれて振り返ると、消防士だった。

 火のはぜる音の中、大声で叱る消防士の声は、とても遠くに感じられた。振りほどこうとしても消防士の手は強くアヤカの腕をつかんでいた。このままでは服が破れる、と思った瞬間、破れたっていい、と思う自分がそこにいた。渾身の力を込めて消防士の腕を振りほどく。走り出せば声が追いかけてくる。が、宏樹が中にいる。構ってなどいられない。

 天文台の中に飛び込んだ。幸い、今日は髪を結んでいるから広がって火をもらうことも少ない。

「宏樹!」

 声を出すと煙で思わずむせてしまった。管理室に入って声を張り上げてみたが返事がない。炎で視界が悪く、いるのかいないのかさえ判断がつかない。部屋の中まで入って調べてみようか逡巡したとき、宏樹の言葉を思い出した。とすると宏樹は屋上か、ドームの制御室にいるに違いない。アヤカは管理室の中の探索をさっさとあきらめて階段に向かう。

 炎は容赦なかった。服のあちこちに焼け焦げが出来ていたし、腕や指には火傷もあるかもしれない。それでも、まったく気にならなかった。痛覚がマヒでもしたのか、視界に入るものと痛覚が繋がらない。熱を感じないわけではなかったが、そんなことはどうでもよかった。

「宏樹!」

 再び声を張り上げる。煙が上がってきていた。思わず煙にむせながら炎と煙から腕でよけながら足を進める。

 階段を上り、ドームの制御室に入ってみるとそこにはまだ炎は来ておらず、それ自体は助かったが、がらんとした部屋の中は人気がなかった。机の影、椅子の影なども見て回ってみたが姿がない。いよいよ屋上か、屋上に立つドームの中しかないか、ときびすを返して専用の狭い階段へと向かう。


 屋上に向かう階段の踊り場に、宏樹がうずくまっていた。

 いや、うずくまるようにして倒れていた。どうやら降りてこようとして煙にやられたらしい。

 アヤカはすぐに駆け寄ってみる。

「宏樹!」

 身体を起こして声をかけてやれば、鈍い声とうろんげな目の反応が返ってくるばかり。再びできる限りの大声で名前を呼びながら頬を打ってやると、幾分か反応が明瞭になってきて、アヤカを一安心させた。

「遅かったな」

「なにがあったの」

「これを、やる」

 そう言って宏樹ははめていた指輪を外すとアヤカに渡そうとする。

「そんなの今じゃなくたっていいでしょ」

「今じゃないと、駄目だ。いいか、これは『証』だ、なくすなよ」

 アヤカの手にしっかりと握らせる。

「わかった、わかったから。すぐに脱出するから、あと少しの辛抱だからね」

 宏樹に肩を貸してやるようにして立ち上がると、アヤカは歩き出した。炎と煙が容赦なく押し寄せる。

 外に出たふたりはすぐに、有無を言わさず救急車に押し込まれた。




 目が開いてすぐに、白い壁は見ていたくない。そんなことを漠然と考えた。すぐに宏樹のことを思いだし、がばと飛び起きて苦痛に顔をゆがめた。

「お前だって結構な火傷してるんだから、ちったぁおとなしくしてろ」

「要センセー、いたの」

「当たり前だろう、お前のメンテは俺がやるんだからな」

「あたしのことはいい。宏樹は?」

「横で寝てるぞ」

 要が姿をずらしてやると隣のベッドに宏樹が寝かされているのが目に入った。さまざまな機器が宏樹にくっついていて、まるでチューブやコードが生えてるみたいで気持ち悪い。

「センセー、宏樹の容体は?」

「ん? かなり悪い。見た目以上に火傷がひどかったみたいだな。火の中でなにかやってたんだろう。そうだ、これ、預かっておいた」

 要はアヤカに渡された宏樹の指輪を取りだすと、アヤカの指にはめてやる。

「これは、もうお前のものだ」

「それってどういう……」

「もらった手紙に書いてあったからさ。万一の時は指輪をお前に譲るってさ」

「宏樹、一体なに考えて……」

 視線を宏樹にもどすと、もぞ、と動いたように見えた。

「宏樹?」

 激痛も気にならないかのようにアヤカは勢いよく身体を起こした。宏樹のベッドに駆け寄ると、宏樹の手がアヤカを探すように動いた。

「アヤカ……。指輪は……」

「持ってる。ちゃんと持ってる」

 宏樹の視線がさまよった後、アヤカで固定される。

「そうか。だったら……いいんだ。アヤカ……」

「ん?」

「オーロラを見に行こう。その時にはその指輪、忘れるなよ」

「わかった。それまでは絶対、身に付けとく」

「外すなよ。それじゃ、俺は少し、寝るから……」

「うん、お休み、宏樹」

 宏樹は再び瞳を閉じた。眠りに落ちて行く宏樹。

 そして、心音停止を機械が知らせた。

「宏樹?」

 要がアヤカを押さえにかかる。それを振り払ってアヤカは宏樹にすがりついた。

「宏樹、起きてよ。宏樹!」

 アヤカの目に涙が溜まる。最後は言葉にならなかった。

 要は目頭を押さえた後、携帯用ではあったが端末から処理をした。これで宏樹の資産はすべて、バイオロイドのアヤカのものになった。



 数日後。

「宏樹がいないのに、この星にいても辛いだけだからさ、あたし、この星、でるわ。かなめセンセーと会えなくなるのはちょっと、さみしいけどね」



 アヤカが乗り込んだシャトルは、霧の星を後にした。




■SIDE : Hiroki


 その日、雨の星はいつも通り雨だった。

 しとしと、という表現がまさにぴったり来る降り方の雨。

 相変わらずのレンガの街は寒さを一層際立たせて、道行く人のコートの襟を立たせてたたずんでいる。降り方はさほどではないために壁と道の湿り方の色が多少違っている中、雨は降り続いていた。厚い雲の昼下がり、時間の止まったような錯覚さえ起こさせた。




 譲は学会準備と称して数カ月前からこの街に移り住んでいる。今日も散歩と称した本屋通いに出かけていた。いくつかの雑誌と文献を手にしながら、帰ったら極上のコーヒーを淹れて飲みながらじっくり読もう、などと考えながら歩いていると、レンガが動いた。

 思わず目をやってしまう。

 まさか、レンガが動くはずはない。慌てて目をやると、路地で人がもたれかかるようにして座り込んでいた。レンガが動いたと思ったのはこの髪の色がなんとなくそんな錯覚を起こさせたらしい。こんな雨の中傘もささずになにをしているのだろうか。浮浪者にもみえないし……。純粋な好奇心だった。

「おい、君、大丈夫か?」

 うなだれて街並みと同化しようとしていた女は顔をあげた。

「あ……?」

 まさか声をかけられたのが自分だというのが信じがたい、というような顔をしながら彼女は譲を見返した。手には指輪をはめている。これはペアリングのたぐいだろう。ということは『誰か』と当然なんらかの接触があった後こういう状況にいるわけで、その割には薄汚れた格好なのはどうにも解せない。

「君、どうしたんだ? こんなところにいると風邪をひくぞ」

 傘に半分入れてやりながら譲は更に彼女を観察する。なにか声をかけるたびに彼女は『誰か』を探すような仕草を見せる。リングの片割れか……? それにしてもこの行動は……?

