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第3話

「篠田りつのことよ。今、会津の野村の本家は、頭を抱え込んでいる筈よ。篠田家が、りつの妊娠、千恵子の出産のことで怒鳴り込んできて、しかも、周囲は篠田家に味方している。何とかしてあげた方がいいんじゃない。そうしないと、彼は帰国しづらくなると思うわ」

 村山愛は、私にそう示唆した。

 確かに言われてみれば、その通りだ。


 篠田りつ、いや、今の私にとっては、土方鈴というべきか。

 彼女は、前世からの私の恋敵もいいところの存在だ。

 そもそもの馴れ初めから語るならば、彼女は彼、野村雄の幼馴染で、周囲からも何れは二人は結婚する、と思われていた存在だった。

 だけど。


 お互いに成長して、彼が海軍兵学校に入った頃から、二人の運命はすれ違い出した。

 幕末以前を辿れば、篠田家は上士階級なのに対して、野村家は中士階級だった。

 ところが、明治以降、二つの家は路を違え、野村家は彼を中学校から海軍兵学校へと送り込める程、裕福だったのに対して、篠田家は零落して、りつも日銭を稼ぐのに汲々とする有様だった。

 更に、りつの兄が株式相場に借金して手を出して失敗、更に篠田家は貧困に苦しむ羽目になった。


 そうしたことから、野村家は、雄とりつとの結婚に(内心では)難色を示すようになった。

 とは言え、幕末以前を辿れば、野村家としては、篠田家との縁談を断りづらいという因縁がある。

 かつては篠田家の方が格上で、野村家の方から頭を下げ、篠田家のお嬢さんをどうか、家の息子の嫁に、と言わねばならなかったのに、今では、こちらが裕福だから、お断りします等、下手に家が近過ぎる関係にあることから、野村家は篠田家に対して極めて言いづらい。 


 だから、野村家は、雄にりつが浮気をしていると吹き込み、二人を別れさせようとした。

 雄は海軍兵学校に入っていて、地元の事情に疎いこともあり、家族の言葉でりつを疑うようになった。

 更に悪いことに、りつも日銭を稼ぐのに精一杯で、雄は自分を信じてくれると思い、連絡を取ろうとしなかったことから、雄はりつの浮気を徐々に信じつつあった。

 そこに、私との縁談が、雄に舞い込んだのだ。


 私と雄の馴れ初めは、ありきたりと言えば、ありきたりだった。

 会津出身の柴五郎提督は、同郷の出身者の雄を可愛がった。

 そして、雄を連れて、私の父、岸三郎を柴提督は何度か訪ねた。

 雄を家で何度か見かけた私は、雄に淡い恋心を抱き、柴提督や私の父は、それを察して、雄に私との縁談を持ち込んだのだ。


 折しも第一次世界大戦が勃発、独身の若い海兵隊員は、欧州に派兵される前に、子どもを遺そうと急いで結婚する事態にもなっていた。

 そして、雄は実家、野村家と相談し、散々迷った末に、りつと別れ、私と結婚することにした。

 野村家にしてみれば、渡りに船の良縁だ。

 上官の愛娘と相場(博打)狂いで借金まみれの兄を持つ幼馴染、どちらが息子の嫁に相応しいか、半ば考えるまでもなく明らかだろう。


 しかし、りつの気質を知る雄は、かなり悩むことになった。

 りつが浮気をしているのが本当なら、すぐに自分と別れてくれるだろうが、浮気をしていないなら、りつが逆上するのが目に見えている。

 そして、雄はキク、愛との一夜の関係に慰めを求め、幸恵が出来たという訳だ。


 更に、雄がりつに別れを告げたら、案の定、りつは逆上して、私を抱いてから別れろ、と雄に詰め寄り、抱かなければ殺される、と思った雄がりつを抱いたことで、千恵子ができた、という流れになる。


 私は頭を抱え込みたくなった。

 何で過去に戻ろう、と自分は思ったのだろう。

 自分から厄介ごとのるつぼに完全に飛び込んで、深みにどんどんはまりこんでいる。

 過去に戻るのではなかった、私は本気で後悔した。

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