第21話
もっともそれより前に、我が家では大騒動と言うか、私の息子、野村総司と、村山愛じゃなかった村山キクと夫の間の娘、村山幸恵の結婚騒動が起きていた。
そもそもの発端は、私のこの世界の実父、岸三郎の発言だった。
「頼むから、総司を早く結婚させてくれ。そうすれば、(岸家が絶家になる)諦めがつくから」
そう、この「家制度」が健在な旧民法施行時の昭和10年代当時では、家を絶えさせることはトンデモナイこと、というのが常識だった。
そして、私の実家、岸家は跡取り不在で家が絶える寸前の状況に当時は陥っていたのだ。
史実通り、私の長兄は第一次世界大戦で戦死、次兄もスペイン風邪で病死したために、私の男兄弟はいなくなってしまった。
また、男兄弟は、二人共に結果的にだが、子どもを遺さなかった。
そして、私の姉は、とある本家の跡取り息子の下に嫁いではいたが、娘三人しか産まない有様で、結局、嫁ぎ先は婿養子を迎える有様だった。
その一方で、私は息子一人しか産んでいないが、その異母弟姉妹となると。
村山キクの娘にして異母姉の村山幸恵、篠田りつの娘にして異母姉の野村千恵子、更にジャンヌ=ダヴーとの間のアランを筆頭とする12人の弟妹という多大な弟姉妹がいるという現実がある。
岸家が絶えないことを考えるなら、総司の二人目の子を、私の父の養子にして、という考えが、私の父に過ぎるのは否定できない話だった。
更に言うなら、息子の総司に嫁候補がいないどころか、相思相愛の嫁候補がいるのが、私にとっては頭痛のタネだった。
それが誰かと言うと、半ば言うまでもない、村山キクの肚を痛めた順からいえば次女、幸恵の異父妹になる美子だった。
美子は、
「おにいさま」
と総司を繰り返し呼ぶ内に、自分で自分の言葉に酔ったようで、
「おにいさま、と結婚したい」
と公言するようになっていた。
また、総司も、美子の猛烈なアタックに幻惑されてしまい、
「お母さんと、美子のお母さんとの間に、しがらみがあるのは分かるけど。もう、水に流したら」
と公言して、美子と結婚したい意思を示すようになってしまった。
そして、愛じゃなかったキクまで、
「我が村山家というか、私としても、そうしてくれないかしら。夫は、料亭「村山」を美子に継がせたい、と考えているけど、私としては幸恵に継がせたいのよ。だってねえ」
それ以上は、キクは言わなかったが、史実で料亭「村山」じゃなかった「北白川」を継いだのは、愛の曾祖母の幸恵である。
それから言えば、幸恵に料亭「村山」をキクが継がせたいのは、当然の話だった。
こうした周囲の思惑、圧力が散々かけられたことから。
1938年3月に、
「高砂や、この浦船に~」
私の息子、野村総司と、キクの次女、村山美子は結婚式を挙げることになっていた。
なお、総司と美子が婚約した後すぐに、総司の異母姉にして、美子の異父姉の幸恵も、料亭「村山」の立板と婚約しており、総司と美子が結婚した後、そう間を置かずに幸恵も結婚することになっている。
史実だと、総司はまだ結婚していなかった筈なのにな。
そして、まさか、総司が、愛じゃなかったキクを、
「お義母さん」
と呼ぶようになるとはね、と皮肉な想いが、新郎の実母として結婚式に参列している私の胸の中に浮かんで仕方がない。
なお、新郎の実父である野村雄ではなかったユーグ=ダヴーは、この結婚式に参列していない。
実際問題として仏陸軍大佐にまで昇進しており、独の再軍備に迅速に対応せねばならないユーグは多忙を極めていて、この結婚式の参列等は絶対に無理な状況にあったのだ。
だが、理屈では分かっても、感情的にはこのことが総司には納得できず、後でトラブルを引き起こした。
本編だと村山幸恵が素直に料亭「北白川」を相続しているではないか、この話では何で幸恵が素直に料亭「村山」を相続できないのだ、というツッコミがありそうなので、予め弁明します。
本編だと、(表向き)幸恵は実父不詳の存在で、北白川宮成久王殿下が同情して、村山キクに多大な援助をして料亭「北白川」ができたという事情があり、幸恵の養父としては、その事情から料亭「北白川」を幸恵に継がせるという妻キクの主張を無碍にはできませんでした。
ですが、この小説では、そういった事情がありません。
そのために幸恵の養父は、自分の血を分けた長子の美子に、料亭「村山」を継がせたかったのです。
ですが、美子が他に嫁いでしまうと、料亭「村山」の後を継ぐつもりがなかった末子が継ぐか、幸恵が継ぐか、という話になってしまい、色々と考えた末に幸恵の養父は、料亭「村山」を幸恵に継がせる決断をしたという次第になります。
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