「あ、マスター、は……」

 聞き取れるかどうかの小さな声でぽつり、と彼女はつぶやいた。

「君、カスタムか」

 こくり、と彼女はうなずく。これは、この状態は『まとも』ではない。主を無くして茫然自失としてでもいるのか。それにしては様子が少しおかしい。

「君、立てるか?」

 そう言って彼女に肩を貸してやりながら立ち上がらせる。彼女はメンテナンスが必要だ。メンテされなくなってどれだけ経つのか譲にもわからないが、とにかくセンターに連れていくことが先決だ。

「センターにいくよ、いいね?」

 無表情のままこくりと頷く彼女を促す。

 買った本を濡れないようにしっかりとコートで覆いながら、ふたりは歩き出した。




「ドクター大塚を呼んで頂けますか」

 センターの受付で、譲は友達を呼び出した。ロビーで待たされること十数分、守は姿を現した。

「やぁごめん、待たせちゃったね」

 あいも変わらずの物腰の柔らかい笑顔で譲を迎えてくれる。

「なんだ、俺からお前のオフィスに行こうと思っていたのに」

「ついでがあったからね。どうしたんだい、珍しいじゃないか。連れの女の子は? 具合が悪いようだけど、医者には見せたの?」

「それがどうもこいつカスタムらしくてな、調子が悪そうだからお前に見てもらおうと思って連れてきた」

「ご指名って訳かい? じゃあ僕のオフィスより診察室の方がいいね。ちょっと待ってて、部屋とってくる」

 そう言ってにっこり微笑むと守は廊下の奥に消え、すぐに現れた。

「ラッキーだったよ、今日は空いててね。さ、いこうか」 守は笑顔ではあったが、彼女を見る目が既に専門家のそれになりつつあった。




「マス、ター」

 検査中、たまに守に向かって彼女はこう呼びかけた。

「どうしたんだい、僕の声、似てるかい?」

 そう笑いながらキラリと瞳の奥を輝かせながら守は検査を進めていく。

「かかりそうか」

「今日は大体のところを見るだけだからそんなにはかからないよ」

「こいつは治るのか?」

「まぁね、今の技術なら基本機能は完璧に元通りさ。インプットされてる技術もね。ただね、譲、君も気づいてるとは思うけど、彼女はカスタムバイオロイドだから、機能回復にかかる金額が通常の比じゃないよ。それに、回復できても完全に君のものにはならないから、やめておいたほうがいいんじゃないかな。一般的な話し相手にはなるかもしれないけれど、あくまで彼女はカスタマイズされてるんだよ」

「それは問題じゃない。助手になるなら助手にしようと思う」

「金銭的な問題は?」

「それも問題にはしない。こいつが生きたがっているのなら、俺は治してやりたいと思うだけの話だ」

 譲の目は凛として揺るがない。守はふう、と軽く息をついた。

「君は頑固だから」

 わかったよ、という顔で譲に笑いかける。

「じゃあ、彼女のことをもう少し詳しく調べてみよう。端末になにか情報が載ってるかもしれない。数日、預からせてくれるかな?」

「構わん。そのかわり、しっかり頼むぞ」

「了解」

「ところで、どうして君は彼女にそこまで入れ込むのか、聞かせてもらってもいいかな」

「昔の知り合いに似ている。おそらく本人のコピーだと思う。知り合いをむげにはできないだろう?」

 譲は、後を頼むといって死んでいった綾香を思い出しながらセンターを後にした。



 十日ほど経った頃、守から連絡があって駆けつけてみると、彼女は見つけたときより、かなり生気のある顔つきで譲を見た。

「この度はどうもありがとうございました」

 会釈して見せる。数日前に見たときはまるで死んでいたようだったのに、まさに『生き返った』とでも言うべき変化があった。しかし、常に誰かを探しているような視線の動きの癖だけは残ったらしい。

「……守、こいつのクセなんだが」

「あぁ、誰かを探してるようなクセだろう? おそらくマスターを探してるんだと思うんだ。どこをスキャンしても異常は見つからないんだけどね、治らないんだ。これはあきらめてもらうしかないね。それから彼女の名前だけど、わかったよ」

 守は書類をぱらりとめくりながら譲に話しかける。

「端末に残ってたのか」

「一見した壊れ具合からして、少々古いデータだろうと覚悟してたんだけどね、流石はカスタムというべきか、残ってたよ。彼女は『アヤカ』。霧の星にいたようだね。そこでマスターが死亡、そこからどういう経緯で、遠いここまで流れてきたのかは記録に残ってないんだけど、霧の星ではかなりまめにメンテナンスされてたようだよ。だからこれくらいで済んでたんだな。それにしても、記憶の混乱が激しい。カスタムには信じられないくらいの記憶の欠落が見られる。人間で言うところの一種の記憶喪失だね。よほど辛かったんだろう、自分で当時の記憶をマスキングしてしまっているようなんだ」

 哀れんでいるような瞳をして、守はアヤカを見た。

「マスキング?」

「デリートしたんじゃなくて、ブロックをかけたとでも言うのかな、そんな状態だね。忘れたい、でも忘れたくない、そんなジレンマでもあったのかもしれない。マスターによほど愛されてたんだろう」

「辛い目にあったんだな」

「優しくしてやってくれよ。さて、驚いたのはこの『アヤカ』、資産を持ってる。自分の維持費用を自分で稼ぐのは普通だけど、それだけじゃすまない額を持ってる。一財産だよ。これもさすがはカスタムというべきなのかな? むだ遣いしないように気をつけてやってくれよ」

 最後は笑って付け加えると守はアヤカを譲の方に行くよう促した。



 さて、今日から助手がふたりに増えるわけだが、まぁ、いいだろう。なんとかなるさ。

 呑気に考えながら、今日新しい助手を連れて帰ってくるから、と言い渡しておいたもうひとりの助手が緊張しているかもしれない、なんてことはまったく考えずに、仲良くやるだろう程度に考えて、譲はアヤカを車から降ろした。顔を見れば新しい場所にも悪びれずに、笑顔を返してくる。空元気なのかそうでないのかは今の譲には判断がつきかねた。名前まで同じだから、予想どおり、知り合いの綾香のコピーに違いない。



「帰ったぞ」

 ドアを開けると中にそう一声かけてアヤカを招き入れる。中から迎えに出てくる様子はない。まぁ、バイオロイドは使用人ではないのだから別になにをしていようと勝手ではあるのだが、おかえりの一言くらいあったって、とまで考えて、譲は無愛想な通称助手の性格を思い出した。

「おい、新しい同居人がきたぞ、挨拶くらいしに出てこい」

 玄関先でコートを脱ぎながら中に声をかけると奥からいらえがあって、なにやらごそごそと音がしてから同居人が出てきた。

「結構早かったな」

「迎えに行くだけだからな。ほら、こいつが今日からうちの同居人だ」

「……綾香」

「そう、名前はアヤカという。やっぱり、そうなのか?」

「……」

「ヒロキ、どうした」

 ヒロキは言葉を忘れたかのようにアヤカを見つめる。アヤカは、はるか昔死に別れたヒロキのマスターとまったく、瞳の色も髪の色も、声さえも同じだった。しかし、反応からしてアヤカはヒロキのことがわからないらしい。それはいいことなのか、悪いことなのか。マスターのことを忘れてしまったアヤカは、それでもヒロキを見ると嬉しそうに笑いながら挨拶をしてきたのだった。

 ヒロキは、胸が痛んだ。

 そして沸き上がる疑問。

 コイツは誰だ……?

