第8話
そうこうしている内に、総司の育児に追われていることもあり、気が付けば1917年も秋になろうとしていることに私は気づいた。
そう言えば、史実と同様にイタリアへ日本海兵隊は移動しているな、この世界でも同じなのだな、と最新の欧州情勢を伝える新聞記事を読んでいて、違和感に私は気付いた。
あれ、一部の前世の記憶がよみがえっている。
私は、村山愛にこの件を相談した。
「澪も同じなんだ」
愛は、私の話を聞いた後、少し深刻な顔をした。
「どういうことだと思う。私には未来は分からない、でも、史実との違いは分かる、ということだと思うのだけど」
私が思い切り憶測を口にすると、愛は私の言葉に肯いて、自分の憶測を口にした。
「私もそう思う。実はね。私は直に体験しているのよ」
「えっ」
私は絶句し、愛の半ば独白を聞く羽目になった。
「幸恵が1歳を過ぎて大きくなってきたから、母と相談して仲居に復職したのよ。どうのこうの言っても、私が仲居で働く方が、母が日銭を稼ぐより収入がいいし」
愛は独白して、更に言葉を続けた。
「それで、仲居で働いていて、腕のいい板前と仲良くなった。彼はね、本当にいい人なの。私が幸恵を独断で産んだことを知っても、私と結婚してもいい、と言ってくれてね。そして、気づいたの。前世でも、多分だけど、この人と結婚していることに」
愛の言葉を聞いて、私は考え込まざるを得なかった。
二人の間に沈黙の時間が流れた後、思い切って私は口を開いた。
「それで、愛はどうするつもりなの」
「私は、その板前さんと結婚したいと思っている。認めたくないけど、彼があなたと離婚して、私と結婚するなんて現実には無理だし。少しでも幸せになりそうな路を私が選ぶなら、そうするのがいいと思う」
愛の言葉を聞いて、私は何も言えなかった。
この当時の現実からすれば、海兵隊士官の結婚は許可制だ。
そして、海兵隊士官と元芸者との結婚なんて、決して許可が出ない。
更に考えるなら、街娼で外国人のジャンヌ=ダヴーが海兵隊士官の彼と結婚することも許可が出る筈がなく、彼とジャンヌが結婚することはできない。
21世紀の海兵隊士官の結婚は基本的に自由だ(もっとも、実際には結婚するとなると、周囲が色々と口を挟んできて、想う様にならないことはザラにある。)。
21世紀の感覚で、私達4人全員が恋のライバルと私は考えていたが、実際には篠田りつしか、この世界の現実においては恋のライバルは、私にはいなかったという訳だ。
「だからね。私はその板前と結婚して、幸恵を養女として引き取るつもり。澪、お幸せにね」
沈黙に耐えられなくなった愛が、涙を零しながら言った瞬間。
私は何も言わずに、愛を抱きしめてしまい、二人共暫くすすり泣いてしまった。
そして、史実通りにアルプスの麓、チロルで日本海兵隊は独墺軍と戦い、勝利を収めた。
でも、ウィーンやベルリンはまだまだ遠い、その一方でロシア革命が起きている。
1917年の年末から翌年の春頃、世界大戦の行く末は、私にはまだまだ分からない状況だった。
その一方、夫の野村雄との手紙のやり取りで、私はこの世界にもアランが産まれていることを察した。
私の父、岸三郎が雄に断じて、これ以上の婚外子、庶子は認めるな、と圧力を掛けてくるので、何とかならないか、と私に口添えを雄は頼んできたのだ。
私は冗談じゃない、という感じで返事の手紙を書いた。
だって、幸恵や千恵子は、結婚前に雄が愛やりつと関係を持って産まれた子なのだが、アランは結婚後の不倫の末に産まれた子なのだ。
幾ら私が寛大でも限度がある。
勿論、雄は独断でアランの認知はできる。
だが、父からの圧力があり、雄は悩んでいるようだった。
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