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第7話

 21世紀なら、地球の裏側ともいえる欧州と言えども、すぐにネットを介して連絡ができる。

 しかし、20世紀、1910年代において、そんなことは不可能だ。

 郵便を使って、欧州にいる夫、野村雄と、私、岸忠子ではなかった、よく考えたら、この世界では野村忠子だ、と連絡を取るしかない。

 更に言えば、航空便なんてある訳が無い。

 だから船便で、しかも万が一(郵便が独潜水艦の攻撃で沈む等して届かない)に備えて、私は2通も同じ手紙を書いて送るしかなかった。

 ついでと言っては何だが、父の岸三郎にもこの件について、手紙を書いて送った。

 父はどういう顔をして、この手紙を読むだろう。


 ちなみに欧州まで、船便だと片道2か月は掛かる。

 だから、雄からの返事が届いたのは、1917年の3月になってからだった。

 こんなに時間が掛かるなんて、と私は本当に待ちくたびれてしまった。


 それまでの間に、私は無事に息子の総司を出産し、その育児に追われる羽目になっていた。

 総司に母乳を与え、おむつを替えて等々、私は育児に励んだが。

 陰では。


「紙おむつがあればいいのに」

「ある訳ないでしょ」

 私の愚痴に、村山愛は呆れ返った口調で返した。

「だって、幾ら息子のモノとはいえ。汚いし、臭いし。当たり前だけど、手で洗わないといけないし」

「現実を直視する。おむつは布製で、汚れたら手で洗うしかないの。私もそうしたの」

 私のおむつに関する愚痴に、愛はとうとう切れて、私は半ば叱り飛ばされる羽目になった。


 雄は、私の予想通りの行動を執った。

 幸恵と千恵子を認知し、自分の家に入れたのだ。

 更に養育費が掛かるだろう、と給料の約8割程を私が受け取れるようにしてくれた。

 私の予想通りだったが、私は全く嬉しくなかった。

 だって。


「感慨深いなあ。娘の幸恵が、野村の姓を名乗っているなんて」

「それは私への嫌み」

「いえいえ、そんなつもりはありません。ちゃんと結婚したら、幸恵は村山家に引き取りますから」

 口では丁寧に愛はそう言うが、その表情が私を苛立たせる。


 私達の前には、幸恵と千恵子が記載された野村家の戸籍謄本がある。

 雄が幸恵と千恵子を認知する前に、総司の出生届を私が出したので、雄、私、総司、幸恵、千恵子の順で戸籍の記載は為されている。


「あれ、アランは」

「入れないわよ。そもそも夫の子かどうか」

「真実を知っている者としては許しがたい発言ですな」

「分かっているけど、アランは入れたくないのよ」

 この点について、私は絶対に譲れない。

 夫にも、それとなく釘を刺し、父からも夫を止めるように手紙にそれとなく書いた。


 夫には、この2人の件については独身時代のこととして許すが、フランスでの浮気は許さないこと、もし、子どもができても認知しないでほしいこと、と手紙に書いた。

 父にも、夫に隠し子が2人いるのを知ったが、それは私は許すこと、でも、フランスで子どもが出来ていたら、夫との戸籍には入れたくないことを、手紙に書いた。


 何で、そこまで私が意固地になるのか。

 それは、何となく前世の記憶がよみがえって以来、女の勘で夫は本当はジャンヌが一番好きなのでは、と感じてしまうからだ。

 そして、ジャンヌと夫との間の子、アランを夫の戸籍に入れるということは、夫に何かあったら、私がアランの面倒を見ないといけない、ということでもある。


 自分で自覚していることだが、自分が嫉妬深い性質なのは否定できない。

 だから、前世では千恵子を戸籍に入れることを拒んだし、この世界でも本音では幸恵も千恵子も戸籍に入れたくはない。

 しかし、法律上そうなっている以上、私にはどうにもならない。 

 21世紀の私の感覚では、本当にこの世界の妻って何、という想いさえする。 

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