 記憶の中のマスターは死んだ。なのに目の前にいるのは自分が作られた当時のマスターと同じでオリジナルにそっくり。

「はじめまして、ヒロキ?」

「……はじめまして、アヤカ」

 握手が交わされた。


 一方、アヤカといえば、こちらもヒロキを見たときからなにか頭の中で引っ掛かる感覚が続いていた。誰かに似ている。とてもよく知っている誰かに。誰かはわからないのが悔しい。ただ、この人と離れてはいけない。そんな気がする。それだけが大事。忘れちゃいけない、そんな気がする。


 いわくありげなヒロキの態度は一瞬だった。その後はいつもと変わらない、無愛想な通称助手で、気が向くと手伝おうという姿勢をみせるものの、基本はただの同居人だからいつもはなにをやってるかなんてことは譲にはわからない。

 そういえば、ヒロキもマスターを亡くしてたな、と譲はコーヒーカップを置いた。あの表情は似たような立場ゆえにみせたものだったのか、それとも。おそらく理由はひとつではないだろう。

「譲、ちょっといいか」

 そんなことを考えているとヒロキがやって来た。

「どうした?」

「ドクター大塚なんだが、俺の方からアクセスしてみてもいいだろうか」

「なぜ?」

「いや、問題があるのなら、やめておく」

「そんなことは言ってないだろう。面会予約とっといてやる。行ってこい」

「すまない」

 考えに沈んだ表情のまま、ヒロキは部屋を出た。その後ろ姿を見送りながら譲はヒロキの指にも指輪があるのを思い出した。カスタムは指輪をしてるものなのだろうか? サンプルが少なすぎて判断が付けられない。




 譲が面会予約をとっておいてくれたおかげで、さして待たされることもなくヒロキは守のオフィスに通された。

「やぁ、どうしたんだい?」

「アヤカのことなんだが、製作された年を聞いておきたい」

「……君と同時期だよ」

「そうか。それであいつはどこに?」

「霧の星にいたようだね」

「最後の記録はいつになっている?」

「三ヶ月前。アヤカを見たときはあんまりひどかったんで一年くらい前にマスターを亡くしたのかと思いもしたんだけど、そうでもなかったようだね」

「アヤカをメインでみていたマイスターは?」

「それはまだ。そうだね、記録を探してそう言った人にアクセスをとって見るのもいいね。それとも、ヒロキ、君にはなにか心当たりが?」

「いや、そういうわけじゃない」

「霧の星。そこでアヤカは数年すごしていたようだよ」

「というと辺境か。そこのマイスターと連絡は取れないのか?」

「まだ取ってないな。記録にはイニシャルだけだったし」

「俺が連絡をとることは可能か?」

「じゃあ、今やってみるかい?」

 守はそう言って端末を操作し始めた。

「マイスター探しからはじめないといけないかもしれない 。それは承知してくれるね? イニシャルからすると、僕の知り合いのドクターかもしれない。そうだとすると話は早いんだけどね」

 ヒロキはただ無言で操作の結果を待つ。

「僕が参照したのは一年前の記録だったんだ。だから、もうマイスターは変わってるかもしれない。それにしてもよく彼女の記録が残ってたもんだと思ったよ。流石はカスタムだね。彼女もよくメンテされてたようだし。あぁ、繋がったよ」

 最後の言葉でヒロキは顔をあげる。

「お忙しいところすみません、こちら雨の星の大塚と申しますが、そちらに以前登録されていたバイオロイド・アヤカを担当されていた方は、今でもそちらにいらっしゃいますでしょうか」

 少々おまちください、とスピーカーから声が流れる。そしてしばらくすると守の端末にデータが表示されはじめる。それを眺めていた守は段々と晴れやかな顔つきになっていく。

「よかった、知り合いだ。案外情報が早く入手できるかもしれないよ」

 そういって守はそのまま回線を繋ぎっぱなしにして端末の向こうとやり取りを始める。それをヒロキは黙って、なにをするでもなく見ていた。

 アイツは誰なんだろう。

 綾香にそっくりなアヤカ。おそらく自分と同じようにして、マスター同士が別れた後すぐに起動したのだろう。どうやら性格も反映されているらしい。そっくりなアヤカ。でも、記憶のないアヤカ。ヒロキを宏樹だと認識しないアヤカは、綾香なのか? 別れて暮らしていた間、アヤカはどんなふうに宏樹を見てきたのか。宏樹といた名残を見せないアヤカはヒロキにとってひどく遠い。お互いのマスターとの思い出話などするつもりもないが、まったく出来ない、というのとでは訳が違う。

 マスター・綾香を失ってから、ずっと探していた『わかりあえる存在』。それが目の前にいるのに、彼女は自分のことがわからない。想いは一方通行のまま、気づいてもらえもしないのだろうか。

 そして、気づかないアヤカは、はたして綾香なのか?

 いまのヒロキにとって、彼女はアヤカたりえない。綾香の形をした別人。それがヒロキを惑わせる。今すぐにでも、抱きしめたいのに。

 ヒロキはアヤカに話しかけるように顔を上げたが、すぐにうつむいてしまう。声はかけたいが、なんと話しかけていいのかがわからないのだ。アヤカと話が出来ないのはもどかしく、辛い。

「ヒロキ? なぁに?」

「いや、なんでもない」

 辛さのあまり、素っ気なくしてしまうまま、アヤカに背を向ける日が続いた。しかし、アヤカはヒロキをまったく気にするふうでもなく過ごしている。それがまた、ヒロキには辛かった。自分はここにいるのに、なにも言えない。

 アヤカ、俺は、ここにいる……!

 言葉に出来ない想いが頭の中で渦巻いてどうしようもなくなり、ヒロキはふう、と溜め息をついた。その深さに気づいたのかどうか、守は顔をあげると、

「ドクターと話をしてみるかい?」

 とふってくる。当時を知る人間と話をすれば糸口が見つかるだろうか。守の申し出を受けてヒロキは端末の前に立った。

「どうも……」

「宏樹じゃないか! お前どうして!」

 要が驚いて声を大きくするのに、ヒロキは冷静に端末に向かう。

「確かに、俺はヒロキだ、しかし、お前の言っている宏樹ではないだろう。俺はカスタムバイオロイドだ。綾香につくられた」

「なに?」

「おそらく、マスター同士が別れなければならなくなったときに俺達を互いのかわりとしてつくったのだろう。でなければここまで一致するとは思いがたい」

 淡々と話すヒロキに要は冷静さを取り戻す。

「お前、本当にヒロキにそっくりだな。お前達は、対と言っていい。それで、アヤカの様子がおかしいんだな? よし、俺がそっちに行こう。距離があるから移動時間をくれるか?」

「あぁ」

「ヒロキ」

「なんだ」

「なんとかしてみせるから」

「俺はお前の友人だった宏樹とは別の個体だ。そんなに気を使わなくてもいい」

「まぁそういうな。よしみって奴だ」


 要は出張、と言い張って霧の星を後にしてシャトルに飛び乗った。なのに、せっかく駆けつけてきた要を目の前にしても、アヤカの反応は今ひとつだった。

「どこかであったことあるんだけど、ごめん、思い出せない」

 これがいまのアヤカにとって精一杯の台詞らしい。これには要も複雑な表情でアヤカを見るほかなかった。

 要は必死になってアヤカのデータ採取を始めた。アヤカは不満を言いつつもなんとかおとなしく要につきあっている。休憩時間になっても、要は上がってきたデータを片時も手放さない。守はただ黙ってコーヒーを飲んでいる。これにはさすがのヒロキも驚いた。

「ドクター竜門、あまり根を詰めないほうがいい」

 ヒロキはそういってふたりにコーヒーを渡してやる。呼ばれてこれまた複雑な顔をしてカップを受け取りながら要は口を開く。

「君にそういわれるのも俺は変な感じだよ、ヒロキ。要、とだけ呼んでくれるかな」

「了解した」

「見れば見るほどそっくりだな」

「俺はカスタムだから。マスター綾香がそうつくったんだろう」

「ということはオリジナルも外見はこのアヤカと同じ?」

「そうだ。俺が目覚めたときの綾香そのままだ」

「懐かしいかい?」

「……どうだろうか。よく、わからない」

 ヒロキは目を伏せた。




「ねーヒロキ、あたし、そんなにヘン?」

 唐突にアヤカは言葉を口にした。

「いや、別に変という訳ではないと思うが」

「だってさー、みんなあたしの反応見てなんだか複雑な顔するでしょう? あたしが原因だってことくらいはわかってるから。その、ヒロキもさ」

「なんだ」

「つらそうで。ごめん。あたし、なにやったんだろう」

「謝らなくてもいい。お前は悪くない」

「ん。あ」

 なにかを見つけたような声を出してアヤカはヒロキの顔を珍しく直視した。

「なんだ」

「ヒロキの指輪、あたしのと似てない? それにほら、指輪の位置の収まりの悪さ。どう考えても自分用に合わせたんじゃなくて、もらった指輪をはまるとこに適当につけているだけっていう感覚な指」

 そういって嬉しそうに指を並べるようにして近づけてくる。合わせるようにして指を並べてやると、確かにそれは同じデザインで出来ており、それはいたくアヤカのお気に召したらしく、笑顔が浮かんだ。

「ほら、おんなじデザインでさ。ってことは、ペアリングってやつだね。ひゃー、照れる。あたしそんなのしてたんだ。てことは……」

 そこまで言って再びアヤカの表情は暗くなる。

「ごめん、そんな、ペアリングなんての持ってる相手のこともわからないんだね」

「あまり気に病むな。ドクターふたりがついててくれる、大丈夫だ」

「サンキュ。うん、宏樹のこと、見たことあるとは思うんだ。ずっと近くにいたんだよね。それだけはわかる。ごめんね」

 ヒロキはその言葉に、アヤカを思わず抱きしめてしまう衝動を抑えきれなかった。あふれる感情のまま強く抱きよせてしまう。

「お前はお前だ。気にするな」

 できるなら、自分のことをわかって欲しいけれど。できるなら、このまま抱いてしまいたいけれど。




 要がやってきてもアヤカの記憶の再生はうまくいかなかった。アヤカのなにかが頑として言うことを聞かないのだ。

「意外と頑固なやつだな」

 と要に揶揄されてもアヤカは苦笑するしかない。アヤカ自身どうしようもないのだ。ただ、ヒロキにだきしめられてから心の中でなにかが変わりつつある。でも、それが一体なんなのか、アヤカにはまだわからない。

 ラジオから流行歌が流れてくる。要はそれに合わせて口笛を吹いて作業を進めているのを視界に収めながらアヤカはヒロキを見ていた。

 ヒロキは口笛を一瞬吹こうとして、どうやらうまくいかないらしく、すぐやめる。

 アヤカは少し眉をひそめた。

 口笛の吹けない誰か。

 なにかがオーバーラップする。なんだろう。口笛の吹けない、大事な人。

 要はいよいよ意地になって、アヤカを検査し始めた。出張扱いで霧の星からきたものの、いつもの、人好きのする軽い調子の口車で事務局を丸め込んでしまい、ここに異動する手はずを調えてしまっていた。



 ノックの音にヒロキは起こされた。夜中に誰何の声を大きくするわけにもいかず、ドアにむかう。

「誰だ」

「あたし。開けてくれない?」

 ドアを開けてみると気まずそうに照れ笑いをしながらアヤカが立っていた。

「どうしたんだ、もう夜中だぞ」

「んー、寝つけなくてさ。この部屋のソファでいいから使わせてくれないかなと思って」

「この部屋なら眠れるのか? ならば部屋を交代するが」

「あ、いや、そういうのじゃなくて、あたしはヒロキの部屋がいいの。ヒロキのいる部屋で寝たいだけだから、あんまり気にしないでくれるとありがたいなーって……だめかな?」

「ここでは身体が冷える。とにかく入れ」

 ヒロキは闇に感謝した。アヤカにそう言われて一瞬顔が赤くなるのを抑えきれなかったのだ。言葉を無くしてヒロキはとにかくアヤカを部屋に招き入れた。暗い部屋ではカーテンの隙間からほんのりと月の光が迷いこんでいる。

「なんにもない部屋だね」

 丸机とソファと、本棚だけが部屋の中にあった。殺風景、といえないこともない。

「あいにくソファはひとりがけのものしかない。そこではあんまりだからベッドの隅でよければ提供できるが、それでいいか」

「あ、もうそこまでしてくれたら充分すぎるほど! 部屋の隅っこでもいいくらいだったの。感謝感激ってね」

「なら問題はないな」

 そう言ってヒロキはさっさとベッドに潜り込む。

「ほら、こい」

 毛布をばさっと広げて招き入れるようにしながらアヤカを呼ぶ。

「え? あの……?」

「来るなら早くしろ。身体が冷える」

 恐縮しながらアヤカはベッドに収まって、改めて感謝を告げた。

「あのー。こんなに沢山の面積もらわなくてもいいんだけど」

「狭いベッドだ、人ひとり増えたら同じことだ、気にするな」

 それでも急に側にいることになったヒロキにアヤカはなぜか動悸がしてしまって、ヒロキに聞こえてしまうのではないかとそればかりが気になってしまう。でもヒロキの側は暖かくて、アヤカはやがてまどろんでいった。

 久しぶりに熟睡した朝になってアヤカが目を覚ましてみると、ヒロキに抱き込まれるようになっている自分を発見して思わず赤面した。ベッドの隅を借りただけだと思っていたのに、まるで守られるようにして眠っていたなんて、気づきもしなかったのだ。よく出来たバイオロイドだから人間と同じように体調変化がある。風邪もひくこともあれば、熱だって出すこともある。だから、狭いベッドの中、アヤカが風邪をひかないようヒロキが気づかってくれたのだろうということは、理屈としては理解できる。それでも、アヤカは胸の動機が止められなかった。そしてそれはひどく懐かしい状態にも思えた。そんな暖かい既視感は心を和ませる。ヒロキに包まれるようにして眠ることは、実際何年ぶりなのか。アヤカは自覚していないにせよ、ヒロキのそばで眠るということがアヤカに熟睡をもたらして、その結果、目覚めはすこぶる良い。頭の中の霧さえも晴れたような気分になって、アヤカはまずベッドからでることを試みることにした。しかし、そのためにはヒロキの腕を動かさなくてはならない。さり気なく足も絡まったりなんかしてるので、ヒロキをまったく動かさずにここから脱出するのは無理だと早々に判断がついた。さてどうしたものかとヒロキの腕を持ち上げたりして目を白黒させているとヒロキが目を覚ました。

「ん……、よく眠れたか?」

「うん、オハヨ」

 ヒロキは眠たげな表情で、アヤカの頭を抱き込むようになっていた腕をそのまま引き寄せてアヤカの頭を持ってくると、額に軽くキスをする。瞬間、アヤカの心臓が跳ねあがったのはいうまでもない。

「ヒ、ヒロキ?」

「ん、なにかあったのか」

 ヒロキには今の行動の自覚がまったくないらしい。どうやら目が覚めてすぐの無意識の行動らしく、なにかまずいことでもあったのかときょとんとしている。なんでもない、と口ごもってアヤカはお茶を濁した。別の意味で、頭の中がもやもやする。忘れているなにか。思い出せないなにか。アヤカの中のなにかが揺さぶられる。

 この人は、誰……?

 忘れてしまったなにかが自分を呼んでいる。



 その晩も、眠れないからと言ってアヤカはヒロキの部屋にやって来た。その次の晩も、またその次の晩も。その度にヒロキは迎え入れてやり、アヤカは熟睡していく。ヒロキの側で眠ることはなんだかとても安心できて、環境の変化に戸惑って緊張が続いているアヤカにとっては非常に有り難いことなのであった。起き抜けの額へのキスも、慣れた。

 ただ、ヒロキのことを考えるたびに頭の中がもやに包まれたようになってしまう自分が自分でわからなくて、頭を抱えてしまう。ヒロキから離れたくない、そんな思いだけは自覚できるものの、それ以上がわからない。しかしいつもそんなことを考えることなんてさっさと放棄してヒロキの部屋に押し掛けていってとっとと寝てしまうのだが。



「要、お前アヤカの担当なんだろ、あれ、どうにかならないのかい?」

 アヤカがヒロキの部屋に入っていく声を聞いて、守はデータシートを読みながら眉をひそめた。

「そう言われてもなぁ。おかげでアヤカは一応の安定を見せはじめてるんだよな。ある意味まだまだ不安定だけど」

「ヒロキの方が不安定になってしまうよ、このままじゃ。それは避けたいんだ、わかるだろう?」

「んー。そう言われてもなぁ」

「事実ヒロキはね、調子を崩し始めてるんだ」

「こればっかりはねぇ」

「ヒロキも、不安定なアヤカを安定させようとして、無理し過ぎだけどね。ヒロキも頑固だから」

「譲からはなにも言われてないの?」

「あの人はね、様子見らしいよ」

「やれやれ。あの人は呑気だから」



 その晩もアヤカはヒロキの部屋に押し掛けてきていた。ベッドの中でぬくまりながらアヤカはヒロキと目を合わせないようにして、

「ねぇ、あたしがここに来るの、迷惑?」

 とつぶやいた。

「どうした、突然に」

 ヒロキは暗い毛布の中を覗き込む。

「あたしがこうやってヒロキの部屋に来るようになってから、ヒロキが調子崩してるって小耳に挟んだの。それってやっぱりあたしが原因かなぁ、って……さ」

「声が聞き取りにくい、こっちを向け」

「ヒロキの指輪、もう一回見せてよ」

 毛布の中でくぐもる声。

「見たいなら、外で見ろ」

 そう言ってぐいと手をつかんで毛布の外に出し、あいてる手でスタンドをつける。スタンドの淡い光で照らしだされたふたりの手はどこか見覚えのある光景。指輪はユニセックスなデザインで、マリッジリングにも見えるようなデザインで。うっすらと植物のような模様が掘り込まれたようになっているヒロキの指輪と、ちょうど同じ模様が指輪自体に掘り込んであるかのようなデザインのアヤカの指輪。それはあきらかに対とわかる指輪で、銀色に光るプラチナベースに金が乗っているそれは、スタンドの明かりに照らされて不思議な光を放って見えた。

 身を乗り出すようにして指輪を見ていたアヤカがなんの気なしにヒロキを見やる。ふたりのマスターから受け継いだ指輪。この指輪を彼らはどんな想いで作り、わけ、受け継がせたのか。そんなことを考えてしまって無口になったままヒロキを見る。ヒロキの手がアヤカを抱き寄せた。

「……ヒロキ?」

 ヒロキはなにも言わずにアヤカにキスをした。それは柔らかく、暖かい。どこか覚えのあるような感覚にアヤカは戸惑いを覚えるものの、身体が拒めなかった。包み込まれるようなキスはどこかで、どこかで覚えがある。

「この指輪はマスターから受け継いだものだ。俺が作ったものではない。お前も察した通り、マスター同士は懇意の仲だった。ペアリングを作るほどにな。お前はその想いを知っているはずだ。そして、覚えているはずだ。俺達はクローンじゃない。記憶を移植されたわけでもない。カスタムとはいえただのバイオロイドだ。しかし、マスターの想いを感じることはできる。お前はそれも封印してしまったのか?」

 スタンドに照らされるヒロキの顔はどこか覚えがあるようで、懐かしいようで、でも、それは頭の中の霧の向こう。

「ヒロキ……」

 記憶の隙間に覗き見えるマスターの影はおぼろげで、輪郭だけがかすかに浮かぶ。

「……ごめん、微かに輪郭は浮かぶような気はするんだけど、それだけなの。でも、あたしはヒロキの側にいたい。マスターではなく、ヒロキの側に。それじゃ駄目なの?」

「……」

「ヒロキの側にいたいっていうのが記憶のかけらなんだとしたら、そうなんだろうと思う。でもあたしは、あたしが今一緒にいたいのは、目の前にいるヒロキなの」

「マスターは」

 ヒロキは遠い目をする。

「マスターは、強く、そして脆かった。他人には決して見せなかったが、根の部分はいつだって誰かを求めていた。そこの部分が惹かれあったんだろう。だから、別れなければいけなくなってしまったマスターの、その哀しい穴を少しでも埋められればいい、と思っていた。マスターはそんな俺の気持ちをわかってくれた。決して同じものにはなれないが、新たにマスターの中に存在できるようになればいいといつも思っていた」

 スタンドの明かりに浮かび上がる指が絡まる。指輪だけがその存在を主張しているかのように光を返す。

「……お前がマスターと俺を混同しているのではないか、と不安になる。俺はお前のマスターと確かにうりふたつだろう。しかし、マスターではない。かわりにはなれない」

「今言ったでしょう? あたしが今一緒にいたいのは、目の前にいるヒロキなのよ」

 ヒロキの強い瞳で直視されると、心の中まで見透かされるようで、アヤカは不安になる。けれど、ここでひくわけにはいかない。

 混同するな、と言いはしたものの、ヒロキもまた、困惑していた。目の前にいるのはアヤカだけど、綾香じゃない。反応も、生身の綾香とは違う。それでも惹かれるなにかがある。惹かれて、離れられない。混同しているつもりはまったくない。けれど、久々のアヤカとの触れ合いに一瞬混同しかけたのも事実だ。それでも、やはりここにいるのは綾香ではないけれど、自分を慕っていくれているアヤカなのだ。それが嬉しくないはずがない。やはり、アヤカを愛おしいと思ってしまう。自分のことをマスターの替わりでなく慕ってくれればいいと切に望んでしまう。試すような真似をしているのは気が引けるが、そこをはっきりさせなければ自分がどうしていいかわからなくなってしまう。


 ヒロキのキスが深くなるにつれ、アヤカは影を見た。

 誰だろう。影はヒロキと重なる。けれど、違う誰か。輪郭がぼやけてよく見えない。誰……?

 霧の向こうにいる誰か。指輪。よみがえるシルエット。

『これは「証」だ』

 オーロラのように揺れる影。オーロラ?

『オーロラを見に行こう、その時にはその指輪、忘れるなよ』

 ……誰に言われた?

『今晩はオーロラを見よう』

 ……誰?

 心と身体が揺れる。

 身体を揺らしているのはヒロキ。優しく包んでくれている。そして、こころを揺らすのは、誰?

 頭が真っ白になった瞬間、影をはっきりと、見た。

 フラッシュバックしてくる記憶。そして、マスター宏樹の笑顔。それは今自分を包んでくれているヒロキとは違う笑顔で、そして同じ笑顔。このヒロキは別人で、でも同じ。

 あぁ、宏樹……。

 亡くなったマスターに、初めてさよならができた、と感じる。その瞬間、頭の中の霧が晴れていくのを感じた。


「ヒロキ」

「なんだ」

「やっぱり、あたし、ヒロキと一緒にいたい」

 今度の深いキスはアヤカから、ヒロキに。

「ねぇ、今度オーロラ一緒に見にいかない?」

「なら、俺はお前にピアノで曲を贈ってやろう」

「弾けるの?」

「数曲だけならな。それと、指輪を交換しよう。マスター達と同じように」



「かなめセンセー」

 アヤカは朝一番に竜門を呼びとめた。

「あたしのメンテ、また頼めるかな?」

 その呼び方は、アヤカが自らの記憶を封印する前の独特の呼び方。要がここに来てから初めてその呼び方で呼ばれて、要はあやうく書類を落とすところだった。

「アヤカ、お前、思い出したのか?」

「うん、なんとなくはね。ヒロキのおかげというかなんというか、まぁ、あんまり深くは追及してくれないでいてくれるとうれしいかなぁ、って」

「アヤカ、今日はフルで検査だ、いいな」

「えー?」

 そんなめんどうなことはいやだ、とはっきり顔に出して不満の声を漏らすと、

「お前のメンテは誰がしてるんだ?」

と要に返されて、しぶしぶ、

「……かなめセンセーです」

としか返しようがない。

「よーし、だったら文句は言えないはずだな」

 久々に笑い声が家の中に響いた。ドアの影でそれを聞いた譲がほほえんでいた。



■ a la vie prochane


 こんな素敵な日に いつかまた会おう


 言おうとして言えない言葉。凍る息の中、ただ黙って。

 瞳がなにか言おうとしてる、こんな日。

「地球の雪は奇麗だな」

「うん」

 吹き寄せる風が頬を凍らせていく。

 見上げると、後から後からわいてでてくるように、雪が落ちてくる。手のひらを伸ばすと白く降り積もる。

「指輪、無駄になっちゃったのかなー」

「なぜそう思う」

「えー? だって、あたし達これから別々の星とこに行くんだよ? 持ってても仕方がないかなー、なんて宏樹は思わないの?」

「お前は思うのか?」

 綾香は空を見上げてぽつりとひと言。

「思わないよ。別々の星に行くからこそ、って言いたいんでしょ、宏樹は? なんかすんごいセンチなのね」

「たまにはいいだろう」

「たまには、か」

 おそらく、これが最後。

 綾香は空を見上げた。手袋をしていなければ、指輪のせいで凍傷になっていたかもしれない。

「ねぇ、こうやって手を伸ばしててさ、そこに降り積もるものってなんだろうね」

「お前はなんだと思う」

 宏樹は相変わらず質問をそのまま返すクセが抜けない。

「わからない」

 綾香は再び空を見上げた。

 ふと振り返る。

「あーあ、足跡、消えちゃったよ。ところであたし達、なんでこんなとこに突っ立ってるワケ?」

「別に。祝賀会の帰りだろう?」

 相変わらずの無表情は、それさえなんだか可笑しい。

「だからそういうんじゃなくて。帰るホテルが無いわけでもないのに、なんでこんな寒いとこにいるのかな、って話」

「お前にはわかるのか」

「わからない」

 ふふん? と鼻で笑って宏樹を見ると自分と同じような表情をしているのがなんだか滑稽で笑えた。

「大規模なテラ・フォーミング・プロジェクト。複数の星を一気に人の住める惑星にする、画期的なプロジェクトか。みんな、なにがそこまで嬉しいんだろうね。あたし達はそれを理由に、別れなくちゃならないのにな。そういや宏樹、さっきもらった花束、どうしたの?」

 綾香が持っている、祝賀会で渡された大きな花束はまるでそこだけ色があって、黒白フィルムのようなモノクロの世界から浮いている。なのに花は、花というだけで主張するなにか、がある。それもまったく無視して、綾香は花束をぶん、と振ってみた。

「受付の女の子が欲しそうにしていたから、やった」

「なによそれ? その子、宏樹が好きだったとか、そういうの?」

「知らん。俺に話しかけようとしていたから、これが欲しいのかと思っただけだ」

「ふーん、鈍感。あたしも誰かにあげたかったな。だって、邪魔じゃない? いまさら決定的に別れの花束もらっても、どうしようもないのにね」

 湖を渡って来た風は凍るように冷たい。

「増えすぎた人口。コロニー建設の限界。資源採掘の重要性。大地の確かさ」

 いきなりボソリ、と宏樹が口にする。

「なに?」

「一斉テラ・フォーミング・プロジェクトの動機だ」

「そんなのわかってるよ。あたしが言ってるのはそういうコトじゃないって」

「わかっている」

 今度は綾香が一瞬黙る番。

「宏樹って、相変わらずなのね」

 一歩歩き出して宏樹を振り返る。

「寒いから、宿、帰ろ?」

 風に吹き上げられた重い雪が肩に降り積もり、じんわり溶けながらしみを作っていき、風はそのまま足下から身体を巻くように冷やしていく。

 宿は、支局側が取ったものなので、シングルが基本だ。セキュリティ万全というのが売りの最新型の、でも建物自体は昔のものを使った、一見古風なホテル。ドアをくぐるとそこは暑いほどに温かくて、外とは別世界。振り払った雪が見るまに溶けていく。フロントマンはこんな時間に誰が……と目をやってから、その制服を見て居住まいを正す。宏樹と綾香は若いながらも今回の一斉テラ・フォーミング・プロジェクトの主要人物としてその能力を高く評価・報道されている。最年少コンビとして有名になった彼らだったが、結果として、別々の星に行かざるを得なくなってしまったコンビでもあるのだ。プロジェクト全般からしてみればそれはささいなことなのだが、ふたりにとっては大きな問題だった。これまでふたりでお互いを目標にして抜きつ抜かれつしながらやって来た結果が、別れなのだから。

「ガラスの荒地をはだしで歩いてるみたい」

 ぽつり。絨毯は柔らかで、暖房も効いている。それでも、そんな気分を隠しきれないでいた。特にここ数日、気持ちに踏ん切りをつけようと何度も気合いを入れ直してきた。それでも、なんともならない。眠っても、眠っても、消えない面影。特に、今は目が覚めれば目の前に彼がいるのだから。隣同士の部屋を取られてはいるけど、結局は宏樹の部屋に綾香が押しかけてそのまま朝まで一緒にいる。

 大学の研究室でも異質だった。でも、お互いがいたからこそやってこれた。辛辣ないやみと嫌がらせ、ねたみからくる暴言の数々、四面楚歌の日々。研究所に入ってそれは無くなったものの、やはりふたりは若さゆえに浮いていた。若いから、というだけで信用してもらえないことも昔はあった。唇を噛む日々、お互いがいたから耐えられた。でもこれから先、お互いはそばにいない。人形が無ければ眠れない歳でもあるまいに、とは思うものの、これから先の孤独を思うとやりきれない。独りはやはり、つらい。

「ねぇ宏樹、バイオロイドのカスタムって、知ってる?」

「あれだろ。自分専用の話し相手」

「そう言い切っちゃうとおしまいなんだけどな。なんでも、カスタマイズ処理したやつは助手として登録、連れ歩けるんだって」

「それがどうかしたのか」

「あたしも一体作って、助手にしようかな、なんてことを一瞬考えたわけよ。やっぱ作業は助手がいるのといないのとでは効率が全然違うでしょ?」

「人形か」

「カスタムは好きな形に出来るって話だし」

「お前が人形に興味があるとは知らなかったな。ベビーシッターなどにはいいと聞いているが」

「でしょ? 一応役には立つのよ」

「助手に出来るほどの情報をインプリンティングできるのか?」

「って話らしいよ。カスタムだからさ。汎用品じゃ無理だろうけど」

「曖昧な話だな」

「んー。でもさ、興味わかない? どんなだろうね。かわいい女の子型でもいいかな、とか思ったりしない?」

「しない」

 あまりにもきっぱりと宏樹が言い切ったのを見て、綾香はおや、と眉をあげた。

「じゃあ宏樹だったらどんな型をつくるの?」

「お前はどうなんだ」

 にらみ返すような言葉。

「あたしは、そーだなぁ、宏樹そっくりのやつとか、面白そう」

といいかけて宏樹と目が合い、慌てて訂正を入れようとする。

「ジョークよジョーク」

「俺ならお前そっくりの奴を作る。お前の言葉は冗談なのか?」

 相変わらずくそ真面目な表情。

「へ?」

 言われた言葉が信じられない、といった表情で綾香は宏樹をまじまじと見つめた。

「聞こえなかったのか。俺はお前そっくりのを作ると言った」

「聞こえた。けど、本気?」

「それ以外になにかあるのか」

 至極当然、といった風情ではっきり肯定されてしまうと、話を振ったほうが思わず照れてしまう。

「あ、いや、その、あたしも宏樹そっくりのやつ作ると思う……けど」

「けど、なんだ」

「そこまではっきり言われるとは思ってなかったんで……その、照れちゃった。ははは」

 綾香は珍しく本音をぽろりとこぼすと、

「だったらさ、データ取り」 そう言って照れ隠しなのか、宏樹の顔を潰すかのようにおもむろに両手で触りはじめた。

「あごのラインでしょ。鼻のライン。……ねぇ、宏樹ってもしかして美形?」

 そんなことを言いながら、顔をぺたぺたと触る。

「やめろ」

 眉間に少ししわを寄せながら宏樹がつぶやく。

「あんまし眉間にしわ寄せちゃだめよ? クセになってシワが刻まれちゃうから」

 笑いながら眉間を軽くつついてやる。それでも顔を触るのを止めない。

「やめろと言っている」

 宏樹の語気にいらだちが見えて、ようやくだがやはり笑いながら綾香は手を止める。

「じゃあさ、明日の朝一番でセンター行こ? 自分のコピー作るのって、おもちゃつくるみたいでなんか楽しそうじゃない?」

「わかった。で、その手はなんだ」

 両腕を宏樹の肩に置き、その手で輪を作るようにしてその中に宏樹の頭がある。

「ナニ、って宏樹の肩に両手をかけてるだけ」

 そういうと綾香は自分から宏樹にキスをする。

「そう邪険にしないでよ」

「……」

 宏樹は返事の替わりにキスを返した。

「お前がそばで喋ってないとカンが狂うからな。人形はその役に立ってくれるだろう」

「あ、ひどい。そこまで言う?」

「冗談だ」

「宏樹に真顔で言われても冗談に聞こえないよ、バカ」

 キスをもうひとつ、ふたつ。



 センターでは、妙な顔をされた。同時に入力情報の多さに、呆気にとられた顔をされた。

「とにかく、あたし達すっごい急いでるから。特急でヨロシクね」

 ふたりの出した要求に、センター側は慌てつつもちゃっかりと割り増し料金を要求してきた。カスタム一体作るのにかかる額の中では微々たるものかもしれないが、それでも結構な額だった。それを、惜しげもなく支払う、と言いきるふたりにセンターの人間はまた呆気にとられ、そしててんてこ舞いになった。それでも、今回はモデルになる人物が生きているというので、型をとるのはスムーズにいったようだ。

 プロジェクトの合間を縫って、ふたりのセンター通いが始まった。

 お互いのスケジュールがいつも同じという訳でもないので、すれ違うのが常ではあったが、それでも、ふたりは忙しい合間を縫ってセンターに足しげく通い続けた。助手として使うのに必要な情報をリストアップするのだけでも大変な労力がいる。それをもいとわずふたりはお互いにお互いのコピーを、黙々と作り続けた。



「あたしの趣味、入れてもいい?」

 久しぶりに会うと、突拍子もないことを言ってくる。

「なにをだ」

「宏樹の気づかない、宏樹のクセとか。そういうの」

 にこっと笑って言う姿は子供の様で、もう二十歳を過ぎているというのに、十五かそこいらに見える。

「好きにしろ」

 溜め息混じりに言うと、

「宏樹もさ、なんかあたしを驚かすようなことをさ、入れといてもいいよ?」

「気が向いたらな」

 苦笑する。綾香は相変わらずで、なんだか一緒におもちゃでも作っているかのようで、共同実験でもしているかのようで、別れを前提とした話をしているとは、表情からは到底伺い知ることは出来ない。宏樹もまた、普段どおりの対応で、そのふたりの余りにも日常的な会話が、反応が、センターの中でされているということが、妙な違和感を持ってセンターの人間の目には映った。

「なんかさー、あたしのしらない、宏樹の新しい特技とかあったら、あたし楽しいかも」

「……考えておこう」

 などと言いあいながら笑う様はやはり別れを前提としていることは明らかで、それが日常的な雰囲気であればあるほど、センターの人間達の同情を誘った。

 景色は冬。息さえも凍るような寒空の元、二人は黙々と準備に励み、以前ほどに会えなくなっているとは気づかせないような時間が過ぎていった。

 ある日、宏樹はセンターの局員に、楽譜を渡した。

「あの……?」

 戸惑う局員に、テレを隠してでもいるのか、いつもより素っ気無い態度の宏樹は口を開いた。

「俺のコピーに、コイツをピアノで弾けるようにインプリンティングできるか?」

「できます……けど、いきなりですね。貴方がそっち方面の才能もおありだとは存じませんでしたよ。早速サンプリングしましょうか」

「俺は弾けない」

「は?」

「あいつを驚かすくらいの役には立つだろうと思ってな」

「驚かす……ですか」

「そうだ。あいつからなにか俺のクセをインプリンティングするよう言われてるんだろうが、それだけじゃつまらないからな。こちらからも何かサプライズをと思ったんだ」

「曲はこれだけで?」

「一曲だけじゃつまらないか。そうだな、なにか探してくる。あいつが嫌がりそうな曲を弾かせるのも面白そうだ」

「そんな意地悪を」

 局員の困ったような笑いに、

「向こうもなにか考えてるさ」

 とニヤリ、と笑って返した。

「サンプリングは無理だろうから、少々はこちらでもデータを作ってみよう。それも面白そうだしな。数日中にはまた新しい曲を持ってくるから、基本データは入れといてくれ。いいな」

「わかりました。やっておきますよ」

 局員はにっこりと請け負った。



 部屋に帰って音楽ディスクを鳴らす。それもピアノ曲ばかり。そんな宏樹に綾香はあれこれ口出しすることじゃないと思いつつも、

「なに、宏樹ったら最近ピアノ好きなの?」

 くらいのことは言って見せる。それに向かって宏樹はといえば、

「たまにはこういうのも良いだろう? お前はどの曲が好きなんだ?」

 リモコンに手をやりながら宏樹は物思いにふけった。

「ねー、サティのディスクはないの?」

 綾香の言葉に我に返る。

「ある。かけるか」

「うん、そっちのほうがいいな」

「どの曲がいい?」

「って言ったってそれに入ってるかなんてわかんないでしょうが。ちょっと曲名リスト見せて」

 そう言って綾香は宏樹の手からリストをぶんどると、しげしげと眺めた。

「まったく宏樹って奴の趣味は広すぎてよくわかんないよねぇ。あ、あったあった、これ」

「どれ」

 ひょい、と宏樹がいきなり覗き込んでぶつかりそうになるのに驚いて、綾香はバランスを失いかけそうになりつつ、なんとかこらえてみせる。

「あのねぇ。宏樹はもう、しょうがないなぁ」

「なんだ」

「なんでもないよ。それよりやっぱこれよ、好きな曲」

「言うと思った。この曲が入ってないディスクを用意してるとでも思ったのか?」

「うるさい」

 宏樹は人付き合いが悪い。というよりも、苦手らしく、無頓着な面もあるせいかいつも損している。それをフォローして回るのが綾香の役どころ。綾香は明るく、屈託が無い。デコボココンビといわれつつも、ふたりは仲がいい。お互い小さいころから英才教育のための寮暮らしで、ふたりでいることに慣れている。ふたりでいるのが当たり前。

「あたし、パティ・オースティンのこの曲、歌よりピアノアレンジの方が好き」

「似てるな。俺もだ」

 思惑が伝わったのか、ヒロキはニヤリと口の端をあげる。



「譜面とデータ、確かにお預かりします」

 局員は言った。譜面自体はおまけのようなものだが、それは作っている人形に渡すためのもの。

 綾香への最後の贈り物。言葉は伝わらないときもある。けれど、それを補ってくれたらと願い、綾香には何も言わずに宏樹はデータを渡す。



 出発の日取りが決まった。準備も佳境に入っているが、人形の作業も佳境だ。完全に起動させるわけではないが、各種起動テストが始まる。入力状況、動作に異常ないか、を調べるのだ。完全起動はどうやらふたりが別れた後、お互いが個々にどこかのセンターでやらねばならないらしいことだけがわかってきた。これが完成するときはもうふたりはお互い座標軸でしかしらない星の上という訳だ。



「聞いた? 起動は別々って」

 ある日、お茶をしていたときに綾香はきりだした。

「どうやらそのようだな」

「ってコトは微調整はあたしの好きにしていいってコトだよね」

「言ってろ」

 コツン、と額をこづかれ、綾香は破顔する。

 出発は、クリスマスの翌日。



 クリスマスで浮かれる街を早々に後にして、宏樹と綾香は宿に帰った。明日は出発。

「クリスマスプレゼントは、開けてのお楽しみ、だからね。覚悟しといてね」

と言って笑う綾香に、

「お前もな」

と返す宏樹。

 そう言ってキーを交換しあう。渡せないさよなら。ふたりとも、今夜が最後とわかっていつつも、なにもできない。

 外は雪。足跡が雪に消え、過去がうずまる。



 出発当日は快晴になった。忙しくてろくに話もできないまま時間が過ぎていき、たまにすれ違うとお互い合図してエールを送る。

 シャトルに乗って星が流れて行くのを見ながら、ふといつもの癖で、

「ねぇ、宏樹はどんなところだと思う? 今度行く星」

と言っても返事はなかった。隣の席に目をやれば、宏樹ではない別の人間が早くも眠りについていた。

 宏樹はいない。現実が目の前に突きつけられた気がして、

「…………」

流石の綾香もこの時ばかりは口をつぐまざるをえなかった。

 来年のクリスマスを一緒に過ごすことはないことだけを急に実感して。


 See you on the Christmas day in the next life.

 ぽつりと一言、口にした。


 荷物を降ろすと、そこはとても無機質な場所に思えた。これから先、しばらくはこの星で過ごすことになる。ここにはセンターがない。だから例の人形はまだ眠ったままだ。

「ねぇ、あたしの担当分野にはまだ間があるから、近くのバイオロイドセンターのある星までちょっと行ってきてもいい?」

 ある日、綾香はたまりかねたように同僚にそう提案してみた。

「あたしの助手になる予定の奴がまだ起動できてなくてさ、起動してきたい訳よ。助手がいるといないとでは効率も変わるでしょ? ねぇ、行かせてよ」

 助手、という一言がなんとか功を奏して、綾香はそれからしばらくして、やっと渡航許可が下りた。早速コンテナ移動の手配をして近隣のセンターに予約をとる。

 ようやくたどり着いたセンターは、辺境だから仕方がないのかもしれないが、製作のために通っていたところに比べると、少々貧相なイメージが払拭できないのはどうしようもなかった。なんだか不安に思って話を聞いてみると、局員もカスタム自体初めてだというのだから心もとないことこの上ない。

 それでも、起動したかった。

 目の前に、宏樹がいない生活がこんなに辛いとは、実際思いもよらなかった。たとえ人形でも、そばにいて欲しい。それが本当に人形なのか、それとも意志を持つものになるのか、それはわからない。それでも、動くヒロキが見たい。

 それほどに、渇望していた。

 基本はでき上がっているのだから、心配は無用のはずだ。後は起動するだけでいい状態でここまで運んできたのだから。

 心がはやる。



 人工羊水に浸ったままの人形は、モニターの意味も含めたマーカーも当然そのままで、それが人工物であることをありありと見せつけて綾香を身震いさせる。それでも、綾香は目をそらせなかった。各種チェックが行われ、起動用キーを作動させ、人形と機械の連絡が始まる。

 人工羊水が抜かれ、カプセルが開くと人形はゆっくりと目を覚ました。初めは合っていそうにない焦点がだんだん合っていくのがはっきりとわかる。そうして彼は辺りを見回し、綾香を認めると、

「マスター・綾香」

と発した。その声は、紛れもなく宏樹の声だった。



「とにかく、あたしを呼ぶのには綾香、これだけでいいから。いい? これは命令だからね」

「了解」

 真面目な顔をして彼は答える。

「そういう物言いまでそっくりだね。……って当たり前か。で、今なんて言った? なにが欲しいって?」

「ピアノか、それに類するものが家に欲しい」

 無愛想な顔のまま、彼は答える。

「やっぱ聞き間違いじゃないのね。なんなのよそれは」

「無理なのか?」

「そーじゃなくて。ヒロキ、弾けるの?」

「数曲なら。だからピアノでなくて安いキーボードで構わない、と言っている」

「にしてもなー。あー。もー。ショールームに行くからついておいで。辺境ていったって、それくらいはあるでしょ」

 小さな街のモールで、生ピアノとまではいかないが、電子ピアノを取り扱っている店をどうにか発見した。調律もままならない場所で楽器をどうにかしようと思えば、調律のいらないものを探すしかない。この街もそれと同じ理由で生ピアノは扱っていなかった。

「店は見つかった。とりあえず、店でせめて一曲くらいは弾いて見せなさいよ? 弾けないのに買ったって仕方ないんだからね」

「わかっている」

「まったく、趣味がピアノってのは、一体どういう風の吹き回し?」

 彼は店に入ると特に何を選んだ訳ではなさそうに一台を選ぶと、電源を入れた。綾香は店主に試弾させてくれと断ってから彼を促す。腕がすっとあがる。

 彼が静かに奏ではじめたその曲は、出発前にやはりこれが好きだとお互いに言いあったあの曲だった。

 綾香は思わず込み上げてくるものを感じて、ただ上を向いた。


 ヒロキの指に奏でられ、店内に流れた曲は、『Say you Love Me』。

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[良い点] タイトルでネタバレしてから、期待通りにハッピーエンドしていて、安心して読めました。お互い座標軸でしかしらない星からスタートしてたという大仰な奇跡を、サラッと淡々と、流してしまう描きかたも個…
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